天気図講座

天気図の見方講座 第1部

1.なぜ天気図か

 

 現在の天気の概要を知り、将来の見通しを得る手段としては、気象衛星写真やレーダーなどを使って現況を知り、その外挿から将来を知る方法があり、有効です。にもかかわらず、一見わかりにくい天気図を使用するのはなぜでしょう。それには歴史的な背景もありますが、主な理由は天気図から大気の運動を大局的に捉え、広い領域の環境を知ることが有用だからです。その環境下でどのような現象がおき、どうなるかを考えることによって広い視野に立った幅のある考え方ができます。気象衛星の写真やレーダーの画像に現れた現象の原因や環境とその変化をまず理解するように努めます。環境の変化が現象にどのように影響し、現象がどのように変化するかを予想することから天気の予測をすると見通しがよく、幅のある考えをすることができます。天気図からどのような運動が起きているかなどの環境情報を取り出せなければ、天気図は使わずに衛星写真などからの外挿だけから天気を予想するほうがはるかに効率的です。天気図からどれだけの情報を取り出すことができるかは予報技術の一部ですが重要な一部であり、人によって千差万別です。この技術をたかめることによって、天気図を見る楽しみが大きくなります。

 

2.天気図の種類

 

 天気図には、いくつかの種類の高度のものがあります。通常よく見るのは「地上天気図」、「850hPa天気図」、「700hPa天気図」、「500hPa天気図」、「300hPa天気図」です。天気図には等圧線やそれと同等の意味のある気圧面の高度を示す等高度線が描かれています。天気現象は地上からおおよそ上空10キロ程度の高さまでの対流圏といわれる層でおきます。数種類の高度の天気図から3次元の空気の運動やそれに伴う変化を見出そうとするわけです。また、上昇流や飽差や相当温位などを描いた補助図もあります。

 

地上天気図

 各地の天気、風の強さ、温度など我々が気象と呼んでいる事項を確認する天気図です。通常の天気予報はこれらの事項の将来予測をすることです。この天気図ではいわゆる気圧配置を確認します。高気圧や低気圧の位置関係を見ます。

 大まかには低気圧とその周辺部が雲が多く、雨が降ったりしているいわゆる「天気の悪い」地域です。低気圧に伴う前線は教科書などでは風向の変わるところとなっていますが風向変化が明確でないこともしばしば経験します。現に起きている現象を地上天気図で十分確認して、まずその現象は何であるか(低気圧に伴う雨とか、低気圧はないが何故か雲が出ているとか)とその発生理由を考えます。実況を説明できなければ予測はできません。「実況は神様です」。

 しかし、実況を説明することはかなり難しいことも確かです。わからないことはわからないこととして認識しましょう。わかることとわからないことを区別できるだけでも十分です。わかるとは何かといえば、私は高校生に現象を説明できることと考えています。高校生に説明できない言葉は使わないことにして全体の説明ができる考えてみましょう。実況が説明できれば、予報は7割方できたようなものです。

850hPa天気図

 地上から約1500メートル付近です。日変化の激しい地上気温の代わりに気温を見ます。この高度から上では気温は日変化しません。したがって寒気や暖気の動きを見ることができます。温度を見る高度と考えましょう。

 前線の大まかな位置(温度線や相当温位線の混んでいる帯状の領域の南端)や日最高最低気温の目安(おおまかには+10℃が日平均程度、+15℃が日最高程度、+5℃が日最低程度ですが地域季節によりかなり異なります)や雨雪の判定(-6℃程度、北日本では−3℃程度)などに利用します。気圧配置パターンは地上天気に似ています。

 下層の水蒸気の状態もこの高度の相当温位で確かめます。露点が15℃近かったり、相当温位が340K台ぐらいになったら(あるいは分布していたら)大雨に注意が必要です。

 

700hPa天気図

 地上からおよそ3000メートルの高さです。湿度の高い領域(気温と露点の差3℃以内程度)が大まかな低気圧の雲組織の領域を表しています。高気圧低気圧に伴う雲組織の大まかな変化を見る高度と考えましょう。細かい雲の変化はわかりません。やや雲のできにくい高度に対応しており、この高度も湿度が高いと、大体ほかの高度でも湿度が高く、低気圧の組織的な雲域に対応する何層にもなった雲が発生しています。雲の厚さが1000メートルくらいで弱い降水が可能で、2000メートルくらい以上の厚さになると雨らしい雨が降るといわれています。

