最近、よく耳にする着信音がある。
その発信源は、龍羽の携帯電話。
基本的に、彼女はあまりコロコロと変えるタイプではないから(恐らく面倒だと思われる)、その着信音の主が誰であるかはわかっていた。
だから、とくに相手を問いただすこともなかったのだけれど。
「……ね、紅葉」
躊躇いがちに、そう龍羽が切り出したのは。お盆も過ぎようか――というころの話。
「19日から一泊で、出かけてきていい?」
龍羽の通っている専門学校は、7月中旬から夏休みに入っている。
そのため、思う存分バイトに励み。それこそ、土日もずっと何かかしらのバイトを入れていたはずだ。
そんな中の、いきなりの『一泊』の申し出。
しかもその日は――龍羽の20歳の誕生日の前日で。
だから。
「……『ダメ』だって言ったら、行かないの?」
少しばかり、彼女に向ける視線に――寂しげな色を乗せて。
壬生は、少しだけひねくれた口調(少しかい!?)すら、その感情のせいだよ、と。言葉のないまま雄弁に語ってみせた。
何しろ、彼女の言葉の中に『ひとりで』という単語はなかったが、自分に伺いを立てている以上、自分を連れて行く気はないのだろうということは、明確で。
壬生も夏は『仕事』が多忙のため(やはり夏は怪談の流行る季節だからか?)、土日といえど休みなどほとんどなく、もちろん今週末も『仕事』が入っている。
だからといって、龍羽が『一泊する』というときに『おいていかれる』のは、やはり釈然としない(我侭?)。
龍羽も、それがわかっているからこそ、このような――躊躇いがちな口調で伺ってきたのだろう。
けれど。
そういうことがわかったからといって、それに素直に頷くのは。また別の問題なのである(……やっぱり、我侭?)。
そんな壬生の思考は、しかし龍羽も読むことができたらしい(さすがに長い付き合いになってきたからね)。
いつもは言語道断に『却下』と言われるか――実力行使で阻止されるかがほとんどだったため(……イヤな止め方だなぁ)、その反撃(?)は予想外だった。
彼は、自分のことを――それこそ、自分以上に知りつくしているといってもいいほどで。
だから案の定。そんな彼の弱々しい瞳を見てしまっては。ちょっとだけ、くらりときたけれど。
意地悪な言葉の裏に含まれた、寂しげな雰囲気にも。ちょっとどきどきとしたけれど。
奇跡的に、耐えて(笑)。
しかし、そのために生じた沈黙に耐え切れず。
言い訳するように、ぽつりと呟いた。
「……だって。仕方ないでしょ? 親が帰ってこいって言うんだもん」
龍羽の自宅は東京のはずれにある。
そのため、鳴滝から修行を請うために――そして真神学園に進学するために。彼女は、高校3年になると同時に、新宿にマンションを借りて独り暮らしをはじめた。
しかし。
その独り暮らしは、僅か9ヶ月ほどで終わりを迎える。
……新宿中央公園で柳生に斬られて。生と死の境をさ迷って。
無事生の世界へ帰還したと同時に、壬生と想いを通わせて。
見事(?)、『恋人同士』となったのは、いいものの。
クリスマスイブに退院が決定して、さて自宅に帰ろうとしたときに。
迎えに来た壬生は。平然と、こう言った。
『龍羽、帰ろう』
『うん、帰るよ』
『部屋の掃除は、しておいたよ』
『わ〜、ありがとう!』
『ただ家具の配置だとか細かい荷物の整理は終わってないから……僕も手伝うから、頑張ろうね』
『……はい?』
『今日の夕食は、蕎麦でいいかな? ほら、一応引っ越し祝いということで』
『…………はい??』
そんなこんなで、訳のわからぬまま連れてこられた壬生のマンション。
そして。
その年のクリスマスプレゼントは、『恋人の家の鍵』どころか。『恋人付きの家』だったという事実に気がついたときには、既に遅く(遅すぎ……)。
