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野宿者にも生きる権利がある
笹沼弘志 静岡大学助教授(憲法) (朝日新聞朝刊論壇 01/03/21)
最高裁は二月十三日、野宿者の林勝義さん(当時五十五歳)が生活保護を求めた訴えを退ける判決を下した。しかし、林さん敗訴という結果だけを取り出して、判決が従来の生活保護行政を正当化したものと誤解してはならない。
林さんは当時、足のけがで仕事に就けず、野宿生活を送っていた。名古屋市中村区福祉事務所は一九九三年七月、生活保護申請に対し、「就労可能」という病院の診断結果から、生活扶助、住宅扶助を与えず、医療扶助のみを支給する処分を行った。林さんは、処分の取り消しと損害賠償を求め、名古屋市を訴えたが、九九年十月に亡くなった。
名古屋地裁判決(九六年)は、「軽作業を行う稼働能力はあったが、就労しようとしても、実際に就労する場がなかった」ので、働く努力を怠っていたとはいえない、と訴えを認めた。
しかし、名古屋高裁は九七年、「まじめに就職活動をすれば仕事に就く機会はあったはず」という市側の主張を受け入れて一転、訴えを棄却した。理由として、林さんが乱れた頭髪のまま就職の面接に行ったことを「真摯でない」と断定し、年齢や職歴などを考慮しないで、有効求人倍率という統計数字を根拠に挙げた。最高裁判決は、林さんの死亡により取り消し訴訟は終わったとし、損害賠償の請求訴訟については高裁判決を支持した。
今回の判決は、野宿者の過酷な生活実態を直視していないと言わざるをえない。しかしそれ以上に、野宿者にも生活保護受給権があり、生活保護を適用する要件も一般人以上に厳しいものであってはならないこと、憲法一四条の「法の下の平等」や生活保護法二条の「無差別平等」に反する野宿者ヘの差別は許されないことを明確にした意義は大きいと一言える。
というのは、全国各地の自治体で、野宿者が生活保護を申請しようとしても、「あなたは働けるから」「住居がないから」と言って申請を受理しない、受理しても却下するなどの差別的処遇が行われてきたのが実態だからである。
私の地元静岡市でも、市民グループが生活保護申請の支援活動を始める以前は、福祉事務所は野宿者とみるや相談もせずに追い払っていた。
名古屋市も同様に、林さんに対し、「働ける」という理由で生活扶助などを与えなかったのが真相である。ところが、同市は、裁判では「就労の場があったにもかかわらず働こうとしなかった」という理由にすり替えて、主張してきた。「働ける」という理由だけで保護を拒否することは違法処分と認めたのに等しい。
最高裁判決の問題点は、このような理由変更を安易に認めたことであり、最低限度の衣食住が整わないと就職活動ができないという現実を直視せずに、「仕事を探しても見つけることは困難だった」ことの立証責任を野宿者の林さん側に負わせたことである。
福祉事務所には、生活保護申請者にとってどのような就職先があり得るのかを調べる権限がある。調査権限を持つ行政庁に立証責任があることは最高裁判例も認めているはずだ。だが、中村区福祉事務所は、林さんが保護申請した時に「職業安定所に行ってください」という就労指導すらしていない。
実際、住所も連絡先も無い野宿者が職業安定所を通して就職するのは不可能に近い。林さんは知人や手配師を通じて必死に職を探していたが、髪を整えられないほど困窮していたため、就職活動が困難だった。そもそも、日々の食事にも事欠く野宿生活は急迫状態であり、能力の活用の有無を問わず、保護するべきものである(生活保護法四条三項、二五条)。
事実、厚生労働省は、名古屋地裁判決の後、「単に居住地がないことや稼働能力があることのみをもって保護の要件に欠けることはない」とし野宿者への違法な処遇を改めるよう再三指導している。
「林訴訟」が、野宿者にも生きる権利があるのだという当然のことを明らかにし、行政の姿勢変更を迫った意義は大きく、敗訴によっても消されるものではない。 =投稿
●●●HomePage管理者のコメント●●●
良いとか悪いとか言う意味ではなく、ほんの40年前には「るんぺん」や「傷痍軍人」のホームレスの人たちが駅のガード下や橋の下などに「生活」していたのは日常的「風景」でした。
私の祖母・母などはその人達に余った日用品などをそっと渡していたのも日常的「風景」でした。べつに祖母・母などが特別ではなく、近所の人もしていました。そういう日常的「風景」は全国に見られたと思います。
たぶん、祖母・母などは、「明日は我が身」というホームレスと自分とのつながりを感じていたと思われます。
「林訴訟」の野宿者にも生きる権利があるのだという当然のことを、過酷な世紀を生きていた人は即座に理解できる世代とまったく切り捨ててしまう世代(ホームレスを襲撃する悪ガキ)との落差。差別の肥大化はとどまることを知らないみたいで暗い気持ちになります。
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