 また補助図にはこの高度の上昇流をあらわしたものがあります。上昇流の単位はhPa/hourですが、これは0.3cm/sに相当します。小さい数字のようですが、雲粒(代表的な大きさは0.01mm程度)の落下速度に相当します。なお、この上昇流は一つ一つの雲に対応するものではなく、低気圧など伴う広い範囲での平均的な上昇流を表しています。たとえ03cm/s程度の大きさであっても、狭い範囲ではその数十倍くらいの上昇流もありえます。

 

500hPa天気図

 地上からおよそ5500メートルくらいの高度です。高度線の動きから偏西風の強弱(前線の強弱に対応)、うず度の動きから寒気のアクセントなどを見ます。高層天気図の等圧面高度はおおまかには地上(正確には地上付近の等圧面)からその等圧面までの気温に比例しています。したがって等高度線は地上からこの高度までのおよそ5500メートルの厚さの空気の平均気温という意味を持っています。高度線の混んでいるところ(偏西風の強いところ)は地上からこの高度までの平均気温が大きく変化しているところにあたり、性質の違う気団の境目で前線に対応しています。

 補助図にはこの高度のうず度を表しているものがあります。正のうず度はコップの中で水を回転させたときのように、中心がへこんで渦となっているところをあらわしています。うず度が大きいほど中心がへこんでいて回転が強いことをあらわしています。西風が卓越しているところでは高度線だけではうずがはっきりしませんが、うず度は高度分布から渦の強さだけを取り出して示してくれます。高度が低くへこんでいるところは、500hPaから地上までの5500メートルの厚さの層の平均気温が低いことを示していますので、偏西風に伴ううず度のかたまりは寒気の強いところということになります。これが移動してくるといろいろな天気変化が生じます。うず度が偏西風に沿って移動しているときは、偏西風(気団の境目)で特に気温のコントラストのある部分が移動してくることを示しています。このコントラストの強い部分は寒気の温度がほかより低いので自分の重さで下層へ拡散しようとします。これにより地上では低気圧の西側で寒気が下層に広がります。もちろん低気圧の前面ではこれと逆に暖気が上昇しようとしますので、その上昇過程で空気の温度が下がり、湿度が高くなって飽和し雲が発生します。上昇過程で気温が下がっても、気圧が低下して密度が小さくなっていますので重くなるわけではありません。また雲が発生すれば、凝結熱が出ますので、周りより高温となり浮力が大きくなります。

 

300hPa天気図

 圏界面に近く、対流圏の上端の状態を表しています。ジェット気流がよく見えます。ジェット気流は圏界面近くの前線を表しています。下に境界がある地上付近と同じく、上に境界があるため、風が等高線を横切ることもしばしば見られます。ジェット気流の中の特に風の強い部分は500hPaのうず度と同期して移動します。

                                      1999/8/25 金崎

 

3.実況を理解する

 

 天気図の解析作業ではまず、現在の状況を理解せねばなりません。地上天気図と衛星写真を見比べて、低気圧に伴う雲とそれによる天気分布を対比しましょう。また雨の強さを地上天気図の天気記号から読み取りましょう。「地雨」と「驟雨(しゅうう:雨の強さの変動の大きな雨)」の区別はあまり気にする必要はありません。強い雨や雷雨のところをマークしまして衛星写真と比較しましょう。また気圧変化量を注意しましょう。3時間で数hPaも変化しているような低気圧はマークしましょう。

 雲については、地上観測は一番下の面を衛星は一番上の面を見ているため、見えない面があることに注意しましょう。700hPaの飽差が3℃以下の地域はおおむね厚い雲があると考えられます。

