5.神奈川県山北町玄倉川水難事故について
(やまきた)(くろくら)
1.経過
8月13日
10:00
グループ一行が現場に到着し、玄倉川を渡って中州にテントを張る。
15:20
ダム管理事務所員が、天候の悪化をキャンプ客に警告する。「危ないですよ。気をつけてください。」
19:00
19時をすぎてから10mm/hを超える雨が断続的に降る。
19:30
玄倉川を管理する神奈川県足柄発電管理事務所が、
19:45
ダム放流の警告サイレンを30分間鳴らす。(通常は10分間)。 河川敷にいた客は、全員がテントを置いて避難する。
19:50
ダム管理事務所員が、中州のキャンプ客に再び警告する。「中州の人たちは、全員がテントの中に入っていて、全く反応がなかった。酒でも飲んで寝てしまったのではないかと思った。」
20:06
ダム管理事務所から警察に連絡する。「危険なところにいるので、退去させてほしい。」
20:20
ダム管理事務所は、職員を普段の4人から9人へ増員し、警戒体制をとる。ダム放流開始する。 毎秒約0.22tではじめ、14日早朝には最大約100tまで増量
21:10
松田署員(警察)が現場到着。避難を勧告する。これにより、21人中3人が避難する。
22:45
松田署員が再び退去を求める。「かなり酔った状態で、注意しても、『うるせえ、警察にそんなこと 言われる筋合いはない。』とかそれは酷いものでした。 気をつけるようにといって引き上げた。」
「避難を求めたが、動くことがかえって危険と判断した。」
「子供もたくさんいるので、夜中に渡るのは危ない。移動は明るくなってからするが、油断せず見張りを立てることを確認した。」
「その後の急激な降雨は予想できなかった。」
8月14日
05:35
大雨・洪水警報発表
早 朝
前夜に避難した3人が川を渡ってテントの様子を見に行く。
全員熟睡。
「危ないから避難したほうがいい。」→「大丈夫だ。」
06:30
雨量が増えたため、ダムの放流量を増やす。
06:30
松田署員現場確認
07:00
松田署員がダム管理事務所に周辺の詳しい地図(地形図)を借りる。ダム管はこれで避難するものと考え、その後警察と連絡をとっていない。
07:30
松田署員がパトカーで巡回し、安全と判断し、そのまま去る。
「全員寝ているようだ。対岸とは陸続きで大丈夫と判断した。」
08:00
8時までの総雨量が114mmに達する。
08:00
一気に水かさが増し、濁流が中州を囲む。
「子供はテントの中にいたようですが、大人は外に出ていた。」
08:04
避難していた3人が119番通報する。
「大人12人、子供6人が中州に取り残されていて、歩いて渡れない。」
09:00
神奈川県緊急非常体制
09:00
9〜10時に時間雨量38mm記録する。
09:30
累計雨量125mmに達する。
09:07
消防隊(救助工作車)が現場到着。既に中州は水没。
09:11
消防隊「川の中州に取り残された要救助者あり、渡河困難。」
10:01
消防隊「要救助者18人は、ひざ上まで水に浸かっている状態。」
10:10
足柄上(あしがらかみ)消防組合が、救助ヘリコプター出動要請。
10:12
救助隊が、対岸の山より要救助者から約80mまで接近する。
10:18
救助ヘリコプター天候不良のため航行不能。
10:27
消防隊、救命発射銃発射。
10:30
警察からダム管に「放流を止めてほしい」との要請。
ダム管「小さいダムですから止めるわけにはいかない。」
警察「何でもいいから止めてほしい。」
10:36
消防隊、ボート搬送を要請。
10:42
消防隊「要救助者状況、腰部まで浸水。」
10:44
消防隊、第1現場ロープ対岸に届く
11:00
ダム管理事務所、ダム放流を5分間だけ止める。
「5分が限度でした。あのまま放流を止めていたら、ダムが決壊して 大惨事につながるおそれがあったんです。」
11:16
消防隊、リードロープは張られているが、救助ロープは水圧に流され張ることができない。
11:35
累計雨量142.5mmに達する。
11:38
要救助者のうち3〜4人流される。すぐに残り全員が濁流に飲み込まれる。
11:41
1歳くらいの男救出。
11:50
丹沢湖に8人くらいの人が流されている。
12:14
消防組合は山北町役場と合同で現地本部を設置する。丹沢湖上をボート3艇で捜索。
12:30
現場の100m下流で、2人が対岸へ避難。
13:45
山北町災害対策本部設置。
14:30
子供1人、男性2人確認。15人が流されているもよう。
14:40
丹沢湖捜索のため手こぎボート、エンジン付きボート計4艇が出動。
