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No.33 多数の人間が忽然と消滅した、代表的な集団蒸発事件



消えた30人のエスキモー
1930年12月、北カナダのモウンティ町から北の方へ600qほど行ったところにある小さなエスキモーの村を、一人の猟師と騎馬警官隊が訪れた。

だが、不思議なことに、この村には大人と子供を合わせて30人くらいのエスキモーが住んでいたはずなのに、人っ子一人おらず、村は完全に静まり返っていた。

そして村の小屋や、テントの中には、火にかけて、食べかけの鍋の中身がそのまま残っていて、すでに凍りついていた。また、エスキモーの人々が、寒さをしのぐアザラシの毛皮の上着もそれぞれの小屋に全部残されていた。

また、エスキモーにとっては命綱とも言えるライフル銃も全て残されてあり、数十頭の犬は木につながれたまま餓死していた。また、ソリや船もそのまま残されてあり、これら、生活にとって大変貴重な物を全て残したまま、30人全員がどこへ消えたのか今だに判明していない。



3000人の中国兵
第二次世界大戦中の1939年10月。3000人の中国兵が汽車で南京の近くの広野に運ばれ、夜になって約3qに渡って、兵士たちは配置された。

そして兵士の配置も完了し終わって数時間後、司令官が宿舎から、再びその前線に戻ってみると、さっきまでいた、3000人の兵士たちが全て忽然と姿を消していた。

野原には、焚き火が燃え続けており、銃は全て投げ出され、また、地平線に至るまで、一つの足跡も発見出来なかったという。



雲に飲み込まれたイギリス兵
第一次世界大戦中の、1915年8月21日。トルコのアンザックの近くにある、サル・ベイ丘。

この日、341名のイギリス陸軍・ノーフォーク連隊がその丘の方へ向かって行進していた。そして連隊が進んでいくにつれて、丘の上にかかっていた灰色の雲がだんだんと下へ降り始めてきた。

その雲はやがて丘を完全に覆い尽くし、ノーフォーク連隊の数百名はその雲の中へ向かって行進しているかのようにも見えた。

だが、雲の中へ入り込んだイギリス兵は、それから一人も姿を現さないのである。この出来事は、イギリス軍側のニュージーランド兵22名が一部始終を見ていた。

一時間後、風が吹き始め、先ほどまで丘を覆っていた雲は、また段々と上昇し、すっかり辺りが見渡せる状態になった。だが、確かにその丘に向かって行進していたイギリス兵は、一人もいなくなっていたのである。

ニュージーランド兵が見ていた場所からは数十q四方が広々と見えるよう場所であり、その付近に隠れるような場所など何もない。

341名全てが行方不明になったという通報を受けたイギリス軍はただちに調査隊を送り、ノーフォーク連隊の行方を探したが、全く手がかりがなく、一人の死体さえ見つけることが出来なかった。

3年後の1918年、戦争が終結した時に、イギリス軍はノーフォーク連隊が、あの時トルコ軍の捕虜になったのではないかと思い、厳しく追及したが、やはりそのような事実はなかった。

あの時、雲の中へ消えた341名の兵士はいまだに行方不明のままで、帰ってきた者も、また死体が発見された者もいないのである。



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