東京魔人学園妖風帖
 
第参話
 
“妖刀” Ver.1.02



 書類の最後の一行を打ちこんで顔を上げた圭子は、ふと窓に目をやり、隣のビルの灯りが又一つ消えるのを見た。
 時計を見ると、そろそろ日が変わりかけている。
「・・・」
 “未処理”箱に残る書類FAXは、あと十枚前後は有りそうだ。
「清水さん帰っちゃいなよ、残りは俺が片づけておくから」
 溜息をついて手を伸ばした圭子に、はす向かいのデスクを占めた冴えない中年男が声を掛ける。同僚の瀬木康之(46、独身)であった。
「でも、悪いですから」
「いや、昨日は帰れなかったんだろ、俺なら歩いて帰れるからさ」
 リストラはまぬがれているものの万年平社員で、出世とは縁の無い男。だが、彼は人がいい男でもあった。
「じゃあ、お願いしますね」
 口さがない女子社員の中には陰で嘲る者も居る様だが、圭子は、セクハラ等とは無縁で、普段から気弱な笑いを浮かべている彼に悪感情をった事は特に無く、かえって、他の女子社員より彼と交わす会話の方が多い程である。
 尤も、圭子自身社では最低限しか口を開かない為、会話の数は多寡が知れているが。
「お疲れ」
「お疲れさまです・・・お先に失礼させていただきます」
 有り難く頭を下げ、圭子は職場を後にする。、


 バッグを持って早足に社屋を出た圭子は、腕時計を見て、小走りに駅を目指す。
「・・・確か・・・」
 ふと、近くの公園が目に入った。小さな児童公園。朝方にはよく通り抜けるが、夜になると電灯一つ無い真っ暗闇になる為、避けているのだが・・・そこを通り抜ければ三分は時間が短縮できる筈だった。
 走ったとしても、最終電車に間に合うのかは微妙な時間である。ほんの少しだけ迷ってから、彼女は公園に足を踏み入れた。
 児童公園には四本の桜が植えられており、いずれも満開だった。柔らかい風が吹いている為、少しずつ花びらが吹ぶき、余裕があれば、見取れる風情だったかも知れない。
 しかし、今の圭子にはそんな余裕は無かった。ただひたすら小走りに公園を横切ってゆく。
「・・・え」
 公園の中央を越えた辺りで、圭子は、ふと、明るさを感じて立ち止まる。慌てて周囲を見回すと、桜が燐光を発し、舞い散る花びらが火の粉の様に周囲を照らし出し始めた。
 異様な艶やかさを感じさせるその雰囲気に、痺れた様に立ちつくしていた彼女は、背後でじゃりっ、と土を踏む音をきき我に返った。
「ヴヴヴ・・・ぉぉぉ」
「あ・・・」
 圭子が急いで振り返ると、桜の樹に何か長い物を持った男が寄りかかっていた。スーツを着ている所をみるとサラリーマンらしかったが、ただでさえ気味の悪い場所で、得体の知れない男の存在は圭子に強い恐怖感を呼び起こした。
 そっと、後じさった圭子に気が付いたのか、男がぞろりと顔を上げる。
 血の気の失せた顔に、血走った目だけが大きく見開かれたその顔は、とても正気の人間の形相では無い。
「きッ・・・きゃああァァァ・・・ッ!!」
 男の手が刀を引き寄せるそぶりで、圭子は我に返り、絶叫を上げて走り出した。
「ヴゥ゛ゥ゛・・・」
 すぐ背後から聞こえる、ザッザッザッという足音と、低い呻き、息づかいが、男の追跡を告げていた。圭子は半ばパニック状態に陥りながらも公園の出口を目指す。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
 しかし、何時まで走っても出口に届かない。近づいては遠ざかる出口に、それでも圭子は必死に走り続ける。
『何故』
 酸素不足の頭に、そんな単語がくるくるまわる。
「ふじゅッ」
「ああっ!」
 急に背中を氷で撫でられ、圭子は前のめりに倒れ込んだ。激しく右手を打ち付けてしまったが、鈍い感覚が伝わって来るだけで、痛みなどまるで無い。
 意志とは裏腹に弛緩しようとする体に逆らって顔を起こした圭子は、立ちはだかる男が振り上げる刀が血で汚れているのを見て、初めて、斬られた事を自覚した。
(うそ、こんな所で・・・すぐそこ駅で、交番だって・・・)
「だ、誰か・・・誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
 空気が裂け、断ち切られた様に悲鳴が止んだ。


 紅髪の男は樹によりかかり、円を描いて公園を走り回っている圭子とサラリーマンを無言で見ていた。
「ふ、今時の人間にしてはもっている方か・・・」
 男が呟いた瞬間、圭子は倒れ、刀が振り下ろされる。袈裟懸けに上半身を断たれる程の一撃にも関わらず、血は殆ど飛び散らなかった。
 二太刀目で絶命した圭子の体に、なおも刀を突き立てるサラリーマンに、紅髪の男は無造作に近づいて行く。
「ううッ・・・」
 呻きを上げて見上げるサラリーマンを無視して、その手の刀を見下ろす。怪しく光るその刀身は、人の血を啜ってその禍々しさを増した様に見える。
「・・・数百年の時を越え、今なお、衰える事を知らぬ・・・恐るべき切れ味・・・正に妖刀の名に相応しい」
「う・・・ううッ・・・」
「美しい・・・徳川に仇なす光・・・まずは一人、天海よ・・・常世の淵で、見ているがいい、貴様が護ろうとした、この街が混沌に包まれていく様を、貴様の街は、こやつ等自身の“欲”によって滅ぶのだ」
 男は満足げに呟くと、今まで無視していたサラリーマンに目を向ける。
「さあ、もっと殺すがいい・・・殺しに殺し、器に陰の気を満たすのだ・・・」
「ヴッ・・・ヴオオオッ・・・」
 公園の空気を振るわせ、絶叫が木霊した。


