Top Page  心霊現象の小部屋  No.100  No.98


No.99 助手席に乗っていた女性

河村さんは、ある日、車で家に帰っている最中、交差点で信号待ちをしていた。見慣れた風景でいつもの交差点であるが、この交差点のところには、一軒の中古車屋があった。河村さんが信号を待っている間、何気なく店頭に並べてある車を見ていると、一台の車が目に止まった。

それは河村さんがすごく欲しいとは思っていたが、新車ではとても手が出ないような車だった。それが中古車とはいえ、相場を大きく下回るような金額で展示してある。

すぐに河村さんは、この中古車屋に立ち寄った。よくありがちな「事故車だから安い」というパターンだろうか、そう思いながら店の人に話を聞いてみると、やはりそうだった。

「助手席側の前のあたりをぶつけてるんですよ、ほら、ここに修理した跡があるでしょう。」

店の人の指差したところを見ると、確かに修理の跡があったが、それは言われなければ分からないくらい綺麗に直してあった。

「事故車ではあるけど、大した事故じゃなかったみたいだ。」

そう判断した河村さんは、もう、ほとんどこれを買おう、というところまで心が傾いていた。買うのだったら早くしないと、こんな破格値で出してあったらすぐに別の人が買ってしまう。

「試乗してみます?」

と店の人に言われて、すぐに乗ってみた。エンジンのかかりもいいし、足まわり、ハンドルの感覚もいい。

「これ、買います。」と、ほとんど衝動買いに近かったが、以前から欲しいと思っていたところへ、偶然破格値の車を見つけたというのは運命だったと思い、すぐに決断してしまった。


色々な手続きを終わらせ、3週間後、この車は河村さんの元へ届いた。この日から河村さんは、毎日このお気に入りの車を乗りまわした。会社から帰ってドライブ、休みの日はほとんど一日中この車の中にいたり、掃除をしたり、と大変な気に入りようだった。

だが、この車に乗り始めて2週間くらい経った時から妙な体験をするようになった。

ある晩、河村さんがこの車で山の中の一本道を走っていると、突然助手席から


「ウフフフフ」

という、若い女の声が聞こえてきた。

はっとして、助手席を見たが、もちろん誰も乗っていない。車の中にいるのは、運転している自分だけである。

「風の音か、猫の声だろう。」

そう思って、河村さんも全く気に留めなかったが、この日から女の声が車の中でしょっちゅう聞こえてくるようになった。

「ウフフフフ」という笑い声、何かをしゃっべっているような声、あるいは、もう一人別の人がいて、その人と会話しているような声。何を言っているのかよく聞き取れなかったが、明らかに人間の声のようである。

ラジオか音響機器から出ているのかと思って、スイッチを入れたり切ったりしても声は聞こえてくる。信号などで止まると声も止まる。走り出すとまた聞こえてく
る。

河村さんも、本当に後ろに霊でもいるのかと思って、しょっしゅう後ろ座席を見てみたりして、気になってしょうがなかったが、毎日その声を聞いていると、だんだんと慣れてきて、そのうち全く気にならなくなってきた。


声が聞こえ始めてしばらく経った頃、河村さんはある夜、またもやこの車を運転して、車の通りの少ない、一本道を走っていた。

いつもの声は相変わらず聞こえてきていたが、突然

「キャーッ!」

という悲鳴が聞こえてきた。声はいつもの女の人だったが、いままでとは明らかに雰囲気が違った。

そして次の瞬間、河村さんは今度は前方に強いヘッドライトの光を感じた。

「トラックだ!」


ちゃんと左側車線を走っているはずなのに、トラックが真正面から迫って来る。とっさにハンドルを左へ切ったが、わずかなものだった。ほとんどブレーキを踏むことしか出来なかった。

次の瞬間「ドガァン!」という衝撃音が聞こえ、ガラスが砕ける音がした。強い衝撃が河村さんを襲った。

車は停まった。シートベルトのおかげで身体の方は大丈夫のようだった。

「事故した! 何だ、あのトラック!反対車線に突っ込んできやがって!」

頭に来た河村さんは、相手の運転手と事故の損害を確かめるためにすぐに車から降りた。

「あれ?」

そこにはトラックなどいなかった。自分の車を見てみたが、全くぶつかった形跡などない。道路にぽつんと自分の車が停まっているだけだった。

「今のは夢? 俺、居眠り運転でもしてたのか?」

意識はあったし眠くもなかった。夢ではないことは自分でも分かっていた。

「何だったんだ、今のは・・。」

釈然(しゃくぜん)としないまま、再び車に乗り込もうとすると、

「い・・痛い・・。」

という女の声が聞こえて来た。ビクッとして自分の車を見てみると、助手席には、見たこともない女が顔から血を流して苦しそうな顔をしてぐったりしている。

「だ、だれっ?!」

河村さんは女に向かって叫んだ。誰かが勝手に自分の車に乗り込んでいる。一瞬、ムカッともしたが、怪我人なら助けなければ、と思い、河村さんはすぐ助手席側のドアを開けた。

しかし、そこには誰もいなかった。全くいつもの自分の車の内部だった。

さっきから全く訳の分からないことが起こっている。自分は酒も飲んでいないし、眠くもない。幻覚か、それとも頭がおかしくなったのか?と思いながら、河村さんは再び車を発進させて家に向かった。

だが、しばらく走っていると、さっきと全く同じことが起こった。

「キャーッ」という悲鳴、ヘッドライト、衝撃音。車を止めて外に出てみると、何もない。そして助手席で血を流している女。

2回も同じことが起こると、これは霊現象ではないかと考える。怖くなって、もう車に乗りたくなかったが、車をほったらかして帰るわけにもいかず、背中に寒気を覚えながら、何とか家にたどりついた。


「あの車、絶対何か因縁があるに違いない。」

確信した河村さんは次の日、すぐに買った中古車屋に電話して、昨日のことを伝えた。

「買う時には大した事故じゃないようなことを言われましたが、実際は死亡事故でもあった車じゃないんですか? そうとしか思えないようなことがあったんですよ!」

中古車屋は何も知らないようだったが、河村さんがあんまり真剣に言うので、車を引き取った元の業者に電話して聞いてくれた。

そこで聞いた話によると、あの車はやはり死亡事故を起こしていた車だった。事故の時、乗っていたのはカップルだったが、反対車線にはみ出して来たトラックと正面衝突しそうになって、とっさにハンドルを切り、トラックとの激突は免(まぬが)れたものの、そのまま左の電柱に激突し、助手席に乗っていた女性が重傷を負い、後日病院で死亡したというのだ。

河村さんが経験したことは、あの事故の瞬間、死亡した女性が見た光景だった。死亡した女性の記憶だけが車の中に残っており、それが河村さんの頭の中で再生された・・そうとしか思えないような経験だった。

河村さんはその日のうちに車を売り払った。