Top Page  心霊現象の小部屋  No.99  No.97


No.98 子供が訪ねて来る

大学生の青山明さんは、ある日、友人の加藤さんから相談を受けた。加藤さんが、深刻な顔をして言う。

「ここ最近、週に2〜3回くらいの割合で、俺のアパートに、夜中に子供が訪ねて来るんだよ。いつも夜中の0時か1時ごろなんだ。俺の部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえて来るから、ドアを開けるだろ。そうしたら、4歳くらいの黄色いワンピース女の子がドアの前に立ってるんだ。

女の子はにやっと笑って、こっちにおいでよみたいな感じで手招きするんだよ。もっとも、最近は来ても、すぐにドアを閉めてカギをかけるけど・・。

あれって絶対、子供の幽霊だろ、おかしいだろ、あんな時間に子供がしょっちゅう他人の部屋に来るなんて。」

ちょっと考えて青山さんも返事を返す。

「考え過ぎじゃないか? ただのちょっと変わった近所の子供かも知れないじゃないか。変な子供がイコール幽霊だなんて発想が飛躍し過ぎだよ。」

「いや、絶対、幽霊に間違いない。お前、何ヶ月か前に、大雨で川が氾濫(はんらん)して、母と娘が濁流にのまれて死亡したって事件、覚えてるか?絶対あの時に死んだ娘の幽霊なんだよ。」

と、加藤さんは真剣に話を続ける。


「あの時の川の増水の時に死んだ子供だなんて、やけに具体的に子供の正体を限定するじゃないか。」と、青山さんが言う。

「いや、初めてあの子が俺の家に訪ねて来た時、実は手招きされるままにあの子について行ったことがあるんだよ。そうしたら川のほとりまで歩いて行って、その先を見ると一人の女の人が立ってたんだ。

その女の人も、子供と同じように俺を手招きしてたんだ。あの瞬間、何かヤバイと思って走って逃げたんだよ。それから、しっょちゅう俺のアパートに子供が来るようになったんだ。」


後でよく考えたら、あの場所は、川の増水で死んだ親子が発見された場所だったんだ。俺、あの大雨の後に、たまたまあの辺(あた)りを通りかかったことがあって、その時パトカーがいっぱい停まってるのを見たんだよ。絶対あの親子に間違いないよ。」

「ひょっとして、お前のことを父親だと思ってるのかも知れないぞ。母親が美人だったらそのまま一緒に暮らしたらどうだよ。」

と、青山さんが冗談を言うと、加藤さんは、怒るどころか、ますます青ざめた顔をして

「夜が来るのが怖くてたまらないんだよ。」と震えるような声で返答した。

「そんなに言うんだったら、ちょっとお前のアパートに泊まりに行ってみるよ。2人の方が心強いだろ。」

と、青山さんは言い、その日の夜に加藤さんのアパートに泊まりに行くことにした。



その加藤さんのアパートは、駅から歩いて15分くらいの所にあった。親子の水死体が発見された場所は青山さんも知っていたが、このアパートからだいたい300mくらいの場所である。