 京太郎が数学の教科書を片づけていると、ゆらり、と巨大な影が近づいてきた。
「やっと、今日の授業も終わったな・・・どうだ、東、もう学校には慣れたか?」
「まぁ・・・な、どうもMathematicsっていうのは苦手だが・・・」
「そうか、俺も数学はそんなに得意な方じゃないな」
 苦笑いする京太郎に、醍醐も同意する。まぁ、互いに、余り意外な感想ではない。
「兎に角、高校最後の一年間だ、お互い悔いの無い様に、何事にも精一杯力を入れて過ごしたいものだな」
 随分と品性公正な前置きを置いてから、醍醐はふっ、と考え込む様な眼差しを京太郎に向ける。
「実はな・・・この間の旧校舎の件もあるし、お前の事も心配してたのさ・・・美里も、あの時以来変わった様子は見られないし、京一と桜井もいつも通りだしな」
 巨体に似合わぬ、繊細な神経と面倒見の良さである。なる程、これなら子分もついて来るだろう。
「所で・・・あの時、どこに行っていたのかそろそろ、教えてくれないか、あれから気になって仕方が無くてな」
「hum・・・そうだな・・・」
 京太郎が考え込んだ時、熱い気が近寄ってきた。
「よッ、ご両人、ちょいと相談があるんだけどよ」
「又、ラーメンを食いに行くのか?」
「ちげーよ」
 京太郎の台詞に、京一は不敵な笑いで首を振る。
「相談とは何だ、京一、お前がそういう顔をしている時は大抵、ロクでもない事を考えている時だろう」
「ヘッ、いってくれるぜタイショー、俺はただな、そろそろ花見の季節だなァ、っと思った訳よ」
 揶揄する様な醍醐の台詞等どこ吹く風、京一はこみ上げる笑いを抑えている様な表情で、京太郎に目をやる。
「舞い散る花びらを見上げながら、東と友情について、熱き語り合いをだな・・・」
「oh、なる程、日本伝統の“花見”、GardenPartyか」
「そうそう、東、パァーッとやろうぜ、日本の桜はきれーだぜッ」
「・・・そのココロは?」
 がっし、と京太郎に肩を組んで力説する京一を、微妙な目つきで見やりながら、醍醐がぼそりと呟く。
「旨い酒が呑みてぇなぁ・・・と・・・」
「やはりな・・・いいか、京一、俺達は高校生なんだぞ、行事の清め酒、雛祭りの白酒以外はな・・・」
「いいじゃねぇか・・・ちょっとぐらい」
 すかさず説教モードに入ろうとする醍醐を京一は茶化す。この様子だと、京一は割と酒の味を知っているらしい。
「・・・Alcoholは、そんなに好きじゃないな・・・」
 京太郎の呟きに、我が意を得たとばかりに醍醐は頷く。
「ほれ見ろ、主賓も嫌だといっているぞ、大体な、酒は、肉体の反射のみならず、精神までを鈍らせる悪魔の液体だ、京一、お前も武道家の端くれなら酒を呑むのが、ある意味毒を飲むのに等しいという事がだな・・・」
「ふふん、生憎と、酒で鈍る程、俺の腕は悪くないんでね」
 強い調子で飲酒の害をとく醍醐を鼻で笑い、京一は自信満々に断言する。屁理屈にもならない台詞を堂々と吐くその姿に、流石に醍醐も呆れたらしく、説教を中断する。
「・・・東、お前も何とかいってやれ」
「・・・そうだな・・・蓬莱寺、呑んでる時に、ASSASSINに狙われるとヤバイと思うぞ」
 まじめくさった表情で忠告する京太郎に、醍醐は絶句し、京一は笑い転げた。
「ひィーッ・・・ひッ・・・お前おもしれぇ奴だなぁ・・・くッくッくッ最高だぜ、タイミングといい、表情といい、絶妙だぜ」
「・・・東、一応俺は真面目な話をしているのだが・・・」
 それぞれの反応を少し困った様な顔で見て、京太郎は頭を掻いた。
「俺は真面目に答えたつもりなんだが・・・実際、俺はいくら呑んでも酔わないから面白くないが・・・ま、蓬莱寺は別にCarを運転する訳じゃないだろうから、適当にやればいいんじゃないか」
「へェ、東は話が分かるねェ・・・てさ、タイショー」
「むむ・・・しかしだなぁ・・・」
 勝ち誇る京一に、何となく縮こまる醍醐。
「まったく、もう見ちゃいられないよッ」
 京一の背後からひょっこりと小蒔が顔を出した。
「全く、子供なんだからぁ、京一って、本当に欲望のおもむくままだねッ」
「人の事をケダモノみてェに言うんじゃねェよ」
「うふふ、でも、動物はある意味では、人間より余程純粋よ、京一君」
 小蒔の隣から、葵が顔を出した。いつもの通り、行動を共にしていた様だ。
「美里まで・・・ひでェなァ」
 無敵の生徒会長さまにまで茶化され、京一はちょっとだけ、拗ねた顔になる。
「でも、ボクもお花見行きたいなぁ・・・そうだッ、この際だから、沢山人誘っちゃおうよッ、京太郎クンの歓迎会って事で・・・葵、今日は何か予定ある?」
「いいえ、無いわ・・・良い考えだとは思うけど、もうみんな帰るか、部活に行ってしまったようね」
「悪くねェな・・・みんなで騒ぐのもたまにゃあいいだろ」
 主賓を抜きにして、ぽんぽん話が決まっていく。京太郎は醍醐と顔を見合わせ苦笑する。
「ボク楽しみだなぁ・・・中央公園には屋台も出るしねッ・・・やきとり、やきそば、お好み焼き、おでんにたこ焼き・・・ああいう所で食べるのが堪らないんだよねッ」
「おいおい、縁日じゃねぇんだぞ・・・全く、花より団子ってことわざはお前のためにある様なモンだな」
 完全に興味が食い気にシフトしている小蒔を、感心した様な表情ながらも、口調事態はいつもの調子で揶揄する。
「べーっ、だッ、花を見ながら、屋台の食べ歩き、これが花見の醍醐味だろ?」
 何か微妙に花見のセオリーが間違っている様な気がする。
「それに、綺麗な花を見ながらだと、いくらでも入っちゃうよ、ねッ葵」
「うふふ・・・そうね、中央公園はきっと、夜桜も綺麗でしょうね」
 親友のハイテンションを慣れた様子で軽く流す葵。流石である。しかし、まだ時間は4時過ぎ程度だ。彼女は本格的に酔っぱらいが大量生産される時間帯まで、花見シーズン真っ盛りの中央公園に居るつもりなのだろうか・・・
「いい話ねぇ〜、勿論あたしも誘ってくれるのよね?」
「うおッ、アン子ッ、何時の間に・・・」
 突然横から出てきたアン子にマジ驚きする京一。修行の足りない奴である。
「そんな事、どうでも良いわよ・・・それより、東君の歓迎会なんでしょ、東君、あたしも参加していいでしょ?」
 とても断れる雰囲気ではない。まぁ、元より、京太郎に断る気も無いが。
「勿論、歓迎する、是非参加してくれ」
「そんなに言ってもらえるなんて、何となく嬉しいわね・・・そうだッ、新しいうちの新聞あげちゃう」
「Thankyou」
 受け取った新聞に早速目を落としてみると、
『旧校舎の幽霊、その噂を検証!?』
『購買部昼食注文制度導入・・・賛否両論、利用者インタビュー』
等と言ったあおりが並んでいる。
 相変わらず、ご丁寧に、下段に、
『ラーメン王華』
『如月骨董品店』
等のスポンサー広告が並んでいるあたり、とても学校新聞とは思えない。
「やれやれ・・・ま、東の歓迎会だから、しゃーねェか」
「ちょっと、随分と嫌がるわねぇ・・・何か特別な理由でもある訳?」
 妙に露骨に嫌がっている京一の様子に、アン子は眉をひそめる。
「いや・・・お前がいると、またなんかロクでもない事とか起きそうだなぁ・・・とか思ってよ」
 流石に昨日の今日である。先日の事件はそれなりの印象が京一には残っていた様だ。
「あら、失礼しちゃうわね、有能なジャーナリストには、事件の方から寄ってくるものよ、これって重要な才能の一つなんだからね」
 腰に手をあてて力説するアン子に醍醐は苦笑する。
「はははッ、ものは言いようだな」
 やけに楽しげに笑う真神の総番に、妙な流し目をくれると、アン子は鞄を開けて封筒を取り出した。
「ふ〜ん・・・醍醐くん、これ見てご覧なさいよ」
「ん、何だ・・・!」
 差し出された封筒を開け、中から数葉の写真を取り出した醍醐は、次の瞬間硬直し、写真を取り落とした。
「一体何が写ってるの、ボクにも見せてよ」
 小蒔は興味津々で、床に散らばった写真を一枚拾い上げる。
「えッ、何コレ?」
「これは・・・あの時の女の子ね・・・でも・・・」
 素っ頓狂な声をあげた小蒔の横から写真を覗き込み、葵は眉根を寄せる。京太郎もひょい、と覗き込んでみると・・・
「・・・半透明のMaidの写真か・・・正にGhostPhotographだが・・・」
 先日、旧校舎で京太郎達の前に現れた幽霊メイド(?)が半透明で写っていた。しかし、顔は写っていない、というより、尻しか写ってなかった。
 いや、より精確にいえば、尻をこちらに向けて、床に四つん這いになっている写真だった。スカートが背中の方にまくれ上がってしまっている為、パンツ大写しのとんでもない写真になっている。
「コレってよォ、まさか・・・」
「ええ、角を曲がり様に撮ったやつよ、まさか本当に撮れてるとはね〜、最初の方に撮った方は全然写ってなかったし、結構以外よね・・・ちょっと、何みんな変な目で見てんのよっ、いくら何でも、あたし、こんな写真新聞には使わないわよッ」
 何かもの言いたげな目を向ける小蒔と葵に、アン子は慌てて抗議する。確かにこんな投稿写真みたいな写真を紙面に載せたら、低俗スポーツ新聞並である。
「GiantBatの写真もあるんだな・・・それにしても、あの状況でよくフィルムをすり替えるなんてTrickを思いついたもんだな」
「へっへー、これでも、ジャーナリスト志望ですからねー・・・ま、ホントの所を言うとね、丁度使い切ったフィルムと交換した所だったんだけど・・・ネタを入れたフィルムは念を入れて隠すのは習慣になってるのよ」
 ひたすら感心する京太郎に、アン子は得意げに片目をつむってみせる。
 盛り上がる一同に気を使っている様にそっと開けられた戸の音に気が付き、京太郎は目を向ける。
 ドアを開けて入ってきたのは、飾り気の無いセルフレームの眼鏡をかけた、小柄な女子生徒だった。
(えーと、秋山・・・秋山小春だったか・・・クラス委員長なんだよな・・・?)
「・・・ここのclassの委員長は、美里さん、だったか?」
「いいえ、違うわ、私は生徒会長をしているだけで、3−Aの委員長は秋山さんよ・・・でも、急にどうしたの?」
 不意に京太郎の口をついた独り言に、美里が少し怪訝そうな顔をしながらも、丁寧に答えてくれる。
「いや、何でもない・・・」
 何か釈然としないものを感じながらも、京太郎はひとまず黙り込む。確かに転校初日には葵がクラス委員長だった様な気がするのだが・・・
 入ってきた小春は、仲良さそうに盛り上がっている一同を見て、一瞬、どうしようか迷うそぶりを見せたが、京太郎が自分を見ている事に気が付くとそろそろと近づいて来た。
「あの・・・当直の日誌なんですけど・・・ここの所の名前が抜けてるんで、名前、書いて下さい」
 差し出されたページには、確かに、“秋山小春”の名前しかない。
「提出する前に気がついたんで、私が書いちゃおうかと思ったんですけど、東さんの声がそこで聞こえたから・・・」
「OK、Signatureか・・・」
 京太郎は懐からペンを取り出すと、“KyotaroAzuma”と署名欄に書き込む。
「はい、確かに・・・これはマリア先生の所に私が持っていきますから、これで本当に日直の仕事は終わりです、じゃ、私は・・・」
「そうだッ、ちょうどイイ所に来たなッ、特別な予定が無いなら、秋山、これからやる花見兼、東の歓迎会につきあわねェか、取り敢えず、捕まるだけの連中を集めようと思ってるんだけどよ」
 京一の突然の誘いに、小春は目をぱちくりさせる。同じクラス故、それなりに会話を交わす事はあるものの、京一達とはさして親しい訳ではない。
「えーと、特に予定はありませんけど・・・遅くなるんですか?」
「うーん、特に時間は決めて無いけど、近場の中央公園でやるつもりだし、遅くなるとまずいんなら、適当な所で帰っちゃってもいいんじゃないかな」
 小蒔の説明に少し思案してから、小春は京太郎を見る。
「良ければ・・・賑やかなのは楽しい」
「・・・分かりました、参加させて戴きます」
「よしよし、これで、ここに居る全員が参加決定ね・・・そうだ、その日誌届けに行くついでにマリア先生も誘ってみない?」
「いい考えだな遠野、生徒会長、クラス委員長、クラス担任、これだけ揃えば、いくら京一でも、“酒、酒”言えないだろうからな」
 アン子の提案に、ニヤニヤしながら醍醐が頷く。確かに中々強力なユニットである。
「しつけーぞ、醍醐ッ、ったく、保護者ヅラ、すんなよな」
「何とでもいうがいい、俺はお前のあきらめの悪さをよーく知っているからな、念には念を入れないとな」
 うんざり顔の京一を余所に、醍醐は満足げに頷く。最初とは立場が逆転している。
「下手をするとジュースに混ぜる様な小細工をしかねないからな、お前は」
「かーッ、旨い酒にそんな事しねぇよッ・・・って、そんなイイ酒、高くて買えねぇけどな」
「兎に角、マリア先生をみんなで呼びに行きましょう、此処にいても、もう人は来ないと思うわ」
 葵のもっともな意見に一同は頷き、一旦教室を出る事にした。一番ドアに近い所に居た小春が戸を開ける。
「あっ」
 小春が戸を開けた瞬間、彼女を押しのけるというより、半ば跳ね飛ばし、オレンジ頭の巨漢が教室に入り込んできた。
 小春のすぐ背後に立っていた京太郎は、彼女の体を受け止めると、すかさず相手にガンをくれる。
「・・・Sakumaだったか・・・」
「あんた何時退院した訳?」
 態度を有る程度保留している京太郎と違い、アン子の質問は実にずけずけとしている。彼女にとっては仕事、それも優先順位の低い、情報収集なのか。
「まァ、何にせよ良かった」
 アン子のデッドボールすれすれの危険球と違い、醍醐の言葉には本心からのいたわりが含まれていた。真神の総番どのにとっては、いきなり、転校生をリンチにかけようとする様な子分でも、それなりに可愛いらしい。
「部の方は、体が慣れるまでは休んでもかまわんぞ、勿論、見学するのもかまわんが、それじゃ、ジッとしてられんだろうからなァ・・・そうだッ、いい機会だから、イメージトレーニングを始めるのも・・・」
 嬉し気な微笑を浮かべて、中々、心温まる青春の青写真を語る醍醐とは対照的に、佐久間の顔は、嫌悪感に歪んでゆく。
「俺に近寄るんじゃねェ!」
「佐久間・・・」
 醍醐の言葉を激しい調子で遮り、佐久間は床に唾を吐き棄てる。ちなみに、教室は先刻京太郎と小春の手で清掃されており、床は塵一つ落ちていなかった。今度は小春の表情が嫌悪に歪む。
「てめェ、なんだその態度はッ」
 とげとげしい態度の佐久間に、声を掛けかねている悪友にの変わりに、京一が声を荒げた。しかし、佐久間はそんな京一等無視して京太郎をねめつける。
「東・・・」
 突如として眼戦を始めた男二人に挟まれる形となった小春の体が強張り、気配からそれを察した京太郎は肩に手を掛け、彼女を隣にどける。
「東・・・俺と、もう一度、闘え・・・」
 繰り返す佐久間の声には、粘っこく、まとわりつく様な妄執が込められていた。承諾を得るまでは何処までも付きまとって来そうな雰囲気だ。
「佐久間くん・・・」
 その異様な雰囲気に、葵は困った様な声をたてた。
「やるのか、やらねェのか、どっちなんだ・・・」
 京太郎は佐久間の視線など臆する事無く、真っ向から受けて立ち、笑みすら浮かべている。
「・・・Sorry、みんな、先にMaria先生を誘いに行ってくれ・・・俺も後から行くよ、じゃ、行こうか、Mr」
 自分の所に押しつけられた小春を庇いながら、口調だけは軽い京太郎の横顔に目をやった小蒔は、その口元に浮かんだ笑いを見て、手が汗ばむのを感じた。
(東クン・・・ちょっと怖いよ・・・)
「止さないか二人共ッ、私闘なら、俺がゆるさんぞ」
 身を縮ませた小蒔の頭上を突風が吹き抜けた。揺るぎない決意を込めて睨み付ける醍醐の視線に、佐久間は何処かうんざりした様子で唾を吐き棄てる。
「そうやって、親分風吹かしてられんのも、今の内だぜ・・・東の次には、醍醐・・・てめェをやってやる・・・いつも、俺の前ばかり、歩きやがって・・・」
「佐久間・・・」
 佐久間の視線に絡みつく生の憎悪に、醍醐は思わずたじろぐ、何故ここまで憎まれているのか理解できない・・・それが戸惑いを生んだのだ。
「・・・Greatな自信だな、Mr・・・GangかMafiaか、何を味方につけたかしらねぇが、俺とか、醍醐の首はそんなに安くねぇぞ・・・一度HELLに墜ちてみるか、Sakuma」
 既にケンカモードに切り替わっている京太郎の方こそ、今にも佐久間を強制連行しかねない雰囲気だった。
「おいおい、今日はこれから楽し〜い、お花見なんだぜ、好きこのんで男同士で絡みに行くじゃねェよ・・・大体、今の佐久間がお前に勝てる訳ねェだろが、本気で挑戦してェなら、山籠もりでもして出直して来るんだなッ」
 今にも何かが弾けそうな雰囲気の佐久間と京太郎の間に、京一は平然と割って入る。火がつくと言うよりは、物が腐れそうな佐久間の視線が向けられるが、そんなものは意に介さず楽しげな笑いを張り付けている。
「けッ」
「・・・」
 空気の流れが変わった。
「おいッ、佐久間ッ」
 佐久間は醍醐をかえりみることなく、三度唾を吐き棄てて教室を出ていく。嫌な沈黙が教室を支配する。
「ますます、卑屈になってやがんな、佐久間・・・醍醐も東も気にすんなって・・・そもそも、あんな卑屈な奴についてくる子分なんて、そうそういやしねェよ」
「あッ、あァ・・・」
 京一の慰めに生返事を返す醍醐。佐久間のやさぐれた様子がかなりこたえているらしい。
「さァて、さっさと花見でも行ってどんちゃん騒ぎしよーぜッ」
 京一に肩を叩かれ、ようやく京太郎もケンカモードを解除する。
「OK、俺もBeautifulなサクラが早く見たい」
 やたら嬉しそうな京一と笑いを含んだ京太郎の返答にようやく、女性陣は詰めていた息を吐きだした。
 廊下に出て、階段に向かってぞろぞろと歩き出す。
「食べ物と飲み物の買い出しはどうしようか、自分で食べる分位ならいいんだけど、屋台だけで揃えたら、結構お金かかるよ」
「そうね・・・確かに、外のお店で買い出しをしてから行った方がいいわね」
 小蒔の言葉に葵が頷く。しかし、自分の食べる分とは言っても、小蒔の食べる分とは結構な分量だと思うのだが・・・下手をすれば、醍醐と遜色無く食べそうな感じがする。
「ジュース位なら、うちから少し出せると思います」
「そっか、秋山さんち、酒屋さんだもんね」
「はい・・・何で、知ってるんですか」
 即座に納得するアン子に、小春は驚いたような顔をする。
「うちのがっこの主立った生徒のデータは、押さえてあるのよ・・・ま、うちだけじゃ無いけど」
「アン子・・・いくら俺のスリーサイズを聞きたがるオネーチャンが居ても、絶対売るんじゃねぇーぞッ」
「誰がそんなもの売るかっての、そんなもんには商品価値まるで無しよっ!」
 楽しい京一とアン子の夫婦漫才を聞きながら階段を二階まで降りた時、ふと、小蒔が立ち止まった。
「あ、そうだ・・・どうせなら、ミサちゃんも誘おうよ、ね」
「そうね、ミサちゃんなら、まだ霊研にいる筈だものね」
 小蒔と葵の会話に目に見えて醍醐が縮み上がり、京一も驚愕する。
「なにッ、お前等余計な事言うんじゃねェ・・・なッ、醍醐」
「う・・・うーむ・・・」
 困った顔で生返事を返している醍醐を横目にしながら、アン子は少しだけ意地悪な笑顔を浮かべる。
「あら〜、東君の歓迎会なのよ、アンタたちの好き嫌いで、人選して欲しくはないわねッ」
「うッ・・・確かにな・・・」
 見る見るうちに醍醐の額に脂汗が浮かんできた。余程の苦手意識があるらしい。
「うん、そうね、東君、ミサちゃんも誘っていいでしょう?」
「勿論だ、あの人が来てくれたらVeryGladだな」
 本当に嬉しそうな顔をする京太郎に、ほんの一瞬だけ、葵の笑顔の方が固まった。
「・・・驚いた、東君が、ミサちゃんをお気に入りだったなんて・・・データ、修正しなくちゃ」
 呟きながら、アン子は実際にメモを取っている。一体真神学園新聞部はどこまでのデータを溜め込んでいるのやら。
「東・・・お前は間違っているッ」
 突然、京一の叫びが二階の廊下を吹き抜けた。
「あいつは悪魔を崇拝しているんだ、魔女なんだぞッ、きっと、夜な夜な他人の墓を暴いて死体を盗んだりしてるんだッ!!」
 こっそり頷いている醍醐以外の五人が、木刀を振り立てて叫ぶ京一のカミングアウトに呆気にとられて立ちつくす。
「・・・死体を盗むって・・・あんた、日本は火葬の国よ・・・昔の恐怖少女漫画の読み過ぎじゃないの?」
 流石に相方のアン子も呆れた様子だ。
「すまん、あんまり凄いボケだったんで、突っ込めなかった・・・蓬莱寺、一応言っとくけど、本物のWitchは悪魔と契約を結んだり、死体を盗んだりはしないぞ」
「もう、いいよ、京一と醍醐クンが臆病だって事はよくわかったからさッ」
「うッ」
 小蒔の一言に、思わず醍醐が胸を押さえる。心なしか目まで潤んでいる様な・・・哀れ。
「・・・俺は別に、そう言う訳では・・・」
 小蒔に軽蔑される恐怖が、ミサへの恐怖に打ち勝ったらしい。
「じゃあ、みんなでミサちゃんを呼びに行こッ!」
「う、うむ・・・」
 顔中に脂汗を浮かべながらも、小蒔に引っ張られるままにしている。これはこれで、いいコンビだ。
「ちくしょーッ、この裏切り者共ッ、生け贄にされてから後悔してもおせェんだぞッ」
「京一君もそんな事言わないで、みんなで早く行きましょう」
 幾分窘める様に京一を諭しながら、葵は京太郎に目をやる。
「そうだそうだ、あのLadyにあんまり失礼な事を言うんじゃない」
 大まじめに葵に賛同してみせる京太郎に異様なものを見る視線を京一は浴びせる。
「はァ・・・わかったよ、今日の俺、ツイてねェなァ・・・」
 結局、溜息をついて、京一は歩き出した。


