No.41狼に育てられた少女たちの人間社会への適応力


1920年、インドのカルカッタの西、約100kmのジャングルに、狼とも人間とも言えない化け物が出現するとの噂がたっていました。ある秋の日、シング牧師はこの噂の真相を確かめるためにこのジャングルまで出かけ、それらしい狼の巣を望遠鏡で見張っていました。

しばらく見張っていると、巣の中から一匹の狼が出てきました。これは普通の狼でした。そして次に出てきたものは噂通りの、人間のような足をもった化け物だったのです。この化け物は大きいものと小さいものと二匹いました。望遠鏡でよく見ると、この二匹は狼ではなく、明らかに人間の子供、それも女性でした。

シング牧師は驚きながらも、なんとかこの二人の少女を捕らえ連れて帰り、人間社会に復帰させようと、自分の経営する孤児院に入れました。

これは狼に育てられた人間としてよく知られている話ですが、人間の子供が赤ん坊の時に動物に連れ去られ、動物の子供として育てられることは昔から多くの報告例があるようです。


この二人の狼少女は発見当時、推定年齢が八歳と一歳半でした。共に生後半年くらいで狼に連れ去られたのであろうと推測されました。八歳の方は「カマラ」、一歳半の方は「アマラ」と名付けられました。

二人とも言葉が全く話せず、人間に対しては敵意をむき出しにします。二本足で歩くことが出来ずに歩く時は四つんばいで歩きます。更に四つんばいで歩きやすいように足の指は開き、手は普通の人間よりも長くなっていました。また、狼の食生活のためか、あごの骨や犬歯がよく発達していました。

昼間はだいたい寝ていて、夜になると活発に動き出し、遠吠えもします。好きな食べ物は動物の生肉で、どんなに寒い日でも裸で地面に横たわっても平気でした。狼の中で生活していたために、生活スタイルも身体もそれに合わせて変化していたのです。


二人の少女はシング夫妻の愛情を持って育てられ、人間としての教育も受けましたが、幼いアマラの方が人間化するのは早かったようです。アマラが最初の言葉(遠吠えでなく人間の言葉)を発したのは二ヶ月目のことでしたが、年長者のカマラが初めて言葉を喋ったのは二年後のことでした。

残念なことに幼いアマラの方は一年後に病死してしまいましたが、年長者のカマラの方は推定年齢17歳まで生き、少しずつ人間として適応していきました。ですが最初から人間の子供として育てられた人よりはかなり適応速度は遅く、シング夫妻も苦労したようです。

カマラは発見から三年ほど経って、二本足で少しずつ歩けるようになり、五年経ってようやく足だけで歩けるようになりましたが、急ぐ時は最後まで四つんばいで走っていました
言葉も少しずつ覚えてはいきましたが、17歳で死ぬまでに覚えた単語はわずかに40くらいでした。

これら二人の少女の事例は、人間というものは生まれた時の環境によって、頭脳や嗜好、体型や身体の機能までもそれに合わせて変化していけることを示しています。そして生まれた初期の段階でその環境に慣れてしまったら、その後の矯正(きょうせい)はかなり困難であり、幼い状態での育て方や環境がいかに大事であるかと言えます。