Top Page  文書館  No.039  No.037


No.038 芳香剤の交換は難しい

ダスキンやサニクリーンに代表される、玄関マットの会社は、2週間とか4週間に一回、契約してくれている店や会社を訪問して、マットやモップを新品に交換しては料金をもらうシステムになっている。

こういった会社は他にも何社もあり、A君の勤務していた会社もその中の一つだった。

A君の会社で扱っている商品には、玄関マットやモップ以外に「芳香剤」がある。トイレに置くのが主な使い道であるが、お客によっては玄関に置いたり部屋の中に置いたりしている場合もある。

芳香剤といえば、サワデーを思い浮かべるが、ああいった、ただ置いておくだけのものでは商品としてはあまり魅力がないので、A君の会社の芳香剤は、「機械」になっている。

高さがだいたい20cmくらいで、機械というよりは道具といった感じだが、その機械のフタをあけると中には小さい扇風機のような羽が入っていて、それが電池で回って匂いを出す仕組みになっている。

定期的に電池と芳香剤の中身を交換に行っては、お金をもらうというシステムである。

以下の出来事は、芳香剤の交換に行ってA君が体験した、いくつかのパターンである。


▼(1)

あるパチンコ屋で、その芳香剤を使ってもらっていた。男子トイレと女子トイレの二カ所にそれぞれ設置してあった。

普通の場合だと、その芳香剤の機械は壁に設置してあるのだが、そのパチンコ屋は、なぜか天井に機械が設置してあった。

最初に契約を取った過去の社員が、なぜか天井に設置したのだ。いつか落ちてきそうでちょっと怖いものがある。

当然、中身を交換しようにも手が届かない。だから歴代の担当者は、いつもそのパチンコ屋で脚立(きゃたつ)を借りて、それをトイレに持って入って交換を行っていた。

その日もいつものように男子トイレの交換を終わらせたA君は、今度は女子トイレに入って脚立を立てた。2段3段とハシゴを昇って芳香剤の機械に手をかけた。そして機械のフタをはずした時、なぜか・・なぜだか分からないが、ふと下を見てみた。

下を見ると女子トイレのそれぞれの個室が上から丸見えである。その、自分に一番近い個室の中で、女の子が和式便器にまたがっているのが、もろに見えた。

A君が「ゲッ!まずい!」と思った瞬間、これまたなぜか、その女の子が突然上の方に顔を向けた。第六感か視線を感じたのか・・運の悪いことに、ほとんど同時だった。

次の瞬間、お互いに目と目が合った。女の子の顔がみるみる引きつっていくのが分かる。

「ひっ・・!! いやああああっっ!!! へんたーい!!!」

女子トイレに黄色い悲鳴が響いた。多分、外まで聞こえただろう。最悪の展開だ。

焦った!これは焦る! A君も気が動転して、「あ、お世話になりますぅ!」と言って、とっさにごまかした。

いや、多分、これはごまかしになっていない。内心パニック状態ですぐに飛び降りたかったが、左手に機械のフタ、右手に芳香剤と電池を持っていたので、すぐに飛び降りるというわけにもいかず、そのまま作業を続行した。

作業を終えて一言。

「まいどありがとうございました。それでは失礼いたします。」


後で考えてみると、明らかに不自然な応対だったのだが、一応冷静さを保つことによって「仕事」を強調しようしたのだ。

あの後、女の子がカウンターに苦情を言いに行くのではないかと気が気ではなかったが、どうやらそれは勘弁してもらえたみたいだ。


▼(2)

そしてそれから数ヶ月が過ぎた。A君はその日も各店舗を回って交換業務を行っていた。ある喫茶店でまた、あの芳香剤を交換しようとした時のこと。その店のトイレは男女兼用のトイレで、和式の便器が一つあるだけである。

当然、中に人が入ってないかどうか、確認してから戸を開ける。トイレの戸には、中からカギがかかっているかいないかを表示する、小さい「カギの窓」がついている。「カギがかかっていたら赤、かかっていなければ青」。そんなことは常識だ。

それで、そこの部分を見てみると・・ちょうど赤と青が半々になっていた。困る。これは極めて困る。どっちか、はっきりして欲しい。判断が出来ない。だが、中からは別に何も音は聞こえてこない。

こっちも急いでいるし・・多分誰も入ってないだろう。そう判断を下したA君は、そのままノブに手をかけて戸をあけた。少しひっかかりがあったが、バキッと音がして戸は開いた。

