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No.121 時代にそぐわない出土品や知識・オーパーツ



オーパーツとは、「Out Of Place Artifacts」の頭文字をとったもので、「場違いな加工品・工芸品」という意味になるが、それには知識や情報なども含まれる。古代の遺跡などから時おり「この時代にこんなものがあるわけがない」「この時代の人がこんなことを知っているはずがない」というものが発見されることがある。考古学上で説明のつかない、時代に合っていない不思議な発見物のことをいう。


パレンケの宇宙飛行士の図

古代マヤ族は、紀元前4世紀ごろから、紀元後9世紀ごろにかけてメキシコのユカタン半島を中心に栄え、なぜか繁栄の途中で都を捨てて急にいなくなってしまった謎の民族でもある。

考古学者である、アルベール・ルイリエル博士は、十数人の調査チームと共に1949年、このメキシコのユカタン半島の南西部にある、「パレンケ」という村を訪れた。

ここから10kmほど離れた密林地帯を調査するためである。これまで、マヤ族の遺跡は半島のあちこちで神殿や石像などが発見されていたが、博士は、この先のジャングルにも何らかの遺跡があると考えて、この一帯を調査することにしたのである。


結果的にはそのジャングルの中から、見事にマヤ族のピラミッドを発見することが出来た。ピラミッドの中から、死者を葬(ほうむ)ってある棺(ひつぎ)を発見。その棺のフタに彫られていた模様が右の写真のものである。

この棺のフタの模様が、石ノミの使い方やまわりの紋様(もんよう)などから判断して、少なくとも1500年以上前・・おそらく2500年くらい前のものだろうと判断された。(説によっては1300年前とも2000年前とも言われている)。

その浮き彫りに描かれているものは、宇宙ロケットを操縦する男の図。片方の手で計器類を操作し、もう片方の手で操縦桿(そうじゅうかん)を握っている。男の後ろにはエンジンらしき機械類があり、また、排気筒(はいきとう)らしきものが後ろに描かれている。

男の鼻の先に描かれているものは、空気か酸素を供給するためのものではないかと思われる。2500年前といえば、人類が空を飛ぶことなど想像も出来なかった時代に、なぜマヤ族はこのようなロケットの形、操縦桿、排気筒など、具体的なイメージを持って描くことが出来たのだろうか。


想像で描くには具体的過ぎるのである。マヤ族の遺跡からは、他にも不可解な物が発見されており、代表的なものは、同じユカタン半島の南部の神殿から発見された円形の平べったい石に刻まれたカレンダーである。シンボルである太陽の周りを文字や記号で取り囲んであるもので、マヤ族はこれを使って「一年は365.2420日」だと計算していた。

また、「金星のカレンダー(もし金星に住んだ場合、一年間とはこうなるというカレンダー)」や、点と線で形成された「数字」を使って20ケタや30ケタの計算もしていた。

しかしなぜか、それらを作るために必要であろう道具などは発見されていない。天体観測の道具や望遠鏡、分度器、物差しなど、様々な道具を最初に創造し、天文学や数学が発達し、少しずつ文明が進化するのが順番であるが、カレンダーだけが作られているのである。要するに、過程を飛ばして結果だけの遺跡がそこにある。


確かにマヤ族は、ピラミッドも造れたし、文字の文化もあった。しかし現実的な生活となると、トウモロコシを植えて、それをウスで突いて食べることぐらいしか出来なかったようである。生活の道具としては、木と石のみで、わずかに金を加工することは出来たようであるが、鉄製の道具もなかった。

このような民族が、白紙の状態からカレンダーを造れるハイレベルな技術があったとは考えにくく、ある時現れた知的な生命体に教えてもらったのではないかと推測されている。棺のフタに描かれている絵も同様で、決してマヤ族が独自でロケットや飛行機を開発して空を飛んでいたのではなく、彼らの見たもの、つまり操縦する姿やロケットの外観などの印象がごっちゃになって、こうした絵になったものだと推測される。

実際に飛行する場合、ロケットにまたがって空を飛ぶということは現実的ではない。わりと低空を飛ぶなら翼が必要であり、大気圏を突破する乗り物やミサイルであれば、ロケット型になる。