 風は陸地の観測所より海上では幾分強い風の吹いていることが多いです。

 自ら等圧線を描く場合には細かいことは気にしないで大雑把に描きましょう。前線の位置は決めがたい場合も多いですが、衛星画像の低気圧の雲域の南側縁辺に近いところです。850hPaの相当温位や気温の混んでいる帯状の地域の南側が850hPaの前線の位置です。地上ではこれより100から300キロ南側です。また夏季には温度コントラストのない前線が現れますので、その場合には相当温位の混んでいるところの多少南程度を衛星写真を参考にして前線の位置としましょう。

 ASASの解析は答えではなく数ある解析例のひとつだと考えましょう。あとでCDに収録されて出版される際には修正されていることもしばしばあります。

                  1999/10/31加筆改訂 金崎 

4.偏西風帯の構造の理解

 

 日本付近など中緯度では北に寒気、南に暖気がありその境目が前線帯です。寒気は重く、暖気は軽いため、前線帯が蛇行して寒気が南下してきた所では地上気圧が上昇し高圧部となり、その東側の暖気が北上しているところでは地上気圧が低下し低気圧が発生発達します。日本付近は南北3000km程度の幅を持つ前線帯でここを低気圧が西から東へ移動します。前線は寒気と暖気を分けるカーテンのように地上から圏界面まであります。このカーテンのような面を前線面といいますが、この動きが低気圧の発生発達を左右します。

 この前線面に沿って正のうず度が移動してくると、ここはほかより気温のコントラストが強いので偏西風付近での力のバランスが悪く、寒気が大きく南下して下層へ広がろうとします。この東側では相対的に暖気が北上して前線面の上を上昇しようとします。

 暖気が多いところでは空気の重さが軽いため気圧が低く、寒気の多いところでは空気が重いため気圧が高くなります。上下方向の空気の層を考えると、冷たい空気は下層にいわば縮んで存在しており、寒気の上にはより上層の密度の小さな空気が比較的多くあります。暖気は逆に寒気よりより上まで伸びて存在しており、より上層の密度の小さな空気は比較的少ない量しか存在していません。つまり下層で寒気が目立つころではその上には上層の密度の小さい空気が周りより多く存在しています。下層で暖気の目立つところではその上には上層の密度の小さい空気は周りより少ししか存在していません。下層の空気の重さと上昇の空気の重さのあわせ技で地上気圧が決まり、低気圧の場所が決まります。

 雲は暖気が前線面を北上上昇する低気圧の前面と寒気が暖気の下にもぐりこもうとする寒冷前線付近で暖気が押し上げられ上昇し、気圧が低下して気温が下がり、湿度が高くなって発生します。どこで多くの雲が発生するかは寒気や暖気の動きにより千差万別ですので、同じことは二度とおきません。これが面白いところであり、難しいところです。

 さて、前線面が地上や各気圧面(850hPaとか500hPaとか)と交差するところが前線です。したがって、各気圧面の前線の位置を知ることが前線面の動きを把握するために必要です。

 地上では前線の位置は風の変化と低圧部の広がり方でおおむねわかりますが、風の変化を伴わない前線や地形によって気圧分布が影響を受けることがあります。前者の例としては前線面の上面を空気が降下しているため、本来の前線からかなり暖域に入り込んだ(カタフロントタイプあるいはコンベアベルトの前方傾斜型)があります。後者の例としては冬型の気圧配置時に本州の太平洋岸は低圧部になり、等圧線の形からだけではあたかも前線がそこにあるように見えることがあります。

 850hPaでは等温線の混んでいるところ、あるいは相当温位の線の込んでいるところです。

 700hPaでは高度線の混んでいるところですが、不明なことが多いです。

 500hPaでは等高度線の混んでいるところで、うず度の流れる高度帯のやや南程度です。

 300hPaではジェット気流付近です。

 

 これらの高度の前線の位置から前線面が把握できます。日本付近は南北幅3000km程度の前線帯に位置していると申しましたが、その中に現実には2から4本程度の前線が存在します。北から「極前線」、「寒帯前線」が2本、「亜熱帯前線」です。極前線は北日本をとおる寒帯前線の北のほうのものの二次前線に見えることもあります。寒帯前線はいわゆる教科書的な低気圧が発生する前線です。北側のものは主に北日本を通過します。南側のものは西日本の北側を通過することもあります。亜熱帯前線は湿度のみの境界で、温度差があまりなく、北側の寒帯前線の影響で 温度差が明瞭化した場合に低気圧が発生します。常にこれら4本の前線が明瞭なわけではありません。

