ナナちゃんとなぞの地図
これは、地図です。
でも、ふつうの地図ではありません。
ナナとカミノの大切な友だちの、モトちゃんが持っていた地図です。
あの、ピアノの発表会の日以来、ナナとカミノは顔をあわせば、モトちゃんの地図のことばかり話しています。
「なんとなく、ナナたちの町の地図ににてるね。」
「うん、そうだな。あれ、この『明倫館』ってのは・・・。」
「明倫小学校のことだよ、きっと。」
「・・・すごいな、なんか、かっこいいな。」
「ねえ、この『橋本町』って、ナナたちの町の橋本町のことかな。」
「そうだ、町の名前はかわってないみたいだな。」
「おっ、これ見てみろよ。」
「わあ、『おふなぐら』だ。ちゃんとモトちゃんの地図にのってる。」
「モトちゃんは、こういうところに住んでるんだなあ。」
「うん。・・・つまりは、ここなんだけどね。」
「そうか、そうだよね。モトちゃんの町はナナたちの町だよね。」
「そう、オレたちはおんなじ町に住んでるんだからな。」
もちろん、『椿団』のメンバーとしての活動も忘れてはいません。
まぼろしの地下都市をさがして、町じゅうをさがしています。
ふと通りかかった建物も、あやしいと思えば立ちよって、地下への入口がないかどうかたしかめます。
でも、ふたりの通学路は、工事中ばかり。
「ここ、ずーっと工事中だよな。」
「大きな電気屋さんができるらしいよ。
・・・ねえ、カミノ。ここ、工事する前は何があったんだっけ。」
「・・・うーん、何だったっけかなあ。」
「こっちは、車の工場かなにかができるらしい。
・・・なあ、ここには前、何があったんだっけ。」
「・・・えーっと・・・、思い出せないよ。
とにかく、ずーっと工事中だったよね。
工事中になれちゃってさ、その前のことすっかり忘れてる。」
「なんか、ふしぎだな。
こんな感じで、いろんなこと忘れていくんだなあ。」
「そういえば、あのトンネルも、この前完成したんだったな。」
「そうそう、ナナが保育園のときから、ずーっと工事してたんだよ。」
「へえ、そんなに前だったっけ。」
「うん。 ナナが1年生になる前にね、ママさんといっしょに、小学校まで
まよわずに歩いていく練習をしたんだ。
そのときは、あのトンネルはまだできてなくて、この道もこんなにきれいに
なってなくてね。
で、まさかこの道は通学路じゃないよねって、別の道を通って
学校まで歩く練習をしたんだよ。
何回も何回もがんばって歩いた。」
「へえー、学校まで歩く練習かあ。
そんなのやったかなあ、もう昔すぎてわすれちゃったな。」
「でもね、練習したその通学路ね、けっきょくまちがってたんだよ。
本当の通学路は、この道だった。」
「ははは、なんだそりゃ。」
「ああ、ここも工事中かあ。
なんだってこんなに工事ばっかなんだ。」
「ほんとだ、地下都市の入口どころじゃないよ。
あやしい場所どころじゃないよね。」
「ほら、ここもだよ。
ああもう、このパワーショベルで、町じゅうほりかえしたいっ。
そしたら、地下都市なんかすぐ見つかるのにな。」
「そうだな。・・・そうか・・・。それだ、ナナ、それだよ。」
「えっ? ほりかえすの?」
カミノは、ひどくまじめな顔をして、なにか考えていようです。
「ねえ、カミノ。まさか、このパワーショベルをかりて、町じゅうをほりかえしてみようとか、言わないよね。」
ナナは、パワーショベルで町じゅうをほりかえしているところを想像してみました。
「ははは、いやあ、いくらなんでもそれはむりだよ、カミノ。」
「いや、ほりかえしてないところをさがすんだ。」
「えっ? ほりかえしてないとこ?」
「そう、ほりかえしてないとこ。
ほりかえしたところには地下都市はなかったってことだろ?