古代マヤ族が見たものとは、ある日突然彼らの前に現れた、高度な文明を持った生命体。それは地球外から訪れた宇宙人、あるいは太古に海に沈んだとされるムーやアトランティス、レムリア大陸の住民がそこまでの文明を持っていて、その彼らが現れたのか、いずれにしても推測であって、マヤ人たちがなぜこういった絵を描けたのかは判明していない。


南極大陸が描(か)かれた古代の地図

1929年、トルコの都イスタンブールの市内を、ニューヨークからやって来たピーター・ビケンスキーという学生が歩いていた。ピーターが、ある古い神殿の跡を通りかかった時、従者を連れた一人の女性が船乗りらしき男に乱暴されかかっているところを目撃した。

ピーターはすぐに助けに入り、ボクシングと体当たりでもって、男たちを追い払った。女性は大変感激し、お礼をしたいので、どうか私の自宅に寄っていって下さいと言う。ピーターが案内された自宅とは、すごい豪邸であった。女性は一般人ではなく、この辺りの豪族の姫君だったのである。


このことがきっかけでピーターはたびたびこの女性と会うようになり、恋仲となった。しかしピーターは旅行者であり、クリスチャンである。女性の方は生まれた時から婚約者が決まっているイスラム教徒である。結ばれるはずもなかったが、その二人にとうとう別れの時が訪れた。

父親が破産したというので、ピーターはアメリカへ帰らなくてはならなくなってしまったのである。ピーターが出発する前日、女性はピーターをトプカピ宮殿に連れて行き、この中から何でも好きなものをとって、それをこの地の思い出にしてほしいと、涙を流しながら言った。

≪トプカピ宮殿から発見された地図≫

ピーターは、優しい男で姫の迷惑にならないようにと、高価そうなものは避けて、朽ちたような一つの巻物を手に取った。
「それは・・古い地図です。何か秘密が隠されていると聞いたことがありますが、開けると呪いにでもかかりそうで、私たちは開けたことがありません。どうか、あなたにアラーのご加護がありますように・・。」と姫は警告めいた発言をした。


ピーターは、アメリカへは戻ってきたものの、姫のあの言葉が気になって巻物を所有している気になれない。考えた末、ワシントンの「記録保存所」というところへ巻物を寄付してしまった。

この巻物はその後、ワシントンの国立図書館に移され、そこでそのまま放置状態となり、図書館の中でホコリをかぷっていた。


巻物が再び人の目に触れたのは、この27年後の1956年であった。アメリカ海軍のアーリントン・マレリー少佐が、この図書館で調べ物をしている時、偶然にもこの巻物が目にとまった。

何だろうと思い、何気に開いてみると、それは世界地図だった。世界地図の半分の部分のようだ。地図のスミの方にトルコ文字とラテン語で何か書いてある。

「私、つまりトルコ海軍提督(ていとく)ピル・レースは、2000年前の20枚の古い地図にもとづいてこれを描いた。1513年6月4日」

なるほど、要するに、古代の地図のコピーのようなものだ。アーリントンは、興味本位でしばらく眺めてみた。見ているうちに妙なことに気付いた。その地図には、アフリカ・ヨーロッパ・中近東・北アメリカの東側と南アメリカなどが描(か)かれてあったが、南アメリカの更に南に、大きな大陸が描かれてあるのだ。


南極大陸としか思えない大陸である。海岸線はどの部分も妙にリアルに描かれている。南極大陸の海岸線が正確に判明したのは、20世紀も後半になってからである。また、この時代では南北アメリカの海岸線もわかっていなかったはずである。それが1513年の更に2000年前の地図を写したと書き記されている。

そのような昔から、すでに世界の大陸の形はおろか、南極大陸の形状まで分かっていたということだろうか。だが、この地図は何か大陸の形がおかしい。中心付近に描かれてあるアフリカや南極は、まるで紙を反(そ)らしたかのように大きく描かれて異様に盛り上がっているようだし、地図の端の方であるアメリカ大陸はねじれて圧縮されているように見える。