 霊研の外観は、他の特別教室と変わりない。ただ、暗幕が窓を覆っていて、複雑な図案の紋章がドアに貼ってある程度だ。
「ミーサーちゃーん、いるんでしょー?」
 アン子が無造作にドアを開けて中に入っていく。勝手知ったる他人の家といった、気安い雰囲気である。
「お前、慣れ過ぎ・・・もしかして、毎日来てるんじゃねぇだろうな」
「やぁねぇ、週に三日位よ」
「二日にいっぺん以上じゃねぇかよッ」
 真神の新聞部とオカルト研は中々緊密な関係にあるようだ。
 小蒔と葵はごく普通に、醍醐と小春はおずおずと、それぞれ霊研の門をくぐる。
「オカルト研に来るの、初めてです」
「へー、珍しいね、真神の女子は大体一度は、ここで占って貰った事があるらしいけど・・・秋山さんって、何か占いにポリシーとかあるの?」
「特には、ないですけど・・・えーと、あれ、占ってもらった事・・・あったかな」
「我が城に、又も、マレビト来たれり・・・汝、何を望むや・・・」
 小春が考え込んでいると、最初の部屋と、奥の部屋を仕切っている緞帳を開けて、ミサが現れた。制服の上から、美しい光沢を放つ、黒ローブを纏っている。
(高価そうな布を使っているな)
 何となく、京太郎はそう思う。
「ギャーッ、で、出たなッ・・・うおッ」
 マジ悲鳴をあげる京一をアン子がどつき倒す。
「いちいち、情けない声上げないでよっ、話が進まないじゃないの」
「うふふ〜、みんなお揃いで、ど〜こへお出かけかしら〜」
「うん、これから、東クンの歓迎会を兼ねて、花見に行くんだ、ミサちゃんも一緒にどうかと思ってさ」
 ミサはいつもの微笑を浮かべたまま小蒔の言葉を聞くと、何処からともなくタロットカードを取り出して、手近のテーブルで混ぜだした。
「お花見〜、桜〜、紅き王冠〜・・・場所はどこ〜?」
「中央公園よ」
 訝しげに答える葵の答えを聞くと、ミサは手早く混ぜたカードを揃え、ある特別な形に並べて行く。
「おいおい、そりゃ何の儀式だ・・・」
「占いだと思いますけど」
 京一の呟きに、それまできょろきょろと霊研の中を見回していた小春が答える。彼女にとっては小物だらけの霊研が珍しくて堪らないらしい。
「秋山って、ほんとにここに来たこと無かったんだな、ま、何度来ても俺にゃ、不気味なだけだが・・・」
「そうか、俺はここに居ると落ち着くけどな」
「東、おめーは、人間じゃねェ!」
 はた迷惑な会話で外野が盛り上がっている間にも、ミサは次々に並べたカードを開いて行く。
「西の方角ね〜、7に剣の象徴あり〜・・・う〜ん、止めた方がいいかもね〜」
「・・・ミサちゃん、それ、どういう事、何か事件が起こるの?」
 ミサの占いにアン子の目が光る。全く、根っからの事件屋である。
「紅き王冠に害なす剣・・・鮮血を求める凶剣の暗示だね〜・・・あっちは方角が悪いわ〜」
「そんなァ・・・折角のお花見なのに〜、屋台めぐりが〜」
 占い結果に本気でがっくりする小蒔、ミサの占いの信頼性はかなり深い所まで浸透しているようだ。
「まぁ、信じる信じないはみんなの勝手だけどね〜」
 器用に、片手でカードを片づけながら、ミサは京太郎の方を向く。
「東く〜んは、どうかしら〜、私の占い信じてくれる〜?」
「信じる」
 きっぱりとした一言に、ミサの微笑が、苦笑に変わる。
「信じてくれるのはうれし〜けど・・・そうね〜、信じるのならば、きっと予言者の加護がある筈〜」
「予言者って・・・お前の事かよ、裏密・・・でもよォ、折角の花見なんだぜ、ここで止めたらつまんねェ」
 何か毒気を抜かれた様な調子で呟く京一に、裏密は妖しい微笑を向ける。
「うふふふふ〜、京一く〜んも加護が欲しい〜?」
「いッ、いらねーよッ!!」
「勿体ない、遠慮せず、貰っておけば良いのに・・・」
「東・・・お前、絶対おかしい、おかしすぎるぜッ」
「うふふ〜・・・東く〜んにはもう強〜い加護があるけどね〜・・・」
 目を剥く京一に、不思議そうに首をふる京太郎。ミサはそれを心なしか、いつもより楽しげな微笑で見ていた。
「まぁ、この時期中央公園にいるのなんて、酔っぱらい位だろうが・・・まぁ、現実的に言っても、危険とは言えるかもしれんな」
 有る程度予測がつくラインの出来事を述べる醍醐。確かに、飛び込みでいって、場所を確保する望み等抱けない程の人出は予測される。
「そうですよね、ちょっと覗きに行く位ならともかく、場所をとるのは難しいですよね・・・」
 小春も醍醐に同意する。生家が酒屋だからなのかは分からないが、小春はそういうイベントには幾分敏感な方だ。
「なに、それについちゃ、幾つか俺にアイディアがあるんだけどな」
 怪訝な眼差しを向ける小春に、京一は不敵に笑ってみせる。
「場所が無いなら、つくりゃいいのさ・・・」
「あんた、まさか、他人の宴会に乱入とか、いちゃもんつけて、先住民を追い出そうとか、考えてたんじゃないでしょうね」
「うッ・・・くそォ」
 適当に濁そうとしていた所をアン子に図星に刺され、京一は悪態をつく。
「あきれた・・・」
「京一くん・・・」
 小蒔と葵の非難の十字砲火に、京一は肩をすくめる。
「やれやれ、しょうがない・・・何はともあれ・・・裏密の占いが当たるのは事実だからな・・・幸い、それ程大人数でもないんだ、花見は、適当に廻る程度にしておこう・・・これなら屋台もまわれるだろう、桜井」
「そーだね、醍醐クン、それがいいよ、みんなもそれで良いよねッ」
 屋台を回れるとなると、俄然小蒔が嬉しそうな顔になる。
「中央公園は十分に広いから、歩いているだけでも十分に桜を楽しめるわ」
「そうですね」
「hum・・・」
「ちょっと待って」
 全員が大体の賛成意見を述べかけた所で、まったをかけたアン子に視線が集中する。
「別に、公園を散歩するのに反対な訳じゃ無いわ、ちょっと思い出した事があるのよ・・・」
 アン子が口を開こうとした瞬間、霊研の奥で、何か金属製の物が落ちる音がした。
「おいおい、何の音だよ」
「ちょっと、まって〜」
 ミサは緞帳を開けて、中を覗き込む。
「あら〜」
 すぐ顔を戻して、ミサは少しだけ困った顔をする。
「アン子ちゃ〜ん、そのお話、奥で聞かせてくれないかしら〜、ミサちゃんのお友達が、準備してくれたみたいだから〜」
「おっ、お友達ッ」
「いい子なんだけど〜、寂しがりやさんで、みんなのお話を聞きたくてしょうがないのよ〜・・・それに、今日は、東く〜んが来てるから、気になってしょうがないのね〜」
 ミサが言いながら紐を引くと、するすると緞帳が開き、テーブルと整然と並べられた人数分の椅子が現れた、テーブルの上には、ジュースのペットボトルに人数分のカップと茶菓が並んでいる。
「なんで、そこで東の話になんだよ・・・」
 げっそりした京一を余所に、京太郎は部屋の片隅に向かって手を挙げた。
「そうか・・・Hello、これで会うのは二度目か・・・」
「東くん、一体誰に向かって話しているの・・・」
「おっ、おぃ・・・東・・・つまんねェ、冗談止めろよな・・・」
 京太郎は周囲を見回し、裏密以外全てから、何とも微妙な目を向けられている事に気がついた。
「俺はJokeなんて言ってないが・・・」
「・・・京太郎クン、それホントなの?」
「ああ、そこの隅に、この前旧校舎で見た女の子が立ってる・・・MaidUniformを着て、金属製のお盆を持ってるな」
 おずおずと聞いてきた小蒔に京太郎は頷き、いちいち説明してやる。
「ミサちゃん・・・あれって、マジなの?」
「・・・東く〜んには、本当にお友達が見えるようね〜、やっぱり、何かつながるものがあるのかしら〜」
「・・・東さんて、“霊能者”だったんですか?」
 この小春という娘、大人しそうな顔して、中々ぶっ飛んだ質問をしてくれるものだ。
「No、俺はMediumなんかじゃないと・・・思う」
 先日の事件以来、それまで以上に、自分の一般性というものに対しては、自信が無くなってきているらしい。
「とにかく、座って〜・・・アン子ちゃ〜んのお話をまずききましょ〜、“お友達”の事はそれから、説明するから〜」
 ミサに言われて、一同が、釈然としないながらも席に着くと、いつの間にか、ジュース(ストレートティー)がなみなみと注がれたコップがテーブルに並んでいた。
「いつの間に・・・」
 突然起こる怪現象に、怖気を振るう醍醐。この場に、女性陣が居なかったら、恥も外聞もなく、霊研を後にしていたかも知れない。


