『人民の星』 
  6075号1面 2016年3月19日
原発で日本支配強めるアメリカ
燃料と特許で電力握り福島事故もたらす 

 これまで内閣府の原子力委員会は毎年、「原子力白書」を発行してきた。この「原子力白書」が、二〇一〇年版(二〇一一年三月発行予定)以降、ぴたっと止まった。この五年間、一回も刊行されていない。「白書」は内外の原子力発電の現状についてまとめたものであった。原子力委員会は、福島第一原発事故についての詳細な現状と総括について「白書」であきらかにすべきだが、完全におこたっている。安倍政府は、福島第一原発事故についてあいまい、うやむやにしてやりすごし、人民の反対世論をおしきって原発再稼働の道をつっぱしろうとしている。どうしてそこまでして原子力発電をすすめようとするのか。

福島第一原発事故後途絶えた原子力白書
 なぜ「原子力白書」がでなくなったのか。それは、「白書」がとなえてきた“原発神話”がことごとく崩壊してしまったからである。「白書」に原発について調子のいいことを書けなくなってしまったから、発行をやめてしまえ、ということである。まさに「くさい物にふた」でいく安倍政府の醜悪さがにじみでた事実である。
 福島第一原発事故は、日本の全原発を停止しなければならないほどの重大な事故であり、原発にかかわるさまざまな“神話”を破壊した。
 まず「安全神話」を破壊した。“おこるはずのない炉心溶融(メルトダウン)事故”をひきおこし、大量の放射性物質を外部にふりまいた。電力会社や政府はこれまで、「ECCS(非常用炉心冷却装置)があるから安全だ」といってきたが、福島第一原発事故はECCSだけでは炉心溶融をふせげないことを教えた。津波にかぎらずなんらかの要因で、原発が全電源喪失という事態になれば、確実に炉心溶融にいたり、最悪の場合は暴走事故へとすすむのである。
 つぎに「原発がなければローソク生活をおくらなければならなくなる」という神話(おどし)を破壊した。日本にある五四基のすべての原発が停止したが、初期の一時期に部分的に計画停電がおこなわれただけで、火力、水力などで完全に需要をまかなえた。
 「安価神話」も崩壊しつつある。事故後、火力発電の燃料として石油や天然ガス、石炭などの輸入がふえたが、その費用が高くついたのは、おりからの「原油高」におもな要因があった。現在、原油価格が高騰時の三分の一となるなかで火力発電の経費もずいぶんさがっている。
 他方、原発の事故による損害額一一兆円、あらたな事故対策としての防潮堤建設などに三兆円、またいくらかかるかわからない全原発の廃炉費用と幾世代にもわたる使用済核燃料の管理経費、これらをくわえたらどのくらい原発の単価がふえるかわからない。しかも、これらの費用は電気料金と税金ですべて人民が負担させられるのである。いずれにせよ、福島第一原発事故は原子力発電が高くつくことを暴露した。
 事故後、福島県民のみならず日本人民のなかで原発反対の世論はますます強固にひろがっている。それは、国の支配機構のなかにも反映し、原発の再稼働・運転差し止めの判決を裁判所がだすということもおこっている。
 しかし、こうした人民の反発があるにもかかわらず、米日独占資本と安倍政府は原発から撤退するどころか、「ベースロード電源(通年的に使う電源)として必要」などといってあくまで原発推進の姿勢を固持している。ここに日本社会を、だれがどのように支配しているかという核心の問題がかくされている。

日本に原発がどのように導入されたか
 電力は資本主義経済(機械制大工業)にとってはかかすことのできない要素である。工場は電力がなければ動かない。電力を支配することは、その国の経済を支配することにつながる。第二次大戦後、日本を占領したアメリカは、政治、軍事、経済、教育、文化とあらゆる面で対米従属をしいる政策を実行した。電力の支配もその一環であった。
 アメリカは日本固有のエネルギー資源である石炭の生産を、安価な石油を輸入し、石炭から石油への構造転換によってつぶした。大量の炭鉱労働者は首を切られ、日本の石油産業はアメリカの巨大石油独占(エクソンやモービルなどの石油メジャー)の支配のもとにおかれた。日本はアメリカに従属することによって石油を輸入できるという構造がつくられた。
 発電では、石油・石炭の火力発電がまっさかりの一九六〇年代に、アメリカから原発の本格導入がはじまった。
 第二次大戦後、原子力発電の開発で先行したのはアメリカではなく、ソ連やイギリスであった。世界覇権の野望をもつアメリカ帝国主義は、こうした動きにあせりを深めた。日本をはじめ世界の従属国や同盟国をアメリカの影響下にしばりつけておくためには、石油だけでなく原子力発電においても主導権をにぎる必要にせまられた。そこでGE(ゼネラル・エレクトリック)やWH(ウエスチングハウス)などの米電機独占資本と米政府が一体となって軽水炉原発の開発をすすめ、それを従属国・日本にも導入する政策をとったのである。