アーリントンは、この地図を軍のそれぞれの専門家に見せ、紙の材質やインク、地図に書かれている島の名前や海流の名前などを詳しく調べてもらった結果、この地図の原本となったのは、南極大陸が氷に覆われる以前の時代の地球の地図だろうという結論を得た。その地図を参考にして1513年にこの、目の前にある問題の地図は製作されたのだろう、と。




≪メルカトールの地図≫
当時未発見のはずの南極大陸が描かれている



≪ロンテウスの地図≫
右半分に南極大陸が描かれている
一応、結論は出たが不思議は不思議のままとして残った。そして1957年。この年から人類にとって画期的なことが起こる。旧ソ連のスプートニク1号が初めて宇宙飛行に成功したのだ。その後、人類は有人飛行を果たしたり人工衛星を次々と打ち上げたりして、宇宙から撮影した地球の写真も新聞などに載るようになった。

アーリントンは、気付いた。地球は球状である。上空から球を見て、真下に近い部分では盛り上がって大きく見え、球の端に近づくほど、そこにある大陸は歪(ゆが)んで、まるで圧縮されているかのように見える。

だとしたら、この妙に端の方が歪んでいる地図というのは、アフリカの上空あたりから地球を見た時の光景なのかもしれない。球状のものを平面に書き写すとなるとこういう表現になるだろう。

ということは、太古に地球をそれだけの上空から見て、それを撮影した者がいるということだろうか。


マレリーは地図を、アメリカ地図学会のハプグッド教授に預け調査を依頼した。ハプグッド教授は、数学者であるストラッカン博士と共にこの地図を調べ、いくつかの結論を得た。

この地図中に描かれている南極大陸の中には、1952年に初めて発見された山脈がすでに描かれている。また、その後に発見された小さな島や高原も描かれてある。もちろん、現在は、これらのものはすべて氷の下にあるので、レーダーを使わないとそのその存在を知ることは出来ない。

また、地図自体が、人工衛星から撮った写真に似ていることについても、大陸の描かれている配置からして、アフリカの南西部の上空2000〜3000mの位置から地球を撮影し、それを参考にしたのではないかと推測される。

教授はこの地図の調査をレポートにまとめ、南極が氷に覆われる以前に、何者かが地球の高空から写真を撮り、それを参考に描かれたものだと結論付けた。


しかし古い地図で南極大陸が描かれているものはこの地図だけではない。1538年にフランスのジェラール・メルカトールが製作した地図にも、当時は発見されていなかったはずの南極大陸が描かれており、地図の注意書きに「古い地図を参考にした」と書かれてある。

また、1531年にフランスのオロンテウスが製作した地図も同様で、こちらは南極大陸が実際の面積の4倍くらいに描かれていることから、測量して作ったものではなく、何かを参考に描いたことがうかがえる。

これらの地図の原本となったものは、高空からの写真かスケッチであろうが、太古の時代に誰かが、それを当時の民族に渡し、それが受け継がれてきたのだろうと思われる。


水晶のドクロ




「ヘッジス・スカル」はイギリス人の探検家ミッチェル・ヘッジスが中央アメリカのベリーズのルバトュムのマヤ遺跡で発見した、水晶で作られたドクロ(頭蓋骨)の模型である。

このドクロは、重さは約5kgで、高さと幅が12.5cm、長さが17.5cm。外観の正確さはもちろんのこと、下アゴの部分は動くように作られていて、口を閉じたり開いたり出来る。


また、光の屈折率やその効果も計算されており、ドクロの下から光を当てるとドクロ全体が赤く光り、目の部分が発光する。

ドクロの下に文字を書いた紙を置くと、ちょうど目の部分から文字が読めるようになっており、真上から見ると文字が拡大して見える。

水晶は、非常に堅い物質で、現代の技術をもってしてもこれと同じものを作るのは困難とされている。

マヤ人の遺跡から発掘された道具としては、木や石、動物の骨などで、水晶を加工出来るようなグラインダーのようなものは発見されていない。
マヤ人たちが、こういった高度な技術を要するものをどうやって作ったのかは判明していない。