「さて、一体どんな話なんだ?」
 早速紅茶に手をつけ、一息に飲み干す京一。
「えーと、これは、さっきのミサちゃんの占いで、“剣”て聞いて思い出した事なんだけどね・・・この前、国立博物館でやっていた、日本大刀剣展から、ある刀が盗まれているのよ・・・」
「こいつは便利だぜ」・・・うをッ、つめてえッ」
 一寸目を離した隙に又紅茶がコップに満たされているのを見て、京一が調子に乗って二杯目を飲み干すと、何処からともなく湧いて出たペットボトルが、京一のズボンに紅茶を撒き散らす。
「あら、大変・・・」
「ほっときなよ葵、京一、うっさいぞ・・・“ある刀”って何なの、アン子」
 慌てて何か拭くものを捜す葵を止め、冷たい事を言う小蒔。
「うふふふ〜・・・そは、形有る悪意・・・滅びの意志・・・」
 裏密の呟きに、又も何処からとも無く出現した雑巾でズボンを拭いている京一以外の人間の、ごきゅり、と唾を飲み込む音が唱和する。
「・・・今、国立博物館では、全国から古い名刀を集めて、日本大刀剣展っていうのをやってるんだけど、先日、そこに展示してあった刀が一振り、夜の内に忽然と消えてしまったの」
「消えたァ?“盗まれた”の間違いじゃねェのか」
 ようやっとズボンを拭き終わり、雑巾を放り出した京一が混ぜっ返す。
「まぁね、未だに犯人は捕まってないらしいけど・・・ここからが、丸秘情報よ・・・その盗まれた状況ってのがね、また、かなり異常なのよ・・・」
 京一の混ぜっ返しに眉一つ動かさず、アン子は指を立ててみせる。
「見回りの警備員も気付かず、防犯装置も作動せず・・・ましてや、その刀が入っていたガラスケースも施錠されたまま、一切、外部からの干渉を受けた痕跡は無し、塵一つ・・・いえ、中の空気すら動いて無かったそうよ・・・中に納められていた刀だけが、正に“消滅”してしまったって訳」
「へぇー、ルパン三世もびっくりだね・・・ん、醍醐クン、どうかしたの?」
 感心した小蒔が横を向くと、何故か醍醐はきょろきょろと周囲を見回している。
「い、いや・・・それにしても、何とも不思議な話だな・・・それにしても、ここはよく空調が効いているな、寒い位だ」
「オカルト研にはそんなもの無いわ〜」
「そーだよ醍醐クン、それにエアコンが必要な季節はまだ随分と先だよ」
「む・・・気のせいか・・・日陰になっているせいか・・・」
 適当な事を言って誤魔化す醍醐に、小蒔は首を傾げ、ミサは面白そうに笑う。
「それにしてもよ、アン子、その刀って、どんなシロモノなんだ、やっぱ盗まれる位だから、ものすげェ銘刀なんだろ」
 流石は剣道部の主将らしく、刀には格別な興味が湧くらしい。
「それがね、そうでもないのよ・・・盗まれた刀は室町時代前後の作で、無銘なの・・・」
「他にも沢山高価な刀もあるんですよね・・・何でその刀だけ盗んだのかな・・・」
「何か、盗んだ奴にとって、その刀じゃなきゃ行けねェ、いわれでもあるとしか、考えられねェな」
「確かに・・・あるのよ、云われらしきものがね・・・国立博物館に来る前に、その刀が納められていた場所なんだけど・・・最近、ニュースでやってたでしょ、日光の華厳の滝で、古びた日本刀が発見されたってヤツ」
「確かに、そのニュースなら見たわ・・・滝壺の奥に隠されていた祠の下に埋められていたのよね」
 流石優等生、ニュースチェックもしっかりしたものだ。
「消えたKATANAが・・・それって事か」
「そう・・・情報はここまで・・・ここからは、あくまで伝承と補則の域を出ない“お話”レベルの事なんだけど・・・かつて、まだ世が戦国時代だった頃、ある一振りの刀があった、その斬れ味は、朝露を斬るが如く、曇りを知らぬ刀身は、水に濡れている様だったと言うわ・・・正に名刀に相応しい刀、でも、その刀には不吉な噂がつきまとった・・・その刀は、怨念に満ちた妖かしの刀で、人の血を求め、持ち主の精を吸うと言われていたの」
「昔話にたまにある、“妖刀”の類ってヤツか」
「ええ・・・室町時代、伊勢地方で三、四代続いたある刀工が鍛えたその刀は、江戸時代になってから、徳川家に数々の悲惨な死をもたらした」
「何ッ・・・まさか・・・村正とかいわねぇよなそれ」
「あら、剣道部主将ってのは伊達じゃないのね・・・家康の祖父、松平清康はもその刀の持ち主によって殺されたわ、そして、父・広忠もその刀によって傷を負い・・・更に、家康の子・信康が切腹に使ったのも、その刀だったの」
「ふむ、偶然にしては、随分と出来過ぎた話だな」
「ま、ここまで話が古くなると“お話”の部分が多くなるから・・・それに、何らかの意志を持った“人”が関与していないとも言い切れないわ・・・まぁ、兎に角、それ以来、その刀は徳川を祟る妖刀として、その大半が徳川によって処分されたらしいわ・・・やがて、時代は遷り、その芸術性を認められたその刀のうちの一振りが、後世、徳川との協議によって残される事になった・・・でも、残すためには、それなりの条件があったわ、何しろ、徳川を祟る妖刀だものね・・・その刀を残す、いえ封印する場所は、東照宮の膝元・・・つまり、徳川の霊的聖地である日光東照宮の支配の及ぶ、日光の土地が選ばれたってワケ・・・今まで、どこにあるのか判らなかったけど・・・今回、華厳の滝で発見された刀は、その妖刀の可能性が高いって学者先生は、見ているらしいわ・・・」
「・・・しかしよー、村正なんつったら、メジャーもメジャー、とんでもない銘刀だぜ・・・それに、村正は本来は観賞用の刀で、村正銘で作られた殆どの刀は小太刀程度のシロモノ、大刀は偽物が出回るばっかで、存在が確認されているかどうか・・・少なくとも俺はしらねェが・・・大体、本物かどうかなんて、かなり鑑定が効くと思うぜ」
 滑らかな口調に、何か意外なものを見る目つきで一同は京一を見る。
「・・・授業に“刀剣知識”のテストとかあったら良かったのにね・・・そうすりゃ体育以外にもあんたの得意科目ができるのに」
「チッ、余計なお世話だぜッ」
 本当にしみじみとした口調になったアン子に、京一はぶーたれる。
「ま、実は鑑定事態はまだ、行われる前だったのよ・・・タイミングがね・・・刀が見つかったのは、日本大刀剣展行われる直前で、“村正”説が出たのが、公開が始まってからだったから・・・国立博物館側も“村正・・・か?”っていう看板を期間終了までは外したく無かったらしいのよね」
「ホントに“大人の事情”だね・・・」
「今までの話をまとめると・・・中央公園にその刀が出るかも知れないって事ですか?」
「か、どうかは判らないわ・・・関係あるかどうか判らないけど・・・最近都内の公園で、OLの斬殺死体が発見された事件もあったわね・・・」
「それって・・・あの連続殺人事件の事かしら・・・」
「まだ、犯人捕まってないんだよね・・・」
 葵と小蒔が気味悪そうに頷きあう。
「被害者が死亡した後も、何度も刃物を突き立てる残忍な手口だったな・・・」
 腕を組んで顎をさすりつつ、いや〜んな事実を付け加える醍醐。オカルト的な事はからきしダメでも、現実的な脅威は強い。
「日本も中々Dangerousだな・・・辻斬りって奴か」
 又、京太郎が間違った日本認識を植え付けられている横で、考え込んでいた醍醐は、ふと首を傾げる。
「その刀が何処かに出回ってる事は確かでも、中央公園に出るとは思えんが・・・」
 まぁ、もっともな話であった。根拠はミサの占いのみで、しかも、勝手な解釈が入っている。
「そうなったら、面白いかなって・・・ね」
「アン子ちゃん・・・ちょっと不謹慎よ・・・でも、ミサちゃんの占い、気になるわね・・・」
「裏密の占いは確かに良く当たるからな・・・ま、でも、占いなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦、葵も気にし過ぎんじゃねェよ」
「そうね〜、実を言うと今回は今ひとつ、占が立てづらかったのよ〜、だから、そんなには気にし過ぎないで〜」
「まッ、一応気を付けましょ」
 アン子の言葉に一同が頷く。
「さて、ミサちゃん、“お友達”の事聞かせて頂戴」
 アン子は言いつつ、鞄からテープレコーダーを取り出した。やる気満々なその姿を見ながら、ミサは不意に真顔になり、人形を抱きしめる。
「・・・話をする前に、みんなに〜、一つ提案があるんだけど〜・・・中央公園じゃない場所でお花見しない〜?」
 ミサの提案に、一瞬、みんなが黙り込む。
「ミサちゃん、近くていい場所知っるの?」
「ええ〜、中央公園程近くもないし〜桜井ちゃ〜んのご希望にはそえないかも知れないけど・・・多分空いてる筈〜」
「この時期はどこも一杯だと思うのだけど・・・」
 葵はじっと考え込む。桜が満開の時期、一杯とまではいかずとも、都市圏で良い桜がある所は、それなりの人出が見込まれるはずである。
「・・・いったい、それは何処なんだ、裏密?」
「・・・八王子〜の、ちょっと、意外な所にある穴場よ〜」
「む・・・しかし、少しばかり遠くは無いか?」
 醍醐は首を捻った。確かに八王子市は、東京の辺境区、端っこである。
「八王子なんざ、東京の端っこじゃねぇかよ、ど田舎だぜ・・・ッ」
 不意に顔を歪ませ、京一は頭を押さえる。
「うおッ、いてェじャねーかッ」
 一人で痛がる京一に、京太郎とミサ以外のメンツから、ぎょっとした視線が注がれる。
「京一・・・あんた何一人で騒いでんのよ」
「ちげーよッ、誰かが俺の頭を殴りやがったんだ」
 小馬鹿にした様な調子のアン子に、テーブルをブッ叩いて京一はエキサイトする。
「何言ってんのさ、誰も居ないじゃないか・・・」
「“お友達”だよ・・・SteelTtayで京一の頭を叩いたのは・・・八王子を馬鹿にされて悲しかったらしいぞ」
「マジかよォ・・・ひでェなァ」
 憮然とした表情で頭をさする京一。全く察知できない攻撃に、内心、不機嫌度数1.5倍でむかつきまくっているようだ。
「仕方ないわよ〜、この娘は八王子の〜妖怪さんなんだから〜」
「妖怪・・・?」
「幽霊じゃなかったんだ・・・」
 ミサの台詞に好奇心を刺激されたらしく、小蒔とアン子はじーっと京一の背後を見つめる。当然何も見えない。
「・・・ミサちゃん、そろそろ私達に“お友達”を紹介して欲しいのだけど・・・」
 混乱する皆の様子をいつもの微笑で見ているミサに、少し困った様な表情で、葵は頼んだ。
「そうね〜・・・ヒロちゃ〜ん、こっちにおいで〜、」
 ミサは、軽くみんなを見回し、小春に軽く目を止めてから、京太郎の方に向かって手招きする。
「この人達は〜大丈夫だから、ね〜・・・出てきていいよ〜」
 言葉と同時に、ミサの隣に突然メイドが出現した。二人を除いた一行に、色んな意味で動揺が走る。
「あーッ、あの子だよッ、葵ッ・・・旧校舎のッ」
「駄目よ、小蒔、人を指さすのは失礼よ」
 我を忘れた勢いで、小蒔は遠慮なくメイドを指さし、親友に窘められる。しかし、結構場違いな台詞である。
「ひ、人が・・・急に・・・」
 ちょっとばかり、刺激が強かったらしく、小春は目を白黒、口をぱくぱくさせて、隣の醍醐を見るが、腕を組んで、どっしりと構える真神の総番殿の落ち着きぶりに。幾分気が落ち着いた。
「う、うむッ」
 小春にもう少し余裕があれば、袖を掴んだ醍醐の手に必要以上の力が込められているのに気が付いたかも知れない。
 アン子はかちり、とテープレコーダーのスイッチを入れ、利き腕にカメラを取り出している。ちらりとインジケーターに目を走らせ、フィルムの残りを確認するのも忘れない。
「ちッ、可愛い顔して、乱暴な妖怪だぜ・・・」
「しッ、黙って、あんたの声が入るでしょ」
 京一の毒づきは、即座に取材モードのアン子に駄目出しをくらう。
「さ〜、自己紹か〜い、して〜」
「はいっ」
 両手でお盆を抱えていたメイドは、元気良く一礼する。
「みなさん、こんにちは、たいぷ286あーる、ぱーそなるこーど“ヒロ”です、よろしく・・・えーと・・・あっ、おみしりおきください・・・ヒロってよんでくださいね」