大まかな500hPa高度との対応は、

 極前線       5200くらい

 寒帯前線      5400、5600くらい

 亜熱帯前線     5800くらい

850hPaの温度線との対応は季節によってかなり違います。 

                                     1999/9/12    金崎

5.前線と500hPa高度

 

 さて、天気図を見るときには500hPa面の天気図を見ることが多いので、この高度と前線の関係を理解することが重要です。先に述べましたように前線帯は北から5200メートル付近、5400メートル付近、5600メートル付近、5800メートル付近の高度に対応しています。この高度付近かやや北で正のうず度が流れている高度を見つけましょう。その高度の多少南側の高度線が混んでいるところが前線に対応する部分です。この高度の真下かやや南に850hPaの温度線の集中している地域があるはずです。ただし、850hPaの温度線はFAX図では3℃ごとですので混んだところがわかりにくいこともあります。その場合は気象衛星の雲写真を見て、ジェット気流に対応した「ジェットシーラス」やその緯度帯にある低気圧に対応した「コンマ型」の雲組織などから推定しましょう。

 前線に対応する高度帯のやや北側を流れるまとまった「正のうず度」が寒気が特に顕著で低気圧の後面に流れ込み気圧を上げる部分に対応しています。「正のうず度」が顕著な「寒気」の存在を表すという考えは一般的には成り立ちませんが、偏西風の近傍の寒気の流れの中の1000kmスケールのうずに限れば大まかには正しいと思います。 

 

6.いろいろな量の関係

 

 寒気のアクセントが正のうず度とすると、これが等高線沿いに流れてくるときには前線面のカーテンの北側で寒気の塊が南下の体勢を整えながら移動しているということになります。前線面つまり寒気暖気境界(ジェットや500hPaの等高度線の混んだところであらわされる強風軸)が蛇行を開始する場所は大体決まっていて、ロシア中国国境の山脈地帯です。ここを超えるときに蛇行が目立つようになります。500hPaの等高度線の蛇行が目立つようになるのと同時に850hPaの等温度線が混んできます。

 うず度が寒気をあらわすと考えると、正のうず度のところでは寒気はそのまわりより低温で力のつりあいが壊れやすいところです。山を越えるときに流れがバランスを壊し、寒気が大きく南下し始めます。トラフの西側では寒気が南下しています。寒気は自重で次第に沈降するため、この領域の空気は次第に乾燥します。700hPaの上昇流は正(下降気流)で飽差はしだいに大きくなります。安定度も大きくなります。また寒気(重い空気)が流れ込んだため地上気圧は上昇します。トラフの東側はこれと全く逆で暖気(軽い空気)が北へ流れ込み、前線面のカーテンの上を上昇します。上昇流は負(上昇気流)で飽差は次第に小さくなります。トラフの東側で暖気が前線面を上昇していることを考えると、前線面の傾きは1/300程度ですのでこれに風速毎秒10メートルの南よりの風が吹いていると、およそ3cm/s程度の大きさの上昇流ということになります。このように上昇流は水平流の1/100程度の大きさしかありませんので直接観測される量ではありません。FAX図では上昇流(ω:オメガ)はhPa/hourで示されています。これは上昇する空気が一時間でどの程度気圧が下がったの量です。1hPa/hourはおよそ0.3cm/sに相当しますので、3cm/sは10程度になります。これは前線付近の大体の上昇流の大きさです。先に述べたしたように雲を維持するには十分な大きさです。気圧は暖気のため下降します。

 トラフ付近の寒気が前線面のカーテンの北側の寒気と切り離されるとしだいに地上に拡散するため、寒気の高さはしだいに低くなり、500hPaや300hPaより下層になるため強風軸は東西流になります。寒気はしだいに下層に拡散して回りの空気と同化してしだいに区別がつかなくなります。また、前線面が東西になることで暖気の上昇もなくなります。

