頂き物

 私には自分のものでは無い記憶がある

 それは自由に空を飛ぶ記憶であったり、肉を絶つ臭いまで香ってきそうな記憶だったりする。
 無論、私に羽など無いし、肉を裂けるほどの鋭い爪も生えていない。
 しかもその記憶たちは無数にあるのだ。
 それを総て挙げてみろと言われてもあまりにも膨大すぎて
 その分総てが朧気にしか思い出せない。
 しかし、一つだけ心に焼き付いている記憶がある。
 それは記憶の端々に現れ(その生を生きたモノがそれぞれ思い出したのだろうと私は推測する)
 その時生きていたこの記憶を持つモノを落ち着かなくさせた。

 何故そんな事が解るかといえば、”感情を共有しているから”とか
 そういう事かどうかは私には解らないが、
 その時のそのモノの行動や鳴き声がそう言っていたし
 現に私がそうだからだ


 それは始まりの記憶———————


「 始まりの小鳥と終わりの私 」






 静かな夜....
 白く輝く月が明るすぎて、星もぼんやりとしか見えず
 その所為で夜の中に浮き彫りにされた木々の影は
 墨で塗り潰されたように真っ黒に見えた。
 息を殺したように葉を揺らす事さえ神経質に止めた樹木の上を
 小さな影が滑るように飛ぶ

 何かを振り切るように…でもソレは明かに戸惑っていた。
 怒っていたし悲しんでいたし
 何より........一番心を占めていたのは”離れなくては”という
 強迫観念に囚われたかのような本能のようなものだった。
 その小さな影がこの森で一番古く大きな栢の木のそばを通り越えた時…

 ”オオオオォォー……ン”

 静寂を破って物悲しく獣とも鳥のものとも違う声が響いた。



 ソレは戸惑っていた。
 帰りたくて帰りたくて離れたくなかったけれど
 何度も何度もその声を思い出していたけれど
 結局ソレは二度と帰らなかった。
 ソレの次の記憶もその次の記憶も
 その何かを求めながらも帰ろうとはしなかった。




 私は今その何かに向かっている。
 小さな影が急いで飛んでいった樹木の下を
 私の足で枯れ葉を踏みしめながら歩いている。
 何時間も前にあの栢の木のそばを通ったが
 長い年月が経った所為か栢は途中の幹が腐って折れ
 昔の堂々とした姿とは掛け離れた姿で倒れていた。

 私は最初のソレとは違って飛べないから
 ただひたすら”何か”に向かって歩いている。
 もう辺りが暗くなってきたが私は何も心配していない。
 私にはたくさんの記憶があるから...
 ここがどれぐらい広い森なのかどこに何が生えているのかを私は知っていた。
 しかしやはり体が違う所為であちこちに切り傷が出来る。
 それでも構わず梢の低い樹をくぐってまた次の樹をくぐる。
 目を凝らすと足から血がひと筋流れていた。
 何処か木の枝ででも引っかいたのだろう。

 ”これならまだあそこまで行ける”

 ただ私は森をひたすら進む。
 夕日が山の麓から顔を隠そうとして紅く辺りを洗って行き
 夜空の星が遠慮しながら光り始める頃に
 ようやく私は広く拓けた土地の真ん中にある洞窟に辿り着いた。
 私は迷わずその洞窟に飛び込んだ。
 洞窟は長く奥まで続いており、時たま洞窟内の特殊な鉱石が夜の光を集めて輝る。
 私はそんな幻想的な景色のんびり見る為に来た訳ではない。

 走りながら何度も転びそうになる足を叱咤しながら
 ふと...洞窟の中でもすり鉢状に広がった空間に出た。
 もう月が出ているのか薄っすらと洞窟の天井から黄色い光が差し込む

 その空間の真ん中には真っ黒な塊のようなものが光の中に浮かびあがっていた。
 ゴツゴツして所々小さく草や苔を生やした岩のような...
 記憶の中にも現れたことのない姿
 しかし、私にはすぐに解った
 彼だ————

