『人民の星』 
  6065号2面 2016年2月13日
くずれゆくドル体制 広がる各国通貨決済

 いまアメリカがつくってきた戦後の世界支配の態勢がくずれつつある。ドル基軸通貨体制がゆらいでいることはその一つである。アメリカは世界最大の債務国で、貿易赤字と財政赤字の大国である。それにもかかわらず、これまで破たんを回避できてきたのはドル基軸通貨体制をなんとか保持してきたからだった。原油取引をドルでおこなう(ペトロダラーシステム)など、貿易の決済にドルを使う体制をたもつことで、借金が大きくなってもドルを刷りだして決済したり、金利を引きあげてドルをアメリカに環流してきた。ドル基軸通貨体制と、侵略、軍事干渉、政府転覆はアメリカの支配の道具である。だがさきのイラン制裁解除にともなう、イランと各国の貿易再開に見られるように、オバマ政府はドル基軸通貨がくずれることをくいとめられなくなっている。
 「核兵器開発疑惑」などを口実にした米欧などによる対イラン制裁の解除は一月一六日である。直後、イラン大統領は欧州を訪問し、イタリアでは石油など資源開発やインフラ整備など約一七〇億(約二兆二〇〇〇億円)の経済協力で合意した。
 フランスではエアバス一一八機の購入契約をはじめ自動車、通信、エネルギーなど幅広い分野での三〇〇億(約三兆八八〇〇億円)の経済協力協定をむすんだ。

原油代をユーロで決済
 イランは八〇〇〇万人の人口を擁する中東一の大国である。原油埋蔵量は世界第四位、天然ガス埋蔵量は世界第一位である。経済制裁のときにはイランと各国との貿易は制約されていたが、制裁解除後は、対欧州貿易など急速な拡大が予想される。このようななか、イランが、イラン産の原油の代金をユーロで決済するよう貿易相手国にもとめている。
 イラン国営石油会社の関係者はこのほど、フランスのトタル、スペインのセプサ、ロシアのトタルの子会社リタスなどとかわした原油売買契約で、代金はユーロ建てで請求することをあきらかにした。インドなどが未払いだった代金もユーロで回収する方針だという。イランがユーロ建て取引にふみだす国際的な影響は大きい。
 これまでユーロ建てや自国通貨など、ドルを介さない貿易は、中国とロシアとのあいだ、中国とイラン、あるいは南米諸国間取引など、かぎられていた。世界貿易でのドル建てのシェアは八〇%をこえている。金融取引でみてもドル取引は四四%で二位のユーロ取引の二七・二%を大きく引き離している。
 ドルが圧倒的なシェアを維持しているのは、ドル基軸通貨体制維持のために戦争による圧力をかけてきたからである。

ドル体制のために戦争
 イラクへの侵略・占領(二〇〇三年)を強行したのは、アメリカに反抗するフセイン政府が原油取引の決済をドルからユーロ建てにかえたこと(二〇〇〇年)が決定打となった。
 リビアへの侵略・占領(二〇一一年)も、カダフィ政府が原油輸出で得た豊富な資金をアフリカ諸国への支援に使い、アフリカ共通通貨の発行によってドル基軸通貨体制に挑戦したためだった。
 二〇〇〇年代にはいってベネズエラ政府転覆策動が執拗(しつよう)におこなわれたが、これもベネズエラが油田を国有化するとともに、ドルを介さない経済関係を中南米・カリブ海でひろげる中心となったからである。
 ネオファシストを使ったクーデターでウクライナに親米政府を樹立(二〇一四年)し、ロシアに戦争を挑発したのも、ロシアのプーチン政府が原油や天然ガスの輸出をつうじて「通貨の多極化」をとなえ、ドルを介さない経済関係の拡大を西欧諸国などに呼びかけたことが大きな要因となっている。
 イラン制裁との関係でみれば、一九七九年にイランの親米パーレビ王制が人民斗争でたおされていらい、アメリカ政府は一貫してイラン政府の転覆をたくらんできた。そのなかにはイランが、原油取引の決済をユーロや円などにする方向をとったことを阻止するということがある。
 ロシアや中国にとどまらず欧州諸国のなかにはドルを介さない経済関係への要求はあったが、イラクやリビアの二の舞いになることをおそれたり、アメリカと決定的な対立になることをおそれ二の足をふんできた。

