東京魔人学園妖風帖

Back Story 003−001

〜メイドのいる風景〜 Ver.1.01

「東〜ッ、一緒にメシ食おうぜッ」
 午前中の授業が終わり昼休みになった瞬間、何処かへ姿をくらましていた京一が、五分と経たぬ内に再び教室に現れ、京太郎の方に走ってくる。
 その手には総菜パン&菓子パン数個とパックジュースが掴まれていた。
「OK」
 京太郎は軽く承諾し、バッグから布包みを取り出す。かなり大きい。
「あん、東は弁当派か・・・お前、自炊なんて面倒臭い事よくするなぁ」
「ははは、独り暮らしでは自炊をしなければ食費はかさむばかりだと言うぞ・・・俺は、東はえらいと思うがな」
 京一の背後から現れた醍醐の手には、京一の1.5倍の分量のパンが握られている。
「二人とも外れだ、このlunchはヒロのhandmadeだ」
 醍醐のもっともらしい賞賛に京太郎は苦笑を浮かべ、否定する。
「へぇ・・・中々、マメなんだなあの娘」
 京太郎の台詞に、気のない返事をする京一。一方、醍醐は、何か腑に落ちない顔をする。
「・・・一寸待て、何で、あの娘が東の弁当を作ってるんだ・・・あの娘は霊研で暮らしてるんだろう」
「そうかッ・・・霊研に台所はねぇよな」
 醍醐の指摘に間抜けな返答を返す京一。
 二人のもの言いた気な視線に貫かれ、京太郎は渋々口を開いた。
「・・・Ladyミサに頼まれて、俺のApartmentで預かってる」
「なッ・・・」
「あ、東、お前・・・」
 京太郎の答えに、それぞれ驚愕する二人。
「・・・東、中国には、男女7歳にして席を同じくせずということわざがあってな・・・」
「一寸待て、タイショー」
「む、何だ・・・」
 咳払いして何事か説教を始めようとする醍醐を、慌てた様子で京一が止める。
「なーに、三人で話してんのさッ」
 何時の間に忍び寄っていたのか、小蒔がひょっこりと顔を出した。
「別に大した事じゃあねぇよ・・・お前は何しに来たんだ」
「へへ、東君と一緒におべんと食べようと思ってさ」
 すっとぼける京一に、小蒔は弁当包みを持ち上げて見せる。
「相変わらずでけぇ弁当だなぁ・・・醍醐の弁当っていっても通るぜそりゃ」
「きょーいちィ」
 いきり立つ小蒔のストレートをひらひらと躱しながら、京一は京太郎にこっそりと耳打ちする。
「東ッ、屋上で落ちあおーぜッ、醍醐以外には内緒だぜ」
 それっきり、小蒔に追いまくられながら教室を走り出ていく京一を見送り、京太郎は醍醐と顔を見合わせる。
「Why、何なんだろう・・・」
「さぁな・・・ただ、俺のカンではろくな思いつきでは無いと思うぞ・・・」
「まぁ、いいか・・・兎に角Lunchにしよう」
「そうだな」


「よッ、お二人、おまっとさん」
 二人して屋上に出た京太郎と醍醐が三分程待っていると、にかにかと笑いながら京一が現れた。
「いゃぁ、小蒔の奴をまくのに苦労したぜェ」
「何故、桜井をまく必要がある・・・」
 醍醐の素朴な質問に京一は得意げな顔で、人差し指を左右に振る。
「おいおい、小蒔が一緒についてきた日にゃ、東から例の事情を訊けねぇだろが、葵にゃ当然ばれるだろうし、アン子に伝わるのは時間の問題だぜッ」
「成る程・・・」
 京太郎、思わず納得。
「お前の事だ・・・それだけでは無いだろうな・・・」
「へへへッ、小蒔達には、直前まで黙っておいてびっくりさせてやりてぇ・・・とね」
 完全に悪ガキの表情で、にやにや笑いする京一に、醍醐は呆れ果てた様な溜息をついた。
「Surprises、一体何をする気だ・・・」
「何か理由をつけて、小蒔と葵をさ、東んちに連れてくんだ・・・ヒロが出迎えに来てびっくりってね」
「本当にろくでも無い事ばかり思いつく男だ・・・」
 醍醐は溜息をついて、カレーパンに噛みついた。京太郎も弁当の包みを開ける。
 弁当の中身は大きな握り飯が三つと、卵焼き三切れ、ウィンナー2本入っていた。
「中々豪快な弁当だな・・・」
 もう少し可愛らしい弁当を想像していた醍醐は、少し肩すかしをくった感じに呟く。
「うちの冷蔵庫は殆どemptyだったからな・・・よく作ったもんだ」
 あまりまともな料理を作らない京太郎の冷蔵庫には、ろくに食材が入っていない。
「朝、トレーニングして帰ってきたら、Breakfastが出来てて驚いた・・・」
「かいがいしいねぇ」
 冷やかす京一に肩を竦め、京太郎はおにぎりにかぶりついた。割とイイ感じに塩が利いている。
「取り敢えず、食材を買い出ししたいって言ってたから、いくらかMoneyを置いてきたけどな・・・」
「食生活が豊かになってイイじゃねェか、羨ましいねェ」
 京一の冷やかしに、
『なら、いつでもYouに譲ってやるぞ』
と喉元まで出かかった京太郎だが、裏密に直接頼まれた事である。一度引き受けた事を途中で投げ出す気はない。
「よーし、小蒔達を驚かせる前に、俺達で、新婚さんのお宅訪問だッ」
「誰が新婚さんだよ」
 京太郎は憮然として醍醐に目をやるが、醍醐は苦笑いを浮かべているだけだった。冷たい男である。
「ははは、こりゃ駄目だ、口で言ってきく様な奴じゃないぞ・・・」
「いーじゃねェか、それとも新婚生活を邪魔されたくないのかよ」
「hummm、仕方無いなぁ・・・」



放課後・・・




 真神学園の表門に寄りかかり、京太郎は隣に立つ巨漢に目をやった。
「醍醐・・・結局、Youもついてくるのか・・・」
 京太郎の怨みがましい視線を受け、醍醐は軽く苦笑する。
「スマンが、成り行き上な・・・まぁ、お前なら、京一にいい様に暴れさせておく様な事にはならないだろうが・・・俺が居た方がアイツも無茶はしないだろう」
 大筋ではそうなのだろうが、醍醐とて、好奇心が抑え切れぬ部分もあるのだろう。
「どーだかな、蓬莱寺はやる気満々だったぞ・・・六時限目もEscapeして、何処かへ行ってたみたいだしな・・・」
 全く、遊ぶ事にはひたむきな情熱を注ぐ男である。
「そう言えば、Ms.遠野はどうしたんだ、こんな不審な動きをしていれば、一番最初に食い付いて来そうだが・・・」
「ああ、遠野か・・・俺もさっき同じ事を京一に訊いたんだが、遠野は何だか、事件の調査とかで、授業が終わるとすぐに姿を消したらしい・・・」
「本当に、Student Journalistだな」
 真神の特攻ジャーナリスト、アン子のめげない記者根性には、京太郎も恐れ入る。
「この前、あんな事件にあったばかりなのに、大したGutsだ」
「ふっ、アイツの凄さは、ここ界隈の高校じゃ有名だぞ・・・そこらの番長では、アイツにはチョッカイを出せん、報復にどんなネタを流されるか分からんからな」
 何か思いあたる事例でもあるらしく、醍醐は薄ら寒そうに背を丸め、苦笑を浮かべる。
「ネタ・・・ねぇ・・・」
 普通なら、“噂”と言いそうなものだが。
「そこが、遠野の凄い所だな、流される“ネタ”は全て、事実に基づいたものらしい・・・アイツに援助交際の事実をばらされて、職を失った教師も居るようだぞ」
「・・・So Fearful、真神のUntouchableだな・・・」
 京太郎が今現在置かれた状況を考えると、関わり合いになりたくない人物ナンバー1である事は間違いない。
「それにしても京一の奴、遅いな・・・」
 二人が周囲に視線を走らせていると、小柄な女生徒が近づいてくるのが目に入った。
「お二人とも、どうしたんですか?」
「Hay、Chairperson小春・・・Bodily health is OK?」
「・・・あ、体の調子ですか、もう大丈夫みたいです」
微笑みながらも、無意識に首筋を回り込んだ痣を撫でている小春の仕草に、醍醐は苦虫を噛み潰した様な顔になる。
「・・・京一の奴と待ち合わせをな・・・」
「3人で、一寸遊びに行くPlanでね」
 言葉を濁す醍醐の台詞を京太郎は引き取った。
「秋山はどうしたんだ、今日は部活は無いのか?」
「いえ、本当はあるんですけど、昨日の事もあるから、今日は早く帰るようにって、マリア先生に言われたんで・・・今日は大人しく家に帰ってお店の手伝いでもしてます」
 小春の笑顔には葵の様な華やかさは無いが、何処か人をホッとさせるような和やかさがあった。
「そうか・・・お大事にな」 
 醍醐もつられて笑顔になり、小春に頷く。
「see you next・・・Chairperson小春」
 京太郎も軽く笑って手を振った。