 息も整わぬまま叫んだ。
 あの記憶の声の主の名を

 「……ヴェルン!!」

 自分の命をソレに与えたモノの名を————




 「やっと来たのか…私の一部を持つモノ…」

 先ほど岩のように見えた黒い物体がもそりと動くと
 中心から紅く輝る二つの瞳が現れた。
 もうその目は良く見えていないのか視線の先はフラフラと辺りを彷徨っている。

 「もぅ与える命も無いというのに…」

 呟くように擦れた声にはもぅ生気が無い。
 緩慢な動きで背にある翼を揺する。
 良く見ると体にはかつて輝いていたのであろう鱗で覆われ
 それに沿って太く長い尾が巻きつけられている。


 そうだ、彼は世界で最後のドラゴンだった。

 「別に長く生きたいなんて思ってないわ」

 私は痛む足を引き摺っているのを気付かれないように
 ゆっくりとした足取りで近づいて行った。

 「…ならば何をしに来た…
  私を殺したいのなら…もっと早くに来るんだったな。
  どうせ私はもうじき死ぬからな」

 「別にあなたを殺したかった訳でも無いわ」

 月の光に浮かび上がったのは一人の髪の長い人間の女だった。
 その人間の女は明るい光に目を細める。

 「…では何故だ————?」

 「わからないの?」

 明るさに細めた目を更に細めて
 女は自分の体のゆうに10倍はあるであろう彼を睨んだ。
 その瞳は月の穏やかな光の中で強く虹色に輝いた。

 「…………」
 「わからないのね…」

 怒ったようにため息をついた彼女に彼は困ったように沈黙した。
 でもわからなかった。




 ずっと一人で生きてきた。
 自分は他の生き物から恐れられ近づくモノなどいなかった。
 このまま永遠の刻を生きるのだとずっと思っていた。

 そんな自分の前に現れたのは一つの小さな鳥の雛だった————
 何という事は無い、親に見離されたか何かに襲われたかで
 命からがらにこんな所に逃げてきたようだ。
 ソレは弱々しく今にも死にそうに弱っていて儚かった。

 私の血はどんな傷にも良く効く。
 気紛れに鱗の間に爪をたてて垂らしてみた。
 みるみる引く痛みに初めソレは不思議そうに目を瞬かせ、
 そしてイキナリ何やらピヨピョ五月蝿く鳴き、餌をねだり始めたのだった。

 只の暇つぶしだった。

 ソレは幼すぎて私を恐れなかった。
 だから私はそこらにある木の実や虫を採ってきてやった。
 大きな体の私が小さな実や虫を掴むのは中々大変だったが
 小さな体のくせにソレは夢中で次々と餌を強請った。

 大きくなって来てもソレはいつもそばに纏わり付いていた。
 まるで自分の事を親だと思っているようだった。
 別に小さなソレが周りを飛び回っても何が変わるわけでも無い。
 好きなようにさせていた。

 そのうち刻が経ち、ソレは飛べなくなった。
 それからずっとソレは私の傍で歌うように啼いていた。
 いくら私の血を飲ませても老いは治せなかった。
 私は自分の命よりソレが遥かに短い刻しか生きられない事を知った。
 だから私は自分の命をやった。

 別に自分は死ぬのは怖くないと思っていた。
 自分は生きるのに飽きていた。
 あまりに永い刻を生き過ぎたから......

 でもソレが死ぬのを見るのは嫌だと思った。
 だから自分の一番強い力を持つ、一枚の鱗を砕いてソレに飲ませたのだ。
 ソレはすぐに飛べるようになった。
 元気に嬉しそうにさえずるのを聞いて私は生まれて初めて嬉しいと思った。

 それから数年経って私は病気を患った。
 その時ソレは悟ったのだろう


 私の命がソレに移ってきている事を————


 あの一つの鱗は力の源、私の身体の力はすべてそれに集まる。
 それを与えた私は近くにいるソレに力を注いでいる事をずっと隠していた。

 近ければ近いほど力の流れは強くなる。

 それから数日も経たないうちにソレは何処かへ消えた。
 私がその事に気付いたのは、私から流れ出る力が弱まったからだ。
 私は混乱していた。
 自分の命を得ればソレは永遠に生きられるのに
 何モノにも傷つけられたりはしないのに

 何故————?