露は自国通貨で決済へ
 だが今回、イラン制裁の解除にともない、ロシア大統領プーチンは昨年末、イランとのあいだでドルを介さずにそれぞれの自国通貨で貿易決済することや、自由貿易協定を締結する方針をあきらかにしている。
 イランとの経済協力に大きくふみだしたフランスやイタリアも、ドル離れを加速させることはうたがいない。欧州諸国は需要の四割近くを、ロシアからの輸入天然ガスに依存しているが、これまではドル決済だった。これがユーロ建てになるのも時間の問題である。
 アメリカの盟友であるはずのイギリスなどが中国主導のアジアインフラ銀行になだれをうって参加したが、東南アジア諸国をはじめアジア地域でもドルを介さない貿易、経済協力の拡大は必至となっている。
 アメリカの負債は二〇一五年第3四半期段階で、三〇兆五八一七億㌦になる。ここから対外資産を引いた対外純債務は七兆七〇〇億㌦である。

米の対外純債務7兆㌦
 二〇〇二年の対外純債務は二兆四四〇億㌦で、アフガニスタン、イラクへの侵略・占領や二〇〇八年の金融・経済恐慌をへた二〇一一年には四兆三〇二億㌦へと倍加し、その後も雪だるま式に負債がふえている。
 オバマ政府は輸出倍加や国内製造業の復活を方針としていたがうまくゆかず、二〇一五年の貿易赤字は七四一四億六二〇〇万㌦と巨額である。
 アメリカの財政赤字は、緊縮財政政策で人民に犠牲をおしつけることで、二〇一五会計年度(一四年一〇月~一五年九月)は四二六〇億㌦で、毎年一兆㌦をこえる水準からへってはいる。だが、累積の債務残高は一八兆㌦におよんでいる。デフォルト(債務不履行)の危機をさけるため、政府は自転車操業でやりくりしている。
 オバマ政府、FRB(連邦準備制度理事会、中央銀行)は、リーマン・ショックによる打撃から銀行、金融機関を救済するために大量の不良債権を買ってやっており、実際の債務残高は一八兆㌦の倍以上とみられる。
 しかしここにきて、イラン制裁解除をきっかけにドル離れがすすもうとしている。
 しかもいま一つの大きな問題は、ドル体制の柱であったペトロダラー体制がくずれようとしていることである。

ペトロダラー制崩壊へ
 アメリカは戦後、ドルと金の交換を保障することでドルを基軸通貨とした。ブレトン・ウッズ体制である。しかしアメリカはベトナム侵略戦争で敗北し経済的にも疲弊した。一九七一年にはドルと金の交換停止に追いこまれた。ドル体制は危機になった。
 そのなかでアメリカは石油資源を支配し、石油取引をドルにするペトロダラーシステムでなんとかドル体制をたもってきた。
 米政府は世界最大の原油埋蔵国であるサウジアラビアの王制政府とのあいだで、サウド家の保護、サウジの油田の防衛、アメリカ製兵器の提供とあわせて、原油取引を米ドルに限定するという協定をとりつけた。これがペトロダラーシステムで、これにペルシャ湾岸の王制政府もしたがった。
 このペトロダラーシステムによって、世界各国はサウジなどの中東原油を輸入するためにはドルを必要とするようになり、人為的にドルの需要がつくりだされた。サウジアラビアなど産油国は、原油代金としてうけとったドルでアメリカ製兵器や米国債を購入したり、アメリカ市場に投資することで、ドルを還流させた。
 しかし、中東・アラブ地域での反米斗争のなかで、サウジアラビアなど親米王制政府の支配も危機に直面しはじめている。サウジアラビアは国内の反政府宗教指導者を処刑したが、国内の人民の反抗と不満がひろがっている。サウジはイランと断交することで国内矛盾を外にそらそうとしているが、国内矛盾の激化がさけられない。シリアについても、サウジアラビアなどペルシャ湾岸産油国の政府がシリアへの地上部隊の派兵を検討しはじめたが、これもサウジなどにとって大きな危機を引きよせることになる。ペトロダラーシステムの柱だったサウジ王制の危機がせまっている。
 アメリカ政府の危機は、アメリカ国内での貧富の格差に怒りを燃やす青年らの爆発的な行動によってもあきらかになっている。アメリカとたたかって、民族の独立と平和を実現することは、世界の大きなすう勢となっている。