 小春が背中を見送りながら、醍醐は溜息をついた。
「秋山、何でもない様子で良かったな・・・しかし、何故秋山にあんなものが浮き出たんだろう、確かに人がいい性格だとは思うが・・・彼女は聖者でも何でも無いだろう」
「hum、そうだな、だがStigmataは・・・Saintだけに顕れる訳じゃない・・・それどころか、Christian以外にも顕れた例もある」
 首を捻っていた醍醐は京太郎の解説に、意外そうな顔をする。
「本当にお前は、妙な事を知っている男だな・・・」
「育ての親が博識だったもんでね」
「うふふ〜、聖痕と一言に言っても、聖者の傷痕以外に、色々とあるわねぇ〜、足に蛇体が浮き出て成長した例とかね〜」
「おわッ、う、裏密、一体何処から・・・」
 ひょっこり背中から顔を出した裏密に、醍醐は面白い程驚く。これさえ無ければ、本当に泰然自若とした番長殿なのだが・・・
「Hay、Lady.裏密、Todayは良い黄昏になりそうだな」
「うふ〜、そうねぇ〜、お散歩すれば、人ならざる者に出会えそうだわ〜」
 京太郎の奇妙な挨拶に、裏密はいつも持ち歩いている人形を抱きしめ、うっとりとした表情を浮かべる。
 異様な内容の会話で和む二人を見ながら、醍醐は怖気を降るって黙り込む。
(京一の奴、何をしているんだッ)
「それはそうと、Stigmataは自分で体に傷をつけているって説明したScientistもいるんだっけな」
「・・・今では、自己暗示によって浮き出たという説が一般的みたいね〜、その説をとるなら〜、最初、掌と足の甲に顕れる事が多かった聖痕が〜、実際にはローマ人がキリストの手首とくるぶしに釘を打ち付けたという説が事実として広まった後、手首とくるぶしに多く顕れる様になった例を説明できるわ〜」
「ちょっと、訊いていいか・・・」
 二人の会話にビビリながらも、好奇心を抑えきれず、醍醐は恐る恐る口を挟んだ。
「自己暗示・・・思いこみだけで、そんなに出血する程の傷ができるものなのか」
 単なる思いこみだけで、そんな、多量の出血を伴う様な深い傷が口をあける。外力によって自然についた傷口なら見慣れた醍醐だったが、到底、人の念だけでそんな傷が生じるとは、正直、納得がいかない。
「ああ、それは、どっかの催眠療法士が実験したらしいな・・・暗示にかかったSubjectの腕には、暗示で与えた通りの形をした痣が浮き出て、軽く出血もしたらしい・・・」
「昨日の秋山の様にか?」
 醍醐の言葉に、京太郎は首を捻る。実験結果の細かい所が今一つ思い出せないのだ。
「その実験では〜、痣から血が染みだした程度〜・・・とても小春ちゃ〜んの様に激し〜い反応は、得られなかった筈よ〜・・・でも〜、そうなったらそうなったで、ひどい話ね〜」
 黙っている京太郎に、裏密は助け船を出す。
「では、やはり、秋山には別の原因がある訳か・・・」
「そうだな・・・」
「・・・何処でとは言わないけど〜、昔見た、蛇霊に憑かれた男の子は、3分位で体中に鱗が生えたわ〜・・・人の念に、何か別の要因が重なれば〜、容易く現実はその姿を変える〜」
 真顔で語る裏密に、醍醐は顔を引きつらせ、生唾を飲み込んだ。
「う・・・うむ、では・・・裏密は秋山に何か、れ・・・霊が取り憑いていると言うのかッ」
「多分、違うだろう・・・」
 オカルトじみた予想に戦々恐々としてきた醍醐の言葉を否定し、京太郎は裏密に目をやった。
「うふ〜、やっぱり京太郎く〜んはいいカンしてるわ〜、私も〜、小春ちゃ〜んのあの現象は、“普通”の聖痕現象の枠外の事だと思うのよ〜・・・どちらかといえば、過去世の話しに近い匂いを感じるわ〜」
「・・・前世で受けた傷が、今世で浮き出るっていう話か・・・but・・・」
「何か特別な要因があるのはたしかね〜・・・」
 裏密は少しだけ困った顔をしてから、軽く微笑し、背後をちらりと振り返った。
「これから〜3人で、京太郎く〜んのおうちに行くのね〜、うふふ〜、ヒロちゃんによろしく〜」
「伝えるよ・・・seeyou Lady・・・」
 妖しげな笑いを浮かべ、急に踵を返した裏密に熱心に手をふっている京太郎を余所に、醍醐は首を捻る。
「3人・・・裏密は何故、俺達が3人で行くと分かったんだ・・・」
「そりゃ、勿論、そこの生け垣からはみ出てる木刀を見つけたからだろ・・・いい加減出て来いよ蓬莱寺」
「何?」
 確かに生け垣からはにょっきりと見覚えのある木刀の切っ先が生えている。
「ばれてたか・・・くっそぉ、まずったぜッ」
 がさがさと生け垣を掻き分けてあらわれた京一に、醍醐は不愉快さむき出しに非難の目を向ける。
「お前な、来てたのならさっさと出てこいッ、そうすればもう少し早く解放されたものを・・・」
「わりィわりィ、でも、俺だって、裏密の訳わかんねェ話を聞きたくねェぜ」
 ちっとも悪びれた様子もなく笑う京一に、醍醐はムッとした顔になるが、自分も同じ状況におかれたら似た様な事をしないと断言できない事を思い、大きく溜息をついた。
「まぁ、いい・・・いい加減移動しよう」
「だな、ずっと1人にしておくのは可哀想だ」
「よっしゃ、いくぜェ」


