―――あなたと一緒に、いたいから。




―――もう少しで、年が明ける。
 壬生紅葉は階段を上りながら、ふとため息をついた。すっとその切れ長の瞳を動かし、眼下の街を見下ろす。
・・・繰り返される生の営み。生きようとするヒトの光。
けれど彼らは知らない。そんな風に懸命な明かりを消す、闇の者達が存在する事を。
「平和、か・・・」
 それはかつて、一部の人間―――高校生によってこの街にもたらされた恩恵。
だが、その恩恵を知る者は少なく・・・ただ、与えられるがままにそれを享受している。
「・・・それも、いいのかもしれないな」
 薄く微笑む。こんな事、昔の自分では考えられないことだ。
自分だけが被害者であるかのように振る舞い、身勝手な『罪の意識』という名の自己満足に浸り、何も知らぬ人間たちを嘲笑し哀れむ。・・・それが、誰よりも愚かだった自分の姿。
 けれど今は違う。変えてくれた人がいるから。
こうして・・・他人を、殺した後でも。前を向いて歩いていける。殺した人間たちのことを軽んじるようになったわけじゃない。ただ・・・悩むだけが償いではないと、知ったから。
「・・・寝てるかな、さすがに」
 誰よりも強い人。誰よりも優しい人。誰よりも脆い人。誰よりも輝いている人。
・・・誰よりも、愛しい人。
彼女の事を思うだけで、胸が熱くなる。自分が、誰かをこんな風に想える人間だなんて思ってもみなかった。・・・全部、彼女がいてくれたから。
 時計を見る。12時を少し回ったところ。実は子供っぽい部分の多い彼女の事だ、きっともう夢の中だろう。
「声、聞きたいな・・・」
 そんな事を素直に口に出す自分に対し、小さく苦笑する。
・・・本当に、変わったものだ。
 丁度階段を上り終わった。角にある自分の部屋の方へと向かい・・・そして驚きに足を止めた。
だがその驚きの元凶の方は、紅葉を認めるや否や嬉しそうに駆け寄ってきた。
「紅葉、お帰り!おそかったのね」
「り・・・理佐?どうして・・・」
 後は言葉にならなかった。自分が相当間抜けな顔をしているであろうことは分かっていたが・・・それにしても。
「ん。ちょっと会いたくて」
「あ、会いたくてって・・・」
 開いた口が塞がらないとは、まさにこのことであった。・・・どこの誰が、『ちょっと会いたくて』などと言う理由で真夜中に他人の家の前にいるというのだ?
 そこまで考えて、はっと気付いた。
・・・彼女が「会いたく」なって、待ち始めたのは、いつ?
「理佐・・・手、貸して」
「え?あ・・・」
「・・・冷えてるね」
 案の定、である。理佐の小さい手は、ゾッとするほどに冷たくなっていた。
それを指摘すると、理佐の方は悪びれた様子もなくチロリと舌を出した。
「えへへ♪」
「誤魔化してもダメだよ」
「は〜い・・・」
 静かな様子の裏にある怒りを感じ取ったのか、理佐は抵抗をすぐに諦めたようだった。
「・・・で、いつからいたの?」
「う・・・く、9時半から・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・」
 最早ため息をつくしかない。・・・まったく、彼女という人は・・・!
「・・・紅葉、怒った?」
「・・・いや、怒ってないよ。それで用は何なんだい?まさか、何も用事がないわけじゃないだろう?」
「うん。あのね、言いたいことがあって」
「何?」
「えっとね・・・」
 そこまでで一旦言葉を切り、理佐はふわりと微笑んだ。そして、優しく。
「紅葉・・・新年、明けましておめでとう!」
「・・・・・・・・・え?」
 はたと気付く。・・・そう言えば、今日・・・いや、もう昨日か。その日は大晦日だった。でも・・・
「・・・それだけ、かい?」
「あら、とっても大事なことよ?『最初』は紅葉が良かったんだもの」
「・・・どういう・・・」
「だからね!」
 怪訝そうな紅葉の言葉を遮り、理佐は背伸びをして紅葉に詰め寄った、その迫力に、思わず一歩退いてしまう。
「今年『最初』に会うのは紅葉。今年『最初』に私の声を聞くのは紅葉。今年『最初』に紅葉の声を聞くのは私。今年『最初』に紅葉の笑顔を見るのは私。・・・今年『最初』の紅葉の記憶に残るのは、私」
「理佐・・・」
 何と言っていいのか分からない。ただ1つ確かに感じるのは・・・愛しいという、想い。
 抑えきれない、言葉に出来ないほどの愛おしさ。それが導くままに、彼女の冷えた身体を抱きしめる。
「その・・・なんて言ったらいいか分からないけれど・・・」
 理佐は答えない。されるがままに抱き寄せられ、黙って紅葉を見つめる。
 そんな中、懸命に言葉を探す。・・・少しでも、愛する人の想いに応えるために。
「―――愛している。僕には何も出来ないけれど、誰よりも君を、愛している・・・」
「・・・ありがと。私は紅葉がいてくれるだけで十分だよ」
「理佐・・・」
 困ったように、でもどこか嬉しそうに理佐を見つめる。
当の理佐の方はというと、悪戯っぽく笑って。
「ほら、紅葉・・・私、まだ紅葉から新年の挨拶聞いてないよ?」
「・・・そう、だね。理佐・・・」
 言葉を止める。一息、吸って。・・・万感の、想いを。
「明けましておめでとう・・・来年も君と新年を迎えられることを、祈っている・・・」
「ふふっ、紅葉は欲がないのね?私なら・・・」
 ぎゅっと抱きついて、紅葉の耳元に唇を寄せる。
雪が舞い散る。
白き花片の饗宴。
囁く声は、その一つ一つに紛れて。
それでも、何より確かなものとして。
・・・二人の心に降り積もる。


「来年、じゃなくて。・・・死ぬまで紅葉と、過ごしていたいよ・・・?」



・・・だって。



ずっと。



誰よりも愛しい。



―――あなたと一緒に、いたいから・・・


健 露より

唯我様のHP『蒼月夜』から戴いた(というより、かっさらってきた)
フリーの新年SSです♪
女主の理佐ちゃん、仕草とかがとっても可愛いです〜。
唯我様の書く物語は、とにかく人の心情や動きの描写がとてもリアルで説得力があり、
壬生くんとか特に格好いいので、
いつかキリ番獲ってやろうとか、野望を抱いているのですが(笑)。
フリーということで、問答無用に戴いてまいりました。
 
かわいいお話が戴けて、幸せです★


戻る