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正応元年(1288)の創始と言われるが、華尾山麓が崩落して土中に埋まって了った。
寛文6年(1666)弘法堂建立の際、埋まっていた土中より、神仏等を多く堀だして神社として再興した。祭神は速玉男命、伊装冊命、事解男命の四柱で、本社三隅八幡宮の摂社である。春祭は4月21日の弘法祭と一緒に執り行われ、秋祭りは10月3日である。
文化財の石狗二基は雄が薬玉を玩び、雌は仔に鈴を遊ばせている彫刻で、応永年間(1394−1427)温州の住人(中共)慶載が献納したといわれている。
鉄かく(鼎)は正応元年(1288)8月3日、大宮司林餘マンカンがとあり、安永時代(1722−1780)に修繕したことがある。
なぎ(力しば)は熊野三山の神木で熊野信仰の伝播と共に植えられた昔は神社に大晦日より元日未明にかけて参詣し、なぎの葉をもらって帰り、海上交通安全、悪疫退散、安産のお守りとした。 |