そんな擬音語が似合う歩き方。否、やや小走り。 時折、ふと立ち止まって何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回しては、視界に目的物を見つけられず再び移動する。 途中小石につまずいて、へちゃりと転んだりもする。
緩やかな傾斜が、だんだんとその角度を変えていく。 何か ――― その明るい表情からして、おそらくは探していたもの ――― を見出して。 ぱたぱた、そちらへと駆けていく。
山の中程に二、三畳分ほど。休憩所のように少しだけ開けたそこに木々の影はなく、遮られることのない陽光を受けて草が茂り、小さな小さな原っぱになっていて。 細く束ねた長い髪が、静かな風に小さく靡いているのが見えた。
とてとてと、その傍に寄る。 言葉はない。微動だにしない。 そのまま彼の隣、左側にぽすんと座ってみる。 やはり、言葉はない。
その視線の方向を確かめて、同じ場所に目をやる。 木々の間隙はそこだけ広くて、下の様子が見下ろせた。 と。 その一連の動きを不思議そうな顔をして見上げたが、他に何か変わった様子がある訳でもなく。 再び、二人同じ場所へと視線を放(ほう)った。
四半刻。
―――― 半刻。
次に動いたのは、青年の隣。 隣の少女、その肩が触れていた。 大した重さは感じられない。別段気にすることもない。 まるい、大きな瞳。 それも、別に構わないから。
そしてそこは再び、そよ風だけが五感を掠めるのどかな空間に戻った。
夏が、近づいてくる。 さわ、と草がそんな風を浴びて鳴る。 と、それを合図としたように。
「何を、している? ‥‥‥ 緋勇」 初めての言葉は、青年の方からだった。
「楽しいですか? ‥‥‥ 壬生さん」 少女の方も、相手の方を見やることなく。
「どうか ‥‥‥ な」 少し上向いた視線で。
「とりあえず、朝餉(あさげ)や昼餉(ひるげ)よりは、壬生さんの興味をそそるものなんですね」
にこにこ、と ―――― 「‥‥‥ かも、知れないが ‥‥‥」 むしろ自分のことすら分からない、といった、そんな不可解そうな顔をする。
なぜ自分がここにいるのか、それさえも分かっていなかったのだから仕方ない。 少しだけ、記憶の糸を半日分だけ手繰り寄せてみる。
今朝目を覚ましてから、ここに来た。 何を考えてのことか、自分でもよく憶えていない。 視界には、“鬼”の住まう村。けれどそれはどこの村落とも何ら変わりなく、ごく普通の景色しかないから、何の感慨もあるはずがない。 それが食事の準備によるものだと気付いたのは、ずっとずっと後のこと。
隣りに少女がやってきた、その後のこと。
そろそろ、日が南中する。 そんな風に考えるようになったのは。
魂がないと、言われてしまった自分。 新撰組。 別に、新撰組をはじめ幕府やら会津藩やら、そういった組織自体に不満を抱いている訳ではなかった。 何かを深く求めること自体、元来あまりする方ではなかった。
彼女に、逢った。
初めて逢った時からこんな調子で、無邪気な表情はまるで童(わらし)のよう。年が自分と一つ二つしか違わぬと聞いて、心底驚いた。 けれどそんな外面とは裏腹に、彼女の魂は暖かく、優しく、時に熱く、激しく。 そんな彼女が、自分の力が必要だと言ってくれた。
そして、今は ―――― 自分を満たす、何かがある。
たった今、気付いた。 独りで見ていた時には何の変哲もない情景のように思ったものが、傍に彼女がいるだけで随分と違うように見えたのは、別の角度で物事が見えてくるからだ、と ―――― だが逆に、彼女自体を正面から見ることが出来なくなる、そんなこともある。 かつて“魂”は「ない」と断言された身。
「壬生さん ‥‥‥?」 再び、沈黙が訪れた。 呼ばれた当人は少しこちらを向いて、驚いたような目で、しばらくじっとこちらを見ていたけれど。 相も変わらず、下の村を見つめ続ける。
