Top Page 現代事件簿の表紙へ No.013 No.011
死刑執行された男は、後に真犯人が捕まり、無実で処刑されていたことが判明した。 1949年(昭和24年)、ロンドンのノッティングヒルゲートにあるアパートの裏庭で、女性の他殺体が二体発見された。被害者は二人ともこのアパートの住人で首を絞められて殺されており、一人はベリル・エヴァンス、もう一人はジェラルディンという名である。二人は母と娘の関係にあたる。 容疑者として、ベリルの夫であるティモシー・エヴァンスが逮捕された。しかしティモシーは普段からよく嘘をついたり、空想のようなことを言ったりと発言がどこまで本当か分からないような男で、警察の取り調べでも「自分がやった」と言ったり否定したり、供述が二転三転していた。しかしいざ裁判になると、殺害を完全に否定した。 しかし、殺害に使われたものがティモシーのネクタイであったこと、目撃者がいたことなどが決め手となり、ティモシーは有罪として死刑が確定した。そして翌年の3月9日にティモシーは絞首刑となった。 それから約3年後の1953年(昭和28年)3月24日。再びこのアパートで事件が起こる。住民たちがアパートの周辺から異様な臭(にお)いを感じ、警察に調べてくれるように連絡した。 通報を受け、警官たちが調べてみると、アパートの裏庭から二体の死体が発見された。更にこのアパートの、ある一室の壁の中から三体、床の下から一体、合計六体もの死体が発見されたのである。死体はいずれも白骨化していた。 死体が発見された部屋には、かつてレジナルド・ハリディ・クリスティという男が住んでいたが、すでに一ヶ月前に引っ越していた。警察はすぐにその男を指名手配し、逮捕した。この逮捕されたクリスティという男こそ、先のエヴァンス事件で「ティモシーが母と娘を殺すのを見た」と証言した男である。 取り調べにより、クリスティは六人の殺害を認めた。また、それどころか、4年前のエヴァンス事件の二人も自分が殺したと自供した。そしてあの時の目撃証言も嘘であったことも認めたのである。 つまりはあの時、無実の罪でティモシーは死刑にされたのである。この事件がきっかけとなって一気に死刑廃止論が浮上し、1969年(昭和44年)、イギリスは死刑の廃止を決定した。 Top Page 現代事件簿の表紙へ No.013 No.011 |