+ + 天高く + +



秋。

木々はにわかに色づきはじめ、そうした木々の葉からのぞき見える天は、どこまでも高い。
青き空にたなびく白い雲は、流れゆくのが早い。
まるでなにかに急かされているようだと…思わず壬生霜葉は思ってしまった。


壬生は、秋という季節は嫌いではない。
では、好きかというと……それもよく分からない。
そもそも、何かに執着するような感情を、彼は持ち合わせていなかった。

だが、それでも…色づきはじめた葉などを見ていると、不思議と心落ち着くような感じがするのは
事実である。
そういう意味においては、「好き」と言えるのかもしれない。





「…………………」




何かが、聞こえた気がした。

怪訝に思いつつ、あたりを見回す。



ここは、鬼哭村より少し離れた山の中。
村の者も、用がない限りは立ち入らないような場所。
そんな場所に壬生がいる理由は、「…人が来ないから、落ち着く」であるからだ。

しかし、確かに聞こえた。
物音、動物の鳴き声、などでなく……確かな人の声。
それも、聞きなれた者の。




「おーーーーーーーーーーーい、誰かいないのかーーーーーーーー?」


今度は、はっきり聞こえた。
それも、近い場所から。

声は、あろうことが、頭上から聞こえてきた。



「………………………何を、してるのか?悠樹」



目の前の木――それこそ、天まで届くかと思われるほどの高い木――の上に、見知った少女の姿。
緋勇悠樹が、そこにいた。



「あ、壬生!こんなところで会うなんて奇遇だよな!」

「…………本当に奇遇だね」



くどいようだが、場所は普段人が立ち入らないような山の中。
さらにいえば、悠樹は普通人が登らないほど高い場所にいる。

奇遇、というよりもむしろ、奇跡に近いものがあるかもしれない。




「………もう一度聞くが、何してるんだ?」


こんな山の中、高い木の上にいる少女。
それは、壬生の理解力の枠をはるかに逸脱した存在であった。

壬生の問いかけに、木の上の少女は苦笑しながら答えた。


「ちょ〜〜っと上を目指して登ってたら、気が付いたら、こりゃちょっと、降りるの難しいんじゃないか?
って高さまできてしまって、困ってたところだけど」

「………………」

壬生、呆れてものも言えない。
しかし、そんな彼に構わず、悠樹は言葉を続ける。

「それでさ、できたら們天丸あたりでも呼んで来て欲しいんだけど」

「……何故彼を?」

「ん?あいつ天狗だから、これぐらいの高い場所でも平気だろうしさ」

「…………………その必要はないよ」



悠樹のいる木の真下。
顔は彼女の方を見たまま、壬生は両腕をゆっくりと広げた。



「そのまま飛び降りるといい」

「は?」

「……大丈夫、君1人ぐらい、ちゃんと受け止めてみせるから」



彼にしては頗る珍しく…小さな笑みをうかべて、そう言った。

飛び降りろと言われて、素直に飛び下りるにしては…不安な高さに彼女はいた。
だけど、はっきりと「受け止めてみせる」と言い切った壬生の言葉と、その笑みが、彼女を安心させ
て―――



木の枝から身を投げる。






耳の側では風をきる音。





だが、それはほんの一瞬の出来事であり――







刹那の後には、壬生の腕の中に悠樹はいた。






顔をあげるとそこには、呆れたような、笑っているような、複雑な顔の壬生霜葉。


「ははっ、悪いな!手間かけさせて」

「本当だな……普通はあんな場所まで登る前に気づくだろうに…」




なんだってあんな高い場所まで登ってしまったのかと聞けば―



「…空がね…天が、すごく高かったから、つい目指してみたくなったから」




という、彼女の答えに「君らしいな」と、納得せざるを得ない。


「……煙となんとかは、高いところが好きだというしね」

「……………そういう壬生だって、高いところ、好きなんじゃないの?」

「さて………別に嫌いではないけどね」

「壬生の『嫌いじゃない』ってのはつまり、『好き』ってことだよね」


何を根拠にしているのか、自信満々に彼女は言い切った。
反射的に反論しようかと思ったが、言われてみると確かに、その通りかもしれない。

秋という季節も、「嫌いじゃない」。
高いところも、彼女のように登りたいとは思わないものの、高い空を眺めたるすることは多い。
そして今、自分の腕の中にいる少女のことも――



「……嫌いじゃない、かな」




無意識のうちに小さく呟くと、悠樹は耳ざとく聞きつけて、「何が?」と好奇心をたたえた瞳で見て
くる。
子供のようなその様子に、またしても笑みが浮かんでくる。
そして、彼女の問いに、答えは一言だけ。



「……さあね」

「うわっ、秘密にするとは男らしくない!それでも、ついてんのか?!」

「……………そういうことばかり言うようなら、このまま川に投げ込むよ?」


さきほどから悠樹はまだ壬生の腕の中であり…自由は奪われた状態である。


「ぎゃー!降ろせー!!」

今更ながら、じたばた暴れるも、結局のところ力では男である壬生には敵わない。
壬生は平然と、暴れる少女を抱きかかえたままであった。


「悪いけど、こうしているのが嫌いじゃないから…しばらくこのままでいようか」

「………そういうのを『助平』って言うって知ってる?」

「知っているけど……悠樹だって、こうされるのは嫌いじゃないだろ?」

「……………………卑怯者………」



ぐったりと脱力して、恨みがましげにそう口にはしたものの…確かに壬生の言うとおり、こう
抱きかかえられているのが、決して「嫌いではない」というではないから困ったものである。
それに、いつもは無表情な壬生が珍しく穏やかな顔しているものだから、


(ま、いいか……)


と、思う。





そんな2人の頭上、はるか高い場所では、雲がどこまでも流れていた。




健 露より

ながつき様から、またまたSS、戴いてしまいました
リクエスト内容は「女主と壬生のSS、今度はご先祖」という、これまた抽象的なもので。
そしたら、男装女主の悠樹ちゃんがやってきました。
さっぱりとした物言いが、すごくツボで。
高いところから飛び降りるのを受け止める、このシチュエーション、すっごく好みなのです
vv
そしてやっぱりセクハラ(?)気味に壬生さん。好きです。
とうとう『助平』呼ばわりされてしまいましたが(笑)。
季節を感じさせてくれるSS♪
壬生(先祖)は書き慣れていらっしゃらないと言うのに、無理を聞いて下さって(感涙)……。

素敵なお話、本当にありがとうございました


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