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『ピースおおさか』は平和施設

林 功三(朝日新聞2000/02/07論壇)

大阪市長磯村隆文様。

 あなたは一月二十五日、東京・日本外国特派員協会での記者会見で、「ピースおおさか(大阪国際平和センター)」が南京大虐殺を否定する講演会の会場に使われたとして中国駐大阪総領事館から抗議を受けたことについて、「公的な施設であり、使用を認めないわけにはいかない」「日本は思想、表現の自由があり、違法でない限り認めざるをえない。民主主義で自由を認めている国なら、同じ立場をとるはずだ」と言われたそうです。本当でしょうか?
 ピースおおさかは確かに公的施設で、大阪府と大阪市が半分ずつ出資してつくった財団法人です。しかし、それは一般の公共施設、例えば公会堂などとは本質的に違います。ピースおおさかは一種の平和博物館で、過去の戦争への反省から生まれたものであることを、だれよりもよくご存じのはずです。この施設で、「21世紀最大の嘘『南京大虐殺』の徹底検証」と題した講演会を開くのはどういうことでしょうか?
 この主催団体はピースおおさかの存在理由を否定するために、わざわざ講演会場に選んだのです。昨年春にも、この団体はピースおおさかの講堂を使って映画「プライド 運命の瞬間(とき)』のビデオを上映しました。あまりにも露骨な一つの政治的行為にほかなりません。
 ピースおおさかは、各種の市民団体が営々と支え、平和の発信センターとして日本中に認められた、大阪の誇るべき施設なのです。だからこそ、主催団体はここでその趣旨を否定する集会を行おうとしているのです。そのような政治的意図をもった集会を「思想、表現の自由」を盾にして認めることは、公正な判断に基づいたものと言えるでしょうか?
 日本は「思想、表現の自由がある」国だから、と市長はおっしゃっています。本当にそうでしょうか、日本には人権の侵害はないでしょうか?現在日本の各地で学校教師が日の丸の掲揚に反対し、式典で君が代を歌わず、伴奏を拒否すれば、処分されるといいます。
 市長は、いつから日本が「思想、表現の自由」のある国になったとお考えですか?戦前・戦中、私たちは権威に一体化し、画一的な政治体制をよしとしました。凶悪な治安維持法、警察・軍のテロルによって可能にされたものでしたが、私たちの多くは抵抗はしませんでした。抵抗どころか、軍国主義思想の妄想を熱狂的に信じてアジアの諸国を侵略するのを支持したのでした。このような歴史に対する反省を抜きにして「思想・表現の自由」を口にすることはできないはずです
 ピースおおさかはそのような歴史的反省からつくられた公的施設です。「設置理念」には「中国をはじめアジア・太平洋地域の人々、また植民地下の朝鮮・台湾の人々にも多忘れません」とあります。
 日本現代史を研究する友人は、南京大虐殺がなかったというのは歴史学の検証に堪えられないお粗末な主張であり、大阪大空襲がなかったというのと同じだ、と言っています。私もそう思います。南京大虐殺を否定する講演会をピースおおさかで開くことは、「思想、表現の自由」どころか、まさにその否定です。しかも日本の排外主義による最大の犠牲国の領事を相手に、日本は自由な国であると言うのは、私の目には傲慢としか映りません。ドイツでアゥシュビヮツのガス殺戮がなかったというような宣伝をすれば刑法で罰されます。では、ドイツは思想、表現の自由がない、非民主主義の国でしょうか?一九四五年の敗戦以後、半世紀間にどれほどドイツの知識人、市民、政治家たちが「過去の克服」のため努力を重ねてきたことでしょうか。あるチェコの歴史家は、ドイツの過去の克服は二十世紀最大の偉業であるといっております。
 私は、ピースおおさかを一つの拠点として日本の民主主義の実現のために尽力したいと考えている学徒の一人です。私は市長が認識を改められること、今回を契機に二度とこのようなことのないようにするため、ピースおおさかの組織運営の改善に取り組まれることを要望します。

大阪国際平和センター平和研究運営委員、京大名誉教授 ドイツ文化史社会史投稿

●●●HomePage管理者のコメント●●●
 「南京大虐殺がなかったというのは歴史学の検証に堪えられないお粗末な主張であり、大阪大空襲がなかったというのと同じだ」との考え方は全く同感です。フェアーで対等な視点の欠落が自分自身の首を絞めてゆくのは私たち日常生活からでも理解できることです。
 作家・塩野七生が著書の中で繰り返し書いている文章が有ります「人は馬鹿にされるのはいい。人それぞれ能力が違うのだから。でも、軽蔑されるのは絶対さけるべきだ。存在自体を否定されるから。」……人を国に置き換えても同じことです。
 また、「日本は思想、表現の自由があり、違法でない限り認めざるをえない。」と大阪市長が発言したそうですが、「誰のため」の「どんな自由」かという事に考え込まざるおえません。暗雲がたちこもる未来をかいまみる気がします。

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