くじらの町 下関

以外に知られていないことだが、下関は、くじらの町でもある。

捕鯨が盛んだった頃は、捕鯨基地として栄えたのである。

今でも調査捕鯨の時には、下関から捕鯨船が出ているのである。

下関が、どれくらい、くじらの町なのかというと、
町のいたるところに、くじらがあるのである。


ここにも、


ここにも、


ここにも、


ここもまでも!!

・・・すんません、
思ったよりありませんでした。

それはそれとして――


毎月「くじらの日」だって知ってました?

閑 話 休 題 閑 話 休 題 閑 話 休 題 閑 話 休 題 閑 話 休 題 閑 話 休 題

が、
しかーし

下関の人間は、ただ くじら捕って食う
だけではありません!


これは、新下関水族館にある、
「くじらさん ありがとう」の像
決して感謝の気持ちを忘れないのです!!

ちなみに、新下関水族館 海響館の建物は、
くじらをイメージして造られたそうであるが、
あまり、くじらというイメージはない。


どちらかというと、巨大なか、といったところである。
カラーリングにも問題があるのではないだろうか?

と思いきや、上空から見るとこうなっているようである。


だがこれは、くじらなのか?
どちらかというと
サメに見えるのだが・・・

閑 話 休 題 閑 話 休 題 閑 話 休 題 閑 話 休 題 閑 話 休 題 閑 話 休 題

上は、新下関水族館の写真ですが、
開館当初は、アジア最大の水族館であった、旧下関水族館には、
鯨館なるものが造られ、
くじらにまつわる、もろもろの物が収められていました。


これが鯨館勇姿


小高い丘の上にあるのである


でかいのである

全長25メートル、
内部の床面積は、129平方メートルある。
その下には、シロナガスクジラの背骨も展示されている


旧下関水族館は閉鎖されてしまったが、
鯨館
今も関門海峡の船の安全を見守っている。

この鯨館は、
昭和33年(1958年)に、
体長25m、重さ130tのシロナガスクジラをモデルとして建設された。
ちなみに、「くじら館」とひらがなで書くと、
くじら料理の店になるので、ご注意。

旧下関水族館の閉館に伴い、この鯨館も閉鎖されてしまったが、
現在は、長府の櫛崎城址と一緒の公園として開放されているので、
その圧倒的な外観は、今も間近で拝むことができる。

それでは、在りし日の鯨館の内部を少しお見せしよう


鯨館のお尻にある入り口から入ったところ
天井が肋骨のようになっている


くじら館の口に当たる所から
関門海峡が見渡せた
手前にあるのは、イワシクジラの胎児の標本


頭の方から、入り口を見たところ


クジラの脳の標本
左から、
オキゴンドウ クジラ
ナガス クジラ
ハナゴンドウ クジラの脳


クジラの乳首の標本

ちなみに、旧下関水族館が閉館される少し前に、
くじらの生殖器の標本が、
盗まれていたのは秘密である。


ヒゲクジラの歯(奥)と
ハクジラの歯(手前)

これは、鯨館にあった「クジラの使い道」を示した図である。

 

肉や脂肪、内臓を食用として いただくのはもちろんのこと、
「クジラには捨てる所がない」と言われるように、
いろいろなものに使用されていたのである。

だが、今となっては、これらの代替品はたくさんあり、
くじらの肉を食べなくても、たんぱく質は充分に摂れるようになった。

くじらを捕る事を、文化、伝統として残していくのが正しいのか

それとも、くじらを愛すべき隣人として保護していくのが正しいのか

人間の「自我」「優しさ」では、
「優しさ」の方が優れているように言われるが、
その「優しさ」とやらは、いかに中途半端で曖昧なものか・・・

それでもやはり、「自我」を抑える事が人間的であるとされる 昨今、
「自我」には いささか分が悪い・・・


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