1887年、アメリカのロードアイランド州プロヴィデンスに、ボーンという男が住んでいた。彼は色々な街をまわってはキリスト教の教えを説くという、巡回説教師をしていた。
だが彼は子供のころから病気がちのために学校にもろくろく行けず、定職につくことも出来ず生涯独身で、夜は安い宿を借りて寝泊りするという生活だった。だが、彼にも一つの夢があった。それは牧場を買って牛や羊とのんびり暮らすことだ。
そして彼が61歳の時、ついに念願かなって牧場を買う契約をするところまでこぎつけた。だが、売買契約を交わす約束をしていたその日、牧場を売ろうとしている側がいくら待ってもボーン氏は契約の場に現れない。
待ちぼうけを食わされた相手は、「やっぱり金がなかったのか!人をだますような真似をしやがって!」と激しく怒り出した。だがあとで調べてみると、やはりボーン氏は確かに銀行で牧場を買うための大金を引きおろしていたのだ。そして、金を引きおろしてからの消息がプッツリと切れている。
地元の新聞は、金目当てに殺されたのではないかとデカデカと書きたてたが、ボーン氏の行方は依然として不明のままだった。
そしてボーン氏が消息を絶ってから2週間が経った時、プロヴィデンスから遠く離れたノーリスタウンという街に、一軒の小さな店がオープンした。子供相手の安いおもちゃやお菓子を売っている店で、店の名前は「ブラウンの店」。もちろん店主の名前もブラウンという。
ここの店主も結構年配の人で、他に家族もいないようだったが、気さくな人で、すぐに街の住人に溶け込むことが出来た。
だが、オープンしてしばらく経ったころ、この「ブラウンの店」は突然シャッターが閉めっぱなしになってしまった。普段だっら11時にはあく店なのにもう何日も営業している様子がない。心配になった町の人たちがカギを開けて店の中へ入ってみたが、やはり誰もいない。オープンして間もないというのにブラウン氏は突然失踪してしまったのだ。
そして数日後のこと。今度はプロヴィデンスに、二ヵ月半ほど前に蒸発してしまったボーン氏が突然戻ってきた。いなくなった時のそのままの格好で、いきなり街に姿を現したのだ。だが、何か様子がおかしい。失踪していた間のことをまるで覚えていないようなのだ。
あの日に約束をすっぽかした牧場主のところへ行って、謝るわけでもなく、そのまま牧場の買取の話を続けようとしたくらいだ。その態度が演技ではないと察知した牧場主も不思議に思った。
そこへ偶然にもノーリスタウンから来た人がいて、「ボーン氏とブラウン氏は同一人物だ。」と言いはじめたので街は再び騒ぎになった。
ボーン氏は街の人に連れて行かれて精神科で診てもらうことになった。数回の催眠治療で分かったことは、ボーン氏とブラウン氏は確かに同一人物だったということだ。催眠中のボーン氏の頭の中にはブラウン氏の記憶も確かにあったし、失踪していた間のこともはっきりと思い出せたのだ。
いわゆる多重人格者。心の中に二つの人間が存在し、あるきっかけでそれが突然入れ替わる。入れ替わっている間、もう一方の記憶はまるでなくなってしまうのだ。
実際、「ボーン氏」が「プラウン氏」だった時には、新聞で「ボーン氏の失踪事件」の記事を何度となく読んだが、それが自分のことだとは気づかなかったという。
その後もたびたびプロヴィデンスから、あるいはノーリスタウンからいなくなる時があったが、街の人たちは「もう片方の街へ行ってるみたいだね。」と話すようになったという。