以後。2人は壬生のマンションで、一緒に暮らしている。
しかし。
その事実を、未だ龍羽は実家には説明していない。
家族といっても、もちろん『実の』ではなく。緋勇弦麻が中国で死亡した後、龍羽を引き取ってくれた、父の妹夫婦だった。
その家には、自分より7つほど年上の男の子が――つまりは、兄が1人いた。
実際は従兄という関係柄となる彼は、しかし年が離れたためか、突然現れた妹を非常に可愛がってくれていた。
それこそ、遊びに行くときには一緒に何所へでも連れて行ってくれたり。勉強を見てくれたり。自分でも、べたべたに甘やかされたと、思う(……壬生には怖いので、言っていないが=正解です)。
東京に出て独り暮らしをする際に、最も反対したのも、この兄だ。
そんな彼に『今、男の子と同棲しているのv』なんて言った日には。
もう……その後の阿鼻叫喚図(!?)は、容易に想像できる。
それこそ、殴りこみどころか、警察沙汰になる予感もある(ただしこの場合、兄は無事五体満足で生き返れるか、わかったものではない)
だから。
一応、前に借りていたアパートは解約したが、その理由は『鳴滝さんの家に住まわせてもらえるようになったから』という、なんともすぐには信用されそうもない言い訳で強引に乗り切った。
ちなみに。
引越し(といえるのか、あれは?)の後に鳴滝に会った際に、そのアリバイ作りを頼むと。彼は、少々引きつった笑いを浮かべて――それでも了承してくれた。
言い訳として利用される鳴滝にも悪いとは思い、1度はやはり実家に真実を告げようとも考えて。そのことを、1度壬生に相談したことがある。
けれど。
その時、彼はあっさりと『大丈夫だよ』と、にこやかに答えた。
……2人の裏で、どんな取引があったかは知らないし。知りたいとも、思わない(堅実です)。
だから。
この現状が、ばれるのが怖くて。
今までも何度も実家からの呼び出しを受けていたが。何やかにや理由や予定を入れて、逃れてきた。
もしこちらに来ることがあっても、家の外でしか会っていなかった。
しかし。
さすがに、よからぬ疑いを持ち始めたらしい(……いや、その疑いは、全くもって事実なのだが)。
そのためだろうか。
今回の龍羽の誕生日は、帰って来て。久々に、家族水入らずで過ごそうと。
兄直々に、1日に何度も何度もメールや電話で攻撃を仕掛けられていたのだ。
「……ふ〜ん」
そんな龍羽の説明に、壬生は気のない返事を返した。
読んでいた本から、視線をあげようともしない。
だから、演技であれ――本気であれ。彼が、あまりいい気分でないことだけはわかった。
それはそうだろう。
一応、2人は恋人同士(……一応?)。
一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて。それこそ、一緒に寝ることも、時々……いや、結構ある(笑)、『らぶらぶ』の仲。
そんな2人にとって、『誕生日』はやはりビックイベント(?)だろう。
一緒に暮らしていても、外で待ち合わせして。ちょっと高めのレストランで食事して、その後夜景の見えるちょっと大人向けのバーで、軽く飲み物を――なんてのもいいな〜なんて思っていたりも、した(龍羽、夢見すぎだって……)。
けれど。
「――じゃあ、仕方ないね」
壬生は、意外に(?)冷静に。そう、ぽつりとつぶやいた。
それこそ、そのままなし崩しに――強引に押し倒されて、訳のわからないままに前言撤回させられるかもしれないと予想していただけに(こらこら)、それは気が抜けるほどで。
それでも。
気が変わらないうちに決定にしてしまわないと、それこそ身の危険は避けられないだろうから(笑)。
「じっ、じゃあ、あたし準備してるね!」
