クリスマス。 彼と彼女が出会った年のクリスマスよりも少し前のこと。 燃えるような赤い髪の男の一太刀は、的確に彼女を体を傷つけ、危うくその命すらも奪ってしまう あの瞬間のことを、今でも忘れられない。 彼女を。 <黄龍の器>などではなく。 緋勇澪という、たった1人の彼女を永遠に喪ってしまうかもしれない。 あの凍てつくような恐怖。 彼女の体に傷が残ったのと同様に、彼の心に刻み込まれた恐怖という名の傷跡。 「………………傷」 我知らずのうちに、紅葉の口からこぼれた言葉に、澪は「え?」と聞き返した。 そう。 「ま、骨だって一度折れたら、もっと丈夫になって復活するし。ぼくは大丈夫だってば」 と、分かるような分からないような理屈をならべてくれただけあって、彼女はすっかり元気であった。 袈裟懸けに入った、朱色の線。 「……澪、服脱いでみて」 彼女は一瞬、きょとんとした顔になり…みるみるうちにその顔色が赤く染まっていく。 「何言い出すんだー!!紅葉ーーーーーーー!!!!」 「……別に、そういう意味で言ったんじゃないけどね…そうか…そういう意味でとられたってことは、 「意味わかんないし!!というか、なんで近づいてくるわけ?!」 「いや、期待にこたえてみようかなって思ってね」 表情はあくまで、からかい半分の笑顔で――しかし、ちゃっかりシャツのボタンを外しながら近づいて とりあえず澪が蹴技を連発して抵抗したので、危うい展開は回避されたようだが。 「あの日、柳生につけられた傷が、気になってね」 「?……そんなに目立たないと思うけど………」 「そうだね。けど、気づいてるかい?君、体が火照ってる時とか…傷後がうっすらと赤く浮かび 「うん、お風呂の時とか、そう思う………って、何で紅葉が知ってるわけ?!」 「そりゃ、ね。例えば、君を抱いてる時とか…」 「ああああ!!!すいません、もう聞きません!だからそれ以上言わないように!!!」 顔を真っ赤に、ムキになる彼女を見るのは好きだ。 だが、それで彼の傷が消えるわけではない。 彼女の消えない傷が示すのは、彼女を守れなかった自分の罪。 彼女にしてみれば、この傷はあの変態(柳生のころらしい)が勝手に斬りつけてきたものであって、 「…少しだけで、いいよね?」 躊躇いがちに、襟元を少し開ける。 その傷跡に吸い込まれるかのように――彼は彼女の襟元から、傷のある鎖骨近くに、口付けを 「すまない――こんな傷を許してしまって―――」 まるで泣いてるかのような、弱々しい声だった。 途端―――旋律が体中に走った。 さきほどまでは口付けだけだったものが…急に傷跡を舐められて。 反射的に、澪は思いっきり紅葉を蹴り飛ばしていた。 「痛いな……何をするんだい…」 「それはこっちの台詞!いきなり何をするんですかいっ!!」 「傷跡を舐めたら、治るかなと思ってね」 「なるほど……って、嘘つけー!!下心が感じられたってば!」 「そりゃ、当然下心はあるわけだし」 「開きなおるし?!」 またしても、顔を真っ赤にしてムキになる彼女。 表情をころころ変えて、まっすぐな感情をぶつけてくれる。 勿論――彼女をこのままにしておくつもりはない。 彼が笑みをうかべた途端に、不意をつかれたかのように彼女がおとなしくなった。 一瞬の口付けの後、口から出てきたのは――あの時のクリスマスには伝えられなかった言葉。
「メリークリスマス、澪」
あの日、あの時のクリスマスの続きを、今のこの時に。
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