 

うず度の接近

  暖気→うず度極大のかなり前方での500hPa高度上昇→850hPa気温上昇

     →上昇流(700hPa補助図)→湿度上昇(700hPa)→安定度低下→地上気圧低下

        

  寒気→うず度極付近での500hPa高度下降→850hPa気温低下→下降流(700hPa補助図)

     →湿度低下(700hPa)→安定度上昇→地上気圧上昇

 

                            1999/10/4  金崎

7.天気の流れを見る

 

 現在の状況がだいたい理解できたらこれまでの天気の流れを見てみましょう。ここ数日間の気象の流れを理解できれば、それを先へ伸ばせば予測もできることになります。数値予報も乱暴な言い方をすれば、外挿を綿密にやっているだけです。

 地上天気図に低気圧はあるのか、あったらそれは発達しているのかどうか2〜3日前の天気図から順番に見てみましょう。中心気圧を見れば発達しているか衰弱しているかすぐわかりますね。もう少し踏み込んで発達衰弱の量もチェックしておきましょう。これで発達が最盛期か頭打ちかがすぐわかります。

 低気圧に対応する雲組織の衛星写真も合わせてみてみましょう。全体の輝度が高くなって(赤外画像で白っぽくなること)いるでしょうか。北側の縁は次第に丸くなって(バルジ)、その北端(リミティングストリームライン)は北へ北へ広がっているでしょうか。雲域の境界が次第に明瞭化して、雲域の外側では雲が少なくなっているでしょうか。雲組織は全体の走行(長い軸の方向)は東西方向からしだいに南北方向に向いているでしょうか。これらは雲組織の発達に対応する変化です。衰弱する場合には逆のことがおこります。

 850hPaの温度線の間隔は狭くなっているでしょうか。風は温度線を直角に横切るように吹いているでしょうか。風速は大きくなっているでしょうか。これらは発達に対応する変化です。

 500hPaの偏西風の蛇行は大きくなっているでしょうか。高度線の間隔は狭くなっているでしょうか。うず度は大きくなっているでしょうか。これらは発達に対応する変化です。

 300hPaのジェット風速極大(ジェットストリーク)は速度が大きくなっているでしょうか。蛇行の部分の風上から蛇行の頂点へ移動しているでしょうか。これらは発達に対応する変化です。

 これらの変化が引き続いていれば、発達過程です。変化が小さければ最盛期かもしれません。

                                 1999/11/3  金崎

 

8.低気圧の周りの流れ

 

 低気圧を特徴付ける3つの流れがあります。暖域には「ウォームコンベアベルト(暖かいコンベアベルト)」という流れがあります。これは850hPa天気図で暖域内で相当温位の高いところが幅数百キロぐらいで帯状になっている状態で判別できます。また風も強くなっています。

 寒気側には「コールドコンベアベルト」という流れがありますが、天気図から知ることは難しいです。また「ドライイントルージョン」といって、乾燥した空気が上空から流れ込んできます。これは雲画像の水蒸気画像の黒っぽい部分の動きから推察できます。この乾燥した空気の流れ込みは低気圧が大きく発達する時期にあります。

 これら3つのうち、「ウォームコンベアベルト」は水蒸気が大量に流れ込んでいるところですので、重要です。「ウォームコンベアベルト」が温暖前線に乗り上げる形になっている場合は低気圧の中心の東側の温暖前線付近から段域にかけて雲が発達しやすくなっています。また寒冷前線に乗り上げる形になっていると、寒冷前線付近で雲が発生しやすくなります。前者は低気圧の発達前期や暖候期などの前線が東西走行の低気圧によく見られます。後者は十分発達しつつある低気圧でしばしば見られます。

 

9.はっきりしない前線

 