17:00
神奈川県は、陸上自衛隊に派遣要請する。
2.その他の資料
・当時、関東甲信越地方で、キャンプ中に孤立した人は、17件401人であった。
(NHK)
・全国で死者16名、行方不明2人、負傷者7名、全壊4棟、半壊13棟、一部損壊19棟、床上浸水686棟、床下浸水3322棟、災害対策本部設置市町村42。
(消防庁)
・救助体制の延べ人数(8/14〜23)
|
消防 |
警察 |
自衛隊 |
動員数 |
1,060 |
1,651 |
1,530 |
ボート |
74 |
34 |
50 |
ヘリコプター |
0 |
7 |
11 |
・山北町の玄倉川橋上流3km地点で、助けを求めている2人を県警ヘリが救助した。
・県企業庁
「ダムの放流に対して、警告はするが、キャンプ客を強制的に排除する権限はなく、 今回は、13日夜に職員が中州でキャンプをしないように注意をし、ダムの放流 をする際にサイレンを鳴らしたものの、警察に通報してからは対応を一任してい た。」
・ダム管理事務所副所長
「一般的な大きなダムですと、河川の治水ということで治水事故につながらないような、ダムに貯め込むとかそういう機能、多目的ダムって言ってますけども、これは治水という河川を治めるようなダムじゃございませんので、電気専用のダムですから2tを越えたものはそのまま河川に流すダムになっています。
・山北町助役
「河川敷キャンプには法的規制がなく、現状では打つ手が全くない。」
・アウトドア専門家
「増水の危険がある河原や中州にテントを張るのは非常識。」
1999/9/4 弘中
考察
被害者
7、8年くらい前から、毎年この時期に同じ場所でキャンプをしており、 大丈夫だと錯覚してしまった。しかし、21人中3人は、警察の勧告により避難している。なぜ、他の人は 避難しなかったのか?
大人は、毎年来ており大丈夫だと思い込んでいた。または、酒類を飲んでお り、ダム放流及び避難勧告について正常な判断ができなかった可能性がある。 子供は、何が起ころうとしているかわからなかったと考えられる。
また、これから大雨降るかどうかわからず、ひょっとしたら引くかもしれ ないという誤った判断をしてしまったかもしれない。
→アウトドア、気象知識、ダム放流などについて知識が不足していた。
→判断能力が低下していた。
→自己責任という言葉を使うならば、自己責任において判断能力の乏しい 子供を巻き込んで事故にあっている。
ダム管理事務所
前日から危険であることを呼びかけており、多くの人が危険な目に遭わずにすんでいる。
しかし、最終的に人が中州に残っている状態でダム放流を実施している。
また避難について、警察に任せて避難が完了したかどうかの確認をとっていない。
→ダム放流を行う前に、責任をもって完全に避難させなければいけなかった。
→警察に依頼した後も、責任をもって確認しなければいけなかった。
警察官(警察署)
14日6:30現場確認を行っているが、安全と判断していることから、 当日5:35に大雨・洪水警報が発表され、ダム放流が増加する恐れがあると 気づいていなかったと思われる。
→警察署には、必ず気象警報及びダム放流は通報されるシステムになっているため、警察署までは情報が伝わっていても、現場の警察官にまでは情報が伝わっていなかったか、伝わっていても事の重大性が伝わらなかったかどちらかだと思われる。
気象台
5:35に大雨・洪水警報を発表しており、実際に降った雨量を見ても、 特に問題はなかったと思われる。 一部で、弱い熱帯低気圧について「弱い」という表現に問題があると指摘されている。そのとおりと思いますが、今回の事故に影響を与えたかどうか についてはわからないが、それほど大きいとは思われない。
消防組合・消防団
当日は、多くの箇所で救出活動に携わられており、多くの方を救出された。
→このケースでは、例えば、救助ロープで岸と救助艇を結び、上流から接近してロープでつないだ救命浮輪を投げるなどもう少し方法があったのでは? と思う。(ただ、こういうケースの救助の鉄則みたいなものを知らずに述べて いますので、正しくないかもしれません。)
自衛隊
当日は、多くの箇所で救出活動に携わられており、多くの方を救出された。
町役場
当日の13:45に災害対策本部を設置しているが、町役場がこのような 事故災害で果たす役割は小さいと思われる。
県
今回の事故で、キャンプ禁止区域を拡大する規制の動きがあります。
