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漁 港 に て


溜まりの一角、それも奥まった隅っこの端っこに

古びた小さな手漕ぎの和船を見止めた。

まるで誰からも忘れ去られたように、ひっそりとそれはあった。

僕はふと立ち止まり、自然と彼に問い掛けていた。


君は誰かを待ってるの?

ここでこうしてひっそりと、いったい何を待ってるの?

余計な事かもしれないけどね、君の時代は終わってる‥‥

もうね、いまさらね、君の役目など有りはしないんだよ。


不自然なほどの静寂の中、沈黙が続く‥‥

彼からの返事はない。




を備えた古の姿には、何故か自信に満ちた余裕すら漂っていた。

丁寧に造り込まれた年代物の船体は、その年季が醸す落ち着きとは裏腹に

本来ならば許されぬ筈の、ある種若々しき力強さをも感じさせる。


何故だろう‥‥如何してなんだろう?

そのとき一瞬、何かが見えた。

あぁ‥‥そうだっ

彼からの返答。

既にそれは僕の眼前に在ったのだ。




はその身を水面に委ね、当然の如くここに居る。

ただそれだけのこと‥‥ いや、それこそが全ての答。

そう、この小船は紛れも無く現役なのだ。

おそらくは…

いつしか現れるであろう年老いた船頭と同様、今この瞬間も現役なのだ。


漕ぎ手を得たその時、彼の存在は無言の輝きを放つに違いない。

水面にその身を浮かべつつ、彼はその瞬間を待ち続けている。

こうして、このまま、これからも‥‥ そう在り続けるに違いない。


僕は彼に目礼し、静かにそこを立ち去った。




  和 船 (絵画調展示作品)

孤独な小船、見つけたよ

日がな一日、ただじっと
ロープに繋がれ、ただじっと
海往く夢の中にいて
漕ぎ手が来るのを待っている


やがて夕焼け空を染め
誰も来ないとわかっても

それでも彼は、ただじっと
何も言わずに、ただじっと
次なる夜明けを待つのだろう

漕ぎ手が来るのを待つのだろう


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