「東、お前いい所に住んでんなぁ・・・」
「うむ」
 京一の感想に醍醐も素直に頷く、二人がやって来た京太郎の住居は、巨大なマンションだった。建造されてから、そんなに時が経っているとは思えない、真新しい建築物である。
「まぁ、House rentは高そうだな・・・」
 適当に相づちを打ちながら、京太郎は家の鍵でオートロックを開ける。そのまま3人でエレベーターに乗り込み、6Fのボタンを押下した。
 ドアを開けると、微かに何か料理の匂いが香った。
 靴を脱いで上がり、外に立っている二人を手招きする。
「Welcome to my home・・・蓬莱寺、醍醐」
「お邪魔するぜッ」
「お邪魔する」
 京一はズカズカと、醍醐は恐る恐る部屋に入り、京太郎の後について奥に進んでいく。
「東、ここは、家族用のマンションなんじゃないのか?」
 廊下の左右には居室のものらしき、ドアが幾つか並んでいた。一つ二つは風呂、トイレだとしても、ここだけで居室が二部屋はある。
「そうらしいな」
 醍醐の疑問を事も無げに流し、京太郎は奥のドアを開けた。そこはリビング兼キッチン兼食堂になっている部屋だった。所謂DLKというヤツだ。
「おお、広いぜッ・・・っ何だッ」
 広々としたリビングは随分と殺風景で、TVが1つとテーブルが1台、それがそこの家具の全てだった。
 京一の視線は、殺風景な空間に不釣り合いに可愛らしい物体に注がれていた。
「あ、東・・・これは一体・・・」
 若干震えている醍醐の声を背に受けながら、京太郎は、物体、目をうつろに開けたまま不自然な体勢で床に転がっているヒロ、の前に膝をついた。まるで体育座りのまま横に転げた様な感じである。
 見開かれている目の前で指を振ってみる。反応は無い。鼻の前に手をかざしてみるが呼気は感じられない・・・
「・・・」
 京太郎の背後で、二人のどちらかが唾を飲み込む音がした。
 京太郎は、そっとヒロの頸部に触れてみる。脈はうっており、暖かい。
 とうとう、抱き起こそうと手を伸ばしかけた所で、不意にヒロが瞬きした。
「うをッ」
 背後で、今度は二人分の声が聞こえた。
 体勢がかたまったままの京太郎の前で、ヒロは微かに身じろぎし、首を回転させる。
「・・・あ、きょうたろうさん、おかえりなさい・・・あれ、おきゃくさんですか」
「・・・まぁ、そうだな・・・」
 溜息をつきながら、京太郎はヒロの手を掴んで立たせる。立たされたヒロは京一と醍醐に向かって礼儀正しく一礼する。
「いらっしゃいませ、きょういちさん、だいごさん」
「お、おう」
「ああ」
 歯切れの悪い挨拶を返す京一と醍醐に苦笑を返し、京太郎は学ランのホックを外した。
「さて、二人とも、It relaxes」
「おちゃ、おいれしますね」
 ヒロは台所に行くと、手回し式のコーヒーミルで珈琲豆をひき始める。
 取り敢えず、京一と醍醐はテーブルの隣に腰を降ろし、台所で働くヒロに気にしつつも改めて京太郎のマンション内部を見回した。
 本当に、家具が無い。
 ただ、転がっているダンベルを家具に含めるというなら、多少家具はある事になるが・・・
「東よォ、こりゃ、年頃の男子高校生の部屋にしちゃ物が少な過ぎるぜ・・・」
「そうか・・・俺はbagに入る以上の物をもった事があんまり無いからな・・・あんまり物が有ると落ち着かないんだが・・・」
 京太郎の答えに絶句する京一。醍醐はすっかり考え込んでしまった。
「うーむ、ますますお前という男が分からなくなって来たな・・・」
「まぁ、そんなに悩む程のもんでも無いとは思うが・・・」
 醍醐の視線に肩を竦めながら、京太郎はスーパーの袋から買い込んできたジュースや、ハム、ソーセージ、缶詰を取り出し、必要な物は冷蔵庫に入れる。
「まぁ、いいさ、それにしても京太郎家って、そうとう金持ちなんだなァ、お前元々は独り暮らしだろ、なのに家族用マンションをぽんと、借りちまうなんてよ」
「ああ、ここを用意してくれた人は相当金持ちらしいからな・・・このApartmentは持ちビルと言う事らしいが・・・」
「そりゃ凄い・・・」
 醍醐が感嘆した様に呟く、独り暮らしの高校生をこんなマンションに住まわせるとは、その人物は相当なお大尽に違いない。
 ヒロが京太郎、京一、醍醐それぞれの前に珈琲の入ったマグカップを置き、ポーションと砂糖の瓶を置くと、自分は取り敢えず京太郎の隣に腰を降ろした。
「だけどよ、丁度良かったよな、これ位広いトコなら、1人くらい住人が増えても大丈夫だもんな、うぶッ」
 笑いながら珈琲を口に運んだ京一は次の瞬間、思いっきりそれを吹き出した。盛大に吹き出したそれは、丁度正面に座っていたヒロの顔面に殆どがひっかかる。
「あう」
「そんなにHotだったか」
 京太郎は手近のバッグから取り出したタオルをヒロに渡しながら、軽くマグカップに指をつけてみる。確かに、少々熱い気はした。 
「行儀の悪い奴だ」
 声も出せずに、口をおさえている京一を窘め、醍醐は自分の分の珈琲に口をつける。
「むッ・・・」
 一言唸ったきり、醍醐はいきなり黙り込み、目を白黒し始めた。二十秒以上経ってからどうにか口の中のものを飲み下した様だが、一言も無く、口をもごもごさせている。
 その間に顔を拭き終わったヒロは、真新しい布巾でテーブルに飛散した液体を拭き取っていた。
「一体どーしたんだ・・・」
 京太郎は急に無口になった二人に首を傾げながら、自分の分のマグカップを手に取る。口を押さえたままの京一が何か必死に訴えかけていたが、良く分からない。
「あ、東・・・」
 醍醐も何か言おうとしているが、どうも、まだ自分の口中が気になるらしく、発音がはっきりしない。
 京太郎は口に運んだカップを傾け、一口中身を啜る。
「うーッ」
 一瞬妙な顔つきになった京太郎を見て、京一は唸り声をあげた。醍醐も痛々しそうな顔をする。
 だが・・・
「変わった味のするBrandだな・・・こんなの置いてあったかな」
 そう呟いただけでもう一口啜った京太郎を見て、京一は目を剥いた。醍醐に至っては呆然と口を開けている。
「てめェ、こんな液体を飲めるなんて、やっぱりおめェは人間じゃねェッ!」
 京一が勢い良くテーブルを叩いた拍子に、彼の手元でマグカップが転げる。真っ黒い液体がびしゃぁ、とテーブルに広がった。
「あっ」
 ヒロが慌てて布巾で一生懸命拭き始める。
「すみません、すぐにおふきして、かわりをいれます」
「いや、もう勘弁してくれッ」
「なぁ、一つ聞いて良いか?」
 ヒロの台詞に悲鳴を上げる京一に軽く頷きながら、醍醐はヒロに話しかける。
「なんでしょう」
「ごほッ、この珈琲にだな、珈琲以外の何を入れたか訊きたいんだが・・・」
「なにも、いれてないんですけど・・・」
 醍醐の指摘に、流しで布巾を絞るヒロは困った顔になる。彼女にしてみれば、特に何か変な物を入れた憶えは無い。
「嘘だッ、確かにこいつァ、泥みてェで、珈琲の味もするッ、でも、ぜってェ、それだけじゃねェ筈だッ・・・珈琲だけでこの破壊力はだせねェ」
 大人気無く木刀の柄でヒロをさして糾弾する京一。興奮の余り、呂律が回っていないようである。
「そんなこといわれても・・・ひいたこーひーまめをくみおきのみずをわかしていれただけです・・・」
 京一の剣幕に首を竦めるヒロ。京太郎は、もう一口珈琲を啜り、何か思いついた様に指を鳴らした。
「Oh・・・もしかして、汲み置きっていうのは、そこのKettleに入ってたやつか?」
「はい、そうですけど」
「I see、そのKettleに入ってたのは、昨日作ったIceteaの元だ、アールグレイのやつ」
 納得しつつ京太郎は、もう一口その液体を啜ってみる。確かに言われてみれば、コレは珈琲とは違う液体の様な気がする。
「おえッ・・・珈琲と紅茶の濃縮液かよッ・・・」
「流石に飲めたものではないな・・・」
 内容物の正体が分かって、今更ながらに、嫌そうな顔をする二人。
「すみません・・・」
 失敗に、しょんぼりと肩を落としながらヒロはマグカップを片づけ、洗い物を始める。
「それにしても、本当によくあんなもん飲んで平気でいられるなァ・・・」
「ステイツのダイナーじゃ、本当に泥みたいな珈琲が出たがな・・・まぁ、なんにせよ、ボウフラの湧いた雨水よりはマシか・・・」
 京太郎の何とも嫌な答えに、京一は顔を顰めた。
「お前、例えがやたら極端だよなァ・・・」
「そうか」
 京太郎にしてみれば、至極真面目に答えているのだが・・・
「京一、人の家に来て文句ばかりいっているのも、やっぱり失礼だぞ・・・」
 先刻スーパーで購入してきたスポーツドリンクで口中を洗い、ようやく人心地のついた醍醐は、取り敢えず京一を窘めておく。
「へいへい・・・まァ、確かにそうだよな・・・折角遊びに来たんだし」
 京一も気を取り直したらしく、いつもの悪ガキの顔になり、鞄を手元に引き寄せると中から一升瓶を取り出した。
「京一・・・」
 苦虫を噛み潰した様な顔をした醍醐の前で、京一は更に1リットルの焼酎を一本、500mlのビール缶を4本を取り出す。
「これだけ手に入れるにゃ苦労したぜェ」
「相変わらず、くだらん苦労はすすんでする男だ・・・」
 得意そうな京一の前で醍醐は、呆れ返った様に首を振る。流石にもう注意をするのは諦めた様だ。
「まァ、まァ、昨日の花見じゃ結局呑めなかったからな・・・今日はゆっくり呑もうぜッ・・・タイショーだって、本当は呑めるんだろが」
「む・・・確かに呑めん訳では無いが・・・しかし、だなァ・・・」
「いいじゃねェか、体育会系じゃ、先輩から呑めって言われたら、のまねェ訳にはいかねェだろ・・・その時の為にもれんしゅーしとかねェとなッ」
「屁理屈には、頭の回る奴だ・・・」
 分かり易いやりとりをしている二人の横で、京太郎は面白そうに一升瓶をためすがめつしている。
「これが、ニホンシュか・・・」
 京太郎は趣味で酒を嗜む習慣は無かったが、日本の酒は物珍しかったのだ。
「おさけですか・・・なにか、おつまみつくりますね」
「よーし、呑むぜッ!」