 元気だけはよい、ヒロの挨拶は、何となく幼稚園のお遊戯に通じるものがあった。面食らう男性陣に較べ、女性陣はおおむね、特に葵は、何か思い出したのか、機嫌良さそうに微笑んでいる。
「この子はね〜、ちょっとした事情で〜、妖怪さ〜ん達がいる、“もう一つの八王子”から〜来たのよ〜」
「これよッ・・・妖怪に直取材ッ、かつてそんな事をしたジャーナリストは居ないわッ・・・ヒロちゃん、写真撮ってもいいかしら」
「あ、はい、いいですけど・・・」
 椅子を蹴立てるように立ち上がり、アン子は早速シャッターを切る。
 他の人間が色んな理由で黙っている中、微かなシャッターを切る音だけが、霊研に響く。
「・・・一つ訊いてもいいかしら?」
「はい、なんでしょう」
「あなたは・・・どんな種類の妖怪さんなのかしら?」
「はいぶりっどたいぷ、あんどろいどです」
 ヒロの答えに、葵だけではなく、ミサを除いた全員が不可解な顔になった。
「おい、アンドロイドは妖怪じゃねェーだろ」
 京一の突っ込みは、まさに皆の気持ちの代弁である。
「よーかがくっていうぎじゅつで、ようかいのぶひんをつかってるから、ようかいなんですよ」
 ますますよく分からない・・・
「まぁ、いいんじゃないか、別にどうでも・・・これ以上訊きたいんなら、花見をしながら訊けばいいんだし・・・Timeが無くなっちまう」
 いかんともし難い状況で、口を開いたのは、京太郎だった。
「そーだね、ボクもお腹空いてきたし・・・」
「じゃあ、結局、中央公園と八王子、どちらにいくんですか?」
 クラス委員長の癖なのか、小春はまとめに入る。
「八王子〜までは、京王線、各駅停車で〜1時間程度、特急なら40分位よ〜・・・目標の場所までは、徒歩でゆっくり歩いても20分かからないわ」
 充分遠い様な気がする・・・
「俺は、八王子くんだりまで、行きたくねェぜ」
「う〜ん、屋台はすてがたいなァ」
「今から行けば、6時前につけるわね・・・八時くらいにお開きにすれば、大丈夫かしら・・・」
 どうも乗り気でない京一と小蒔に、既に行く気満々の葵。醍醐と小春、アン子は答えを保留し、京太郎に目をやる。
「主賓のご意見はどうかしら?」
「・・・八王子の方に行けば、裏密さんは参加するんだよな・・・折角だから八王子の方に行ってみたいな・・・折角の歓迎Partyでケンカ騒ぎもまずいだろうしな・・・ま、俺は好きなんだが」
 京太郎の意見を聞いて、アン子は満足げに頷き、醍醐は溜息をつく。
「ここは、やっぱり、主賓の意見が重要よね」
 うんうんと頷くアン子。京一は恨めしげな目で京太郎を睨み付け、すぐに諦めた様に首を振る。
「チッ、しゃあねェ、そうと決まりゃ・・・さっさと出かけようぜ、時間がもったいねェ」
「じゃあ、早く、マリア先生を誘いに行きましょ」


「じゃ、秋山と京太郎辺りでマリア先生呼んで来いよ、俺たちゃ、外で待ってるからよ」
「Why、何で俺なんだ」
 にっかりと笑って手を振る京一に、京太郎は何となく違和感を覚える。
「ぞろぞろ行く訳にゃあ、いかねェだろ、それにお前は主賓なんだし・・・」
「どーせ、京一は犬神先生に会いたくないだけなんだろッ」
 小蒔の突っ込みは割と痛い所を突いていたらしく、京一は余所を向いて口笛を吹く。
「まぁ、いいさ・・・Chairperson小春、here we go」
 肩をすくめて、京太郎はドアを開ける。職員室の中はまだかなりの教師が残っており、結構賑わっていた。
 まぁ、普通の教師達の中で、ひときわ目立つ横顔を見つけ、京太郎は近寄って行く。
「hay、MS. Maria」
 英語ノートの添削をしていたマリアが顔を上げる。
「アラッ・・・二人揃って日直日誌を持ってきてくれたのかしら」
「えっ、え〜と、それだけじゃなくて・・・これから京太郎さんの歓迎会で、美里さん達とお花見に行くんです」
 小春から日誌を受け取って、マリアは笑顔を浮かべる。
「ウフフ、それはいいコトね」
「と、いう訳で、良ければ、Ms.Alucardも御一緒に、どうです」
 無造作に誘う京太郎に、マリアは机上のノート山の標高を目で測る。
「この辺りで、お花見といえば、中央公園かしら」
「あの・・・八王子なんです」
 何となく申し訳なさそうな小春の言葉に、マリアは少し驚いた顔になる。
「今の中央公園じゃ、人が多過ぎるし、裏密さんが、いい桜の見られるplaceを推薦してくれたんで、ね・・・」
「そう、裏密さんが・・・わかったわ、OKよ、当然お酒は無しだけど」
「蓬莱寺が残念がりそうだ・・・」
 京一の酒好きはマリアにも周知の事実のようである。
「私も担任として、あらためて、東クンを歓迎したいワ」
「有り難いな・・・」
「じゃ、これを急いで片づけてしまうから・・・十五分位、待って頂戴」
「じゃあ、校門の所で、みんなで待ってます」
「わかったワ、じゃあ、後でね」


「マリア先生おせェなぁ・・・」
「結構、英語のノート残ってたし・・・」
「う、うむ・・・それにしても、随分とあの子は東に懐いてるな・・・」
 醍醐は、女子四人とヒロに囲まれて、困った様な顔をしている、京太郎に目をやった。
「端からみりゃ、モテモテだよな・・・メンツは問題だけどよ」
「む・・・確かにアイツは、何か気になるものを発しているからな・・・」
「・・・でも、東さんってああいうの、何となく似合わないですよね・・・」
 ぼそりと呟かれた小春の感想に、京一と醍醐は思わず頷く。
「ちげェねェ・・・」
「そうだな、アイツには遊びよりも鍛錬やケンカの方が似合っている・・・いや、委員長の前でケンカは不謹慎だったな」
「・・・ケンカは良くないと思いますけど・・・何となくわかります」

「・・・そっか、何にも知らない所で、知ってる様な気がする人が居たら、確かに頼りたくなるよね」
 小蒔は京太郎の斜め左後ろを定位置と定めたヒロに、うんうんと頷く。
「ヒロちゃんが東くんを知ってるという事は・・・もう一人の東クンが向こう側に居るという事なのかしら・・・」
 戸惑った様な葵の言葉に、ヒロは首を傾げる。
「はい、おなじねっとわーくにしょぞくしてました」
「ネットワークって、妖怪の集まりだって言ってたわよね・・・じゃ、“そっちの東くん”は妖怪って事よね?」
「はい、きょうたろうさん、ようかいのおーらでしたよ」
 アン子は何故か、納得がいった様な表情で頷き、京太郎にカメラを向ける。
「一枚、いーわよね?」
「ミサちゃん・・・おーらって何?」
「オーラっていうのはね〜・・・主に神智学や魔術関係で使われる用語よ〜、具体的な意味はね〜・・・」
「お願いだから、ボクにもわかる様に教えてよ」
 ミサが楽しげに語りだしそうな気配を察し、小蒔は慌てて遮る。概念を初めて提唱したのは誰だとか、その概念を魔術用語ばりばりで語られては堪らない。
「・・・そ〜ね、と〜っても簡単にいえばね〜、生き物が発している命の輝き〜、ヒロちゃ〜んは、それが見えるのね〜、多分、人間と妖怪は〜、オーラの輝き〜が違うのよ〜」
「ふ〜ん・・・」
「・・・じゃ、俺は妖怪なのかな?」
 当然の疑問を京太郎は口にし、葵、小蒔、アン子の視線がヒロに集中した。急に注目されたヒロは目を閉じて京太郎の方を向き、うんうんと唸り始める。
「えーと・・・あれ・・・わからないです・・・かんじたことのない、おーらです、にんげんでも、ようかいでも・・・」
「まさに正体不明ね、ますます興味が湧いてくるわぁ・・・東くん、これからも密着取材させて貰うわよッ」
 ヒロの言葉に、いたく好奇心を刺激されたらしく、アン子は上機嫌である。
「俺は・・・珍獣か・・・」
「・・・じゃあ、ボク達も妖怪じゃないんだよね・・・」
 不意に小蒔が訊いた。
「どうしたの小蒔?」
「うん・・・この前、何か体が光っちゃうし、あれから、気持ち悪い位に矢が当たるようになったんだ・・・今じゃ、その気になれば、五回連続で次矢(的に刺さった矢の尻に射た矢が突き刺さる事)ができるよ・・・ちょっとおかしいよね・・・」
「小蒔・・・」
 肩を落として溜息をつく親友に、葵は言葉を捜す。
「・・・みなさんはようかいじゃないとおもいます、とってもつよいおーらですけど・・・にんげんのおーらです、でも、にんげんからこんなつよいおーらをかんじたことはないですけど・・・」
 ヒロの返事をきいて、小蒔は目に見えてホッとした様子だった。
「桜井ちゃん、気にしてたのね・・・」
「うん、ちょっとね、でも、東クンとかヒロちゃんも妖怪さんだし・・・ボクも妖怪だって言われても、ま、大丈夫だったかも」
 それまでちょっと俯いていた、小蒔はようやく笑顔になる。
「ようかいも、にんげんとおなじですよ・・・わかってくれるひとも、そうじゃないひともりょうほういます」
 そう言うヒロは笑顔のままだったが・・・何となく寂しそうだった。
「妖怪さんも、色々大変なのね・・・」
「ちょっと〜、いいかしら〜・・・マリア先生には〜、ヒロちゃ〜んを、東くんの・・・そ〜ね、妹か〜親戚の子にしたいんだけど〜」
 突然とんでもない事を言い出すミサに、彼女以外の全員が驚愕した。
「えーッ、確かに先生にはホントの事なんて言えないけどさァ・・・何で、東クンなの?」
「全くだ・・・まぁ、俺の家族関係が一番はっきりしてないだろうが・・・」
 顔を顰め、本当に嫌そうにする京太郎。
「そ〜お、私達だと〜すぐにバレちゃうでしょ〜」
「でも・・・東くんには迷惑じゃないかしら・・・」
「いいじゃないの、美里ちゃん、こんなに可愛くて素直そうな妹なら・・・大体、京一お兄ちゃんとか醍醐お兄ちゃん・・・ってのは似て無さ過ぎて、無理無理」

「醍醐・・・何かよォ・・・向こうで俺等の悪口言ってるような気がするのは気のせいか?」
「まぁ、妥当な意見だとは思うが・・・じゃあ京一、お前は“妹”が欲しいのか?」
「ばッ、馬鹿な事言うなよッ・・・女の家族なんざ、今居る母親と姉貴だけでいっぱいいっぱいだぜッ・・・」
「フッ、そうだな、お前はお姉さんには頭があがらないんだったな」
「居ればいたで、結構可愛いですよ」
 恐ろしげに体を抱きしめる京一を見て、何か連想したらしく、小春は笑顔になる。
「そうか、秋山には妹が居るのか」
「菜津希って言うんですけど・・・あッ、マリア先生」
 言いながら、職員用昇降口を見ていた小春は、スーツ姿のマリアが出てくるのに気が付き口をつぐむ。
「おッ、やっとお出ましか」
「ようやく出かけられるな」
「遅くなって御免なさいね・・・アラ・・・その子は」
 笑顔で一行を見回したマリアは、真神の制服に、オーパーツの様に場違いなメイド服が混じっているのに気が付き、眉をひそめる。
『ほら、東くん、言っちゃいなさいよ・・・』
 背後から悪魔の囁きが聞こえる。
「・・・く・・・、mysisterです、MS.Maria」
 心なしか声が小さい・・・マリアはかなり驚いた顔になる。
「・・・東くんに妹がいるなんて知らなかったワ・・・」
 そりゃそうである。当然ながら学校の書類にはそんな事一言も書いてないのだから。
「急に、こっちへ来る事になったんで・・・hummm、挨拶」
 どんな強敵を相手にした時にも浮かべない渋面で、京太郎はヒロに促す。
「はじめまして、ヒロです、よろしくおねがいします」
 ちょこんと頭を下げるヒロを見て、一瞬、マリアの目が不穏な光を放つ。
「・・・こちらこそ初めまして、マリアよ・・・可愛い妹さんね、東クン」
 挨拶し返すマリアを、何故かヒロは口を開けて眺めている。
「みんな揃ったし、そろそろ出かけましょう」
 何となく微妙な気配を感じ、葵は声を掛ける。
「そうね、じゃ、行きましょうミンナ」
「ホラ、東クン、ちゃんと手握ってないと、ヒロちゃん迷子になっちゃうよ」
「・・・」
「へッヘ〜、しっかりしな、“おにいちゃん”」
「後でおぼえてろ・・・京一」
 京太郎は憮然とした顔でヒロの手を握ると、歩き出した。


「うわー・・・ボク、八王子って初めてだよ・・・」
「あたしもだわ・・・ま、生活圏が違うもんね・・・」
 京王八王子駅に降り立った一行は、まぁ、それなりの人出に囲まれていた。
「思った程、田舎って訳でもないな」
「一応は東京だからな・・・」
 素で、八王子の住民に対しては、かなり失礼な事を言う京一と醍醐。
「でも、神奈川県の横浜の方が都会よね・・・」
 止めを刺すアン子。
「桜を見に来たのだから、都会かどうかは関係ないわ・・・ミサちゃん、どっちに行けばよいのかしら?」
 まとめるつもりながら、結構身も蓋もない事を言い、葵は周囲を見回す。
「こっちよ〜」
「ふむ、でも、その場所に行く前に、食べ物と飲み物をどこかでしいれた方がいいんじゃないのか」
「そうだな・・・適当なstoreが・・・近くに・・・あった筈・・・」
 醍醐の言葉に頷き、京太郎が周囲をまわしていると、ヒロが手を挙げ・・・
「そこのうらに・・・」
「そこの花屋さんがある裏手に24時間スーパーがありますよ」
 ヒロよりも少し早く、小春が言い終える。
「秋山さん、この辺りに来た事があるの?」
「あれ・・・多分初めてだと思います・・・」
 マリアに訊かれて、小春は首を傾げ、手をあてる。
「あ・・・ホントにあるよ・・・」
「まぁ、いいじゃねェか、ホントにあったんだし、とにかく買い物しようぜ」
 本当に戸惑った様子の小春の肩をぽんと叩き、京一は歩き出す。
「そうだな・・・所で、payはどうする?」
「ワタシがまとめて払います・・・そうね、食べ物の方はワタシが払って、ミンナは飲み物をそれぞれ買う形がいいかしら?」
「やったぁ、マリア先生スリムなのに、太っ腹ぁ」
「フフフ、じゃ、行きましょうか」
「あ、焼き鳥屋さんがあるよ〜、葵、焼いて貰おうよッ」