もし、工事とかでほりかえしたとき地下都市が見つかってたら、すごいニュースになってるはずだよ。
で、地下都市をさがし出す使命の『椿団』は、いまごろ存在しないさ。」
「そうかあ、ほりかえしてないとこだね。
じゃあ、モトちゃんの地図で、今も変わってないところをさがそうよ。
そこは、ずうーっとほりかえしてないよ。変わってないんだもん。」
「おっ、そうだな。そうだよな。」
ふと、ナナは、ピアノの発表会に来てくれたモトちゃんのことを考えました。
「・・・ねえ、モトちゃん、椿の花のバッジつけてたんだよ。」
「うん、そうだな。」
「モトちゃんも『椿団』なのかな。」
「うん、そうだと思う。」
「モトちゃんの時代の『椿団』は、地下都市を見つけてないんだよね。」
「うん。」
「そして、モトちゃんの時代から今まで、工事したりほったりして変わってしまったところはいっぱいあるけど、
そこからは見つかってないよね。
・・・ってことは、それ以外のところに、かならずあるってことだよね。」
「そうか、モトちゃんの時代からずっと変わってないところか。
・・・うん、そこにぜったい、ある。」
ふたりは、モトちゃんの地図を注意ぶかく見つめなおしました。
その古い地図には、今のナナたちの町と同じ地名、同じ建物がたくさんえがかれています。
きっと、このどこかに地下都市がねむっているにちがいありません。
「うーん、じつに、じつに、さがしがいがあるなあ。」
カミノは、うれしくてたまらないといったふうに、つぶやきました。
「まずは〜、どっからあ〜さがそっかなあ〜。」
ナナも、歌いながら答えました。
やがて、秋。
今年も、『時代祭り』の季節がやってきました。
ナナとカミノは、今年も待ち合わせて、パレードの見物です。
「あ、金管バンドだ、やっぱりかっこいいなあ。
来年は3年生だから、金管バンドに入れるんだ。楽しみだなあ。」
「うん、けっこうかっこいいな。
ナナは、あの旗をふるほうになるのか?
それとも、楽器するんだっけ。」
「うーんうーん・・・、両方!」
「ははは、旗ふりながら楽器ひいて行進するのは、ちょっとむりじゃないかな。」
カミノが笑っています。
でも、ナナは本当に本当にいろんなことをやってみたいのです。
ほんとうに、旗をふりながら楽器をひいて行進したいぐらい、いや、金管バンドのほかにもたくさんたくさんやりたいことだらけ。
一日中、うら山をかけまわって遊びたいし、スイミングもならってみたいし、おつかいもたくさんしたいし、そろばんも面白そうだし。
自転車も、ローラースケートも、キャッチボールも、そうだ、お料理もおかしも作ってみたいし、読みたい本もたくさんあるし。
・・・でも、すぐ夜になってねむくなってしまうんだ。ずうーっと昼間だったらいいのになあ。
ナナは、金管バンドのパレードを見ながら、そうぼんやり考えていました。
そのとき、カミノが言いました。
。
「ナナ、とのさまのパレードだ!
モトちゃん、いるかも。」
「わっ、わっ、そうだった。モトちゃんいるかもしれない。
いこう、カミノ。」
もしかしたら去年のように、おとのさまの格好をしたモトちゃんが、パレードの列のいちばん後ろを歩いているかもしれません。
ふたりは、ずっとずっとずっとパレードのうしろをついて歩きました。
秋の空気はどこか冷たくすみきっていて、まちじゅうがくっきりと見えます。
ナナとカミノは、いつものように、月1回の椿団の作戦会議にでかけます。
いつものように、城あとについたときには、みんなはもう集まっていました。
『時代まつり』のおとのさまのパレードの話でもちきりです。。
「今年はでたの? ぼく、いっしょうけんめい見てたんだけど、わかんなかったな。」
「うん、わたしもずっと見てたんだ、今年はでなかったね。」
「ちょっと残念。」
「あーあ、やっぱ、去年見のがすんじゃなかったなあ。」
ナナとカミノは、今年もただだまって聞いているだけでした。
今、椿団のメンバーが、「今年はでた」なんてさわいでいるのは、ふたりの大切な友だちのことです。
モトちゃんは、昔の時代からナナたちの時代にやってきたふたりの友だち。
その友だちのことを、おもしろがって話してほしくはありません。
・・・おばけじゃないんだし、「でた」なんていわないでほしいよなあ。
カミノは思いました。
・・・モトちゃんは、本当はやさしくってまじめなおにいちゃんなんだよ。
ナナも思いました。
ふたりは、なんとなく、モトちゃんのことはだれにも言わないようにしていました。
「さあて・・・。そろそろ、作戦会議はじめよう。」
カミノがみんなに声をかけました。
「あ、そうだね。」
「そろそろ、はじめようか。」
メンバーのみんなは、『おとのさまのパレード』の話をやめて、円になりはじめました。