「・・・珈琲は飲めたもんじゃなかったけどよ・・・料理はまともだよなァ」
 事実とはいえ、本人に面と向かって失礼な事を言う京一。 
「ありがとうございます」
 まぁ、本人はいたって気にしていない様だが。
「ささッ、東、一杯いけよッ」
「・・・うーん」
 少々渋りながらもさしだされたコップに、京一はなみなみと日本酒を注ぐ。注がれた日本酒を京太郎は軽く一息で干した。
「おッ・・・本当にすげェのみっぷりだぜ」
 上機嫌で手を叩く京一は、既に缶ビール(500ml)を2本、日本酒をコップ4杯、焼酎をコップ2杯程きこしめしている。
 顔はイイ感じに赤くなっていた。
 京太郎は分量的には日本酒をコップ3杯しか呑んでいないが、いずれもイッキ呑みである。だが、顔色には全く変わりがない。
「やっぱりAlcolの味は好きになれないな・・・」
「まぁ、この酒は随分いい酒だと思うがな・・・京一、お前飲み過ぎだぞ」
 醍醐は結局付き合う様な形で、ゆっくりと日本酒を味わっている。現在2杯目であった。
「そう言えば、さっきすっかり訊き忘れたんだが・・・」
「なんですか」
 京太郎はふと、先刻の珈琲騒ぎでうやむやになっていた疑問を思い出し、傍らで大人しく座っていたヒロに話しかける。
「帰ってきた時に、なんであんな風に倒れてたんだ・・・驚いた」
「いろいろあって、でーたがたくさんふえましたから、ゆうしょくのじゅんびがおわったあとに、めもりーをおそうじしてたんです」
 ヒロの答えをきいていた醍醐は、何となく納得した顔をする。
「なるほど、人間で言う睡眠にあたるものか・・・」
「それは、それで納得出来るけどなぁ・・・何で倒れてたのかはNot Understandだ」
「さいしょは、ちゃんとすわってたんですけど・・・ねがえりうったみたいです」
 京太郎はヒロが体育座りをしたまま、横に転げる図と思い浮かべる。随分と音高く頭が床に激突している様な気がした。
「よく目が醒めなかったもんだ」
「わたし、けっこうじょうぶにできてるんです、くるまにひかれてもこわれなかったんですよ〜」
「はははははは、そりゃ、象が踏んでも壊れないって奴だなッ」
 相変わらずにこにこ笑いながら説明するヒロの台詞に、突然京一がけたけた笑い出した。
いい加減、相当まわっている。まぁ、殆ど1人で呑んでるのだから仕方ない。
「“轢かれても”・・・過去形だよな・・・」
 京太郎は何となく醍醐に目配せしてみる。醍醐も似た様な事を考えていたらしく、微妙な表情で京太郎に頷く。
「なんだ、お前、轢かれたことがあんのかよ」
 やはり、アルコールでリミッターが外れていると、場の雰囲気で何となく訊きにくい事を平気で訊ける様になるようだ。
 尤も京一の場合、普段から似た様なものかも知れないが。
「はい、えーと・・・」
 京一の何気ない質問に、ヒロは両手の指を折りながら何かを数え始める。しかし、どうやら両手の指を全部使っても足りなかったらしい。
「・・・かずはわすれちゃいましたけど、いっぱいとびました・・・すみません、すこしそそっかしいです」
「あはははははッ、全くだぜッ、そんな何回も車に轢かれるなんざ、間抜けも良いトコだなァ」
 少し恥ずかしそうな笑いを浮かべるヒロに、京一はつられて爆笑し床をばんばん叩く。
「よ、よく轢かれるようだな・・・」
 顔を引きつらせて、何かを訴えてくる醍醐に、京太郎は首をふる。
 醍醐にしてみれば、ヒロの台詞をギャグネタとして否定して欲しかったのかも知れないが、生憎、昨日今日からの付き合いでも、彼女がこんなギャグを狙って言う筈も無いのは京太郎にも分かっている。
「ToughなBodyだな・・・」
 京太郎が先刻触った感触では、普通の柔らかい皮膚だったのだが・・・
「はい、でも、ひかれたあとにひょうしきにあたって、もういっかいひかれたときは、ちょっといたかったです」
 確かに小柄なヒロなら、大型のバンに跳ね飛ばされた日には、さぞかし良く飛ぶだろう。
 笑顔のままピンボール状態で跳ね飛ぶヒロを想像し、ツボにはまった京一はおかしさの余り、ひっくり返って腹を抱える。
「・・・お、俺を殺す気かァ・・・あ、東ァ、お前の妹・・・お、おかしすぎるぜッ」
「・・・京一、俺にはそこまで笑えんぞ・・・」
 酔っぱらいの思考は分からない・・・
 醍醐も似たり寄ったりの状況を想像したが、ちょっとリアルタイプで想像してしまった為、顔を少々青くして口もとに手の甲をあてている。
「That’s Right、醍醐の言う通りだぞ・・・トラックのdriverのfeelを想像してみろ、生きた心地がしない筈だ」
「・・・まぁ、そうだが・・・俺の考えたのとは少し違うな・・・」
 京太郎の見当違いな指摘に、醍醐は困った顔をする。確かに別方向から見ればそうなのだが・・・何か違う様な気がする。
「きょういちさん・・・もう、ねてます」
 京太郎と醍醐がとんちんかんな会話をしている間に、京一はかるい鼾を立て始めていた。笑い疲れたらしい。
「・・・ううーん、だめだめ・・・オネーチャン、1人ずつ・・・1人ずつ・・・」
 京太郎は醍醐に肩を竦め、話題を変える。
「そう言えば、ヒロのBodyはMaintenance−Freeなのか?」 
 いくら本人が丈夫だとはいっても、車に轢かれて完全に無傷で済むとは思えないし。京太郎が預かっている間に、本当にヒロが車に轢かれでもしたら、どうやってアンドロイド等という、複雑極まりない機械を修理、整備すれば良いのか想像もつかない。
「はい、とくにていきせいびはひつようないです、じこしゅうふくもしますから、だいじょうぶですよ」
「hum・・・そこまでいくとOrganic living thingと変わらないな」
 思わず本気で感心する京太郎に気を良くしたのか、ヒロはメイド服の襟首に手をかけると、ぐいっと引っ張って左肩を露わにする。
 見たところ、伸縮する素材で出来ている様には見えない服だったが、その上のエプロンごと、みにょーんとよく伸びている。
「かたなできられても、こんなふうにちゃんとなおりますから」
 ヒロの肩から斜めに細筆で一息に引いた様な切創痕が胸の中央に向かって切れ込んでいる。頭を動かして背中側を見てみると、裏側にも同じだけ切れ込んでいる様だ・・・
「Mortal wound・・・致命傷だな・・・」
「ああ・・・」
 人間なら間違いなく致命傷である。京太郎の指摘に、すっかり酔いがさめてしまった様子で醍醐は同意する。
「SA・YA・KAーッ!」
 真面目な顔つきでヒロの肩を二人が覗き込んでいる背後で、不意に大声をあげて京一が跳ね起きた。半分寝ぼけているのか、眼が座っている。
「何だ・・・寝ぼけてるのか」
「その様だな」
 京太郎と醍醐が関心を無くした様なので、ヒロは襟から手を離し、ぱちん、とゴム仕掛けの様に服が戻るに任せる。何の気無いその動きに、京一は触発される。
「お前らァ、なァにそんなコドモ脱がしてるんだッ・・・」
 思考と同時に木刀が唸った。
 咄嗟にヒロの背中を掴んで背を反らした京太郎の鼻先を木刀の切っ先が掠めていく。
「hyu・・・」
 ヒロを掴んでいたのとは逆の手で床を叩き、京太郎はテーブル下から体を引き抜いた。
「きょ、京一、何をするッ」
 醍醐は咄嗟に、引っ張られてバランスを崩しているヒロの後襟を掴んで自分の方に引き寄せると、背後に庇う。
「うるせッ・・・そうかッ、お前らッロリ、いやッ・・・メイドが好きなんだなッ」
 木刀を京太郎に突きつけ、京一が高らかに宣言する。
「お前、何を言ってるんだ・・・」
 いきなりのとんでもなくアホな台詞に、思わず醍醐はずっこけた。
 まぁ、酔っぱらいの言う事に論理性を求めてもしょうがないが・・・
「俺も、好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
 叫びと共に一歩踏み込んで諸手上段を繰り出す京一。左前の構えを右前に開いてそれを避けた京太郎のシャツがぱらりと切れた。
 えらく酔っているというのに、恐るべき鋭さだった。
「看護婦さんもだぁい好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
 振り抜いた剣が即座に反転し、切り上げに移る。背を反らしてそれをさけ、左膝を跳ね上げるが、京一が素早く引き戻した木刀にブロックされた。だが、流石に京一も足に粘りが無くなっている為、ふらふらと背後に上体を泳がせる。
 あまりにもひどい悪友の悪酔いに、醍醐は額をおさえて脱力した。
「東、手加減する必要は無いぞ・・・沈めてしまえ」
「OK、だが流石、“The swordsman of god speed”酔っていても、大した腕だ・・・」
 醍醐の言葉に同意しつつも、京太郎は楽しげに構えなおす。折角のレクリエーションを楽しまねば損だ。
「スッチー・・・婦警、女医さん、女教師、巫女さん、保母さん・・・オネーチャンはいいッ!」
 たたらを踏んでいた京一はフラフラしながらも、どうにか上半身を安定させて八双に構える。
「俺は、ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんぶ好きだァ」
 下半身の粘りが無くなっていたが、衰えないどころか速度の増した突っ込みに。京太郎は右前の構えから勢い良く踏み出し、瞬間的に左手を後ろに流して右掌をひたすらに前に出す。
 掌にのせる破壊力の源は己の踏み込みと相手の突進力、踏み込みのみでほんの僅かに相手の攻撃を躱す捨て身のカウンター勝負である。
『ドスッ』
「ごッ」
 京太郎の胸の皮一枚と引き替えに、まるで香港映画のワイヤーアクションの様な妖しい動きで京一は吹き飛び、壁に叩き付けられた。ずるずると下にずり落ちて尻餅状態になっても愛刀を離さないのは流石と言える。
 壁に背を預けてへたり込み、咳き込んでいる京一に、すかさず醍醐の背後からとび出したヒロが走り寄り、背中をさすりながら心配気に顔を覗き込む。
「No problem、肋骨は折れてない筈だ」
「いや・・・東、お前は・・・本当に容赦がないな・・・」
 平然という京太郎に少々反応に困った醍醐は、取り敢えず腕を組んで苦笑いする。確かに容赦するなとはいったものの、流石にここまでやるとは予想外だった。
「畜生・・・こんな沢山・・のせーふくのオネーチャンを・・二人占めに・・しやがって・・・」
 男二人がそんな会話をしている間に京一の咳は納まり、ゆっくりと顔をあげると、まだチカチカしているその視界に、真っ白いヒロのエプロンだけが浮かび上がる。
「おおおッ・・・裸エプロンんんんんんんんんんんッ!」
「ひぃぁ」
 突然京一は絶叫をあげて立ち上がると、素早く左腕でヒロを抱え上げる。
「ほかのオネーチャンはとられても、男の夢ッ、裸エプロンのオネーチャンだけは渡せねぇッ!」
 彼の中では何か余程悔しいらしく、涙を流しながら絶叫する京一。当然、京太郎と醍醐、そしてヒロには、何が悔しいのか等分かる筈もない。
「東、当たり所が悪かったんじゃないのか・・・」
「Sure・・・DrunkardはDamegeの自覚が遅いな・・・」
 あほらしくも少々心配になったらしい醍醐の言葉に京太郎も同意する。
「あの、わたしはだかじゃないですけど・・・」
 後ろ向きに抱えられてしまったヒロは首を思い切り左に捻って、京一の背中に何となく申し訳無さそうな口調で話しかけてたが・・・
「いーや、俺には見えるぜッ、後ろを向いたさやかちゃんのキレーなお尻がなッ」
「きれー、ですか・・・」
 醍醐は脱力しきった様にしゃがみ込み、京太郎に手を振った。
「頼む東、あいつを早く黙らせてくれ・・・」
「OK、今度はPerfectに・・・」
 京太郎はすすすっと滑る様に京一の左側に回り込むと、京一は素早く反応し、左足を軸に半回転、コンパクトな片手突きを繰り出してくる。
「It’s slowly・・・」
 京太郎はバレエダンサーの様に右足を前に進ませた状態で左膝をつき、間髪入れずに体を左回転させ、既に下がろうとしている京一の足下に飛び込んだ。
 逆手に持ちかえられた木刀の切っ先がが振ってくるのを背後に躱しつつ伸び上がり、そのままL字状に延ばした右腕の肩で京一の右前腕下部を担ぎ上げて木刀を封じる。
 先刻延ばしたままの右手が京一の顔面にかかった瞬間、京一の右足を背後からすくい上げるのと同時に一瞬、強く右腕を押し込んだ。
 完全に京一のバランスが後ろに崩れた瞬間、右手を真っ直ぐ伸ばし、ヒロの後ろ越しの部分を鷲掴みにして思い切り引っ張った。
『だんッ』
『ごッ』「あぅ」
 ヒロに引っ張られる様な不自然な形で床に叩き付けられ、京一は右肩と尻を強打する。
 京太郎はすかさず身を起こし、軽く京一の側頭部をはたいた。ぐいん、と頭部が回転し、京一の眼がくるりんと白目を剥く。
「Show down・・・ヒロ、are you OK?」
 まだ京一に抱えられたままのヒロの尻に京太郎は声を掛ける。
「はい、だいじょうぶです」
 ヒロはもぞもぞと京一の腕から這い出し、額をさすった。大した事はないらしい。
「やれやれ、しようのない奴だ・・・」
 醍醐は気絶しても木刀を握りしめたままの京一を隅の方に引きずって片づける。