 私は叫んだ。
 それでもソレは帰っては来なかった。

 ソレが私の傍に存在した最初で最後の者だと思った。




 「私はあなたと一緒にいる為に帰ってきたのよ」
 人間の女は言った。

 「私の記憶があなたと一緒にいる事を望んだから帰ってきたの」
 「でも私はもうすぐ死ぬ....」
 「だから私は帰ってきたの」

 「記憶が私を呼ぶの。”帰りたい”って...
  それでもヴェルン…あなたが私のせいで死ぬのなんて見たくなかった。
  だから私は帰ってきたの」

 「.........?」

 「私はヴェルンに生きて欲しかった」

 彼女は話始めた。
 その記憶の続きを

 「ワタシはあなたと一緒に生きたかった。
  でも近づけばあなたの力が流れてくるのが解っていたから近寄れなかったの。
  いくら離れようと心に決めてもワタシはあなたの近くを離れられなかった。
  だからワタシは何度も命を絶ったの」

 月の光が黄色味を帯びて彼女の睫毛が作った影をぼんやりぼかした。
 その奥で虹色の瞳が揺れる。

 「苦しくて苦しくて辛かったわ...。
  そしてこの身体を食べたモノ、又はその子供にワタシの記憶は受け継がれたの。
  その度に苦しんで死んでいった…」

 彼女はドラゴンの顔にそっと触れて優しく撫でる。

 「私、怒ってるのよ....。
  あなたの命を貰ってまで生きたく無かったもの。
  だから一緒にいる為に今来たの。
  帰れなんて言わないわよね?」

 瞳を覗き込んで柔らかに笑う。
 それを彼は不思議に思った。

 「お前はソレの記憶を受け継いだだけだろう...?
  それにまだ若いのでは無いのか?」

 「もぅ!!私これでも100歳なのよ!!」

 「....?若いではないか」

 「人間をヴェルンと一緒にしないで!!私の歳じゃもぅおばあちゃんなのよ!!
  こんな変な歳の取り方のせいで化け物よばわりされるし…」

 彼女はブツブツと口の中で文句を言いながら
 それでも彼を撫でる手を止めなかった。

 「…では私がした事は許されることでは無いな。
  永い間苦しませてすまなかった....」

 「なら最後まで一緒にいても良いわよね?
  それで許してあげる」

 「…………」

 「ずっと一緒にいて前みたいに歌を歌ってあげる
  私これでも街にいる時は歌姫だったんだから…ね?
  それに…もぅ街に行く力なんて…私にも残ってないもの」

 彼の紅い瞳から透明な雫がゆっくり流れてぽたりと落ちた。

 「ワタシ達はみんな…あなたが大好きなのよ」

 それに彼女は口付けをして首に抱きついて歌い始める。
 優しく…透き通るような子守唄だった————





 それから三日後の夜までずっとその歌声は洞窟に響いていた。
 夜…最初の記憶の様に月が白く輝いていた。
 きっと洞窟の中の二人も照らした事だろう。

 END(長っ…!!!!!!!!?)




〜あとがき〜
マジ申し訳ない。つまらんもん贈ってごめんなさい。
しかも死にネタかよって書きながらツッコミを入れていました(爆)
でもユウトさんだから大丈夫かなぁ〜?ってノリで贈ります★(・∀・)トドケコノヤロウ!!!
気に入ってくれたらこりゃ幸い…でわ(逃)

コメント:
みるとさんから頂きましたー!オンラインでもオフラインでも何かいろいろ貰ってしまって申し訳ないです…生息地あんなに離れているのに嬉しいぜっ('∀'*)