豊北町の概要

本町は、山口県の西端に位置し、面積168・59KM、人口約14、500人、農林水産業を主体とした、自然環境に恵まれた町です。
東西18KM、南北20KMのほぼ円形状になっている本土と、北西約1・5KMの海上に鼓形をしている角島とからなっている。
河川は豊田町を源とし、北流して油谷湾に注ぐ粟野川と、その支流、ほかに海岸部に数本の小河川があります。また、角島をはじめ、長い海岸線(約51KM)は、公害の影響が少なく、澄みきったブルーと美しい風光で、北長門海岸国定公園に指定(H9)されています。
交通は、JR山陰本線と国道191号がほぼ海岸線に並行しており、町を南北に二分するようにして国道435号がとおっています。そのほか県道8路線、町道441路線が町の交通体系を形成しています。

本町は、海を隔てて大陸に接しているので、比較的古くから開けており、土井ヶ浜遺跡が弥生式前期の遺跡として、学会に認められていることからも、そのことが推定できます。
江戸時代には、萩・長府の二藩に属し、とくに、阿川・滝部は阿川毛利の支配下となっていました。
昭和22年、地方自治法の公布に伴い、公選村長が誕生し、昭和28年に町村合併法が公布され、昭和30年4月1日に豊北7か村(阿川、粟野、神田下、田耕、角島、滝部、神玉)と宇賀村の一部(北宇賀)を加え新しく「豊北町」として、今日にいたっています。
町の文化財については、国指定の文化財として土井ヶ浜遺跡、恩徳寺の結びイブキ、壁島ウ渡来地があり、県指定の文化財には、浜出祭(7年に一度)、滝部八幡宮のイチイガシ、滝部寺地のシダレ桜、阿川八幡宮のイヌマキ巨樹群、旧滝部小学校本館(現在、歴史民俗資料館)があります。
また、町指定の文化財としては、滝部八幡宮の腰輪踊、肥中七社々業、大川客神社々業、角島夢前のハマオモト、神玉住吉神社のぼん鐘、江田家文書、附野薬師の流潅頂等があります。