成都は四川省の省都であり、四川盆地の西北部に位置し中国西南地区の
経済・文化・交通の中心である。人口は約970万。三国志は劉備玄徳の
蜀の都である。漢時代には「錦城」、五代の時には「蓉城」といわれたよ
うです。
古くから栄えた都なので名所旧跡は多い。市内には有名な詩人「杜甫」 が住んでいた「杜甫草堂」、三国志で有名な蜀の丞相「諸葛亮(孔明)」 の祠・武候祠、望江楼公園、青羊宮、王建墓、文殊院、パンダのいる動物 園など。中心に「天府広場」が有ります。その正面の壇上に毛沢東主席が 右手を上げて大きく立っています。 成都での乗り物は何と言っても三輪車であろう。自転車の後ろに2人乗 れる二輪車を付けたもので人力である。街のそこらじゅうにいるので利用 し易い。結局、成都にいる間一番利用したのは三輪車であった。値段はタ クシーと同じくらいでした。人力車と言っても道路を走る時、車には負け てはいません!しかし道路を横切る時はやはり車には負けそうで少し恐い 感じです。タクシーの基本料金は5元、北京や上海の半額、現在のレート 5元はで約70円ですからわりと気軽に乗れます。バスは北京、上海と同 じで1元ないし2元でした。 |
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ホテルの近くに街頭市場が有りました。日本でいうと青空市場です。公
認の市場です、見た目には日本の青空市場と変わらないのですが、肉の販
売につては迫力があります。写真のように豚は胴体ごと吊り下げ、鶏は体
ごと、また生きたままの鶏、アヒル、ウサギが売られています。トレイに
パックされた肉を見慣れている日本人の目には異様にうつります。昨年、
上海でも見ましたが生きた鶏を目の前で殺し販売してくれるのは日本人に
とって少し抵抗が有りますね。私の朝食はこの街頭市場の近くの小さな食
堂で「包子・卵・かゆ」をいただきました。朝食代2元。
成都にはイトウヨーカ堂が有りました。日曜日だったのですごく混んで いました。上で昼食をとりましたが、ほとんどのテーブルでは火鍋(フオ ゴウ)をつついていました。私も注文する。鍋は半分に仕切られており、 普通味と辛い味になっており、中に入れる具はバイキングスタイルです。 この火鍋は私はあまり好きにはなれません。ついでに食事のお話、成都の 小喫(シャオチー)を食べました一人前で約22の小さなお皿が次から次 ぎへと来ます。あれあれと言う間もなくテーブルがいっぱいになりました。 ここも良く繁盛してるようでした。また「郷老カン」という四川料理のレ ストランに行きました、お茶は例の長い注ぎ口の付いているもので曲芸的 に入れてくれます、また注文した料理はどれも美味しかった。そして一回 は四川大学の学生食堂で食べました。 成都に限らず一般に中国の夜は遅いようで、夜9時頃が一番にぎやかな ようです。街頭のテーブルでは鍋を囲み楽しそうです。また店先で麻雀を してたりします。そんな訳で朝は少し遅いように感じましたが、休日のせ いでしようか。 市の中心部を挟むように府河と南河が流れています。河の両側は市民の 憩いの場になっている。この河の流れも長江へ続いてるようです。長江( 揚子江)は四川盆地の南側を流れているが(盆地と言っても日本の盆地を 思い浮かべないで下さい、規模が違います。)今更ながら長江の長さ、ス ケールの大きさに驚きます。全長6397Km,日本列島よりも長い、ち なみに黄河は5464Kmです。源流は西隣の青海省は唐古拉山脈に発す る、又黄河も同じく青海省に発するようです。地図で調べてみると長江は 源流から成都の南「宜賓」を金沙江と言い、宜賓から上海までを揚子江と 言うようである。それが本流でまた多くの支流が流れ込んでいる。成都を 流れている岷江もそのひとつである。 北緯30度9分、は日本の鹿児島の南端あたりです。冬場は曇天の日が 多く青空が見える日は珍しいそうですが、5月はもう初夏、青空も有りま したし日本の気候とほとんど変わらない感じでした。ただ盆地なので強い 風が吹く事は無いそうである。 締めくくりに「諸葛亮(孔明)」の「前の出師表」の書き出しの一部を 書いておこう、これは名文である。 《先帝、業を創めていまだ半ばならざるに中道にして崩そしたまえり。今、 天下を三分し、益州疲弊せり。これ誠に危急存亡の秋なり。然るに侍衛の 臣、内に懈らず、忠志の士、身を外に忘るるは、けだし先帝の殊遇を追い て、これを陛下に報ぜんと欲すればなり。誠によろしく聖聴を開張し、以 って先帝の遺徳を光かし、志士の気を恢弘すべし。よろしく妄りに自から を卑薄し、喩を引き義を失いて、以って忠諌の道を塞ぐべからず。・・》 |