Top Page 現代事件簿の表紙へ No.024 No.022
激しい雨の中、川から氾濫した濁流が車を一気に飲み込んだ。流された車は川の中で何とか止まったが、中に乗っている人の生存は、ほぼ絶望的だった。 平成9年(1997年)10月17日、トルコ共和国のイスタンブールから西へ120kmくらいの場所に位置する街・テキルダー。主婦をしているグレイ・カッバー(33)は、この日、義理の兄であるアレブ(55)の家を訪問していた。 外はひどいどしゃ降りである。 「家に残してきた子供たちも心配しているだろうから、私、そろそろ帰るわ。」 グレイがそう言うと、兄であるアレブは 「そうか。それじゃ家まで送っていくよ。」 と快(こころよ)く送ってくれることになった。
アレブは慎重にゆっくりと道路を走っていった。 車がデレアグジ川に近づいた時、突然すごい衝撃が車全体を襲った。 「うわっ!」 「キャーッ!」 と二人が悲鳴を上げる。衝撃がどの方向から来たのかさえ分からないまま、一瞬後には、どっちが上なのか下なのかさえ分からない状態となった。 増水して川から氾濫した濁流(だくりゅう)が、二人の乗った車を一気に押し流したのだ。 大量の濁流に飲み込まれ、二人の乗った車はたちまち川の中に引き込まれ、そのままひっくり返った状態で茶色い川の中を流されていった。あっという間の出来事だった。 車は流されながら傾き、後ろの部分が上になり、前の部分が下になるという状態で流され、川幅のちょうど真ん中付近で止まった。前の部分のバンパーが川底のでっぱりにでも引っかかったのかも知れない。車は、川底に斜めに突き刺さったような状態になった。
兄のアレブが叫んだ。アレブは窓を開け、その窓から身体をのり出して車の外へと脱出した。濁流を渡って川岸へ行くつもりだったのだろうが、川へ降り立った瞬間、アレブの身体はあっという間に巨大な茶色い水に流され、みるみるうちにグレイの視界から消えていった。 外へ出れば死が待っている。かといって残っていてもいずれ溺死してしまうだろう。どうすることも出来ずにグレイは車の中で震えているしかなかった。 付近の住民たちが、川の中の車に、しかも人が乗っていることに気づいてくれた。人々が集まり始め、必死の救助活動が始まった。しかし一歩でも川に足を踏みいれようものなら、たちまち流されてしまいそうな激しい濁流である。救出作業も困難を極めた。 まず車をこれ以上流されないように固定する必要がある。川岸から川岸へロープが渡されて車にはりめぐらし、両方のロープの端を木に結びつけた。これでしばらくはもつだろう。 しかし、これから中のグレイを救出していこうという矢先、いきなり「ベキッ!」と音がして木が折れてしまった。 再び車が流れ始める。車は大きく揺れ、だんだんと茶色い水の中に沈んでいく。付近の住民からも悲鳴が上がった。誰もがもうだめだと思った。 しかし運は尽きなかった。車はだんだんと真ん中から川岸の方に寄ってきて、川岸にあった大きな岩に衝突し、そこで止まったのである。 その状態で改めてグレイの救出活動が始まり、何とか無事、グレイは助け出され、奇跡の生還を果たした。すぐに病院に運ばれたが、怪我はかすり傷程度で、少しばかりの入院をしただけであった。 そして先に流された兄のアレブの方であるが、こちらもグレイを上回る奇跡で生還してきた。 あの時濁流に飲み込まれて流されたアレブであったが、あのスピードで流されながらも他の漂流物や川の中の岩とも衝突せず延々と流され続け、ついに海にまで到達した。そして沖から岸まで自力で泳いで帰ってきたのである。 Top Page 現代事件簿の表紙へ No.024 No.022 |