Top Page  心霊現象の小部屋  No.54  No.52


No.53 看病してくれた人

晴れて大学に合格した中野真一さんは、待望の一人暮らしをすることとなり、引越し先を求めてあちこちと不動産屋を巡っていた。そんな中、とある不動産屋で信じられないほど家賃の安い物件を見つけた。

2DKでありながら、これまで見てきた六畳一間風呂なしアパートと家賃が変わらないのだ。さすがに不信に思って不動産屋に聞いてみた。
「ここって妙に家賃が安いんですが、大丈夫なんですか?よくある、殺人があった部屋とか・・そういうのじゃないんですか?」

「いや、殺人なんて起こってませんが、ここは事故物件なんですよ。」
「事故物件?事故物件って何です?」

「私どもの業界では重要事項の説明というのが義務づけられておりまして、もちろん聞かれなくてもご説明申し上げるつもりでしたが・・、この部屋は自殺があった部屋なんですよ。」


「自殺ですか・・!」
「住んでたのは30代なかばの女性だったんですが、主人がひどい人だったみたいで、別に女を作っていなくなっちゃったんですよ。それで残された女性と小さい子供さんで暮らしてたんですが、子供さんも病気で寝たきりでね。

手当てもむなしく亡くなってしまって・・。その子供さんの葬式を出した後、しばらくしてその女性も薬を飲んで自殺してしまったわけです。死ぬ前に親戚やなんかに電話してからの自殺でしたから、発見も早く部屋も特に何ともなってませんよ。」

「でも、そういうことがあったとなると、やっぱり怪奇現象とか起こるんじゃないですか?」

「いや、私も部屋の片付けなどでその部屋に泊まったことがありますが、何も起きませんでしたよ。それから先日も『田舎からご両親が出てくるから一部屋ほど一晩貸して欲しい。』という方がおられまして一晩その部屋をお貸ししましたが、もちろん何もありませんでした。それは考えすぎですよ。」

不動産屋も軽く言うし、中野さん自体もそういった方面のことはあまり信じる方ではなかったから、もうその場でこの部屋に決めることにした。


中野さんが引っ越してから何ヶ月かは快適に過ぎた。部屋は広く綺麗だ。わずかに心配していた怪奇現象のようなことも何もない。

もうそろそろ最初の不安を忘れかけていた時、中野さんは風邪を引いて寝こんでしまった。引き始めは軽く考えていたが、日が経つごとに熱が高くなっていくようだ。悪化していくのが自分ではっきり分かる。

だんだん意識ももうろうとしてきて、自力では病院には行けそうもない。身体を動かせないほど苦しくなってきた。両親に来てもらおうにも、新幹線で3時間もかかるようなところだ。もう救急車を呼ぶしかない。そう思って携帯を探したが、携帯は台所に置いたままだったことに気づいた。

力をふり絞って台所を目指したが、がくっとヒザが折れてそのまま倒れ込んでしまった。
「このまま死ぬんだろうか・・。もう一回寝たら目が覚めないかも知れない。」身体が猛烈に熱く、携帯も取りに行きたいが、とにかく水が飲みたい。そんなことを思いながら、中野さんは意識を失ってしまった。


はっと目を覚ますと、中野さんは着替えさせられて再び布団の上に寝ていた。
「あれ・・?俺、パジャマ着替えたっけ・・?」
と思っていると、布団の横に誰かが座っていることに気づいた。この人が着替えさせてくれたようだ。

暗くて顔は見えないが、女性のようだ。もうろうとした意識の中、その女性は手を伸ばして中野さんの額(ひたい)に冷たい手を当てた。ほてった顔にはすごく気持ちがいい。次いで、コップが口に当てられ、水を飲ませてくれた。わずかではあるが楽になったような気分だった。

「母さん?母さんなの?」と中野さんが聞くと、
「そうよ、お母さんよ。」と答える。だが声も体型も、明らかに中野さんの母親とは違う。


「健二ちゃん、ゆっくりとお休み。お母さんが看病しててあげるからね。」
そう言ってその女性は中野さんの額(ひたい)に濡れたタオルを乗せてくれた。

「健二・・?健二って誰? 俺の名前は真一だよ・・。」かすかな声で問いかけてみた。

「あなたの名前は健二ちゃんよ。風邪がひどくて間違えちゃったのかしら。健二ちゃん、悪いお父さんはいなくなっちゃったけど、お母さんとはいつまでも一緒に暮らそうね。」

そう言いながらその女性はもう一度額(ひたい)をそっと撫(な)でた。中野さんはそのまま眠ってしまった。


次の日、目を覚ますと身体はかなり楽になっていた。なんとか起きあがって活動することも出来る。枕元に目をやると、水の入った水差し、コップ、タオル、それから携帯も置いてある。あの女性が持って来てくれたのだ。

もし昨日、手当てをしてくれた人がこのアパートの管理人か何かの人ならば、お礼の一言でも言おうと一応、不動産屋に電話して昨日のことを伝えた。

担当の人としばらく喋って雑談などをしている最中に、愕然となることを聞いた。以前住んでいてここで自殺した女性の、寝たきりだった子供の名前が健二だったのだ。中野さんは身震いがして、すぐにこの部屋の解約を申し出て引っ越すことにしたのだった。