ふと、夜中に目が覚めた。
周囲は闇に包まれていた。
閉まりきっていなかったカーテンの隙間からもれる僅かな月光だけが、部屋を満たす光源。
そして――両手の中の、龍羽のぬくもりだけが。確かな、熱源。
女性にしては背の高い少女は、綺麗に――まるで、測ったように両腕の間に納まる。
細くて。柔らかくて。あたたかくて。
寝起きのため、はっきりとしない思考にも、確かな心地よさを与えてくれる。
確かな安堵感が、心を満たす。
一体いつから、彼女がこうして傍にいることに、慣れたのだろう。
こうして、彼女と肌を触れ合わせて――彼女のぬくもりを抱いて眠ることが、とても幸せだと思えるようになったのだろう。
以前は、逆に他人が傍にいるときは一睡もできなかった。
人の寝息が耳について、僅かな身じろぎにも反応して、飛び起きてしまうことが殆どだった。
でも――それも、今や過去のことだ。
今は逆に、このぬくもりがない方が、眠ることができない。
『仕事』のため、彼女と離れて。独りで眠りにつく夜に、安らかな眠りは訪れない。
離れているという、言いようがない不安に。寂しさに。心が、揺れて。
そして――ただ、彼女のことを想いながら、強引に身体を休ませるための、眠りにつく。
だから。
少しでも離れていた後は、できるだけ一緒にいたかった。
手をつないで。肩を寄せ合って。そして――肌を、触れ合わせて。
『離れていたくない』。その想いのままに――本能の、赴くままに。
ただ、そのぬくもりを抱いて、感じて。自分と同じ体温に、したくなる。
彼女と同じ体温を持って。
この離れた身体を――1つにしたいと、願う。
身体の温度は、心の温度と繋がっている。
だから。2人で同じ時間を過ごすときに。2人で、同じ温度を持ちたいと思うのは。
『恋人』として、当然の思考だろう。
『恋人は、まるでオアシスのようだ』と読んだのは、何の本だったか。
それも、間違いではないとは思うけれど。
自分にとっては――『まるで睡眠薬のようだ』と、いうのが。一番当っている言葉かもしれない。
睡眠導入剤よりも、強烈に。
安定剤よりも、容易に。
素早く有効量に到達する、魔法のような『睡眠薬』。
副作用のない、必要不可欠な『睡眠薬』。
――そこまで考えて。
壬生の頬に浮かんだのは、苦笑だった。
「……ん……」
その時。
小さく――ほんの小さく漏れたのは、龍羽の寝息。
目覚めるか、と少しだけ身体を起こして。そっと、その寝顔を覗き込むと。
彼女は開かない瞼のまま、少しだけ眉根を寄せて。なにやら考え込んでいるような――悩んでいるような。そんな表情を見せていた。
いつも、自分のちょっとした(?)からかいに、見事に反応して。真っ赤になって、パニックを起こして。それでも――少し時間が経つと。必ず自分の傍に戻ってきてくれる。
そんな、普段から喜怒哀楽の激しい少女は、どうやら眠っているときも同じらしい。
百面相のように、ころころと替わる寝顔に視線を奪われ。壬生はそのまま少女の動向を見守る。
するりと。龍羽は何かを探すように数度、手を周囲へと滑らせる。
そして、触れた自分の腕に。眉根に込められた力を、少しだけ抜いた。
頬に浮かぶのは。まるで、『目的のもの』が手に入ったときのように、嬉しそうな笑み。
その笑みのまま、するりと。捕らえた腕に掴まって、身体を寄せてくる。
同時に、足もするりと近いて。少しだけ冷たく感じる少女の脛が、自分のそれに絡む。
そのまま何度か、するすると。悪戯するように、絡んで――何かを確かめるように、幾度も触れて。
やがて。
安心したのか。動きを止めると同時に、再び深い眠りの園のへと落ちていった。
いつの間にか唇の端に浮かんでいるのは、安心したような笑み。
そして――とても。
幸せそうな、表情だった。
そんな少女の姿に、壬生はくすりと笑みを漏らすと。
「……おやすみ、龍羽」
自分から手を伸ばさずとも、近付いてきてくれた少女の耳元に、そっと囁きを落として。
瞳を閉じた。
そして。眠りの園へと落ちていく最後の思考を掠めたのは。
先程の、苦笑の理由。
副作用がない――というのは、間違いだろう。
この『常用性』は、すでに副作用の一部なのかもしれない。
1度使用すると、2度と手離せなくなるとは、よく言ったものだ。
だからこそ――使い方は、慎重に。
そして――扱い方は、丁寧に。
それは。
『睡眠薬』だけでなく。『恋人』も同様なのだから。
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