アカンバロの恐竜の土偶

1945年7月、メキシコのアカンバロ村に住むドイツ人・ヴァルデマール・ユルスルートは、偶然にも土に埋もれている、一体の土偶(どぐう)を発見した。

土から掘り出してみるとそれは、怪獣のような形をした土偶であった。ユルスルートは学者ではなかったが考古学には興味があり、この辺一帯にはこれと同じようなものが他にも埋もれているのではないかと思い、地元の人達にも協力してもらって、発掘を開始した。

七年間の発掘の結果、発見された土偶類は、37000点にも達した。中には、未知の生物というより恐竜にしか見えない土偶も数多く含まれていた。ユルスルートは、この発見された土偶を展示し、大々的に発表した。


しかしこれらの土偶は、当時の学会からは「捏造(ねつぞう)である」と判断を下された。つまりユルスルートが発見者を装(よそお)って自分で作った偽物だというのだ。

古代の人間が恐竜の土偶などを作れるはずがない。恐竜が生存していたのは、今から約2億5000万年前から6500万年前。1億数千年間の長い間繁栄を誇り、約6500万年前に、この地球上から滅亡してしまった。

それに対して、人類が初めて地球上に現れたのは、今から約400万年前とされている。恐竜が滅びて人類が誕生するまで、実に6000万年以上の時間の開きがあるのだ。

古代の人間は、恐竜の姿はおろか、そういう生物がいたことさえ知らないはずである。ゆえに、古代人の造った恐竜の土偶など存在するはずがない。


しかし、この土偶を本当にユルスルートが造ったものであるならば、毛が表現されていたり、翼やたてがみがあったり、と一つ一つが妙に細かい。加えて膨大な数。一人の人間が造ったにしては不自然である。

こうしたこともあって、学会からは捏造呼ばわりされた土偶であったが、その中で「これが本物かどうか調べたい」と考える人も現れてきた。その中でも、ニューハンプシャー州の考古学者チャールズ・ハプグッド教授が、この土偶の鑑定に当たることとなった。

教授が、民間会社の「アイソトープ社」へ3体の土偶の年代測定を依頼した結果、これらは紀元前1640年、4530年、1110年に作られたものであると測定された。鑑定法には最も一般的な「炭素14法」が使われた。

これによって、捏造説は否定されることとなったが、土偶の年代には3000年くらいの開きがある。念のため、その翌年の1969年、ペンシルバニア大学の研究所が「熱ルミネッセンス法」で鑑定することとなった。

結果は三つとも紀元前2500年前に作られたもので、誤差はプラスマイナス200年だということだった。つまり現代からすれば、4500年前の産物である。

更に念を押して3年後にも鑑定が行われたが、結果は同じものとなり、ユルスルートの発見した土偶は本物であるとが証明された。しかし、本人のユルスルートは残念ながらこの結果を聞く前に他界しており、アカンバロの人々は、ユルスルートのためにと思い、この地にユルスルートの名を冠した博物館を設立し、その恐竜土偶を展示することとした。


金属の加工物

4億5000万年前の地層から発見されたハンマー

アメリカのテキサス州で、オルドビス紀の砂岩層から発見された鉄製のハンマー。

オルドビス紀は、今から5億年から4億4000万年くらい前までの時代で、この頃は陸には生物はまだ誕生しておらず、海の生物として三葉虫が生息し、貝類が進化した時代であって、もちろん人類はいない。
塩素を含む合金で出来たヘッドの部分に木の柄がつけられており、明らかに人工物である。
15億年以上前の石に埋まった金属ボルト

1997年にロシアで発見された、石に埋まっている金属製のボルト。調査により、それが15億年以上前の石だと判明した。

生命の起源は、今から約20億年前ごろ前の先カンブリア代中期に、海の中にバクテリアや藍藻類に近い生物が生息しており、これらが地球上の最初の生物と考えられている。

次の区分はカンブリア紀で、今から5億7000万年前から5億年前くらい前の時代とされ、この頃にもまだ海での生物しか生息していないとされている。



オーパーツについては考古学上は無視される傾向にある。オーパーツの存在理由としては、太古の時代の宇宙人飛来説と、未来の物質が空間と時間の歪(ゆが)みでタイムスリップし、それが現代で発見された、という説があるが、科学的な理由については証明されていない。



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