2人でビールを飲みながら他愛もない話をして時間をつぶし、夜になった。0時を過ぎて1時をまわった。

「今日は来ないみたいだな。」

と青山さんが言ったとたん、加藤さんが

「ほら、来た!」

と、引きつった顔をして震えるような声で言った。


「今、ノックの音が聞こえただろ?コンコンッって・・。」
「いや、俺には何も聞こえなかったけどな。」

「ほらまた!外からノックしている!」

青山さんには何も聞こえない。「お前、何言ってんだよ。何も聞こえないぞ。」

「来たんだよ、あの子が・・。」

「そんなに言うんだったら、俺がドアを開けてやるよ。どうせ誰もいないだろうけど。」

そう言って青山さんは立ち上がり、ドアまで歩いていくとガチャッとドアを開けた。

誰もいない。

「ほら、やっぱり誰もいないだろ、お前の空耳(そらみみ)だよ。怖い怖いと思ってるからそんな音が聞こえるんじゃないのか?」

そう言いながら青山さんが加藤さんの方を振り向くと、加藤さんは目を見開いて怯(おび)えた表情で

「いるじゃないか! ほら、今、お前の目の前に立ってるだろ!」と叫んだ。

しかし相変わらず、青山さんには何も見えない。

「何、言ってるのか意味が分からないけど・・。」と青山さんはつぶやき、再びドアの外の方を振り向いて、

「その子供って、俺のすぐ目の前に立ってるんだよな。じゃ、この辺りか?」と青山さんは自分の足元を指で指し、そのまましゃがんで、加藤さんの言う、その「見えない子供」と目線の高さを同じくらいにして話しかけた。

「お嬢ちゃん、どうしたの、こんな時間に。家を間違えたんだったら、俺がお母さんの所まで送っていってあげようか?」

何も見えない青山さんにとっては全くの冗談のつもりで、加藤さんの前であえて言ってやった。

だが、次の瞬間、加藤さんは「やめろ!」と叫んで、ドアまで走ってくると、いきなりドアをバーンと閉めた。その行動と表情から、加藤さんが真剣であることが分かった。


「ふざけたのは、ちょっとまずかったかな?」

青山さんが少し反省していると加藤さんは

「さっき、お前が言ったセリフと同じようなセリフを、俺もあの子が初めてうちに来た時に言ったんだ。それからだったよ、あの子がたびたび俺の部屋に来るようになったのは。

あの時、親切めいたことを言ったのがまずかったのかも知れない。それで俺につきまとってきたのかも・・。お前も今、同じようなセリフ言っちまって・・・これから気をつけろよ。」


「またぁ・・脅かすなよ、まあ、ふざけたのは悪かったけど・・。もっとも、あの子が本当に俺のアパートに来ても俺には見えないようだし、ノックの音も聞こえないようだから、どうってことはないだろうけどな。」

毎日のように大学で顔を合わし、極めて普通に付き合っている加藤が、この時だけは真剣な顔をして怯えていたのが妙に現実味を感じた。

「じゃ、その子供ってのは、加藤にだけ見えてるのか? やっぱりあいつは正常で、本気で言ってるのか?」

色々と考えながら青山さんは、その日はそこで加藤さんと一緒にザコ寝した。


次の日から加藤さんは数日ほど大学を休んだ。結局引っ越すことにしたらしい。部屋の片づけがある程度終わった頃、加藤さんから青山さんに電話があった。

「おう、あの時は見苦しいところを見せちまって、すまなかったな。引っ越したよ。今度は飲み屋街のド真ん中にあるようなアパートだよ。外が一晩中でも賑(にぎ)やかだから、それが逆に安心出来るよ。」

「良かったな。結構俺も気にしてたんだ。しかし、あの時のお前の顔ったら、ビビり上がってて、今思い出しても面白いよ。」

「もう言うなよ、またいつか遊びに来てくれよ。」

「おう、じゃあな。」

そう言って青山さんは携帯を切った。だが次の瞬間、青山さんの部屋のドアをコンコンとノックする音が聞こえて来た。時間は夜中の0時30分くらいだった。

「誰だよ、こんな時間に。呼び鈴があるのにわざとノックするなんて。

そうか!加藤だ!あいつ、いかにも自分の部屋から電話してきたような雰囲気だったが、実は俺のアパートのすぐ近くまでこっそり来て、電話してきやがったんだ。それでノックして、あの子供の幽霊の真似をして俺を脅かそうって気か。」

青山さんは、ドアまで歩いて行って勢いよくドアを開けた。

「かとおぉぉー、お前、バレバレなんだよ。」

だが、ドアの前に立っていたのは、4歳くらいの黄色いワンピースを着た女の子だった。髪も服もずぶ濡れで、水がぽたぽたとしたたり落ちていた。女の子は青山さんに向かって手招きをしていた。

今度は青山さんにもはっきり見えた。それと同時にあの時、加藤さんが言った言葉を思い出した。

「あの時、親切めいたことを言ったのがまずかったのかも知れない。」

青山さんは、見えなかったものが見えるようになってしまった。