 前線は前線面がそれぞれの気圧面と交差するところで300hPaから地上天気図までで特定することが重要と申しました。しかし、実際には圏界面から地上まで完全につながって面になっているものは少数派です。ほとんどの前線は上層だけ、中層だけ、下層だけにあります。特に寒気暖気の入れ替わりの多い春や秋には中層に前線の名残が残っていることがあります。これを天気図で見つけるのは難しいですが、雲写真では上層だけの雲、中層だけの雲、下層だけの雲があることがよくあります。天気図ではたとえば「500hPaでは等高線が混んでいて、強風帯が明瞭だがその下の層では等温線の集中がはっきりしない」など、ある高度にだけ前線帯の特徴が現れていて、その他の高度には現れていないという特徴があります。中層に前線の名残があった場合、下層に寒気が流れ込むなど温度傾度を大きくするような作用があると名残だけになっていた前線帯が再びはっきりして全層に渡る前線面が形成されることもあります。

 

10.これまでの話の参考書

 

 天気図の見方をきちんと解説した本は残念ながらありません。しかし、天気図のことを多少解説している本や天気図を見る際に知っておくと有効なことを解説した本はあります。

 一般的な気象の本は気象学を勉強する学生向けで、天気図の見方や温帯低気圧についての記述はあまりありません。以下に少し参考になる本を紹介します。

 

天気図についての本

 

「新・天気予報の手引き」安斎政雄著 日本気象協会 平成6年 1400円

「気象FAXの利用法」Part1,Part2    日本気象協会 平成7年 3200円

「天気図の散歩道」 永沢義嗣著 日本気象協会 平成7年 2500円

これらは天気図の見方についてかかれている数少ない本です。

 

温帯低気圧についての記述の多い本

 

「海洋気象のABC」福谷恒男著 成山堂 平成9年 2200円

「An Introduction to Dynamic Meteorology」

James R.Holton Academic Press 1992 1万円以下

「Mid-Latitude Weather Systems」

T.N.Carlson Routledge 1994 1万円以下

「Extratropical cyclones」

American Meteorological society 1999 1万円以上2万円以下

「Images in weather forecasting」

M.J.Baderほか Cambridge University Press 1995 1万円以上2万円以下

 これらは温帯低気圧やそれに伴う雲について記述されています。英語の本が多いですが、日本語の本はほとんどありません。値段は大雑把な値段です。

 

いろいろな天気現象について記述している本

 

「お天気の科学」小倉義光著 森北出版 平成6年 2575円

「身近な気象の科学」近藤純正著 東京大学出版会 平成8年 2575円

 これらの本はいろいろな気象現象について書いてあり、こんなこともあるのかと視野の広がる本です。

                 1999/11/21  金崎

 

11.数値予報について

 

 これまで予想図とか実況図とか区別せずに天気図について述べてきました。ここでは予想図について述べます。予測の資料は数値予報の出力がベースとなります。しかし、実況の解析もまた数値予報が関与しています。現在の数値予報は予報解析システムと呼ばれる予報と解析が一体化したシステムになっています。

 解析はコンピュータ上では各格子点に解析値を割り当てる作業ですが、実際の作業はまず、各格子点に前回の予想値を割り当てます。次に実際に観測点が周りにある格子点ではそれらの平均値で格子点の値を置き換えます。したがって周りに観測点のない海などでは数値予報の前回の予想値がそのまま観測値とみなされます。

 したがって、実況の解析図も予報モデルの特性を反映しています。とくにデータの少ない地域ではモデルの特性が色濃く反映されています。

 次に、予想図について考えてみましょう。数値予報では我々が頭の中で考えるような気象の過程はすべて組み込まれています。しかし、いつでも十分な精度があるとは限りません。

 以前の項目で述べましたが、日本付近の前線帯はいくつかの前線が南北にあります。このうち比較的北にある寒帯前線は温度コントラストが強く、このため気圧のコントラストも強く、広い地域で温度差を解消する流れが強いです。また、地域が比較的高緯度なため、地球回転の影響も強く受けます。広い場の温度コントラストが運動を決めることと地球回転の影響による強制力が働くため、小さな誤差の影響が比較的小さく、予測結果の精度はよいと思われます。