「すまんな東、転校早々の新居を騒がしてしまって」
 大騒ぎの跡を片づけ、京太郎の煎れた紅茶を前に置かれた醍醐は恐縮して頭を掻いた。
「いや、中々面白かった」
 破れたシャツを着替えた京太郎は本当に楽しそうに笑う。
「中々いい立ち会いの相手は居ないからな・・・ああいう風にいきなりの立ち会いは、実戦的で楽しい」
「そう言ってもらえると、気が楽だが・・・ヒロ、お前にも済まなかったな、普段はアイツもあそこまではおかしくは無いんだがな・・・」
 自分の分のマグカップを両手で包んでまま、どうしたものか思案しているヒロに、醍醐は軽く頭を下げる。
「いいえ、ぜんぜんだいじょうぶですよ・・・きょういちさんとだいごさんはなかがいいんですね」
「ああ、腐れ縁というやつだが・・・」
「いつもFollowにまわってるんじゃ大変だな」
「だからこその腐れ縁と言う事か・・・」
 苦笑半分、満更でも無しという表情でひとしきり笑い、醍醐は壁にぽつんとかかった時計に目を止める。あと30分程で日が変わりそうな時間だった。
「む、いかんな・・・随分と長居してしまった、東、俺はそろそろおいとまする事にするよ」
「おかえりですか」
「そうか」
 席を立った醍醐の後にヒロがとてとて、京太郎がひたひたと続く。
「どうぞ」
 靴を履こうとする醍醐の脇から、ヒロがすかさず靴べらを差し出した。
「ありがとう」
 別に靴べらを使用しないと履きにくい靴だった訳ではないが、醍醐は有り難くそれを受け取り、靴を履いた。
「じゃあな、東」
「seeyou、醍醐」
 醍醐は京太郎に頷き、軽くヒロの頭を撫でてから外に出ていった。
「さて、そろそろ俺達も寝るか・・・」
 ドアの施錠を確認して、京太郎はヒロの肩をぽんと叩く。
「あ、わたしはもうすこししごとしてからにします」
 ヒロが“仕事”と言うからには家事労働だろうが、京太郎の住んでいるマンションはそれなりに広いとはいえ、調度品の類は以上に少ない。
 そんなにやる事は無さそうだが・・・
「そっか・・・じゃ、適当に寝るといい、それから、今度から床でなんて眠らずに、bedを使えばいい、キレイにしたんだろ、どうせ俺は使わない」
 大体、帰ってきてから少し見ただけだが、マンションの隅々まで良く掃除されている。
 マンションに入居してから、片手で数えるほどしか使っていないベッドも、恐らくは綺麗にメイキングされている事だろう。
「ねるっていっても、わたしは、ただめもりにでふらぐをかけるだけですから・・・ゆかでじゅうぶんですよ」
「まぁ・・・今日みたいに来客があった時なんか、俺がいじめてるみたいに見えるからな・・・」
「そうですか・・・」
 家主、京太郎がベッドを使わないのに、メイドの自分が寝具を使う訳にもいかない・・・本当にそんな事を考えているのかは分からないが、京太郎としては、ヒロには一応寝具をちゃんと使って貰いたい。
『わかるかねキョータロー、紳士、いや、男たるもの、女性には優しく、Lady対しては礼儀正しく・・・最低条件だ』
(頭悪いから、あんま、憶えてないけど・・・これはよく聞かされたからな・・・)
「折角置いてあるのに、使わないのも勿体ないだろう」
 欠伸しながら、あくまで何気ない風にいう京太郎に、ヒロは少し考えて頷いた。
「・・・わかりました」
「じゃ、GoodNight、ヒロ」
「おやすみなさい」


 薄暗がりの中、京一はぱっちり目を開いた。口の中が酒臭く、ねばねばしている。飲み過ぎてそのまま寝込んでしまったらしい。
「ふわ、あだだ・・・」
 欠伸をしようと息を吸い込むと左胸に疼痛が走った。思わず胸に手をやると、何か布が貼ってある様だ。
 引き戻した手を嗅いでみるとぷんと膏薬の臭いが香る。剣道の練習で打ち身を負った時に、よく嗅いだお馴染みの香りだ。
「なんで俺、怪我してんだ・・・」
 目が醒め、体の感覚が通常通りに戻るに従って、段々右肩と腰まで痛くなってくる。
「つぅ・・・一体、何なんだ・・・」
 京太郎の家に来て、酒を飲み始めて、ヒロの交通事故の話で腹が痛くなる程爆笑した所までは憶えている。しかし、それから先の事がどうも思い出せない・・・
「醍醐の奴は帰ったのか・・・ああ、頭いてェ・・・妙な風に飲み過ぎたか・・・そういや、記憶喪失の人間って、真実の記憶に近づくと頭痛くなるんだよなァ・・・」
 兎に角、水でも飲もうと、京一はキッチンに入り、冷蔵庫を開ける。独り暮らしとは思えない程ちゃんと食材の整った冷蔵庫の中からスポーツドリンクを取り出し、コップに注ぐ。
 一息に干して、もう一杯飲んでいると、ようやく人心地ついてくる。
 微かにドアが開く音がした。京一がキッチンから顔を出してみると、一つの部屋から、ヒロが出てくる所だった。
「よッ、おはようさん」
「きょういちさん、おはようございます・・・おからだはだいじょうぶですか?」
「ああ、大したこたァねェけど・・・なんか胸と背中がちょっと痛くてよ」
 心配そうに聞いてくるヒロを安心させる様に京一は笑いながら、胸を軽くさする。まぁ実際、京一にしてみれば、この程度の打ち身等怪我の内にも入りはしない。
 修行では、この程度日常茶飯事であった。
「そういや、何でこうなったのか知ってるか?」
「おぼえてないんですか・・・」
 何の気無しに聞いた京一は、少し驚いた顔をしたヒロの反応に、微かに不安を覚える。
「呑んでからの記憶がねェんだ・・・」
「そうですか・・・きょういちさんは、よっぱらって、きょうたろうさんにきりつけちゃったんですよ・・・それだけです」
 あからさまにそれだけじゃない間があったが、京一は頭がずきずきして問いつめる気が起こらなかった。
「うおッ、そんな事を・・・でも、やられたのは俺だよなァ・・・いてて、そういや、こいつを貼ってくれたのはオマエか?」
「はい」
 何となく予想していたが、やはりここにいたメンツで京一の体を気遣ってくれたのは、ヒロだけの様である。
「さんきゅー・・・そう言えば、東はまだ寝てんのか」
「とれーにんぐにでかけたみたいです」
「元気な奴・・・おいおい、まだ朝の4時だぜ・・・俺は少しゆっくりしよう・・・」
「はい、すこししたらあさごはんをよういしますから、ゆっくりしててくださいね」
「おう」
 京一はリビングに腰を降ろし、手持ちぶたさからテレビをつける。時間が時間だけに、朝のニュース位しかやっていない。
「今日は晴れか・・・ん?」
食卓の上にきれいに畳まれたYシャツが置いてある。何となく手に取ってみると、15cm程切れた部分が拙いやり方でかがってあった。
「・・・これって、もしかして俺が斬った跡か」
 思わず、キッチンで働いているヒロに京一は声をかける。
「はい、そうですよ」
 ヒロは解凍する食材を冷凍庫から出しながら京一に答える。
「流石は俺、やられっぱなしじゃ無かったッて訳か」
 決して褒められた事ではない事実に自画自賛していた京一は、コンロの点火音と水の入ったやかんを火に掛ける音を聴き、思わず立ち上がった。
「なぁ、もしかしてお茶煎れようとしてんのか?」
「はい」
 昨晩供された恐るべき液体の記憶が京一の脳裏をよぎり、今にもあの液体が口中に沸き上がってきそうな想像に襲われる。
「いや、お茶ぐらい俺が煎れてやるぜ、他に仕事あんだろ」
「そんな、たくさんすることはないですから」
 渋るヒロの手から、京一は大人げなく茶葉の缶をひったくった。
「いーや、俺が煎れる」
「そうですか・・・」


