ケッチャム略歴
  ジャック・ケッチャムは筆名であり、彼の本当の名前はダラス・ウィリアム・メイヤーである。この筆名の由来となったのは、ニューメキシコでの列車襲撃より、クレイトンで絞首刑にされたトーマス”ブラックジャック”ケッチャム。1800年代後半に「ブラックジャック・ケッチャム・ギャング」を率いた有名な無法者だった。

ジャック・ケッチャムことダラス・メイヤーは、1946年にニュージャージー州リヴィングストーンで生まれた。ボストン大学にで、文学を専攻した後、卒業後は英語の教師、材木のセールスマン、俳優、出版エージェントなどを経て、1981年「オフシーズン」にて35歳の遅い作家デビューを果たした。
  国内ではただの一作たりとも邦訳されてないのが惜しまれる短編も評価は高く、1995年には「THE BOX」という作品でブラム・ストーカー賞を受賞している。


これからケッチャムを読む皆様へ
  ジャック・ケッチャムの作品は爆発的に売れることがない。スティーヴン・キングの絶賛を受け、その著作が多くの人に読まれてからも、爆発的に売れるということはなかった。しかし一部でカルト的な人気を誇り、限定版で発行されるハードカバーは即日売り切れてしまうという。
  その理由は、「隣の家の少女」を読んでいただければ明らかだろう。日本国内でも『スティーヴン・キング絶賛!』の腰巻きとともに売り出されたこの作品は、ひとことで言うと、とてつもなく不快な小説である。この作品を読んだ人は、口を揃えて途中でやめたくなった、でもやめられなかった、と言う。
  「隣の家の少女」は、交通事故で両親を失った少女が、虐待にあう小説である。設定からして悪趣味以外のなにものでもなく、読者は読みはじめてまず、この作品を読みはじめたことを後悔する。その後は読み進むうちに、とにかくこの少女を助けたい一心で読み続けることになる。以後はネタバレになるので控えるが、読み終えた読者にはとにかく不快な本を読んだ、という印象が残ることだけは間違いない。
  しかし、この作品を読み終えた読者の一部は、続けざまに次のケッチャム作品に手をつけることになる。そんなに不快な小説なのに何故?単に悪趣味なのだろうか。
  「隣の家の少女」の中には、単なる不快なだけではないものを見ることが出来る。いつだって主人公は恐怖に打ち勝ち、最後にはまた温かい布団で眠ることが出来る小説を読みながら、現実とのギャップに首をかしげている私たちにとって、ケッチャムの作品はとてつもなくリアルだ。それは私たちが目を背けている心の暗部にまで土足で踏み込み、血反吐をばらまいて去っていく。読者が望もうと望むまいと、本当の恐怖はすぐそこにあることを、ケッチャムはリアルに語ってみせる。それが「隣の家の少女」が不快たる所以であり、一部の人が次の作品を手に取る理由だと、私は思う。
  もちろん「隣の家の少女」だけでなく、ケッチャムの作品はいつでもそうだ。先ごろ邦訳された「オフシーズン」は、食人族を題材にした作品だが、《食人族》という非日常的な、どこか遠くの国でもしかしたら存在しているかもしれない、程度の認識の人類を、読者の隣り町まで引っ張り込んでくる。もちろん、ここでもケッチャムは《リアル》な展開を繰り広げる。それは本当に私たちが恐怖に出会った時《小説のようにはいかない》ことを知っているように。
  これからケッチャムの作品を読む皆様には、ぜひ「隣の家の少女」か「オフシーズン」を読んで欲しい。この二作が、最も鮮烈な印象を残し、そして最もケッチャムの特徴を顕著に示していると思えるから。もちろん、他の作品も素晴らしいが(個人的には「老人と犬」が一番好きだ)、ともするとつまらない小説に感じてしまうかもしれない。他の作品は後の楽しみにとっておくことをオススメする。
  未だ邦訳されないたくさんのケッチャム作品が、陽の目をみるためにも、皆様がケッチャム作品を気に入ってくれることを願う。


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