→基本的には、規制が大切なのではなく、自己責任を持たせることが大切だと思います。 規制は、事故があったときに県が責任回避するためのような感じがします。 中州でのキャンプが危険というような看板も大切ですが、それならばヘビや 蜂、熊などについても危険性を知らせる必要があるでしょうし、雷が鳴ったときは?とか道に迷ったときは?とか、きりがないような気がします。 そのほかの危険性について知らせていなかったら、危険性を知らせなかった 責任を問われる可能性があります。あるいは、そのような考え方で、責任を追求する人が現れるかもしれません。(自分の責任は棚に上げて)
山の入り口や河川に、電気製品の注意書きのようにたくさんの注意事項がずらーっと書いてあるのを想像するとぞっとします。しかも人が入りそうなところすべてに表示する必要があります。
地方公共団体にそこまでやる必要はないような気がします。義務教育の中でしっかり教えておくべき事なのではないでしょうか?自己責任も含めて。
以上は、私の個人的な感想です。さまざまな意見があると思いますので、「どうすればよかったのか?」という結論は、とりあえず出していません。感想なり、ご意見をお聞かせください。
○関連したアメリカやカナダの情報
アメリカやカナダでは(洲によって多少違う)公園や道路や河川や海岸での飲酒は 厳禁です。(罰金刑) そこでは、飲酒による判断能力の低下により事故をおこす原因となると考えられているからです。
1999/9/7 弘中
3.神奈川県山北町玄倉川水難事故について(その3)
3. 法律による考察
(1)
水防法
第22条(立退の指示)
洪水又は高潮の氾濫により著しい危険が切迫していると認められるときは、都道府県知事、その命を受けた都道府県の職員又は水防管理者は、必要と認める区域の居住者に対し、避難のため立ち退くべき事を指示することができる。
水防管理者が指示をする場合においては、当該区域を管轄する警察署長にその旨を通知しなければならない。
→水防管理者は基本的に市町村長ですが(水防法第2条)、水防法では、洪水又は高潮を対象としている(水防法第1条)ので、今回のケースは少し違う。
→河川法による河川管理の分類は、つぎのとおりです。
国(建設省)が管理する一級河川、
都道府県が管理する二級河川、
市町村が管理する準用河川。
第23条(知事の指示)
水防上緊急を要するときは、都道府県知事は、水防管理者、水防団長又は消防機関の長に対して指示をすることができる。
→水防団は、単独で組織されている場合もありますが、消防団が兼ねている場合があります。
(2)
河川法
第48条(危害防止のための措置)
ダムを設置する者は、ダムを操作することによって流水の状況に著しい変化を生ずると認められる場合において、これによって生ずる危害を防止するため必要があると認められるときは、政令で定めるところにより、あらかじめ、関係都道府県知事、関係市町村長及び関係警察署長に通知するとともに、一般に周知させるため必要な措置をとらなければならない。
(3)
河川法施行令
第31条(危害防止のための措置)
ダムを設置する者は、法第48条の規定により、関係都道府県知事、関係市
町村長及び関係警察署長に通知するときは、ダムを操作する日時のほか、その操作によって放流される流水の量又はその操作によって上昇する下流の水位の見込みを示して行ない、一般に周知させようとするときは、建設省令で定めるところにより、立札による掲示を行なうほか、サイレン、警鐘、拡声機等により警告しなければならない。
→警告しなければならないと書いてあるが、避難勧告・指示については触れられていない。今回のケースでは、警告は再三行なっている。
(4)警察官職務執行法
第4条(避難等の措置)
警察官は、人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある天災、事変、工作物の損壊、交通事故、危険物の爆発、狂犬、奔馬の類等の出現、極端な雑踏等危険な状態がある場合においては、その場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に必要な警告を発し、及び特に急を要する場合においては、危害を受ける虜のある者に対し、その場の危害を避けしめるために必要な限度でこれを引き留め、若しくは避難させ、又はその場に居合わせた者、その事物の管理者その他関係者に対し、危害防止のため通常必要と認められる措置をとることを命じ、又は自らその措置をとることができる。
2
前項の規定により警察官がとった処置については、順序を経て所属の公安委員会にこれを報告しなければならない。この場合において、公安委員会は他の公の機関に対し、その後の処置について必要と認める協力を求めるため適当な措置をとらなければならない。