慌てて、自室に戻り。服や化粧道具など最低必要物品をカバンに詰め始めた。
……そのため。
龍羽にとっては、幸か不幸か。
リビングに残された壬生の、その……とっても意味深な笑み(怖っ!)を見ることはなかった。
これが。
やっぱり、というかなんと言うか(笑)。
後々、大きな災いを引き起こすことになるということを。
龍羽は未だ、知らなかった……。
□ □ □
その後も何事もなく時間は過ぎ(笑)、龍羽は予定通り8月19日に実家へと帰った。
「ただい――」
がらがらと、少々古風な玄関を開けると同時に。
「おかえり、龍羽!」
その音を、何処で聞きつけたのか。はたまた、待ち構えていたのか。
開いた扉の先に立っていたのは、満面の笑みで自分を迎える兄の姿。
ちなみに。既に結婚して、妻もいる。もうすぐ生まれる子もいる、と聞いている。
しかし。
妹に――自分に対する愛情は、少しも薄れることはなかったらしい。
それに、苦笑しつつ。
「……ただいま、おにーちゃん」
龍羽は、この家を出たときと同じ、子どものような笑顔で。
自分にのみ許された、彼の代名詞を呼んだ。
時間は経っても変わらない、家庭の雰囲気。
そんな中で、両親と兄夫婦に囲まれた食卓について、久々の『家庭の味』を満喫する。
その後、リビングに移って。家族揃って、『お土産に』と壬生が用意してくれた手作りのケーキを食べながら。
これまた久々に親子水入らずの会話に盛り上がっていた。
「いやあ、龍羽もお菓子づくりなんてするようになったんだなぁ。上手いぞ、これ」
「……あ〜、ははは(←ちょっと乾いた笑い)」
いつも以上ににこやかな兄の言葉に。まさか、『オトコが作りましたv』とは答えらず(そりゃそうだ)。
龍羽はあいまいな笑みを浮かべたまま言葉を濁す。
そもそも、平日の食事も壬生が作ることが多い。
何故なら、彼が作るほうがおいしいし。手際もよく、無駄な材料を使わないからだ。
だから。いつまでたっても、龍羽の料理の腕は上がる気配は見えない(とある方面からの意見では、そうすることで『餌付け』されている――という意見もある)。
しかし、龍羽もそれを特に問題だとは思っておらず。
その分、選択やら掃除の家事はちゃんと分担していた。
「もう、この家を出て2年半も経つものね……さすがにそろそろ、独り暮らしは寂しいんじゃない?」
そんな兄の姿に(というより、普段とのあまりのギャップに)、苦笑しつつ兄の嫁が問う。
この2人は、龍羽がこの家にいるときに結婚したから、当然面識もある。
一応、龍羽が『小姑』という立場にあることと、シスコンの兄のことを考えれば、仲良くできるかどうか心配だったけれど。
彼女は――それこそ、藤崎亜里沙のように。さばさばと明るい性格で。龍羽を可愛がってくれていた。
もうすぐ『母』になるということで、体系だけでなく以前と雰囲気も何処か違う気がするけれど。その気軽さは変わらないらしい。
そう思いながら。
「……まぁ、そんなでも」
と。当たり障りなく、答えたのだけれど。
「――もしかして! 『カレシがいるから寂しくないわ〜v』なんて、言っちゃったりして!」
などと。
ある意味、とっても大きな『爆弾発言』を落とすから。
……暫しの、奇妙な沈黙の後。
「「ゆ、ゆ、許さんぞ〜!!!」」
男2人――すなわち、父と兄の大声と。
机を叩いて立ち上がる、大騒音(?)が。
リビング一杯に、響き渡った……。
そんな2人を呆然と見守る龍羽に対し、妻2名は平然とお茶を飲みつつケーキのお代わりなどしている。
『おいしいv』などという、その場の雰囲気に似合わぬ会話は、しかし龍羽の耳には届く間もなく。
「ほっ、ほほほ、本当なのか? 龍羽っ!」
