ロンドンで煙突掃除人をしていたサムエル・ブル。生活は決して裕福ではなかったが、一生懸命働いていた。だが、長年の煙突掃除のためか最後は肺がんになって激しく咳き込みながらこの世を去ってしまった。
後に残されたものは妻であるジェーンと娘夫婦。そして娘夫婦の5人の子供の、合計8人。だが一家の生活は苦しく、家庭の内部もだんだんとぎくしゃくしてきた。娘の夫は酒びたりになり、それを見ていらだつのか娘も怒りっぽくなって、しょっちゅう子供たちを怒鳴っている。
サムエルが生きていた時には、こういう時、みんなを上手になだめてくれて一家はうまくいっていたのに・・。妻のジェーンはいつもそう思うのだった。
「やっぱりこの家にはあなたが必要なんだわ。あなたがいた時にはどんなに苦しくても私たちは幸せだったのに。あなたがまた帰ってきてくれればどんなに嬉しいか・・。」
そう思いながら日々を送っていたある夜、ジェーンは夜中に何気なく目を覚ました。何かがベッドの横に立っている・・。恐る恐る横を向いてみると、そこには先日死んだはずの、夫であるサムエルが立っていた。
「あなた!本当に帰ってきてくれたの!?」
「ああ、そうだよ。でも私が家にいられるのは夜だけなんだ。」
「でも嬉しいわ!また一緒に暮らせるのね!」
このサムエルの姿は孫たちにもよく見えた。「あっ、おじいちゃんだ!おじいちゃんが帰ってきた!」と孫たちも喜ぶ。もちろん、娘夫婦にもその姿ははっきりと見えたし、何よりもこのサムエルの霊には存在感があるのだ。
手や髪に触ってもしっかりと感触があったし、当のサムエル自信も喋り、会話することが出来た。それから毎晩夜になるとサムエルは現れ、一家の食事に加わり家族の相談を受けたり、孫たちの頭をなでたりして、また楽しかったあの日々が戻ってきた。話に聞く幽霊とは全然違った。
だが不思議なことにサムエルの姿は家族以外のものには誰にも見えないのだ。
ある日、一家が夜、みんなでお茶を飲んでいる時、近所の人が訪ねてきた。近所の人がキッチンに入ると妙な光景が。8人家族であるはずなのに、イスは9個。そして無人のイスの前には紅茶が入ったカップが置かれている。
そのカップの横に置かれたスプーンは、たった今使われたかのように濡れている。紅茶も半分ほどに減っていた。
「あれ・・? 8人家族ではなかったんですか? もう一つのカップは一体・・?」
「いいえ、8人じゃないですよ。9人。サムエルでしょ、私でしょ・・」と家族はサムエルの名を最初に出して近所の人に答えた。
やがて近所の人からサムエルの霊のことが伝わり、イギリスでも権威ある心霊化学協会が調査に乗り出した。幼い子供まで見ていること、全員が一様に口裏を合わせることなどは不可能、ということで、1969年心霊科学協会によって正式にサムエルの霊は存在するということが認定された。
その後もしばらくサムエルは家に現れていたが、家庭内がだんだんとよくなり、皆がちゃんと生きていけるようになってからは次第に現れなくなったという。