 一行は、駅前をひたすら真っ直ぐ歩き、甲州街道に出る。甲州街道を渡り、更に歩く事十分弱・・・
「おい・・・裏密、何か思いっきり国道歩いてるんですけど・・・ホントに歩いて行ける所にあるんだろうなッ」
 確かに、車はぶんぶん走っている。
「すぐそこよ〜」
 ミサの妖しい微笑みに、醍醐は冷や汗を垂らしながら、つばを飲み込む。
「あそこのね〜、橋の横から降りた所が、そうよ〜」
「ここからじゃ、桜がある様には見えないわね・・・」
 アン子は背伸びするが、見えるのは妙に背の高い雑草ばかりである。
「降り口って・・・あ、あった・・・なんかここ、隠されてたみたいですね」
 ミサの指さした橋までついて、見ると、確かに降り口は存在した。しかし、軽く草をかき分けないと、見えない様な道である。
「・・・こんな所、言われなければ、まず気がつかんな・・・」
「まさに、Secretplace・・・」
 獣道、まさに、異界への道であった。
「それはいいけど・・・裏密さん・・・ここって私有地じゃないのかしら?」
「だ〜いじょ〜ぶ、ここは“開かれた”場所だから〜・・・節度を心得たひとが使うなら〜誰も怒らないわ〜」
 説明になっていない様な気もするが・・・
「・・・わかったワ、信用しましょう・・・」
 マリアは苦笑を浮かべながらもミサの説明を受け入れる。
「じゃ、行こう」
 小蒔が率先して道を降りていく。京太郎も危なっかしく降りようとするヒロに手を貸して下に降りる。
「わぁ・・・」
「凄い・・・」
「綺麗ね・・・」
 降りた先は別世界だった。100坪以上は軽くある空き地に円を描く様に桜が植えられ、隅の方に藁葺き屋根の民家が建っている。
「確かに、こいつぁ穴場だぜ・・・なぁ、タイショー」
 京一も感心した様に木刀でぽんぽんと肩を叩きながら周囲を見回す。
「うむ、こんな所があるとはな・・・ここは何となく、先生の庵を思い出す・・・」
 それまで、緊張した雰囲気で、何処か構えていた醍醐もリラックスした様子で周囲を見回している。
「凄いわね、裏密さん・・・こんな場所をどこで?」
「うふふ〜、ヒミツ〜」
「ここを貸し切りなんて、贅沢なお花見ですね」
 ようやっと小春にも、参加して良かったという感覚が湧いてきた様だ。
「しーとをしかないといけませんね・・・」
「Oh、shit、forgetton matting!!」
 食料の算段はしていたものの、すっかりビニールシートの事を失念していたのだ。
「だぁ〜いじょ〜ぶ〜、そこの民家にござがあるから〜、借りると良いわ〜」
「よし、じゃあrentalするか」
 ミサには最初からあるのを知っていたので口を出さなかったらしい。
「はい、はやくしきましょう」
 民家の軒先から借りてきたござを二枚合体させ、上に肴とジュースを並べ、ついでに甲州街道の和菓子屋で買った桜餅なども追加する。
「お茶会みたいだね」
「ええ」
 楽しくてしょうがなさそうな小蒔に葵も微笑み返す。確かに、和歌でも詠めば、雰囲気ぴったりである・・・まぁ、それは、お茶会では無いかも知れないが。
 小春が醍醐のコップに烏龍茶を注ぎ終わったのを確認すると、京一はコップを手に立ち上がる。
「よしッ、みんなコップを持ったよな・・・いくぜェ!・・・オホンッ、それじゃあ、転校生の東 京太郎くんと、その妹・・・ヒロ、そしてこの見事な桜に・・・かんばーいッ!!」

