Top Page  心霊現象の小部屋  No.60  No.58


No.59 怪談(01)娘の持ってくる酒

1600年代のある夏の夕方、新三郎という浪人が、三方ヶ原(みかたがはら)という場所を歩いていた。その道は片側が林になっており、そこをしばらく歩いていると、もうすっかり山の中まできてしまった。

暑さと疲れで、一休みしたいと思っていたところへ、ちょうど一軒の茶店が目に入った。「こんな山奥でも店があるものだな。」そう思いながら、新三郎はその茶店に入って一休みすることにした。

店に入ると「いらっしゃいませ。」と声がし、15〜16歳くらいの可愛い娘が出てきた。「今夜は両親もおらず、ここには私一人ですが、どうぞごゆっくりしていって下さい。」と、新三郎は言われるままにイスに座って、しばらく話をしていると辺りもすっかり暗くなってしまった。


少し経つと娘は奥に引っ込み、お盆にモチを乗せて持ってきた。「お腹がすいているのではないかと思いまして・・。」
「それはありがたい。しかしモチもよいが、酒はないのか。」
「はい、ございます。少々お待ち下さい。」

そう言って今度は酒を持って出てきた。かわいい娘の酌で酒もついつい進んでしまった。だが新三郎は、心の中では、先ほどからどうも不信感を持っていた。こんな山の中に娘が一人。しかも茶店の場所といい、何か不自然なものを感じる。

「もしや化かされているのではなかろうか。」
そう思った新三郎は、次に娘が奥に引っ込んだ時、そっと後をつけてみることにした。調理場をこっそりと覗きこむと、天井からは大きなヘビが逆さまに吊り下げられていた。


吊り下げられたヘビは腹の部分を刃物で切り裂かれており、裂かれたところからは血がポタポタとしたたり落ちている。娘はその血を桶(おけ)で受け取り、その血の中に、何か別の容器に入った液体を混ぜている。

そして桶(おけ)から徳利(とっくり)に液体を移した時には血の赤い色は消え、酒そのものになっていた。
「私はさっきからあれを飲まされていたのか!」

「うわー!」と声をあげる新三郎。娘も声に気がついて振り向いた。その顔はさっきのかわいらしい顔とはうって変わって鬼のような形相になっていた。

「待て! 逃がさぬぞ!」
出口に向かって走り出した新三郎を、娘が追う。茶店から出て必死に走り、後ろをふり向いてみると、新三郎を追ってきているのは娘ではなく、3メートルくらいの巨大なヘビであった。再び恐怖に顔が引きつり、何度も転びながら、やっとふもとの家にたどり着いた。


ドンドンドンと戸を叩き、中にいれてもらって家の人に事情を話した。
「あの辺りには茶店はおろか、家も一軒もありません。それは化け物に違いないでしょう。」と、この家の主人は説明してくれた。

後日、新三郎は気を取り直し、友人を連れて再び茶店のあった場所を訪れた。やはりあの時の地元の家の人のいった通り、茶店も家も何もなかった。

ただ、茶店のあった場所には、手足のない人形と、腹を切り裂かれたヘビの死骸、そして人間の骸骨(がいこつ)が転がっていた。
「おそらくこの人形が化けたのであろう。この骸骨は化け物に殺された犠牲者に違いない。」
あの日の恐怖を思いだしながら新三郎はつぶやき、その場を後にした。