Top Page 心霊現象の小部屋 No.55 No.53
新幹線で車内販売の仕事をしている谷岡洋子さんは、おもに東京から長野までを往復する新幹線で勤務している。仕事柄、長野県も何回も行っていると長野市内にもすっかり詳しくなり、「喫茶圭(けい)」という行きつけの喫茶店もできた。 洋子さんは時間があいた時には、必ずといっていいほどこの喫茶店に立ち寄る。もうすっかりマスターとも奥さんとも仲良くなり、常連に近い存在になっていた。 洋子さんはその日の夜も、長野に降り立った時、ちょっと時間があいたのでその喫茶店に立ち寄ってみた。食事をし、コーヒーを飲みながらしばらくマスターと喋った後、洋子さんはトイレに立った。 この喫茶店のトイレは店内にはなく、店の外にある。裏口から出て5メートルくらい歩いたところにプレハブのトイレが設置してあるのだ。洋子さんがトイレに行こうと裏口から店の外に出ると、庭に一人の年配の男が立っていた。 歳は60歳くらいに見える。スーツを着て帽子をかぶり、きちんとした身なりをした男性だ。その老人は、洋子さんを見るとすぐに話しかけてきた。 「すいません、ちょっとお尋ねしますが、あなたはこの喫茶店のお客さんですか?」 「あ・・はい、そうですけど・・。」と洋子さんが答えると、更に質問してきた。 「みんなは元気でやってましたか?マスターや奥さんは元気でしたか?」 「ええ、もちろんです。みんな元気で、とっても感じのいい人たちですよ。」 「そうですか。それを聞いて安心しました。私はここのマスターの父親なんですが、どうも経営がちゃんといってるかどうか気になりましてね。さっき広島の方から出てきたばかりなんですよ。親というのはいくつになっても子供のことが気になりましてね。」 「まぁ!それでしたら、中にお入りになったらいいのに。皆さん、いらっしゃいますよ。」 「いやいや、ちょっと理由があって中には入れませんが・・。そうだ。あなた息子とも親しいようですから、ちょっと私の頼みを聞いてもらえませんか?」 「はい・・。頼みですか・・?私に出来ることであれば、構いませんが。」 「それは助かります。実はこの通帳を息子に渡してほしいのです。預金通帳なんですが、子供の店に何かあった時のために、私が年金を貯めておいたものです。印鑑は、もう持っているはずですから。」 洋子さんも、そういう重要な頼みを初対面の人にすること自体、ちょっと不信に思ったが、悪い人ではなさそうなので快く引き受けてあげた。 洋子さんが店内に戻り、今あったことを告げてマスターに通帳を渡すと、マスターも奥さんも「えっ!?」とびっくりしたような顔になり、お互いに顔を見合わせた。 「親父はもう、何年も前に死んでるんだよ。」と、マスターも真剣な顔になり、洋子さんに告げる。 「えっ!? でも確かに私はその人に出会って話もしましたし・・。」 「うん・・でも多分、洋子ちゃんが出会ったのは間違いなく親父だろうと思う。だってこの通帳は親父が持っていたものに間違いないんだから。」 「店の経営が気になるって言ってたんだって?実は昨日も女房と話したんだが、このままじゃ自殺か夜逃げでもするしかないね、って。経営状態はよくなくて、とても店の借金を返すメドか立たないんだ。」 「そんな・・そうだったんですか・・。」 何でもその通帳は、以前広島の実家が火事になって家が半分焼けた時に、そのままなくしたままになっていた通帳だという。通帳の残高を見ると、ちょうど店の借金を返せるだけの金額が入っており、マスターも奥さんも涙を流し始めた。 聞けば、ちょうど一週間くらい前に広島に行ってお父さんの墓参りをしてきたばかりだという。 この金で店は経営のピンチを乗りきり、なんとかやっていくメドがたったということである。 |