『カンパーイッ!』

 京一の音頭に全員の声が唱和する。そして、和やかな宴が始まった。

「この焼き鳥おいしいねッ」
「うふふ、焼鳥屋さんがあって良かったわね・・・屋台で買うのとは気分が、ちがうでしょうけど」
 本当に嬉しそうにムネのタレ焼きを頬張る小蒔に、葵は微笑む。
「ははは、俺は塩焼きが好きだからな・・・こちらの方が有り難いな」
 醍醐は、鳥モモの塩焼きを頬張っている。
「このモツ煮、結構いけるな・・・東、お前、食った事無いなら食って見ろよ」
「そうだな」
 言われるままに京太郎も、モツ煮を食ってみる。
「・・・昔、ダウンタウンで、知らない爺さんに、貰ったstewがこんな味だったな・・・そっか、あれに入ってたのは、内臓だったのか・・・」
 京太郎の台詞に、モツ煮に手を出そうとしていた、小春が手を引っ込める。
「東・・・お前なァ・・・食ってる時に、もろに“内臓”とか言うなよな・・・」
「何か悪い事を言ったかな・・・」
 非難に首を捻る京太郎に、京一はがっくりと肩を落とす。
「だから、想像しちまうだろが・・・はらわたをよッ」
「そっか・・・しまったな」
 そんな中、アン子はこっそり、ミサに近寄ると、内緒話を始める。
「ちょっと・・・そう言えば忘れてたけど・・・ヒロちゃんて、食べる真似とか出来るの、アンドロイドって事は、普通に御飯食べないんでしょ?」
「うふふ〜、大丈夫よ〜、ヒロち〜ゃんは、電気がごはんだけど〜、ちゃんと普通の食べ物も食べられるから〜・・・栄養にはならないみたいだけどね〜」
 ミサの台詞に、アン子はひとまず胸をなで下ろす。
「宴会で何も食べないのは、変だもんね」
「うふふ〜、そうね〜・・・」
 アン子とそんな会話をしながら、桜餅をつまみ、ミサは小春に視線を注いでいたのだが・・・少し考えてから、小春の近くに移動する。
「どう〜、ここの桜は〜?」
 近くに寄ってきたミサに、小春は何となく姿勢を正した。見掛ける事はあっても、言葉を交わした事の無い相手である。しかも、ミサの評判は、変わった人材揃いの真神においても、かなり特殊な部類に入るし、今日の事で、改めて、彼女に関する噂の何割かが真実だと知ったばかりでもあった。多少の緊張は当たり前であろう。
「とっても綺麗ですよね・・・来て良かったです」
「喜んで貰えれば、嬉しいわ〜・・・そう言えば、こ〜んな風に話すのは初めてね〜」
「そうですね・・・クラスが違うし、裏密さんはお忙しそうですから」
「・・・」
 確かに普段のミサと小春に接点が無いのは事実であるが、真神の女子は最低一度はミサに占いを頼みに来ている。だが、小春に一度でも占を立てた記憶は無い。
 記憶違いかも知れないが・・・何か、小春には、ミサの勘に触れてくるものがある。京太郎達五人以外がいたにも関わらず、ヒロの正体を教えたのはそれが理由だった。
「・・・その首のあざ、どうしたのかしら〜」
「これは凄いな・・・」
 ミサの声を聞きつけ、ひょい目をやった京太郎もやや声を低くする。小春の首を一蹴する様に、赤黒く、いびつなラインがはしっていた。まるで初期火傷の痕の様である。
「あ、これは・・・」
 急に首を見つめられ、小春は顔を紅くして首を引っ込める。
「少し前に、急に浮き出てきたんです・・・腕と足にも片方ずつ・・・」
「いたくは、ないんですか」
 自分が痛そうな顔をして、訊ねるヒロに小春は微笑する。
「いいえ、痛くはないですよ・・・浮き出てきた時はびっくりしちゃったけど」
 身を乗り出して小春の首を見ているヒロを、マリアは何となく強張った表情で見ていたが、ふっ、と表情を和らげ、京太郎の背に声を掛ける。
「そうだわ、東クン・・・犬神センセイがいっていたのだけど・・・あなた、何か武道をやっていたの?」
「・・・ダウンタウンは物騒だったんで・・・」
 マリアの言葉に京太郎は違和感を覚える。何がしかの技をふるう所を彼に見られた憶えはなかったのだが・・・
「とても・・・強いという話を聞いたのだけど」
「まぁ、それなりには」
 何故そんな事を訊くのか、今ひとつマリアの、意図を掴めず、醍醐や京一も無言で二人の会話に注目する。
「フフフッ・・・やっぱりそうなのね・・・センセイも、強い男のコは好きよ・・・でもね、それとは別に、人に対するやさしさ、くじけない勇気・・・そういう心の強さが無ければ・・・いくら強い力を持っていても、これから先、アナタの大切なものを護る事はできないわ」
 相好を崩しながらも、しみじみと語るマリアに、京太郎は笑って頭を掻く。
「日本に来て、同じ事を言われるとは思わなかったな・・・俺をステイツで養ってくれたヤツ・・・じゃなくて、恩人が、同じ事を言ってましたよ」
「フフフッ、出来た人だったのね・・・その人もセンセイだったのかしら?」
「俺にとっては・・・最初に読み書き教えてくれたのは、その“人”だったなぁ」
 何かを思い出している風情の京太郎に、マリアは微笑む。
「東くん、その人って、どんな人だったの?」
 浸っていた京太郎は、突然後ろから声を掛けられ少し困った顔になる。
「hum・・・日本かぶれのジョンブル・・・イギリス人だったよ・・・」
「そっか・・・その人って・・・ううん、やっぱ、いいわ」
 京太郎の口調に何か感じたのか、アン子はあえて、一旦引き下がる。
「折角、縁があって、一緒になれたのだもの、高校最後の一年間、いろいろ想い出をつくりましょうね」
「流石、生徒会長、いい事言うねェ・・・」
「もう・・・京一くんたら」
 真面目な台詞を茶化され、葵は少し、怒った様な声を出すが、顔は笑っていた。気が付くと、その場の全員が笑っていた。
「・・・けど、俺たちはマリアせんせーでホントにラッキーだぜ・・・美人で優しいし・・・」
 本気半分お世辞半分の台詞を、腕を組んでさももっともらしく吐く京一に、マリアは苦笑する。
「フフフッ、蓬莱寺クンはお世辞が上手ね・・・」
「あら、京一、犬神先生もいい先生だと思うけど?」
「ふざけんなッ、あんな生徒を色眼鏡で見る、教師のどこが良いんだよッ」
「京一が目の敵にされてるのは、日頃の行いのせいでしょ〜が、あたしもミサちゃんも、色眼鏡で見られた事なんて無いわよ♪」
「ぐぐぐぐぐぐッ」
 勝ち誇るアン子に、頭をぐりぐりされ、京一はケダモノの様な唸りを上げる。
「ははは、本当の事を言われては反論できんな、京一」
「京一って本当に犬神先生が苦手なんだね、ホントに犬猿の仲って感じだよ・・・でも、犬神先生は相手にしてないか・・・」
「俺は猿かァ!」
 小蒔の感想に京一は本気で嫌な顔をする。
「うふ〜、犬神先生は野性的で素敵よ〜」
「何処が!?」
 いつも抱いている人形に頬ずりしながらうっとりとするミサに、京一は怖気を振るった様に絶句する。
「Wild・・・確かに・・・」
「えーと・・・桜、綺麗ですね・・・」
 一瞬、静かになった場に、小春の台詞が白々しく流れた。
「そうですね・・・にほんのさくら・・・きれいです」
「・・・そうだな、ここの桜は、特に見事だ・・・」
 素直に桜を見上げるヒロの顔に、数枚の花びらが落ちるのを見て醍醐は微笑する。
「おッ、コップに花びらが・・・これで中身がポン酒なら、最高なんだけどよ・・・生憎とコーラってのがねェ・・・」
「それは、言わない約束だろッ・・・葵の髪にもついてる・・・綺麗な黒髪だから映えるんだよねぇ・・・いいなぁ」
「いい絵だわぁ・・・ここで、一枚、ね」
 アン子はカメラを取り出すと、素早く、シャッターを切る。
 広場は舞い散る桜で、ほの光って見えるようであった。
「本当にここだけ世界が違うみたいね・・・」
「吸い込まれそう・・・」
 何処か遠い目をするマリアの呟きに、小春も頷く。しばし、心地よい沈黙が続いた。穏やかな春風が桜を揺らし、一行の頬を撫でる。
「んっ!」
 何分経っただろうか・・・不意に、小春がコップを取り落として、前のめりに倒れかかり、隣に座っていた醍醐が咄嗟にそれを支えた。
「どうした、秋山ッ、大丈夫かッ!?」
 苦痛に顔を歪ませている小春に呼びかけ、その首に幾条もの血が流れているのを確認し、醍醐は息を呑む。
「こッ、こいつは一体・・・」
「見てよッ、腕の所からも血が染みてきてるよッ」
 首、腕だけではなく、スカートの太股の部分にも血が染みだしていた。
「やっぱりね〜、これは〜、聖痕現象だわ〜・・・」
 小春の様子を見たミサは、真顔で呟いた。
「stigmata・・・しかし・・・」
「ミサちゃん、何か知ってるなら、何とかならないのッ!」
 小蒔の訴えに、ミサは首を振る。
「聖痕現象の原因は解明されていないワ・・・しばらくすれば、納まる筈だけど・・・現象が現れた本人は聖者と同じ苦痛を受ける・・・」
体を痙攣させ、浅い呼吸を繰り返す小春の額から汗を拭ってやりながら、マリアは淡々と呟く。
 小春の首から滴る血を拭きながら手をかざしている葵も残念そうに首を振る。
「どうしたらいいのかしら・・・」
 戸惑っているみんなを余所に、京太郎は唇を歪めて立ち上がり、ケンカ用のグローブをはめた。
 突風に桜がしなる。
「あら〜、大変〜」
 ミサが呟いた瞬間、ぴしり、と鋭い音がした。もの凄い桜吹雪が吹き荒れ始めた。アン子はカメラを持ったまま、不安げに周囲を見回す間にも、視界が効かなくなる程の桜が吹雪いている。
「なんなんだッ、これは・・・」
「なんか、ヤバイぜ醍醐・・・」
 京一は袱紗から木刀を取り出し、周囲を油断無く見回し始めた。それにつられ、小蒔も弓を取り出して弦を張る。
「結界が〜・・・逆転する〜」
 複数の気配が湧いた。低い唸り声が空気を揺らした。
「おいおい、マジで田舎だな・・・野犬かよ、しかも群ッ・・・保健所は何してやがる」「ああ・・・しかし、犬に追われては逃げきれんぞ・・・やるしかないようだな・・・遠野、頼む」
「ええ・・・」
「あなた達ッ、さがってなさいッ!!」
 立ち上がりかけた醍醐の背中を、マリアの鋭い声が叩く。
「なッ、先生ッ・・・アブねぇよッ」
 そのまま、前に出てこようとするマリアを京一は慌てて止める。
「私には、保護者として、あなた達をまもる義務がありますッ・・・教師が生徒に危険なマネをさせるわけにはいかないワ」
 断固としたマリアの声と態度に、京一はやや気圧される。
「だけど、せんせ・・・ッ」
 京一とマリアの押し問答を中断させたのは生臭い風だった。
「血の臭い・・・くるぞ、蓬莱寺」
 京太郎のどことなく嬉しそうな響きの台詞に場が緊張する。
「桜井、四人を頼むッ・・・援護してくれ」
「わかった」
 真剣な表情で頷くと、小蒔は膝をついて矢をつがえた。
「ダメよッ、ワタシは・・・」
「せんせー、俺達より、秋山を何とかしてやってくれよッ」
「こっちは気にしないで〜、大丈夫だから〜」
「来た・・・」
 裏密の台詞を引き取るように呟かれた京太郎の言葉に、京一は弾かれた様に振り向いた。
桜の木の陰から、ぎらりと光る刃がぬっと、突き出て、赤黒く汚れたスーツ、青白い顔がねりねりと吐き出される。
「何だありゃ・・・」
「Murderだろ・・・」
 言うが早いか、京太郎は刀を持った男に、まっしぐらに駆けだした。均衡が破れた瞬間、犬共が殺到してくる。
「ばかッ、お前本気かよッ」
 常軌を逸した京太郎の蛮行に、京一は驚愕する。
「京一、分かってるなッ、一匹も通すんじゃないッ!」
 一瞬だけ、京太郎の後を追いかけそうになり、醍醐の叱咤で我に返る。
「おうッ」
 京一が構えを取り直すのを確認して、自分は構えを低く取りなおし、醍醐は歯がみする。
(まいったな・・・俺と京一では防ぎきれん・・・)
 非戦闘員が多すぎる。幸い背後をつかれてはいないものの、確認できている限りで、犬は八匹、そして真剣をもった男が一人・・・一斉にかかられれば、前線を支えきれない。
(最初に跳びかかれる距離にいるのは・・・2匹か・・・一撃で潰せるか・・・)
 犬は、一番人間の身近にいるケダモノだ・・・現在でこそほぼ無くなったものの、一昔前は、外歩きをしている児童が野犬に噛み殺される事件はしょっちゅう起こっていた。大の大人でも、中型犬2匹を相手にすれば、手もなく噛み殺されかねない。
 いや、素手ならば、一匹でも勝てないだろう。
 背後にあんな状態の小春が居る以上、一匹たりとも、漏らす訳にはいかない。
 まっしぐらに、飛び込んでくる犬にあわせ、ローキックを放つ。
 文字通り、風唸りが聞こえた。吸い込まれる様につま先が犬の脇腹に吸い込まれ、突き刺さる。
 犬は、くの字になって五メートルは軽く吹き飛ぶ。自分でも、意外な程のキレだった。
「ヨッシャーッ」
 醍醐の視界の端で、吹き飛んだ犬がむくりと起きあがるが、後足を引きずっている様だ。スピードを殺してしまえば、いくらでも料理のしようはある。醍醐は次に近い犬に集中する。
「やるじゃねェかタイショー・・・」
 京一は呟き、やや普段よりも下段気味に構えた木刀を握りなおす。
『ギャイン』
 犬の悲鳴に、少しだけ注意を移すと、京太郎の進路を遮っていた犬が、空を飛んでいるのが見えた、無造作に蹴り上げられた様だ。
「無茶な野郎だ・・・」
 呟いた瞬間、右から突然犬に襲いかかられ、京一は足を取られる。
「くそッ・・・」
 慌てて、木刀を片手持ちにスイッチし、内側から犬の首目掛けて薙ぎ払う。鈍い音がして犬の首が少しばかりずれた。
 同時に刃を正面に向けて鎬に片手を添えると、勢い良く前方に滑らせる。下から上に跳ね上がった木刀が前方から突っ込んできていた、野犬(といっても黒のラブラドールだったが・・・)の顎をはね上げる。
「凄いわね・・・」
 あっという間に犬が半分に減ったのを見て、アン子は嘆声を上げ、ついでにシャッターをきる。
「・・・」
 小蒔は最初の一本をつがえたまま、刀を持った男に集中していた。京太郎の背中に重なって、小さい的を狙い、瞬間を待つ。
 京太郎達の戦いの様子を、マリアは小春を抱え、無言で見守っていた。その目は値踏みする様に京太郎の一挙一頭足を追っている。
「・・・」
 痙攣の止まらない小春に葵は愁眉を寄せた。先刻から、何度も“治療”の力を呼び起こしているのだが、何かに邪魔される様に効かないのだ。
「うッ、くッそォッ!」
「京一ッ」
 突然上がった苦悶に葵が顔を上げると、三匹の犬に殺到されて京一が苦戦していた。木刀でどうにか、間合いを取っているようだが、一匹に標的を絞れない為に攻撃に転じられない様だ。
(散開しすぎだわね・・・まだまだ甘いワ・・・)
 醍醐も、巨大なブルドッグの雑種に苦戦していて余裕は無い様だ。まぁ、牛相手の闘犬品種では、苦労するのは当たり前だろう。
 京太郎は二匹目の犬に、下からすくい上げる様に触れ、雪蓮掌の凍気を打ち込む。犬の体がビクンっと跳ね上がり、動かなくなった。
「ヴォォォォン」
 体勢の沈んだ京太郎目掛けて、男が呻きと共に、刃を掲げた瞬間、男の右肩に矢が生えた。しかし、男の動きは止まらず、刃はそのまま振り下ろされる。
「あッ」
 アン子には京太郎がつんのめった様に見えた。
 京太郎はもの凄い勢いで前転すると、男の真下で足場を固め、次の瞬間には思い切り伸び上がる。
「やめてッ」
 一瞬、垂直に跳び、落ちてきた男の胸ぐらを京太郎は左手で掴み、右手を股の間に入れて加速をつけて地面に叩き付ける・・・寸前に、胸ぐらの引き手を強め、尻から地面に落とす。
 男の手から刀が落ちた。
 刀を持った男が片づいた事で、敵全体の戦力は減ったものの、互いを援護する前に、前線は突破される・・・マリアは半ばそう予想して、仕方なく手をうとうとした時、それまで、葵の隣に屈んでいた小柄な影がすっくと立ち上がった。
『・・・System rebooted・・・D−System over rised』
 ヒロの、肩口までで不揃いに切りそろえられていた髪の毛が一瞬で腰の辺りまで伸び、その手に長い棒、モップが現れる。
 やや身を屈めたかと思うと、軽やかに一跳びで京一の隣に降り立ち、一匹の犬に鋭い一撃を加えた。鈍い音を立て、犬の胴体が凹む。
「!?」
 突然髪をなびかせて落ちてきたメイドに動揺した京一は思わず立ちすくみ、左の足に食い付かれてしまう。
「いてェッ・・・くそッ」
 悪態を付きざま、左右斜め上段から、素早く二度薙ぎ、犬の肩を砕く。それでも離さない犬に気持ち斜め上からの一撃を頭部に叩き込み、止めを刺す。
「ちッ、さっさと離しやがれッ!」
 最後に足を振って外していると、
『ぱっこーん』
というユーモラスな音が聞こえ、一匹の犬がばったりと倒れるのが視界の端に見えた。
「・・・」
 犬の頭を一撃したモップの逆端で斜め後ろから足に噛みつこうとした、柴犬の鼻先を軽くはたいて、ヒロは距離を取る。
「おおおおおおッ・・・っと!」
 京一は足下から上げた気を溜め、木刀の先から、一定の力で持続的に放ちながら、方向性を与えていく。
 木刀が振り抜かれた瞬間、凄まじい風力が木刀の先から迸り、竜巻となって犬と、ついでにヒロを天高く巻き上げた。
「ばかーッ、どこみて撃ってんのよッ!」
 アン子からすかさずヤジがとぶ。
 べしゃ、と犬は落ち、ヒロは空中で器用に体を捻ると、手と膝をついて降り立った。犬は完全に動かない。
「ダァリャアーッ」
 醍醐の気合いが響き、ハーフネルソンで締め付けていたブルドックも動かなくなる。転がりまわり過ぎで、番長のトレードマークが草と土だらけであった。
「All、大丈夫か?」
 男の手元から刀を蹴り飛ばし、京太郎は周囲を確認する。致命傷を負っていなかった犬共が戦意を喪失して逃走していく。
「大丈夫だ・・・」
「何とか生きてるぜェ・・・」
「どこにも痛い所はありません」
 随分と印象の違うヒロに、内心驚きながらも、前線メンツには問題が無いのを確認し、京太郎はマリア達の元に戻る。
 小春はマリアに抱えられて胎児の様に丸くなっていた。もう痙攣はしていないが・・・
「気絶してしまったみたいなの」
「血は、止まっているワ」
 制服の結構な面積が赤く染まっている。相当の出血があった様だ。
「これだけ血が出たら、それだけで重傷だぜ・・・」
 自分も少しばかり流血しながら、京一は顔をしかめた。
「美里ちゃ〜んのおかげで、それは大丈夫だけど〜・・・何度もこんな事があったら〜・・・」
「死んでしまうかも知れん・・・」
 言い淀むミサの言葉を醍醐が引き取る。
「・・・でも、一体なんで、急に犬が襲ってきたのかしら?」
 アン子は気味悪そうに地面に転がっている犬共を見た。雑種、血統種・・・洋犬、和犬、何匹かは飼い犬としか思えない。
「さぁな・・・しかし、刃物を持ったキ○ガイ野郎が何でこんな所にきやがったのかねェ・・・まさか、ここを知ってて隠れ家にしようとか思いやがったのか・・・」
「分からないわ〜・・・確かにここは一部の人しか知らないけど〜」
 京一に視線を向けられ、ミサは首を振る。
「どうしよう・・・やっぱりお巡りさん呼んだ方がいいかなァ・・・」
 不安そうに地面に転がった男を見る小蒔に、醍醐は困った様な顔をして首を捻った。
「しかし・・・」
 醍醐はちらりとマリアに目をやる。流石にこの状況で教師が居ては、警察を呼ばぬ訳にはいかないだろう。
「Policeはまずいな・・・」
 京太郎は露骨に嫌そうな声&態度である。
 その露骨さたるや、
『ワタシは後ろ暗い事(前科)いっぱいありますッ!』
のぼりがたつ程であった。何時の間にやら、元に戻ったヒロも京太郎の学ランの裾を掴んで、不安そうにしている。
「確かに・・・犬と連続辻斬り魔を叩きのめしましたなんて、警察には言えないわね・・・」
 黙って小春の髪を撫でているマリアの様子をそっと、アン子は窺う。
「・・・先生・・・マリア先生は・・・可愛い生徒達を俗悪マスコミの餌食にしたりは・・・しないわよねッ・・・お願いッ、みんなを見逃してッ」
「アン子ちゃん・・・」
 必死に伏し拝むアン子に、ならい、葵も頭を下げる。
「・・・先生、俺からも頼みます・・・この事は内密にッ・・・何故こんな“力”が身についたのか、俺達にも全然分からなくて・・・」
「そうだぜ、自分でもよく分からない位・・・“絶好調過ぎる”んだ・・・」
「うん・・・」
 醍醐、京一、小蒔が口々に出す言葉を、黙って聞いてからマリアは顔を上げ、全員の顔を見回す。
「・・・わかりました、今日のコトは、ここだけの秘密にしておきましょう・・・いずれ、あなた達にも何か分かる時が来るわ・・・その時まで、このコトはワタシの胸にしまっておきます」
 マリアの言葉に、やっと場の雰囲気が緩む。
「良かった・・・」
「へヘッ、やッたぜ」
 安堵の視線を交わす京一と小蒔と違い、醍醐はやけに神妙な顔でマリアに頭を下げた。
「ありがとうございます・・・」
 巨体を縮めた姿に、マリアは表情を緩め、笑顔を浮かべる。
「フフフッ、醍醐クン、そんな顔してどうするの、もっと胸を張りなさい・・・あなたも、他のみんなも間違った事はしていないのだから・・・“力”というのはね、それを使う者がいるから存在するの・・・気をしっかり持って、自分を見失わなければ、きっとあなた達の前に道は開けるはず」
「先生・・・」
「アナタ達は、自分の信じた道を歩みなさい・・・ワタシは、真神の生徒であるアナタ達を信じています」
「やっぱり俺達は、マリアせんせが担任でラッキーだぜッ!」
 喜ぶ京一に他の者もつられて笑顔になる。京太郎は何となく後ろに手を伸ばして、ヒロの頭に手を置いてぐりぐりしてやった。
「さて・・・でも、あたし達が警察に名乗り出なくても、あの男は警察に引き渡さないといけないわね・・・」
 アン子は周囲の惨状を見回した。打撃系の攻撃ばかりなので、流血は小春のみだが、犬の死骸が5体程転がっているし、勿論、辻斬り魔の男もそのままだ。
「さ、みんな片づけて頂戴・・・キレイにね」
「せんせ・・・証拠隠滅っスか・・・」
 マリアの声がかりと、京一の苦笑混じりの感想を合図にみんなが働きだし、十分もしない内にゴミ等は片づけられ、犬の死骸も一カ所に積み上げられた。
「普通犬の死骸ってどうやって始末するんだろな」
「さぁな、俺も動物を飼った事は無いからな・・・」
 首を捻る京一に、醍醐も首を捻る。ペットを飼った事の無い二人にはよく分からない様だ。
「家で飼っている動物は、それぞれで葬ったりするけど・・・道で死んでいる動物は、一応、清掃局が引き取ってくれる事になっているわ・・・でも・・・」
 辻斬り魔の容態を見ていた葵は、言ってから顔に手を当てる。流石に、正統な理由があっても、こんな新鮮な死体を一度に提供するのははばかられるものがある。
 下手をすれば動物虐待で、警察にマークされかねない。
「buryしちまえば、いいんじゃないのか」
「えーと・・・それ、何だっけ、東クン」
 一瞬考えてから諦め、小蒔は京太郎に聞き返す。
「穴を掘って埋めればいいんじゃないのかって事」
「そっか・・・でも、穴を掘る道具なんて・・・」
「あるわよ〜、あそこの民家に〜、鋤とか〜、クワとかが」
 それまで、片づけの傍ら、一本一本の桜の根本で何かをしていたミサが、小蒔に答える。「よし、それを又、rentalしよう」
 民家から鋤とクワを持ち出して、醍醐辺りを呼びつけようとした京太郎のそでをヒロが引っ張った。
「おてつだいします」
 ちょっとだけ考えてから、京太郎はヒロにクワを渡す。
「丁度五頭ね〜・・・樹の根本に埋めて上げるといいわ〜」
「はい」
『・・・System rebooted・・・D−System over rised』
 ミサの言葉に従って、変身したヒロがクワを振るうと、豆腐を切り出す様な容易さで土が掻き出される。
「凄いな・・・俺でもああはいかんぞ・・・」
「ボク、やっとあの娘が人間じゃないって・・・何て言うかな・・・“感覚的”に分かった様な気がするよ・・・」
 感服した様な醍醐に小蒔も同意する。結局、京太郎が1つ墓穴を掘っている間に、ヒロが4つ墓穴を掘るという結果になった。
「これじゃ、どっちがHelpだかわからねぇな・・・じゃ、京一、醍醐、そっちの穴に一頭ずつ入れてくれ」
「よし」
「まかせろ」
 今度は逆に土をかけ、がっちりと踏み固める。ヒロに目をやった京太郎は、彼女が夢名前で十字をきっているのを見て、首をかしげる。
「・・・桜、みんな散っちゃいました」
「そうだな・・・」
 言われてみれば、あれだけ咲き誇っていた桜が一輪と残さず、全て散っていた。
「残念ね・・・」
 葵の声は本当に残念そうだった。
「ここの結界が修復するには〜、結構かかるわ〜・・・」
「ミサちゃん、ここの結界って何なの?」
 周囲を見回すミサも今は悲しそうである。
「ここの桜自体が結界なのよ〜・・・ちょ〜っとや、そっとでは〜破れない、邪悪な意志を持つ者は入る事の敵わぬ空間〜」
「じゃあ・・・誰かが・・・」
 聞き返す小蒔に、ミサは人形に顔を寄せて無言で答える。
「・・・」
「さて、これで大体片づいたけどよォ・・・どうする、秋山をこのまま連れて帰ったら大騒ぎだぜ」
「制服が真っ赤っかなのは、まずいわよね・・・」
 京一の台詞にアン子も頷く。小春はまるで、殺人事件の被害者みたいになっている。
「確か今日は体育あったから、体育用のジャージがあると思うけど・・・」
「そうね・・・取り敢えず、ソレで帰すしかないわね・・・制服はワタシが預かってクリーニングしておくワ」
「じゃあ、ボクと葵で着替えさせるからさッ、醍醐クンが背負ってよ」
「ああ、任せてくれ」
 小蒔と葵が民家に消えた後、京太郎は、刀を拾い上げる。
「蓬莱寺、その袋を貸してくれ」
「ん、何に使うんだ?」
「この刀を少し隠すのに使いたい・・・気を付けて破らないようにするから貸してくれ」
 京一の顎がかっくんと落ちた。
「まッ、まさか、それを戦利品にする気じゃねぇだろうなッ・・・そりゃヤバ過ぎるぜッ」
「京太郎くん・・・本気?」
「No、そんな訳無いだろ・・・少し離れた所に、その男と一緒に捨てて来るんだ・・・蓬莱寺、手を貸してくれよ」
「なんだ・・・分かった・・・ほらよッ」
 投げ渡された袱紗に、京太郎はそーっと抜き身の刀を差し込み、柄の部分を袋の上から握る。
「じゃ先生、ちょっと行ってきます」
「二人とも気を付けるのよ」