「今月は、どういうふうにさがそうかな。」
団長の「めぐポン」がはじめます。
「えーと、菊が浜あたりはどう?」
「それぞれ、自分たちの小学校のまわりを調べてみる?」
みんなが意見を言います。
じっと聞いていたカミノが、話し始めました。
「ちょっと、考えたんだけどさ。
今まで、本当にだれもさがしてないところをさがしたらどうかな。」
「え?」
「それって、どういうこと?」
「工事とかやってないところをさがすんだよ。」
「ん?工事してないとこ?」
カミノが続けます。
「工事とかでさ、地面をほりかえしたとこって、地下都市はなかったってことだよな。
もし見つかったら、すごいニュースになってるはずだ。」
「そうかあ、そうだね。」
「なるほど。」
みんな、真剣にカミノの話を聞いています。
「で、わが椿団はむかしから地下都市をさがし続けてて、で、まだ見つかってないんだからさ。
じゃあ、ほりかえしてないところをさがそうよ。」
「そうか、工事とかして変わってしまったとこは、可能性ないってことなんだね。」
「新しい建物になってしまってるとこには、もうないんだ。」
「そう。だからさ、昔っから全然変わってないところをさがそう。」
カミノは、そうきっぱりと言いました。
「よし、そうしよう。」
「そうか、当たり前といえば当たり前な話なんだけどな、気づかなかったよ。」
「がんばるぞー。」
「じゃあ、どこからさがすか、作戦をたてよう。」
団長のめぐポンが言いました。
「ねえ、みんな、ちょっといいかな。」
作戦会議が終わるころ、めぐポンが、しずかにきりだしました。
「きょうは、みんなに言わなくちゃならないことがあるんだ。
実はね、私、・・・ひっこすことになったんだ。」
「えーっ。」
「うそだろ。」
「どうして?」
「どこにひっこすの? いつ?」
みんなびっくりして、いっせいにめぐポンの方を見ました。
「来週ひっこすことになったんだ。
父さんの仕事のつごうでね。広島に住むことになったんだ。」
「・・・・・・・・。」
「本当なの。」
「なんか・・・・、信じられない。」
「さみしいなあ、めぐポンがひっこすなんて。」
あまりにも突然で、みんなびっくりです。
めぐポンは続けます。
「で、重要なことを決めなくちゃならないんだよ。」
「え?」
「次の団長のことだよ。」
「あ、そうか。」
「そうだよね、めぐポン引っ越しちゃったら、団長がいなくなってしまうよね。」
めぐポンは、静かに、でも力をこめて言いました。
「 ・・・・・次の団長、カミノにやってもらいたいと思う。」
「え? オレ?」
カミノは、ただただ、きょとんとしています。
「うん、賛成。」
「そうだ、カミノがいい。」
「うん、頭よさそうだし。なんか、よく考えてるもんな。」
「6年生だしね。」
「うん、カミノだ。」
めぐポンは、にっこりしました。
「よかった。みんな、賛成だね。
卒業まであと4ヶ月しかないけど、カミノ、団長やってくれるかな。」
「・・・オレが椿団の団長?」
「カミノ、すごいよっ。カミノが団長だなんて、すごい。」
ナナはカミノの肩を、ぱんっとたたきました。
「う、うん。たしかにすごい。
そんなの、オレ、なっちゃっていいのか?」
「いい、いいさ、いいに決まってる。」
「よろしくね、団長。」
「カミノ、たのむよ。」
みんな、にこにことカミノを見ています。
「・・・・・よおし、わかった。ありがとう。
オレ、団長やらせてもらうよ。
卒業まであとちょっとだけど、いっしょうけんめいやるよ。
がんばって地下都市をさがしだす。」
カミノがそう言うと、みんないっせいに拍手をしました。
「わっ、わっ、なんかてれくさいな。」
帰り道。
ナナとカミノが話しています。
「信じられない。カミノ、すごいよ。
カミノが、昔からずーっと続いてる『椿団』の団長だなんて。」
「オレだってびっくりだよ。まさかまさかだよ。
ほんの少しだけどな、ちょっとふるえた。
・・・まだ今もきんちょうしてるもん、オレ。」
「ははは、カミノもきんちょうとかするの?
だいじょうぶだよ、カミノはだいじょうぶ。
団長として、みんなをしっかりまとめてよね。」
「ああ、がんばるよ。ナナも協力してくれよな。」
「うん。うん。もちろん協力しまくるよ。
それでさ、地下都市さがしまくる。ナナをたよりにしていいよ。」
「・・・うーん、ちょっと、それは・・・」
カミノが大げさに頭をかかえてみせました。それから、いつもどおりに、大きな口をあけて大声で笑い出しました。
「ひどいなあ、カミノは。」
ナナも大声で笑いました。
「よおし、なんか面白くなってきたぞ。」
「そうだね、わくわくしすぎて笑いたくなるよ。」
ふたりは、大きな声で笑いながら、秋風の中いつまでも話していました。
(4.『ナナちゃんとさよならカミノ』 につづく)
©とびや