そして四半刻。
―――― 更に、半刻。
太陽が与えてくれる光は、ぽかぽかと暖かくて優しい。
初めて見たその顔に浮かんでいたのは、微かな厭世観。 けれど、幾重か重ねた布の下からは、確かな人の温もりを感じ取ることができた。 それがまた幸せを運んでくるから ―――― どうも、離れられない。 拒まれないなら、尚のこと。
自分の中には、溢れてくる何かがある。 ときに持て余す程のそれを、どうすればいいか分からなかった。
けれど、自ら「魂が無い」と言う彼に触れて、初めて“それ”の遣り場を知った気がした。 飽和以上の自分と、空っぽの彼と。 傍にいたい。だから、追いかける。
今日も、追いかけて。本来の目的をも、忘れてしまうほどに。
それを思い出させてくれたのは ―――― くぅるるる、と情けなく鳴いた、腹の虫。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
そこにあるはずもない音だから、何ぞあったかと、こちらを向かれると。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ えへへ ‥‥‥」 笑って誤魔化すしかない。
「‥‥‥‥‥‥ そういえば私、壬生さんを昼餉に呼ぶために、ここに来たんでした ‥‥‥」 小さく肩を竦めて、照れて紅潮した頬を隠すように手を頬に添えると。 その拍子に、触れていた肩がふと離れる。 あ、と小さな声を漏らした隣の表情が、幾ばくか名残惜しそうに見えたのは気のせいだろうか ――――
「‥‥‥下りる、か」 言ってゆっくりと腰を上げる青年を、じっと見上げる。 「お前にいつまでも、ひもじい思いをさせる訳にはいかないからな ‥‥‥」 「え‥‥‥って、壬生さんは、お腹空いてないんですか ‥‥‥ !?」 上目遣いの瞳をぱちくりさせると。 刀を背負い、着物を整え、下山する準備をする。 「‥‥‥ 行こう、か。緋勇 ――― みい」 すっと、目の前に差し出されたのは右手。 直接触れた手は、先程よりもずっと確かな温度を伝えてきて、つい頬が緩んでしまう。
「壬生さん、私の名前、憶えててくれたんですねッ」
新たな発見に、彼女 ―――― 緋勇 みいが満面を笑みで染めると。
それから、繋いだ手を決して離さずに。 初夏の暖かい風の中、ゆっくり、ゆっくりと坂を下りていった。
―――― 了 ――――
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という訳で。キリ番12221を獲得された白様のリクエストで、
「壬生 霜葉と女主」のSSです。
そしてリクエスト内容は「ほのぼの」だったのですが。
ここまでほのぼのしてていいのか? ‥‥‥ってくらいほのぼのです(笑)。
女主の名前、ずっと決まりませんでした。最後の最後でやっと登場。
変な名前‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥(笑)。
外法帖での女主の名前は、基本的に平仮名にしてるので。真名(漢字)だと「未衣」。
今年は未年なので♪(え)。
それに1847年も未年で(単純計算ではそうなる‥‥‥ハズ。本当は違うのでしょうけれど)。
そしてこの娘は「緋勇 和衣」ちゃんのご先祖に当たるので、「衣」を付けました。
でも平仮名だと、なんかネコの鳴き声みたい‥‥‥‥‥‥。
愛称は「ひーちゃん」でなくて「みーちゃん」ですか?(笑)。
呼ぶのがこっぱずかしいですね(笑)。
そして何より、
同期入社の同僚の娘さんと同じ名前なんですが(漢字が違いますけれど)。
‥‥‥‥‥‥それはどうでもいいコトですね。
このみいちゃんのお話は、続く‥‥‥のかな?
リクエスト如何です。
出身地は‥‥‥‥‥‥‥‥‥どこだろう‥‥‥、やっぱり播磨国でしょうか。
こんなのですが。リクエストして下さった、白様に捧げます♪