Top Page  文書館  No.002

No.001 スキー場へと続く道

あるスキー場へと続く細い道。ここを登っていくと、右側は山で、左側は4〜5メートルの崖になっている。道の太さは、車一台が何とか通れる程度の幅しかない。

ガードレールもない。この道はスキー場へ「行く」ための専用の道なので、対向車が来ることはない。スキー場からの帰りの車は別の専用道路を通って山を降りて行くようになっている。

スキーシーズンになると、この道を車が何十台も連(つら)なってのろのろと上がっていく。

しかし、ある日、一台の車が突然エンストしてこの道で立ち往生してしまった。乗っていたカップルは悪戦苦闘しているが、どうしてもエンジンがかからない。もちろん、この車の横をすり抜けて行くことは不可能だ。当然、後ろの車も進めない。

そのうち、後ろに並んでいる車のドライバーたちが怒って降りてきて、怒鳴り始めた。

「何、やっとんじゃ、コラ!」
「後ろ、何台も並んどるだろーが!」
「大迷惑じゃ、てめーら!」

男は「すいません、すいません。」と謝り、女の子は泣きそうになっている。そのうち誰が最初というわけでもなく、

「その車、崖に落とせーや!」
「落とせ! 落とせ!」
「春になったら引き上げに来い!」


という声が上がり始めた。

間もなくして「落・と・せ!落・と・せ!」の大合唱が始まった。

もう、落とすしかないね・・。」「うん・・。」と、カップルも覚悟を決めた。スキー用品と貴重品を降ろし、2人で崖の方へ目がけて車を後ろから押していった。

しかしここはたまたま舗装されていない箇所で、デコボコが激しい場所だった。へこみにタイヤがはまって、一生懸命押しているのだが、車は動かない。


必至の形相をして2人で押していると、さっきまで騒いでいたドライバーたちが7〜8人集まって来た。


「もういいよ・・。」

「え!? いいんですか!?」

「うん、お二人さんも疲れただろうから、俺たちが替わるよ。」

そう言って、寄って来たドライバーたち7〜8人が2人に替わって、渾身(こんしん)の力をこめて車を押し始めた。

落とすのを勘弁してもらえるのかと思ったら、作業を替わってもらっただけだった。

そしてみんなの努力のかいあって、このカップルの車を見事、崖下へ転落させることが出来た。

「ありがとー。」「君たちのことは忘れない。」「代わりに目いっぱい滑ってくるよ。」「元気でなー。」


と、次々と人ごとだと思って適当ななぐさめの言葉を放って後ろの車たちは通り過ぎて行った。

このカップルは自分たちの車を犠牲にして他人を助けたのだが、気分はあまりにもプルーでムカついていた。多分事故処理で警察を呼んだのだろうが、保険が降りたのかどうかまでは知らない。