 これに対し、南のほうの亜熱帯前線帯は温度コントラストが弱く、気圧コントラストもきわめて小さいものです。このため大きな場の強制力が小さく微妙な力のバランス(ともしかしたら地形の影響のバランス)の運動がおきています。この中で水蒸気を多量に含む空気が流れ込み積乱雲群を発生させます。いったん積乱雲群が発生するとこれに伴う強い空気の流れができ、大きな場の流れが弱いため、大きな場の環境を積乱雲群自身が変えてゆきます。このような現象を精度良く予測するには微妙なバランスを保っている環境の観測を精度良く行い、初期値として取り入れる必要があります。しかし、実際には海があったりして精度の良い初期値が得られないこともよくあります。

 実際にどこに積乱雲群ができるかは微妙なバランスで決まっていると思われますが、実際の空気でも予測モデルの仮想大気でも周囲はほとんど飽和に近い空気があります。したがって予測モデルの中の小さな誤差が微妙なバランスを変え、実際の大気中と違う場所に雲を発生させることがあります。いったん雲が発生するとそれが環境の流れを変えますのでますます実際と違うようになる可能性があります。九州では梅雨時に実際には九州中部とか南部で大雨となっているに、対馬海峡に大雨が予測されるなどの事例があります。

 基本的に数値予報は十分信頼できるものですが、実況から予測の示す状況への移り変わりがどうなるのかを十分理解し、常に実況と予測を比較して予測結果の解釈に必要な修正を加えなければなりません。「数値予報は大局的には十分な精度をも持っており信頼に足るものですが、鵜呑みにすることはできません。自分の納得できる解釈をし、常に実況と比較が必要です。」。

 

 数値予報については、自分で計算したいというのでなければ

「数値予報の実際」気象庁 気象業務支援センター 1994 約2000円

を読めば概要を知るには十分でしょう。

気候シミュレーションに興味のある人は

「気象の数値シミュレーション」時岡ほか 東京大学出版会 1993 3502円

などがあります。  

                         1999/12/4 金崎

 

12.どこに、どんな雲が出るか

 

 さて、雲はどこに発生するのでしょうか。

これまでの話で、前線帯では北に寒気と南に暖気があり、寒気が南へ下層へ、暖気が北へ上層へ向かう過程が低気圧ということがわかったと思います。

ではこの運動によってどのような雲が発生するのでしょうか。

 南の暖気は一般的に湿度が高く、相当温位は下層で高くなっています。これが前線面に近づいて上昇する、あるいは何らかの原因で収束したりすると湿度が高くなり雲が発生します。上昇流が10hPa/hくらいであると、一日でおよそ250hPa上昇します。およそ2500メートルくらいに相当します。気温は10℃/1kmくらい変化しますが、露点は2℃/1kmくらいしか変化しませんので、1km上昇すると気温と露点の差は8℃小さくなります。さて、暖域には特段安定層はありませんので、雲は大きな安定層である圏界面まで発達することができます。相当温位の鉛直分布が下層で高く、中層上層にそれより高い層(安定層)がないと、凝結して熱を吸収した空気は圏界面まで浮力を失わずに上昇できます。圏界面から上は相当温位が非常に高いのでこれより上には上昇できません。暖域ではまず、圏界面まで発達する対流雲ができます。

 対流雲の領域を過ぎた空気は前線面を次第に上昇します。これらの空気は、ほぼ湿潤断熱線に近い気温分布と比較的飽和に近い露点分布となっています。したがって相当温位は上層ほど高い安定な成層となっています。凝結しても浮力は得られません。したがってこの領域では層状の雲が卓越します。

 寒気側は湿度が低く、雲が発生に都合の悪い領域です。しかし、前線面の上の雲から雨が降ってくることもありますし、それが蒸発して湿度を高めることもあります。その空気が暖かい海面で暖められると不安定となり対流が発生して雲ができることもあります。この雲は前線面という安定層が 比較的低い高度にありますので高く発達することはできません。

 これらの雲の発生を天気図から判断することは難しいです。最初の対流雲については850hPaの相当温位が330ないし340K(夏)程度の空気が流れ込んでいるようだと要注意です。前線面をゆっくり上昇しながら発生する層状の雲は700hPaの上昇流の領域とおおむね一致する場所に発生します。

 また、風が等相当温位線を低いほうへ横切って吹いているときは、前線面を暖気が上昇していることを示していますので、雲の発生に好都合な状態です。

 