→この場合、現場の警察官は、警告、命令することができます。
ただし、警告、命令しなければならないとは、書いていない。
(5)災害対策基本法
第60条(市町村長の避難の指示等)
災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、人の生命又は身体を災害から保護し、その他災害の拡大を防止するため特に必要があると認めるときは、市町村長は、必要と認める地域の居住者、滞在者その他の者に対し、避難のための立退きを勧告し、及び急を要すると認めるときは、これらの者に対し、避難のための立退きを指示することができる。
2
前項の規定により避難のための立退きを勧告し、又は指示する場合において、必要があると認めるときは、市町村長は、その立退き先を指示することができる。
3
市町村長は、第1項の規定により避難のための立退きを勧告し、若しくは指示し、又は立ち退き先を指示したときは、すみやかに、その旨を都道府県知事に報告しなければならない。
4
市町村長は、避難の必要がなくなったときは、直ちに、その旨を公示しなければならない。前項の規定は、この場合について準用する。
5
都道府県知事は、当該都道府県の地域に係る災害が発生した場合において、当該災害の発生により市町村がその全部又は大部分の事務を行なうことができなくなったときは、当該市町村の市町村長が第1項、第2項及び前項前段の規定により実施すべき措置の全部又は一部を当該市町村長に代わって実施しなければならない。
6
都道府県知事は、前項の規定により市町村長の事務の代行を開始し、又は終了したときは、その旨を公示しなければならない。
7
第5項の規定による都道府県知事の代行に関し必要な事項は、政令で定める。
→市町村長は、避難勧告・避難指示をすることができる。
第61条(警察官等の避難の指示)
前条第1項の場合において、市町村長が同項に規定する避難のための立退きを指示することができないと認めるとき、又は市町村長から要求があったときは警察官又は海上保安官は、必要と認める地域の居住者、滞在者その他の者に対し、避難のための立退きを指示することができる。前条第2項の規定は、この場合について準用する。
2
警察官又は海上保安官は、前項の規定により避難のための立退きを指示したときは、直ちに、その旨を市町村長に通知しなければならない。
3
前条第3項及び第4項の規定は、前項の通知を受けた市町村長について準用する。
(6)自衛隊法
第94条(災害派遣時等の権限)
警察官職務執行法第4条[避難等の措置]並びに第6条[立入]第1項、第3項及び第4項の規定は、警察官がその場にいない限り、第83条[災害派遣]第2項又は第83条の2[地震防災派遣]の規定により派遣を命ぜられた
部隊等の自衛官の職務の執行について準用する。この場合において、同法第4条第2項中「公安委員会」とあるのは、「長官の指定する者」と読み替えるものとする。
2
海上保安庁法第16条[海上保安官の一般人等に対する協力要求]の規定は、第83条第2項の規定により派遣を命ぜられた海上自衛隊の三等海曹以上の自衛官の職務の執行について準用する。
<考察>
・
今回のケースについて、法律に照らしてみるならば、どの機関も問題はないように感 じらます。
・
なぜなら、「○○機関は、避難を指示することができる」とは書いてあっても、「○○機関が責任を持って避難させなければならない」とは書いていないからです。
・
しかし、各機関が様々なケースで「○○することができる」と公権力の行使が認められているにもかかわらず、行使をしなかった点については、法的な問題はないにせよ、社会通念上の問題、あるいは、システム上の欠陥があるように感じられる。
・
結局、このシステムを改めない限り、事故は繰り返されると思われる。各機関がそれぞれ責任を持って避難させる必要があると感じられる。
・
今回のケースでは、素直に法律に書いてあるとおりにとるならば、避難指示(避難命令のこと)を出すことができたのは、警察官と町長の2機関であるが、町役場については、人が流されてから災害対策本部を設置しており、流される前には現場にいなかったと思われるし、そういう事態になっているとは知らなかった可能性が高い。そういう解釈でいうならば、県知事(ダム管理事務所)が代わりに避難命令を出してもよいし、町長にその旨を要請してもよかったと思う。
・
災害が起こる前に、人の命を救うことに関して、このように責任を持って行なう機関がないというのが現実のようです。
1999/9/8
弘中