「どこの馬の骨に引っかかった! 龍羽、誰だその男は!!」
それまでの笑顔など名残もなく。それこそ般若のような険しい表情で(笑)詰め寄ってくる父と兄に。
「へっ、は!? あ、あのぉ〜!?」
龍羽は、『誤魔化す』という単語を忘れてしまったように。ただ、そんな言葉を発するだけで。
……それが、全てを物語っていたらしい(だって、すごくわかりやすいし)。
「ふふふ……ということは、本当なんだな!?」
どこかキレた笑いを浮かべる2人。
そのキレ様に。正直、親族ながら。本気で『怖い』と、思ってしまった(笑)。
それに対して。
ケーキを食べ終えて、満足したらしい女性陣は、そんな2人を押しのけて、龍羽に詰め寄る。
「ねぇ、龍羽ちゃん。その人、いい男?」
「ちゃんと仕事している人なの? 借金とかはないでしょうね?」
「あら、お義母さん。そんなことより、やっぱり相性の問題じゃないですか?」
「でもねぇ、無職で借金だらけで――という人を愛せるか、といったら。それは、やっぱりチャレンジャーでしょう」
「……そう言われれば、そうかもしれませんね」
「でしょ? やっぱり、男は経済力よ! 龍羽、ちゃんと相手の収入はチェックするのよ!」
2人の勢いに押されつつ。違う意味で、圧倒される龍羽だった。
『……それでいいのか?』などという疑問が、一瞬だけ脳裏を過ぎったが。この2人、どうやら本気らしい。
ただ、男性陣とは異なり、どうやら反対はしていないらしい――ということを咄嗟に悟った龍羽は。
まず、この2人を味方につけるべく、行動を開始する。
「えーとね、借金は、ない。ちゃんと仕事も、してる(内容は、絶対に言えないけど)」
「そう! で、かっこいい?」
「……顔は、いい。スタイルも……いい(……ちょっと思い出し笑い)」
「あんたメンクイだしね。やっぱり、まず顔に惹かれたの?」
「(さすが母、見抜いている……)ま、そうなのかな……?」
「龍羽ちゃんが『カッコイイ』っていうなら、相当だよね! 見てみたいなぁ〜」
「そうね。そのうち連れていらっしゃいな」
「「――だっ、駄目だ駄目だ!! うちの敷居は、跨がせんぞ!!」」
何やら、勢いで決まってしまいそうな『龍羽の彼氏がやってくる』という計画に。男性2人が猛反対する。
けれど。
「――いいじゃない」
「――いいでしょ?」
……そんな。
実にあっさりとしていて、さらりとしていて(……梅酒?)。
それでいて、容赦ないまでのきっぱり感を持つ、そんな一言で。
見事に、封じられることとなり。
「「……………………はい…………」」
父と兄は、ただ黙って。頷くしかなかった……、らしい。
ちなみに、この4人の姿を見た龍羽の感想は。
この2人の親戚ならば。
自分も、いずれ。紅葉に対抗できるかもしれない――勝利できるかもしれない、ということで(笑)。
かなり、勇気付けられたらしい(笑)。
□ □ □
「ふぃ〜!」
龍羽は、1つ大きく息を吐き出すと。
出ていった頃と変わらない自室の、用意された布団の上に倒れ込むように寝転んだ。
結局あの後、全員の追及から逃れることができずに、色々と白状させられて。
その上、ショックのあまり『酒でも飲まなきゃやってられん!』と思ったらしい、父と兄の相手をさせられて。
やっと、開放されたのは。もう12時になろうという時間。
冷凍庫から失敬してきたアイス食べつつ。布団の上でごろごろしながら、学生時代のアルバムなどを見てみる。
こういう夜に、壬生と離れていることは、珍しい。
彼が『仕事』で家にいないということは、それこそ多いが。逆に彼だけが残されるということは、滅多にない。
だから。
今頃、彼は1人であの部屋で、何をしているだろうか――寂しく、ないだろうか。