「今日は、色々あったね・・・そう言えば、結局、何処にすてて来たの?」
 帰りの電車の中、肩に寄りかかった小春の頭を落とさない様にしながら、小蒔は京太郎に話しかける。
「ああ、あれは・・・PoliceofficerがPatrolに出てる交番があったから、勝手にお邪魔して、手錠をかけてdumpしてきた」
 京太郎も、目を閉じて寄りかかるヒロの頭を落とさない様にしながら、小蒔に答える。
「ふ〜ん・・・ああいう所のお巡りさんて、必要な時に居ないよね」
「ま、今回はGoodTimingだったが」


 一時間後、一行は新宿駅南口に立っていた。
「今日はこれで、解散ね・・・大丈夫、秋山さん?」
「はい、何かまだ少しだけふらつきますけど・・・おかしいな、今まで貧血なんておこした事無いんですけど・・・」
 確かにまだ、足下がおぼつかない様子である。ちなみに、説明するのが大変なので、小春には気絶した後の事は伏せられていた。
「・・・心配だわ・・・ワタシが送っていこうかしら・・・」
「いえ、担任の先生に、そんな事していただいたら、かえって、家族がびっくりしますから・・・」
「そうだね・・・醍醐クン、秋山さん送ってってあげられないかな?」
「・・・ああ、いいとも」
 醍醐は一瞬間をおいた後、気持ちよく引き受ける。知らないとはいえ、結構酷な頼み事をするものである。
「どうも今日はすみません・・・」
「ははは、いや、困った時はお互い様だ、気にするな秋山」
 申し訳なさそうに頭を下げる小春に、細かい本心はともかく、醍醐はいつもの笑い声を立てて応える。
「それじゃあ、みんな解散しましょう、又、明日学校でね・・・GoodNight!」
『Good Night Miss. Maria.』
 挨拶の唱和を背にマリアは夜の街に消えた。
「では秋山、行こう、お休みみんな・・・じゃあな」
「じゃ、お願いします、さよなら」
 大きい影と、小さな影も街に消えていく。
「じゃあね〜、醍醐クーン、秋山さーん」
 小蒔は大きく手を振っている。
「じゃあ葵、ボクたちもかえろっか」
「そうね・・・」
 ひとしきり振り終えると、小蒔は自分の鞄を床から取り上げた。
「ミサちゃんはどうするの、途中まで僕たちと帰る?」
「うう〜ん、わたしは〜これから、仕事の手伝いがあるから〜」
「そっか、ミサちゃん、お母さんの仕事、手伝ってるんだよね」
「うん、今は〜わたしのお客さんもいるから〜」
「大変ね・・・じゃ、気を付けてね、歌舞伎町は物騒だから」
「うふ〜、大丈夫よ〜」
 自信ありげな笑みである。
「じゃあねッ」
「さようなら」
 親友二人組も夜に消えた。
「全然大丈夫そうだな・・・じゃ、Job頑張ってくれ、俺もそろそろ帰るよ」
 京太郎も手を挙げて踵を返し、不意にズボンの裾を踏まれたような感覚に襲われて、ぴたりと歩みを止める。
「Why?」
 振り返ると、ミサが、京太郎の影を踏んでいた。
「ダメよ〜、“妹”を忘れて帰るなんて〜」
「それは外向けのCoverStoryなんだろ・・・」
「東く〜んが、連れて帰ってくれないと、この娘、今日寝る所が無いのよ〜」
「今まで、学校で寝てたんだろ?」
「・・・実はね〜、犬神先生に怒られちゃうのよ〜・・・学校だと」
「hummm・・・いくら、何でもそのRequestは・・・捨て子は、最後まで自己責任で・・・」
「うちはね〜、あんまり、良くないのよ〜・・・喜ばれ過ぎちゃうから〜」
「喜ばれるのなら、Goodだろ?」
「わたしは〜大丈夫だけど〜、おと〜さんとか、おか〜さんのお気に入りになったら、ヒロちゃ〜ん、帰れなくなっちゃうかも〜」
 うふふと妖しく笑うミサに、少し考え込む京太郎だったが・・・下を向いて、必然的に上目遣いになっているヒロと目が合い、すっ、と目を逸らす。
(こいつは弱くなんかない・・・強い、Strong、VeryStornger・・・)
 自分の心に言い聞かせる京太郎。
 そんな京太郎を見て、ミサはヒロに何事か囁く。
「・・・わかった〜?」
「でも・・・」
「大丈夫〜、京太郎く〜んは、恥ずかしがってるだけよ〜」
「・・・はい」
(but・・・いや、見た目は関係ない・・・)
 つんつん、袖を引く感触。
(よし)
 決意を固めて、京太郎は目を開け、学ランの裾をしっかり握っているヒロの手を外す。
「兎に角、俺はgohomeするッ・・・大体、俺の家はワンルームなんだッ」
 踵を返して歩き始めた京太郎はの背後で、ミサがにんまりと笑う。
「キョウタロウサンステナイデ・・・」
 俯いたままとぼとぼ京太郎を追って、小さな声で呟くヒロ・・・それは聞こえているものの、京太郎は相手にせず、足早にその場を去ろうとする。
「すてちゃいやですきょうたろうさん・・・きょうたろうさん捨てないでください」
 京太郎が足を早めれば早める程、ヒロの声は大きくなり・・・最後には・・・
「・・・きょーたろーさんッ、すてないでーッ!」
 両拳を固め、天を仰ぐ絶叫になり、ヒロは前のめりにコケた。

『ザワ・・・ザワ・・・』

 本人は意識せずとも、十分に哀れを誘う様子で地面から立ち上がろうとするヒロ、と、逃げようとする京太郎に、周囲のイタイ視線が降り注ぐ。
 だんっ、だんっだんっ、と一歩で人の身長以上の歩幅を稼ぎながら京太郎は駆け戻った。
「・・・こういう子供に、ろくでもない事を教えないで欲しいんだが・・・Ms.Uramitu・・・」
 何だか、いつかの記憶を刺激する状況に京太郎は声を硬くする。
「だって〜・・・この娘、京太郎く〜んに捨てられたら、本当に行く所無いのよ〜」
「But、責任は・・・」
 京太郎は、言いながらも、申し訳無さそうにしているヒロを見て、頭を掻いた・・・
「・・・Street暮らしは厳しいな・・・仕方無い・・・何だか、Deja vuな感じだが・・・」
「良かったわね〜、今度〜、遊びに行くからね〜」
 何故か妙に満足げなミサに、京太郎は溜息をつく。
「はい」
「別に、遊びに来るのは構わないが・・・って、今日だけじゃないのか?」
「できれば、ヒロちゃ〜んが元の所に帰れるまで〜」
「・・・俺には収入は無いんだが・・・」
 当然京太郎は学生の身分で収入等無い、当然、扶養家族等は養える身分では無いのだが・・・
「そうね〜・・・何かい〜いアルバイトが、あったら〜紹介するわ〜・・・うふ〜・・・京太郎く〜んなら、用心棒さんかしら〜」
「・・・今日は帰ろう・・・」
 そして、しばし、手を繋いだ番長とメイドの姿が新宿を闊歩する事となった。


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