Top Page  心霊現象の小部屋  No.59  No.57


No.58 白いクルーザー

ある夏の日。佐伯直行さん(仮名)は、一人で海へと出かけた。特に誰かと遊びに行くというわけではなかったが、何となく泳いでみたくなったのだ。佐伯さんは海へ着くと、ほとんど人のいない場所を選んで降り立ち、一人での海水浴をしばらく楽しんだ後、持ってきたエアマットをふくらませて海に浮かべた。

ちょっと休憩のつもりでその上に横になる。ゆらゆらと浮かんだエアマットの上は気持ち良く、間もなく佐伯さんはそのまま眠ってしまった。そしてそれから何時間経ったのだろうか。ハッと目を覚ました佐伯さんは「あぁーっ!」と悲鳴をあげた。

まわりは見渡す限りの海。すでに陸地が見えなくなるほど遠くに流されていた。佐伯さんは状況を理解して絶望にくれた。それと同時に涙がぼろぼろと流れ出てきた。
「どうしよう・・。」


頭をよぎるのは恐怖と不安、そして死への意識。だがほどなくして水平線の向こうから一隻の白い船が見えた。大型のクルーザーのようだ。たちまち希望がわいてきた。

佐伯さんは「おーい!おーい!」と、必死に手を振った。「どうかこっちに気づいてくれ・・!」願いが通じたのか、船はどんどん佐伯さんの方に近づいてくる。やがてすぐ近くでその船は停まった。

「助かった・・。」佐伯さんは更に手を振り「おーい!助けてくれ!」と大声で叫んだ。甲板からは何かガヤガヤとした話し声や笑い声が聞こえてくる。乗っているのは男女合わせて7人ほど。みんなビールを飲んだりタバコをふかしたりして楽しんでいる。どうやら船上パーティをやっているようだ。

その中の一人二人がちらっと佐伯さんの方を見たが、すぐに船の奥へ引っ込んでしまった。
「おーい!流されちゃったんだよ!助けてくれよ!」
佐伯さんも必死に叫ぶ。


続いて、その船に乗っているであろう全員が・・男3人女4人の若者がぞろぞろと甲板に出て、佐伯さんの方を見た。「今度こそ助けてくれる・・よかった・・。」
佐伯さんがほっとして顔から笑顔をこぼすと、その7人も一斉にどっと笑った。佐伯さんを指差してはゲラゲラと笑っている。

「な、何だ?何かおかしいのか?」あっけにとられている佐伯さんを横目に、船は再びゆっくりと発進し始めた。
「お、おい、ちょっと!助けてくれよ!おい!」置き去りにされそうな雰囲気に、びっくりして佐伯さんが叫ぶ。

だが呼びとめもむなしく、船は笑い声と共にどんどん遠ざかり、やがて見えなくなってしまった。佐伯さんは完全に見捨てられた形となり、再び一人になった時、猛烈な怒りがこみあげてきた。

「ちくしょう!ちくしょう!あいつら、絶対に許さない!」
怒りと恐怖、そして疲労から佐伯さんはそのまま意識を失ってしまった。


次に目を覚ましたのは顔から水をかぶった時だった。しかし海水ではない。ちゃんとした真水だ。目を開けると、漁師らしき人たちが心配そうに顔を覗きこんでいる。気を失っている間にたまたま漁船が通りかかり、佐伯さんを救助してくれたのだ。

「お、気がついたみてえだ。あんちゃん、じっとしてな。とりあえず身体を冷やした方がいい。おい、氷持って来い!」と一人の男がもう一人の男に指示を出す。佐伯さんはホースを口に当てられ「ゆっくり飲めよ。相当衰弱してるみてえだからな。」と、ゆっくりと水を飲まされた。

持ってきてもらった氷で身体を冷やし、気持ちも多少落ち着いてきた。今度こそ本当に助かったのだ。「あんちゃん、あんた運が良かったな。俺たちが通りかからなかったら、いずれ日干しになって死んでたとこだぜ。」漁師たちはにこやかに話しかけてきた。


心が落ち着いてくると、急にさっきのクルーザーのことを思いだし、怒りがこみあげてきた。
「ちくしょう!ちくしょう!あいつら!くっそぉ!」佐伯さんが怒りをあらわにしていると、漁師の男たちが「何かあったのか?」と聞いてきた。「話して楽になるもんだったら聞いてやるぜ。」

さっきあったことを一通り話すと、漁師たちは顔を見合わせた。
「あんちゃん、その話は忘れた方がいい。」と漁師たちは言う。

「忘れられるわけがないじゃないですか!あんなことをされて!生死に関わることだったんですよ!」
「あんちゃんが見たのは幽霊船だ。この海域じゃ有名な話だぜ。」
「幽霊船って、どういうことです?」


漁師たちの話によると、5年くらい前に、この辺りで男女7人の若者たちがクルーザーでドラッグ(薬物)パーティを開いたそうだ。やがて気分が良くなったメンバーの一人がふざけて海へ飛び込んだ。そして次々とみんなが海へ飛び込んで、しばらく泳いだ後、重大なことに気がついた。

船に戻るためのハシゴを誰も降ろしていなかったのだ。たまたまこの近くを通りかかった船がクルーザーを発見した時には、すでに力尽きて遺体となった7人が海上を漂っていた。

船体には、必死で船に這(は)いあがろうとしたのか、無数のひっかき傷がついていたという。以来、この海域でクルーザーと7人の若者を見たという者が後をたたない。
「この辺の漁師ならみんな知ってる話さ。あんちゃんも命が助かっただけ、ありがたいと思いな。」

漁師たちの話にぞっとした。ではもし、逆にあの時クルーザーに助けられていたら今ごろはどうなっていたのだろうか。