大学卒業後にある企業で経理を担当していた阿部さんが、ギター製作の道に足を踏み入れたのは24才のとき。高校生になる前にギターと出会い、一時はギタリストを志すほどのめりこんだが、夢やぶれてもギターだけは忘れられなかった。
「ギターというのは、感性を伝えるのに最適な楽器だと思います。たとえば、現の弾く位置を少しずらすだけでも音の表情が変わりますし、もっとも表現豊かに演奏できる楽器といえるでしょう」
昔から木工には興味があった。ギター製作なら世界に名だたる逸品をつくれるかもしれないという思いもあった。「つまり、自分の可能性を追い求めてみたかったのです」。かくして、阿部さんは安定した生活を捨て、夢とロマンを求め続ける人生を選択する。厳しい徒弟制度の中での修行は8年に及んだが、「今思うと楽しかった」と当時を懐かしむ。
東京でギター製作に従事した後、帰郷したのが16年前、郷里での制作活動に不満はない。「都会だと、せかされるようで納得いくまで没頭できないんです」。営業に力を注げば売上げが伸びる可能性もあるが、それより製作に集中できる環境を優先する。円熟期にある阿部さんのギターは、海外からも注文が届くなど今や国内外から注目を集めている。
50代はひたすら製作に打ち込み、その後は後世に技術を伝えたい、と将来の抱負を語る阿部さん。さらには、少年のように照れながら理想のギター像を明かしてくれた。
「いつか、ひだまりのような暖かい音を出せるギターを製作できれば」
ギターは製作されたその土地固有の音色を持つという。阿部さんが理想とするギターは、いつかきっと、このおだやかな瀬戸内の地が育んでくれるに違いない。