そう思って、遅くなったけれどメールを打とうか、と思った瞬間。
手にしていた携帯電話から、流れ出したのはメール着信の合図。
その音楽は、ただ1人のために設定しているもので。
だから。送信者は見ずともわかったから。
慌てて、ボタンを操作して、メールを開く。
その途端。
流れ出すのは、聞き覚えのある、オルゴールのメロディ。
『HAPPY BIRTHDAY TO YOU』というタイトルのみのメールは、開くと同時に同じ名の音楽を、繰り返し演奏する。
ふと壁にかけられた時計に目をやると。丁度、12時を越えたところで。
つまりは――8月20日になったところで。
つまりは――自分の、誕生日で。
「……ありがと、紅葉」
離れていても、忘れなかった誕生日に。
一番に、告げてくれた祝いの言葉に。
龍羽は、嬉しくて嬉しくて――胸が、いっぱいになって。
小さく笑みを漏らながら。メールに対して、そう独り言を呟いてみる。
……すると。
「どういたしまして」
何故か、返答があった(笑)。
初めは、当然空耳かと思った。
しかし、それにしてはものすごく聞き覚えのある――現実味のある声で。
彼には、この家の場所は伝えていない(だって、強引に押しかけそうだったし←信用ないなぁ、壬生)。
ましてや、部屋の場所などなおさらだ。
だから。どこぞの『忍者』でもなければ、彼がこの場にいるはずがなく。
それでも。
慌てて、周囲を見回してみたのは。やはり、『まさか』という可能性が、完全に捨てきれなかったからだろう(やっぱり信用ない……)。
ぐるりと視界を回して、この部屋の唯一の外部との接点である、窓を見やると。
そこに、1つの影を見つけた。
咄嗟に、身構えようとする龍羽。
しかし、それより早く、カーテンが外からの風を受けて孕み……夜空に輝く、月光が。室内を照らし出す。
晴れた夜空に浮かぶ月光は、人口の蛍光灯の灯りより眩しく。
はっきりと――ばっちりと。その影が、『誰』であるか。見えた。
だから。
「――なんで、いるの?」
次に、龍羽の口から漏れたのは。
そんな――実に自然で、当然な。
壬生に対する、問いだった。
「もちろん、君の誕生日祝いに」
しかし、壬生はそんな龍羽の言葉など平然と受け流して。腰を下ろしていた窓枠から立ち上がると、龍羽の傍へと寄ると。
「やっぱり、『彼氏』としては。『彼女』の誕生日に、お祝いをしないわけには、いかないだろう?」
未だ呆然としたままの龍羽を、自然に抱きしめる。
未だ、龍羽の手の中にある携帯電話からは、『HAPPY BIRTHDAY TO YOU』の曲が流れている。
そんなバックミュージックの中。暗闇に、2人きり。
……当初想像していたような、ホテルでもなく。一緒に食事をしたわけでも、ないけれど。
やっぱり。自分の誕生日を、祝ってくれようとする、彼の気持ちは――愛情は。はっきりと伝わってきて。
とてもとても、嬉しいから。
今、どうやってこの場にきたのか、だとか。不法侵入だ、だとか。
そんなことは、とりあえず。遠くの棚に、放り投げて――忘れてあげても、いいかもしれない(いいの!?)。
だから。
龍羽は、少しだけ警戒のために強張らせていた身体から、力を抜いて。
「……ありがと、紅葉」
先ほどは、直接。彼に言えなかった、お礼の言葉を。
彼の耳元へと、囁くように。そう、告げる。
すると。
「あらためて――誕生日、おめでとう。龍羽」
壬生は。
とてもとても綺麗に――笑って。
龍羽の唇に、そっと自分のそれを、寄せて。
優しい、キスの。
『プレゼント』を、くれた。
□ □ □
そして――翌朝。
目覚めたとき、龍羽の傍らに壬生の姿は無くて。
ちゃんと、布団に潜って眠っていた。
あの後。
自分の見ていたアルバムだとかを、壬生と一緒に見ていたのだけれど。