「そういやよ・・・おまえ、東の事、昔から知ってるんだよな」
 湧いたお湯を硝子のポット注ぎながら、京一は気になっていた事を口に出した。
「・・・むこうのせかいのきょうたろうさんですけど・・・」
「その、“向こう”の東って言うのは、どうなんだ、こっちの東と同じ感じなのか?」
 蓋を被せたポットの中で茶葉が踊るのを眺めながら、質問する京一に、ヒロも朝食と弁当の下ごしらえをしていた手を止める。
「そうですね・・・わたしがしっているだけだと、おんなじだとおもいます・・・」
「そういや、“向こう”じゃ、東とはどんな関係だったんだ」
「きょうたろうさんは、わたしのはたらいてるほてるのおきゃくさんでした」
 ホテル・・・中学生くらいのメイドが働いているホテル・・・
(いかがわしすぎるぜ・・・それにしても・・・やっぱ、身元とか、家族の事について本人以外から訊くのは、ちょっと・・・よくねェよな・・・) 
 知れば知る程謎にまみれていく転校生の事が気になるのはやまやまだが、これでは、何を訊くべきかすら分からなくなってくる。
(悩んでもしょうがねェか・・・おいおい分かってくるだろうさ)
 早々に悩みを放棄した京一は、ふと、手を止めたままリビングを首を傾げて眺めているヒロが何となく困っている様に感じられた。
「何悩んでんだ?」
「・・・きょうたろうさんのごこういでここにおいてもらってるのに、そのぶん、はたらけないかもしれないです・・・」
「おいおい、充分働いてるじゃねェかよ・・・メシ作って、掃除して、洗濯もしてくれる、これでナイスバディのオネーチャンだったら、俺が連れて帰りてェぜッ」
「そうでしょうか・・・」
 本音溢れる京一の台詞にどうもヒロは半信半疑の様だ。
「いくところのないわたしを、なにもいわずにいえにおいてくれるきょうたろうさんは、いいひとです・・・よくしてくれるひとにはなにかおかえししないと・・・」
 神聖な義務について語るよう、ひたむきなヒロの様子に京一はたまらなくなり、彼女の頭をくしゃくしゃっと撫でてやる。
「律儀だねェ・・・ま、少しずついこうぜ、東の奴も何か見返りが欲しくてオマエを引き取ったんじゃないだろ」
 いきなり髪を掻き回されてヒロは眼を白黒させたが、すぐに手の感触に安心した様に微笑んだ。
「きょういちさん、ありがとうございます」
「へへ、いいって、いいって・・・おっと、真っ茶色になっちまってやがる・・・」
 ポットの中がもの凄い焦げ茶色になっているのに気が付き、京一は慌ててピストンを押し込んでから、中身をマグに注ぐ。
「あっ・・・ちょっときいてもいいですか」
「ん、何だ・・・言ってみろって」
 取り敢えず一口紅茶を飲んでみる。少し濃いものの、飲めない事は無い。ほぼ初めて煎れたにしてはイイ感じだ。
「おとこのひとは・・・」
 もう一口飲む。
「はだかにえぷろんしてるのがすきなんですか?」
 ぴゅーっ、京一の口から茶色い噴水が噴き出した。
「なッ・・・何でそんな事訊きやがるッ・・・しかも何故俺ッ」
 先刻までのいい雰囲気を吹き飛ばす質問に、激しく動揺する京一。
「はだかにえぷろんはおとこのゆめだって・・・よるにきょういちさんがいってました」
(馬鹿馬鹿馬鹿ッ、俺の馬鹿ッ・・・つい本当の事をッ・・・まずッたぜッ・・・)
 どう誤魔化そうかと必死に考えるが、こうストレートに持ってこられると、イエスかノーか、2択以外はどうにも咄嗟に浮かんでこなかった。
「・・・そーだな・・・何だかんだいって、嫌いな男はあんまいねぇと思うぜ」
 結局、素直に白状する。
「・・・そうなんですか」
 感心した様に頷いているヒロに、京一は苦笑する。
「ま、オマエにゃ関係ないだろ、そういうのは、やっぱナイスバディのオネーチャンとか、初々しい新妻がやらないといけねェぜッ」
「にいづま、ですか・・・」
「そうそう、旦那が帰ってきた時、玄関先迄迎えに出て、こう、三つ指ついてだな・・・“旦那様お帰りなさいまし、お風呂になさいますか、お食事になさいますか?それとも、私になさいます”・・・なんちゃってなッ」
 京一は気色悪くしなまで作って、裏声で熱演してみせる。京太郎とは違った意味で、朝っぱらから元気な男だ。
「まぁ、何にせよお前にゃまだはええよッ」
 京一はマグを持ち直すと、ヒロの肩を叩いてリビングに戻る。
「だんなさま、おかえりなさいまし・・・おふろになさいますか・・・」
 手仕事に戻りながら、ヒロは真剣な顔で、ぶつぶつと、京一の台詞を反芻していた・・・


「すると、結局お前は、弁当まであの子に作って貰った訳だ・・・」
「だってよ、作ってくれるってんだから、イイじゃねェかよ」
 屋上、先日と同様、京太郎、京一、醍醐の3人は隅っこの方で車座になっていた。
 醍醐は普段通り総菜パンだが、京太郎と京一の前には、それぞれアルミホイル、弁当箱と、容器は違うものの中身はお揃いの弁当が並んでいる。
「東だっていいって言ってくれたしよッ」
「ま、昨日あれだけ奢って貰ったからな・・・」
 京太郎はやや味付けに失敗している・・・ちょっとしょっぱい、里芋の煮っ転がしを咀嚼する。
「俺は、品物の合法性に些か問題はあったと思うが・・・」
 昨晩のらんちき騒ぎを思い起こし渋面になる醍醐。
「悔しかったら、お前も今度は東んちに泊まってきゃいいんだよッ・・・俺みたいに何か手みやげ持ってな」
 昨晩の事等、ヒロに訊いた程度の事しか知らない京一は気楽なものである。
「やれやれ、そんな非常識な真似ができるかッ・・・」
 醍醐は鼻を鳴らして、焼きそばパンを頬張った。京一はもうすっかり、京太郎という男に深入りしてしまっている。無論、醍醐もそうなのであるが、京一の場合は、もう、2、3日前に会ったばかりとは思えない・・・もう、相当長い間過ごしてきた友人の様な気安さで彼に接していた。
 京太郎の存在自身に強烈に興味をそそられたというだけでは無い、何か、もっと根本的な部分の事だ。
(この男・・・何か、意識せずに他人を近づけてしまう、“何か”を持っているのか・・・)
「そう言えば、蓬莱寺はどうやってLady達を誘うつもりなんだ・・・日本でも、いきなり誘われて、独り暮らしの男の部屋に来るSchoolGirlは居ないだろ・・・」
 京太郎が、ふと素朴な疑問を漏らすと、京一は突然静かになった。
「京一・・・やはり考えていなかった様だな・・・」
「くそう・・・マズッたぜッ」
「はっはっは、ならばもう良かろう、美里や桜井に秘密にする必要も無い、これで訊かれても、後ろめたくはぐらかさずに済むな」
 がっくりへこむ京一に、醍醐は肩の荷が下りた様子で笑う。
「それ〜、私が何とかしたげる〜」
「うッ、うわッ」
 突然かけられた声に腰を抜かしかけた醍醐の手からぽろっとパンが落ちるのを、素早く京太郎は箸で掴み取る。
「てっ、てめえ、どっから湧いて出た」
 醍醐の様に腰を抜かしかける程では無いにせよ、京一も怖気をふるっている。
「GoodAfternoon、Lady裏密」
 普段と変わらない、否、機嫌が良いのは京太郎だけだった。
「うふ〜、今回は普通に歩いてよ〜・・・こんにちは、東く〜ん」
「何とかするっていうのは、Ms.美里達を呼び出す事か?」
 京太郎は箸で掴んでいたパンを醍醐に返してやりながら、ミサに確認する。
「そ〜お」
「そりゃ又、何故、特にYouの得になる事じゃ無いだろうに」
「だって〜、面白いもの〜」
 あくまで妖しく、今回は少しだけ悪戯っぽく笑うミサ。
「成る程・・・で、どうするんだ、蓬莱寺」
「う〜ん、どうしたもんだろうな」
 本気で悩む京一、“真神の魔女”の協力がどれくらいのものにつくのか、悩んでいるらしい。
「折角の申し出だぞ、俺としては、無駄にするべきじゃないと思うが・・・」
 そう言ってパック牛乳を飲む、京太郎の目は、
『断るんじゃねェ!』
と告げていた。
「一体どうする気なんだよ・・・」
 ミサの手を借りるのは些か後が怖そうであったが、京太郎も殺し屋の様な目つきで睨んでいるし、取り敢えず、手口だけでもきいておく事にする。
「・・・午前中、マリア先生が出した宿題のプリントがあったでしょ〜」
「ああ、明日提出のものだろう・・・しかし、何でクラスの違うお前が知っている・・・」 恐ろし気な顔をする醍醐に、ミサは妖しく笑うだけで何も答えない。
「で、そいつがどうかしたのかよ」
 何の関係があるのかさっぱり分からないと言った表情を浮かべる京一、じれったそうである。
「それをね〜、京太郎く〜んが、忘れちゃうのよ〜」
「成る程、それを桜井達が配達すると言う訳か・・・」
「今日は桜井ちゃ〜んは弓道部に行かないし、美里ちゃ〜んも生徒会はないわ〜」
 中々単純なプランだが・・・
「でも、葵も小蒔も京太郎んちなんかしらねぇだろ、俺達だって昨日初めて行ったんだからよッ」
「・・・俺達に配達のお鉢が廻ってくる可能性の方がずっと高いな・・・」
 そりゃそうである。
「京一く〜んも、醍醐く〜んも大事な用事があっていけな〜い、の」
「え、俺は今日は何にも用事はねェぜ・・・一番の用事はそのマリアせんせの宿題だな、そうだ、東、宿題おせーてくれよッ、アメリカ住んでたんなら英語はお茶の子さいさいだろッ」
「こんな古臭い文法は苦手だな・・・slangなら得意だが・・・」
 期待に満ちた京一の視線に京太郎は苦笑する。ヒアリング、スピーチなら普通にこなせるが、使った事も聴いた事も無い言い回し、文法の出てくる、日本の読み書きの英語教育はどうも苦手だ。
「兎に角、蓬莱寺、Planでは、YouはImportantな用事があってHomeworkのプリントを届けられないんだ・・・というより、そう言う事にするんだ」
「そっか、本当って訳じゃなくても良いんだっけな・・・」
「俺は、本当に用事があるぞ・・・今日はレスリング部の方を見なくちゃならん」
 不真面目主将の京一と違い、醍醐は真面目な部長さんである。3年になっても、1週間に3日以上は部室訪問を欠かさない。
「じゃ、Planの細かい所は・・・」
 京太郎に水を向けられ、ミサは、3人の近くに腰を降ろし、本格的に話し込む体勢になる。
「うふ〜、それはね・・・」