雲の発生についての参考書は

「気象と飛行」 大石直昭訳 鳳文書林館 1996 3870円

が非常にわかりやすいです。

衛星写真の見方については

「気象衛星ひまわりの四季」 飯田睦治郎 山と渓谷社 1982 1500円

がありますが、今も入手可能か自信がないです。

               1999/12/25 金崎

 

13 日本周辺の低気圧の様相、その1

 

 日本付近は地形のせいで低気圧の卵となる雲が形成されやすいことと、細かく見ると前線帯が3ないし4本ありますので低気圧の形成が複雑で、教科書どおりにはなかなかいきません。

 まず日本付近の低気圧ですが、寒帯前線帯に伴うものがやや大ぶりで(マクロβスケール)、寒帯前線の副次的というか南側のものと亜熱帯前線帯に伴うものはやや小ぶり(メソαスケール)です。

 また日本列島を風が吹き抜けるとき、いろいろな山脈を越えたり、迂回するためミニ前線ができやすいところもあります。最近は「沿岸前線」などと呼ばれることもあります。できやすい場所としては、関東沖、紀伊半島沖、四国沖、九州沖、台湾沖などです。これらの地域はいずれも風向によっては山を迂回する流れが合流する場所となっています。

 これらの場所では、おおむね北よりの風が吹くときに山を迂回する流れが風下側の海上で合流し、わずかな気温差の前線が発生し下層に雲が発生します。この雲は風が続く限りその場所にとどまり、風向が変わると合流場所がずれるため若干移動したりします。しかし、基本的には大きく移動することはありません。

 これらの弱い前線とそれに伴う雲域は海上での現象であり、天気図上の実況に現れることはほとんどありません。数値予報では場合によっては風の合流とそれによるかすかな降水を予想することもありますが、基本的には表現できないことが大半です。

 この雲域に偏西風の波動が近づくと、あらかじめある弱い前線と大規模な暖気の流れ込みの相乗作用により雲域は大きく成長し、また寒気の流れ込みで広い場での温度コントラストが発生し、気圧コントラストが発生して低気圧が発生します。このような偏西風波動が接近しなければ環境の変化とともに前線を維持していた風がなくなり、雲域はしだいに消滅します。

           2000/1/30  金崎

 

14 日本周辺の低気圧の様相、その2

 先に述べましたように日本付近では、前線帯が3〜4本ほどあるため雲も複雑な様相になります。したがって前線帯がどこにあり、どうなるかということを十分検討しなければなりません。極前線は別格として、寒帯前線の北側のもの、寒帯前線の南側のもので多少亜熱帯前線的でもあるもの、亜熱帯前線の3つはどこにあるか、あるいはないのかを十分検討してその動向を予想しなければなりません。

 気象衛星「ひまわり」からの雲画像にはしばしば発達した低気圧の雲として北へ盛り上がった雲域が映し出されています。これにはいわゆる「バルジ」とよばれる巻雲が雲域の北端だけでなく、雲域の中ほどにもあることがよくあります。これらのバルジそれぞれが一つ一つの前線帯に対応しており、その同定を低気圧発生前に行っておかなければ正確な雲域の予想やその結果としての天気の予想もできません。

 これら前線帯は、4.偏西風帯の構造の理解」で述べたように中層の500hPaの流れの場の高度線間隔の狭いところとして確認できます。また「うず度」の「0線」付近でもあります。850hPa、地上での温度線の集中という形での前線の明瞭化は500hPaの流れの変化の中で発生し、最初から明瞭に存在することはまれです。ただ亜熱帯前線の湿度の大きな断絶は事前に存在することがほとんどです。

            2000/2/13  金崎  

 

15 日本周辺の低気圧の様相 その3 梅雨時の低気圧

 

 春から夏へ向かい、大陸が暖まってくると、地上では大陸は低圧部となり、東シナ海では南よりの風が卓越します。南よりの風は大量の水蒸気を含んでおり、相当温位がかなり高い状態となっています。この風はは東シナ海で次第に東よりに向きを変え、大陸の周りをめぐるようにして、日本付近へ流れてきます。

つづく

 

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