対米従属関係の中で押し付けられる
 安倍にかぎらず、日本の支配階級には核武装の願望が一貫してあるが、それ以前にアメリカの言うことにはさからえない従属関係にあった。そこから政府および日本独占資本全体としては、原発導入に力をいれた。しかし、私企業の電力会社にとっては、まずは原発が経済的になりたつかどうかが大きな問題であった。
 東電とGEの福島第一原発1号機建設の契約額は三八四億円であった。当時、東電にそんな資金的余裕はなく、その三分の一にあたる一二六億円は、米輸出入銀行とGEメーカーズクレジットから融資をうけた。また、国産でまかなう部分は政府の財政投融資をうけて、ようやく建設にふみだしたのである。
 一九五〇年代後半に、WHやGEは六万~一八万㌔㍗級の原発を建設したが、事故や故障がつづいた。原発はまだ海のものとも山のものともわからぬ状態であったが、出力をいっきにひきあげることで、GEは「火力より安い」と東電に売り込みをはかり、東電は1号機(四六万㌔㍗)の建設にふみきった。しかし、その後あきらかになるように1号機は故障だらけでカネばかりくう原発であった。
 GEは、東電との契約のなかで原発の運転にたいし技術料(特許料)をとり、東電が原発を拡大すればするほど自動的にカネがはいるようにした。軍用原子炉の開発をはじめ軽水炉発電のさまざまな経験を積んでいるアメリカは、圧倒的な技術力をほこり、日本の電力会社や原発メーカー(東芝、日立、三菱などの独占資本)にたいしては赤子の手をひねるような関係であった。
 技術評論家の桜井淳氏は「原子力発電は、当時、米国のエネルギー政策の世界戦略の中で、政治的に拡大され、日本も技術の質については、判断できなかったにもかかわらず、日米関係の重視から、政治的に導入され、批判を権力で封じ込め、原研研究者つぶしを図り、安全神話をつくりあげました」(「日本原子力ムラ惨状記」)と書いている。

原発建設で人民から際限なく収奪へ
 アメリカと売国独占資本にとっては、原子力産業は利益の大きい産業となっている。これまで日本の原発の総建設費は約一三兆円(現在の価値になおすと一四兆五〇〇〇億円)といわれている。
 アメリカの原子炉メーカーのGEやWHは、日本の原子炉メーカーがつくる原発から特許料をとっている。一九六七年のころには、たとえば五〇万㌔㍗級の原発(沸騰水型)の場合、GEが東芝とむすんだ契約を見ると、①さいしょに一時金として一〇〇万㌦(三億六〇〇〇万円)はらい、②基本報償料として毎年八三万㌦(三億円、発電量が大きいともっとふえる)はらう。③このほか単体販売したボイラーの機器と役務について販売額の五%、さらに⑤五年後からは②③の合計について最低報償料として年に五万㌦を設定している。
 現在、GEは日立と、WHは東芝と資本提携して、日本の原子炉メーカーに寄生する仕組みをつくっている。
 一方、日本の独占資本にしても原発建設はうまみの大きい事業となっている。原発建屋の建設は、鹿島、大林組など建設大手五社が独占している。粗利益率は二~三割と高く、一度受注すると保守の仕事が五〇年以上つづく。建設にかぎらず、鉄鋼、電機など原発関連企業にとっては、原発はなによりもカネのなる木なのである。
 しかも、事故をおこしても製造物責任は問われず、電気料金と税金を使って人民の全負担でまかなう仕組みを法的につくっている。
 アメリカ帝国主義とそれにしたがっておこぼれをちょうだいする日本売国独占資本が原発推進の元凶となっている。日本政府がアメリカの言いなりになっており、アメリカに頭があがらない関係も原発をはじめとするあらゆる分野が対米従属でがんじがらめにされていることがうまれている。このことは、原発反対運動を、安保法反対、米軍再編反対などの政治課題とむすびつけ、アメリカからの独立と売国独占資本に反対する斗争としてたたかうことが重要になっていることを教えている。