「当直の連中、二人とも急な用事が出来るなんて、絶対おかしいよッ・・・葵も人が良過ぎるよ、全然疑わずに変わってあげるんだから・・・」
 机を運びながら憤慨する小蒔に、葵は箒を使う手を止めて微笑する。
「あの二人が嘘を言っていたとは思えないわ・・・本当に急いでいたもの」
「そうですね、藤原さんも、吉川さんも、真面目な人だし・・・」
 小蒔と同様に机を運んでいた小春は葵に同意する。
「秋山さんも、別にクラス委員長だからって、手伝わなくても良いのにさ・・・家の手伝いとかあるんじゃないの」
 小蒔と小春は共に酒屋の娘で共に姉妹持ち、お互いの立場は何となく分かる。
「今日は妹が手伝いの日だから良いんです、それにおとついはお世話になったし・・・」
「そんな事気にする事はないわ、困った時はお互い様よ」
 葵の微笑につられ、小春も笑う。
「さて、さっさと終わらせて、今日は女同士で甘い物でも食べに行こうよッ」
「そうね・・・あら」
 宣言して小蒔が持ち上げた机から、紙切れが落ちた。葵が拾い上げると名前が記入されていた。
「それ、今日マリア先生が出した宿題のプリントだよね・・・確か明日が期限じゃなかったっけ」
「忘れた人、困ってますよね・・・」
「このプリント、東君のものだわ」
 葵の言葉に、小蒔と小春が覗き込むと、nameの所に、“Kyoutarou Azuma”と筆記体で書かれている。
「明日は1時限目から英語だから、流石に間に合わないよね・・・」
「困ったわ・・・届けてあげたくても、住所も分からないもの」
 頬に手をあてて悩む葵。親友の博愛主義にいつもの様に心中感心しつつ、小蒔は京太郎の転校初日に色々面白がって焚き付けた事を思い出し、葵がその気なら、今回も一寸面白そうだったのに・・・等と思う。
 小蒔自身も、“謎の転校生”にはいたく持ち前の好奇心が疼いているというのもある。
「蓬莱寺さんか、醍醐さんなら、分からないでしょうか・・・」
「そうだね、あの二人、特に京一の奴は東君にべったりだもんねッ」
 小蒔の記憶では、京太郎が転校してくる以前の京一は醍醐とゆるやかにつるんでいるだけだったのだが、ここ2,3日というもの、殆ど四六時中京太郎と一緒にいる様な状態だ。
「京一君、よっぽど東君の事が気に入ったのね・・・でも、京一君も醍醐君も放課後になったらすぐに居なくなってしまったわ・・・」
「京一はサボリだろうけど、醍醐クンはレスリング部じゃないかな」
 流石小蒔、イイ読みである。
「じゃあ、掃除が済んだら、レスリング部に訊きに行ってみましょうか」
「そうね」
「そうだね」
 小春の言葉に小蒔と葵は同意する。元々2人でやる仕事を3人の“真面目な”人間がやっているのだ。実際、そろそろ片づきそうな頃合いであった。
「その必要は無いわよ〜」
 3人が作業を再開しようとした時、不意に間延びした声が掛けられる。
「あッ、ミサちゃん・・・もしかして、東クンち知ってるの」
「知ってる〜・・・昨日サイコリーディングで“視た”から〜」
 ミサの妖しい笑みは仮面の様に他の表情を覆い隠す為、彼女の本心を読みとる事は至難の業だ。いつもながら、小蒔は、ミサの真意を測りかねて、葵と顔を見合わせる。
 冗談なのか本気なのか・・・
「うふ〜、勿論本当よ〜・・・京太郎く〜んの目の前で“視て”確認をとったから〜」
「まぁ、いいや、ミサちゃんがこんな事で嘘つく訳無いし・・・」
 結局、入手した手段はどうあれ、情報が有用なら、細かい事を気にしてもしょうがない・・・そう小蒔は結論づけた。
「残念だけど〜、私は行けな〜いから、地図を描くわね〜」
 ミサは妙にぱさぱさした紙に、何処からともなく取り出した小筆でさらさらと地図を描いた。
「変わった紙ですね・・・」
 手元を覗き込んだ小春には、随分と粗雑な造りの紙に見える。
「パピルスよ〜、ちょうど、これしか〜なかったから〜」
 五分とかからず、地図を描き終わり、ミサはそれを葵に手渡す。プロの毛筆家の様な鮮やかな筆跡で描かれた地図は紙質はともかく読みやすいものだった。
「ありがと、ミサちゃん・・・そう言えば、すっかり忘れてたけど、ヒロちゃんて元気にしてるの?」
「うふ〜、とっても元気にしてるわ〜・・・とってもね〜」
 小蒔の質問に、微妙に何か含みを持たせて答え、ミサは教室を立ち去っていった。
「・・・不思議な人ですね・・・」
「まぁね、ミサちゃんがどんなこと考えてるか何て、多分、ボクにはずっと理解できないだろうなァ・・・」
「それは、どんな人でも同じ事よ・・・表面的にだって、人を理解するのは本当に難しいわ」
 小春と小蒔の感想をしみじみと引き取り、葵は手を動かし始める。生徒会長などという、人を使う立場に立っていると、妙にそんな事を実感させられる事も多い。
「・・・やっぱりボクには難しいや」


「・・・蓬莱寺、俺には良く分からないんだが・・・familyの方は大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫・・・メシが要るかどうかだけ連絡しときゃ、文句は言われねェからよ」
 計画を実行に移すにあたって、京一は京太郎と一緒にマンションに向かっていた訳だが・・・
「今日も泊まってく気なのか・・・」
「宿題訊いたら帰るって、大丈夫」
 本気かどうか、怪しいものである。
「・・・蓬莱寺、一応言っておくけどな、そうそう俺はメシは分けないぞ・・・ヒロは引き受けたから別だが・・・自分の食い扶持は自分で稼ぐ、それがJungleのRuleだ、えーと、日本語で何て言ったか・・・焼肉定食だったか・・・」
 真面目な顔でいう京太郎に、内心で“セコイ”、“ケチ”等と思う前に、京一は笑ってしまった。
「アホッ、そりゃ弱肉強食だろ・・・それに、なんか使い方もちげェ様な気がするぜ・・・まぁ、ちゃんとそれは考えるって」
「そうだな、日本で、しかもこれだけ大きな町なら、まだ食える弁当とかを捨ててる店も一杯あるしな・・・死にゃあしない・・・地元のHomelessのTerritoryを荒らして迷惑かけるなよ」
 京一の答えをきいた京太郎はうんうんと頷きながら大まじめにとんでもない事を言い出す。
「ゴミなんか漁るかッ!」
「何だ、俺はステイツじゃ結構したけどな・・・救世軍のメシも結構食ったけど・・・」
 いきり立つ京一に、京太郎は困った様に首を捻った。全然会話が噛み合わない。京一は強い感情を放つのがばかばしくなって脱力する。
「・・・ほんと、お前、変わった奴だな・・・言う事がやたら貧乏だと思えば、生活は自体は妙に豪勢・・・全く謎だぜ」
「色々、あったんだよ、色々・・・さて、そろそろLady達が来るんじゃないのか・・・」
「はぐらかすねェ・・・ま、いいか・・・お、来た来た・・・何だ、秋山まで一緒じゃねぇか・・・」