気がついたら、自分は眠ってしまっていたらしい。
……一応、寝巻きが乱された様子はないか調べてみるけれど(本当に、信用ないね……)。そんな様子もなく。
さすがに、龍羽の実家で『コト』を起こそうとしなかった分、彼にも一応の常識(笑)はあるのだなぁと、認識を改めて。
昨夜の名残の、幸せな気分に浮かれたまま。上機嫌で(それこそ、スキップでもできるほど)、朝食を食べるために階下に降りて。
「おはよっ!!」
元気に挨拶して――ダイニングに入ったところで。
龍羽は、それまでの認識を。思い切り、覆されることになる。
そこにいたのは、母と義姉。
男性陣はよほど深酒したのか、2人共姿を見せていない。
なのに。
確かに、そこには。1人の、男性がいて。
しかも。
悠々と、食卓に座り――更に、朝食まで食べているではないか(笑)!!
「……壬生くん、お味噌汁のおかわりは?」
「ありがとうございます、いただきます」
「玉子焼き、少し甘いんだけれど大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ。龍羽が好きだから、うちの玉子焼きも甘いです」
「やっぱり! あの子、甘い玉子焼きじゃなければ食べないからね」
「でも、おいしいですねこれ。ダシの他に何か入れているんですか?」
その、あまりにほのぼのと――その場の雰囲気に溶け込んでいる人物は。しかし昨日は、この場にいなかったはずの人物で。
いや、深夜だけは自分に会いに来てくれたから、全くいなかったとは言えないけれど。
朝起きたらいなかったのは、やはり『見つかったら悪いから、帰ろう』と思って、窓から帰ったと思っていた。
……確かにそれは、自分の勝手な想像でしかないし。壬生に、確認したわけではない。
けれど。
まさか、まさか。
こんなことになっているなんて、思わないではないか(そりゃそうだ)。
「――く、く、くっ、紅葉っ!! 何でこんなとこにいるの!?」
それでも。
やっと龍羽が言葉にできたのは、そんな――ある意味、自分の認識の甘さを認めるような(?)言葉で。
その声に、やっとこちらに気がついたらしい壬生が、顔を上げる。
その顔の中に――というより、瞳の中にあったのは。
……何やら、『してやったり』という表現がお似合いの色で。
それを認めたときの、龍羽の感想は。
『やられた』という――もので。
それこそが、ある意味――誕生日を一緒に過ごさずに、家族を優先させたという自分に対する、壬生の仕返しなのだと気がついたときには。
時、既に遅し。
「……いや、誕生日というのは、やっぱり君のお母さんにも感謝しなければならない日だろう?」
『だから、黙って帰るのも悪いから、挨拶しようと思って』と。
しれっと――至極当然とばかりに、そう言う彼には。さすがに、『カチン』ときた。
だから。
「〜〜だからってね!」
怒りの言葉を、そのまま彼にぶつけようとするけれど。
それより早く、彼に声をかけたのは。
「あら、壬生さん。もっとご飯いるかしら?」
「――おかーさんっ!」
「食後は、コーヒーでいい?」
「――おねーさんまでっ!!」
そんな――どちらの味方かわからない、女性2人の声で。
しかも、にこやかに――無断宿泊を咎めるような様子も見えない2人に、この場では自分こそ不利だということに気がついた……。
緋勇龍羽。
本日めでたく、20歳ちょうど。
その記念すべき誕生日に、まず考えたことといえば。
父や兄が起き出す前に、いかに壬生を食卓から――いや、この家から追い出そうかと、いうことだったり、する……。
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