Top Page 文書館 No.041 No.039
本州の一番西にある、山口県下関市(しものせき-し)。本州の中では一番、九州に近い市である。 ここに一軒の会社がある。業務内容は、一軒一軒家を訪問して、一つ二千円くらいの健康食品を売って歩くことだ。当然ノルマもある。 だが昨今の、社員たちのあまりにもふがいない業績に激怒した所長が、いつものようにまた怒鳴り始めた。怒りの対象は、毎月営業成績で最下位争いをしている、特定の3人だった。 「お前らっ!明日は九州へ売りに行くぞっ! 全員、そこで絶対売って来い!」 3人はピンときた。「この怒った所長と一緒に九州へ行くといえば、まさか『あれ』をやらされるのでないか? 俺らはまだ、やらされたことはないが、先輩社員から話だけは聞いたことがある、『あれ』を・・。」 3人共、一斉に顔が曇った。 そして次の日、所長は「最下位争いの3人組だけ」連れて車で九州へと向かった。本州と九州を分けているのは関門(かんもん)海峡。そしてここにかかっている橋・関門橋(かんもんきょう)を渡れば、そこは福岡県北九州市の門司(もじ)区である。 北九州市へ着いたところで、3人とも車から降ろされた。 そこでまずは全員のサイフが没収された。もちろんキャッシュカードもだ。携帯もタバコもライターも取り上げられた。 やっぱり「あれ」だった。 「ええかっ、お前ら、昼メシが食いたけりゃ、商品を売った金で食べいっ! 帰ってくる時は売った金で電車に乗って帰って来い! 後で会社で清算してやる! だが、一つも売れんかった奴は関門海峡を泳いで帰って来い!」 こう言われた後、身体検査までされる。一人一人、所長にボディチェックされる。だが所長が、ある社員の靴下の部分を触った時、かすかに何か異質な手ごたえを感じた。 すぐに所長がその社員の靴下の中に手を突っ込んだ。 「おいおい、これは何や〜。」 なんと靴下の中に千円札を隠していた社員がいたのだ。 「この金で帰って来るつもりだったんか! お前はノルマ倍じゃっ!」 「すいません、すいません、つい出来心で・・。」と謝っても、もう遅い。千円没収。 「あれ」を想定して準備していた小細工は、所長によって簡単に撃破されてしまった。 この後、全員のカバンの中身までチェックされた。身につけているものは、服と腕時計だけという状態にされた。 そして所長は去った。残された3人は・・マジで売れなかったらメシも食えない。なんてステキな方法なんだろう。 しかし追い込まれたって、商売は相手があってのことだから売れない時には売れない。 そして夕方5時になった。昼メシも食わずに一日頑張ったが、結果は、とってもナイスなことに3人ともゼロ。 「どうする〜・・。ホントに関門海峡、泳いで帰るか・・?」 「あほか。関門トンネルに人道(じんどう)があるやろ。あれ通って帰ろうで。」 ※ 関門海峡にかかっている橋が「関門橋」であり、海底を通っているトンネルが「関門トンネル」である。関門トンネルは車だけではなく、人が歩いて通れる通路があり、これが人道である。料金は、歩行者は無料で、自転車・原付は20円。長さは780m。 「しかし腹減ったのぉ〜、何も食ってないで・・。」 歩こうにも身体がへとへと。だが、ここで奇跡が起こった。なんと3人のうちの一人が昼間に500円を拾っていたのだ。しかもその金で自分だけ食い物を買えばいいものを、こういう時のためにとっておいたのだ。なんて美しい友情だろう。 その金で3人でパンを買って食べた。500円のありがたみを痛感する。 パンを食べ終わって、一人が提案した。 「さっきのお釣りで公衆電話からKさんに電話をかけて、車で迎えに来てもらうってのはどうやろ?」 Kさんとは、この3人と仲の良い、会社の同僚のことである。 「・・・・いや、たとえ来てもらったとしても、万が一、このことが所長に知れたら、今度はKさんがどんな目に遭(あ)わされるか分からんで。」 「そうやな、あの所長のことやから・・。他の人には絶対迷惑はかけられんな。」 「言われる通りや、悪かったな、変な提案して。」 「歩いて帰ろうで、本州へ!」 500円を3人で分けた上に、この他人を思いやる姿勢・・涙が出そうなセリフだ。3人ともまさに男の中の男であった。 もっとも、本当に電話をかけようと思っても、3人とも携帯を取り上げられているから、Kさんの番号が分からないのであるが、ここはあえて「男の信念で、助けを求めなかった。」ということにしておこう。 通行人に道を聞き、看板を見て3時間以上歩いてやっと関門トンネルへ到着した。手に持ったカバンが果てしなく重く感じる。そこから人道を歩いて、ついに本州へと帰ってきた。 だが本州へ着いたことが会社へ着いたことではない。そこから更に歩いてやっと会社へ到着。時間は夜11時をまわっていた。 帰って来るだけで、もう6時間歩いた。朝9時から訪問販売していた時間を入れると、14時間歩き通しだ。 会社へ着いたが、すでに電気が消えていてカギもかかっていた。みんな家に帰ったみたいだ。 死ぬ思いでやっと会社へ帰って来た3人だったが、3人ともサイフと一緒に、会社のカギや車のカギも取り上げられていたから、建物の中へ入ることが出来ない。ついでに自分の車に乗ることも出来ない。 「家まで歩いて帰るか〜。。」「それしかないのぉ。。」「家までたどりつける自信がないわ。。」すでに半死半生の3人。ここから家まで更に1時間のウオーキングがプラス。 こうして長すぎる一日がやっと終わった。明日も同じことやらされたら倒れるかも知れない。 昨今の雇用情勢を考えると、こういう会社でも頑張るべきなのか? |