「こっちだよね・・・東クンちって、学校から結構近いんだね・・・家賃高そう」
 新宿真神学園は、都心も都心に建っている。そこに近いとなれば、地価は当然相当なものになり、家賃もそれにつれて上昇する。
「マンションという事は、ご家族と御一緒なのかしら・・・」
「そう言えば、この前は家族の事とかは訊かなかったもんね・・・京太郎クンって帰国子女だけど、ハーフじゃないんだっけ?」
「そうね・・・見ただけでは分からないわ」
 ちょっと考えただけで、面白い位に謎が出てくる。しかし、根本的に特別な関心がなければ、そこまで気にならないものだが・・・小蒔と葵の意識にそんな事は浮かんでいない様だ。
「ご家族の事だけは、きっと、行けば分かりますよ・・・でも、時々、“マンション”って書いてあるのに、古い木造アパートだったりする建物ってありますよね」
「あるある、そういうの、ボクんちの近くにもさ・・・」
「あっ・・・あそこの建物・・・」
 突然声をあげた葵の指す方を二人が見ると、そこには地上20数階はあろうかという茶色い高層マンションが建っていた。
「うわー、こりゃおっきいねぇ・・・中も広いんだろうなぁ・・・」
「そうね・・・まだ随分新しいようだけど」
 素直な感嘆の声をあげる小蒔に微笑みながら葵も頷く。新宿に毎日通っていれば高層ビル等飽きる程眺めているものだが、そこの一部でも知人の所有物になっているという“意味性”が入るとまた違った感慨がある。
「本当に、マンションでしたね・・・」
 小春は感心した顔で、考えようによっては結構ひどい事を言っていた。さっきのはギャグじゃなかったのだろうか・・・
 真神の女生徒3人組は揃って首を反らし、空を見上げる。マンションのてっぺんは天高く突きだしており、雲海に突き刺さっている様な幻視が呼び起こされそうだった。
「おい、お前等そんな所で何やってんだよ」
 聞き慣れた声に3人が首を下に動かすと、見覚えのある真神の男子生徒達が建物の前に立っていた。木刀を肩に担いだ生徒と、スーパーの袋を下げた生徒。
 京一と京太郎である。
「なんだ、二人一緒だったんだ」
 やっぱり、とでもいいたそうな小蒔の口調に、京一はにやり、と笑って木刀で肩をぽんぽん叩く。
「お前等こそ、3人揃ってこんな所で何してんだ?」
「あっ、そうだ・・・葵、プリント、プリント」
 小蒔に急かされながら、葵は自分の鞄から京太郎の宿題プリントを取り出した。
「はい東クン、これ、教室に忘れていったでしょう」
「Oh、thankyou」
 京太郎は礼を言いながらも、微妙な表情で葵からプリントを受け取る。
『おいおい、東、もっと嬉しそうに受けとれって・・・不自然だぞ』
 京太郎の肩越しに、京一が囁く。
『・・・こういうのはあんまり好きじゃないんだよ・・・』
「何こそこそしてんの?」
 男二人の不審な動きに、小蒔は眉をひそめる。
「・・・hum、それにしても、みんなでコレを届けに来てくれたのか・・・」
 はかりごとはそんなに得意では無いのだが、乗りかけた船である。ここでばれてしまっては、意味が無い。京太郎は取り敢えず調子をあわせるべく話題転換をはかった。
「偶然、3人で日直の人達のかわりに教室を掃除する事になったの・・・」
「“何故か”日直の人達が二人とも、外せない用事で帰っちゃったんですよ・・・不思議ですよね」
 葵と小春の台詞をきいて、京太郎と京一は顔を見合わせた。
(絶対それは偶然じゃないッ!)
 ニュアンスは違えど、言葉にすると二人の感想はそうだった。
「そうそう、それで、折角だから、一緒に来た訳・・・東クンのおうちに少し興味もあったしさ」
 小蒔が都合良く発した突っ込みやすい台詞に、京一は気を取り直して言葉を組み立てる。
(ここが大事なトコだぜ・・・)
「へへ、なら、ちょっとあがってきゃイイじゃねぇかよ・・・何にもねェがらんとしたトコだけどよ、お茶くらいは出るぜッ」
「京一、お前が言うなッ!」
 滅茶苦茶図々しい京一の台詞に、すかさず小蒔が噛みついた。当の京太郎は溜息をついているだけだが。
(予想通りだぜッ)
「・・・まぁ・・・言うべき事はみんな蓬莱寺が言ったようだが・・・折角、来た事だしあがっていったらどうだ、丁度、お茶請けも買ってきたし・・・」
 京太郎が手から下げているスーパーのレジ袋(大)にはほぼ満タンに、菓子の類が入っている。
「どうせ独り暮らしなんだから、気兼ねなんかいらねェぜ」
 明らかに男子高校生二人が一度に食べる分量ではない・・・もし無理して食べたら、糖尿病にかかりそうだ。
「葵、小春ちゃん、折角だから、あがってこうよ“東クンが”誘ってくれてるんだし」
 やはり現物に一番最初に反応したのは小蒔だった。
(小蒔・・・お前、分かり易すぎるぞッ・・・)
 実際にこの戦法を提案した京一も、心中苦笑を禁じ得ない。まぁ、親友の性癖を心得ている葵は、微笑まし気な笑いを浮かべているだけだったが。
「そうね、今日は他に用事もないし・・・秋山さんは大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
 葵の確認に、小春は軽く首肯する。元々3人共、半分は東家お宅訪問を期待してきていたのだ、特に否やは無かった。
「よっしゃ、そうと決まれば、早く行こうぜ東ッ」
 京一の声に背をおされながら、京太郎はオートロックを解除する。エレベーターに乗り込んで6階に上がると、京太郎は自室のドアに鍵を差し込んだ。
「おっと・・・」
 錠前を開けている京太郎の横で、滅茶苦茶不自然な動作でよろけた京一がインターホンに肩をぶつけ、ボタンを押し込んだ。空しく響くコール音。
 ちなみにヒロには登校前に、インターホンには出ない様、京太郎が言い含めてあった。訪問販売等の面倒な問題を避ける為の処置である。
 やけに大きな音を立てて鍵を解除すると、これ又大きな音を立ててレバーを操作する。
 ちなみに、先刻、インターフォンをコールするのと同時にドアを開けようとしている音がしたら迎えに出てくる様にとだけ、ヒロには言い含めてある。
 ドアを大きく開けて中に一歩入った瞬間、京太郎は玄関先に正座して深々と三つ指を突いているヒロを発見した。
「・・・?」
 京太郎の後ろに立っていた女性陣3人も、京太郎に一瞬遅れて、ヒロを発見する。
「あッ」
 その横から、女性陣3人がそれぞれに身を固くするのを見て、京一が、どっきり企画の成功を確信したその時・・・
「だ、だんなさま・・・おかえりなさいませ・・・」
 ヒロの軽く上擦った声が響いて、京太郎の手からレジ袋か滑り落ち、女性3人は、それぞれに何か言おうとした顔のまま固まった。
「おふろにしますか、それとも、おしょくじにしますか、そ、それとも・・・ええっと・・・わ、わたしとしま・・じゃなくて・・わたしに・・・と、とにかく、ごほうしします」
 どうやら、長い台詞を憶えきれなかったらしい・・・
「・・・ゴメンッ、ボクそう言えば、お店手伝わなくちゃいけないんだった、葵ッ、いこッ」
「え、小蒔、ちょっと・・・」
 滅茶苦茶強引な理由をつけて葵を引っ張っていく小蒔、思考停止状態の京太郎と脱力しきった京一には止められる訳も無い。
「あ、私も・・・」
 呆然の度合いが強かった小春は、親友コンビに数瞬遅れて駆け出し、角でコケた。
「いったぁ・・・」
「一体何のマネなんだ・・・」
 まだ多少呆然としつつも、京太郎の体は基礎教育で叩き込まれた行動理念通りに動き、膝を打って、壁に掴まり立ちをしようとしている小春に手を貸していた。
 首を振って気を取り直す。
「Sorry、驚かせて悪かったな・・・Accidentだった」
「お前、どんくさいなァ・・・」
 京一もようやく少し立ち直り、取り敢えず見えていた光景に対するコメントを吐く。勿論先刻のヒロの台詞は耳に入っていたが、無意識に思考から追い払っている。
 小春が、膝を少しすりむいているのを確認して、京太郎は取り敢えず先刻手を離したせいで閉まったドアをもう一度開ける。
 そこにはまだ事情が飲み込めない様子で、きょとんと座り込んでいるヒロが居た。
「・・・さて、ゆっくりと、事情を説明してもらおうか」


「じゃぁ、家賃分働こうとして、あんなマネをした訳か・・・」
「すみません・・・」
 小春の傷を手当していたヒロは、しょんぼりと肩を落とした。
「Don’t mind、ヒロ、今回悪いのは主に蓬莱寺だ・・・それに、何となく、似た様なめにあった事は有る様な気が・・・何となくするしな」
 女児関係であらぬ誤解を受ける・・・はっきりした記憶はないが、京太郎の脳裏にデジャビュが走っていた。
「おいッ、俺のせいかッ!」
 ふてくされる京一に、京太郎はクッキーの箱を投げつける。
「当たり前だろ・・・それでも喰って大人しく宿題してろよ・・・と言う訳でChairperson小春、そもそもはイタズラだったんだ」
「そうですか・・・でも、桜井さん、誤解してましたね・・・仕方無いと思いますけど・・・」
「ま、クラス委員長が、証言してくれりゃ、二人ともすぐに信用するさ、そんな深刻な顔するなよッ、東」
 京一は、空中で受け取ったクッキーの箱をバリバリと開け、中身をぼりぼり貪り食らう。当然宿題には手をつけていない。
「気楽に言うなぁ・・・」
「ちゃんと説明するんなら、私は手伝いますけど・・・」
「くくッ、ちょっと大成功し過ぎちまったよな、ヒロのアドリブは強烈だったしなァ」
 含み笑いをする京一に京太郎は歯を剥く。
「蓬莱寺、今日はお前メシ抜きな」
「なにィ、ケチッ」
「そんなに喰いたきゃ、そこの菓子を思う様喰いやがれ」
「こんな菓子ばっかり喰ってたら、胃が持たれちまうぜ・・・」
「イヤならくわんでもいいが・・・」
 京太郎はぶつぶつ言っている京一の前から菓子の入っている袋を取り上げ、テーブルに中身をあける。
「ヒロ、開けてくれ、Chairpersonと食べるといい・・・俺は茶でも煎れる・・・」
 京太郎は立ち上がり様、小春の隣で膝をついているヒロの頭を撫でた。
「Take it easy、無茶すんな」
「はい・・・」
「何だか、本当の妹さんみたいですね・・・」
 京太郎の仕草に微笑まし気に眼を細め、小春はかるく笑った。
「明日は、きっといい事ありますよ」
「だと、いいがな・・・」

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