中にはまたもや女の子が便器にまたがっていた。

「きゃあぁぁぁっっ!! へんたーい!!!」


焦ったA君はとっさに「あ、お世話になりますぅ!」と言ったが、もう遅かった。

A君も、二回目の変態呼ばわりだ。でもそうなんだからしょうがない。そこの喫茶店のマスターにもこの叫び声は聞こえ、前のパチンコ屋の時みたいに、店の人にバレずにその場を立ち去るようなことは、今度は出来なかった。

「お前なー、よう見ぃや。中に人が入ってるかどうか、それくらい分かるだろう。今後、あのコがうちの店に来てくれなくなったら、あんた売り上げ弁償してくれるんか? え? 今度同じようなことやったら、マットも芳香剤も、全部解約するぞ!」

えらい怒られてしまった。営業所に苦情の電話をかけられなかっただけでも良しとするべきか。


▼(3)

そして更にそれから数ヶ月が過ぎた。今度の舞台は、あるマンションである。そこのマンションのオーナーは結構、気前が良くて、それぞれの部屋に全部その芳香剤を使ってくれていた。料金は部屋の住人ではなく、全部そのオーナーが払っていた。

そしてA君がそこを訪れたその日、普段だったらマンションの管理をするおばちゃんが管理室にいて、そのおばちゃんに芳香剤と電池をまとめて渡せば、それぞれの部屋の交換は全部そのおばちゃんがやってくれていた。

だが、その日に限っておばちゃんがいなかった。代わりにオーナーがイスに座っていた。A君が「こんちはー。」と挨拶すると、

「おう!あんたか! 今日はおばちゃんは休みじゃ。あんた、代わりに全部の部屋に入って交換しとってくれ! ほれ!合い鍵じゃ!」

と言われて全部の部屋の合い鍵を手渡された。


「えー、勝手に部屋に入っていいんですか?」と聞くと、「えーけぇ!ワシがええと言うたらええんじゃ! オーナーはワシじゃ! さっさと行ってこいーや!」

と、なかば怒るように言われたので、A君も素直にその言葉に従うことにした。

部屋に誰かいる場合は良いのだが、ピンポンを押しても反応がない部屋は勝手にカギを開けて、次々と芳香剤を交換してまわった。芳香剤は部屋によって置いてある場所が違う。

トイレだったり玄関だったり、タンスの上だったり。いちいち見つけるのにちょっと手間取る。

ある部屋の順番になった時、ピンポンを押しても反応がなかったので、またもやカギをあけて中に入った。表札からして女の一人暮らしのようだ。玄関にはハイヒールが一足。

A君は別に気にも留めずに靴を脱いで部屋に上がり、芳香剤の機械を探したが、玄関にもトイレにもなかった。「じゃ、部屋の中か?」そう思って、隣の部屋のふすまを開けてみると・・

その部屋には奥の方にベッドがあって、そこで女が全裸で寝ていた。

普通びっくりする。なぜ昼間っから女が全裸で寝ているのか。ベッドの下にはパンティとブラが散乱していた。女は完全に熟睡している。

そして求める芳香剤は・・・なんと枕元に置いてあった。


これは極めてまずい状況である。これまでのトイレの一件とはレベルが違う。もし、目を覚まされて、警察でも呼ばれたらシャレにならない。会社もクビになってしまうかも知れない。

「A君は仕事中に強姦未遂をやってクビになった。」会社の同僚はこう言うだろう。

しかしこの部屋だけ飛ばすわけにはいかない。失敗すれば警察、成功すれば840円の売り上げが立つ。何かワリに合わないような・・?

抜き足差し足でベッドに近寄り、そ〜っと、素早く交換を終わらせ、また元の位置に置いた。目を覚まさないように最新の注意を払い、早々に部屋を出た。下着の匂いを嗅いでいる余裕なんてなかった。

「やった!」何とか成功した。部屋の外に出て「ほ〜〜っ」とため息をつく。とてつもなくでかい仕事をやり遂げたような気分だった。

オーナーにカギを返しに行った時、このことを喋ってみた。

「びっくりしましたよ。素っ裸で寝てましたから。俺、どーしようかと思いましたよ。」と言うと、オーナーは、

「それは何号室や!? 部屋の番号教えーや! 今からワシも見に行くけえ!」と言うので

「いやいや、それはマズイでしょう。」と言うと

「えーけぇ! オーナーはワシじゃ! 早(は)よう、教えーや!」

と、しつこいので部屋の番号を教えてしまった。多分見に行ってる。いいんだろうか。こんなことして。芳香剤を交換するという、簡単に思える作業でも、女が絡むと結構難しい場合も出てくるようである。