Top Page  心霊現象の小部屋  No.61  No.59


No.60 怪談(02)浮遊する首

昔、越前(現在の福井県)の、ある武士が、夜明け前のまだ暗い時間、都を目指して道を歩いていた。「さはや野」というところまで来た時、道の端に石の塔が建っているのを見つけた。何気なくその塔を見ながら歩いていると、塔の上の方からニワトリのようなものが道に舞い降りた。

だがそれは、よく見るとニワトリではなく、女の首だった。その女の首は、髪を振り乱しながら地面を転々とし、ぎろっと武士の方をにらんだ。一瞬、目と目が合った後、女の首はケラケラケラと笑い出した。

だが武士の方もひるむことなく「出たな、化け物!」と言いながら、刀を抜き、その首めがけて切りかかった。しかし刀をかわした生首は、そのまま宙に浮き、すうっと、どこかに飛んでいった。武士も生首の後を追う。


しばらく走って追いかけていると、その首はどこかの家の窓から中へと入っていった。武士もさすがに勝手に家の中に入るわけにはいかないので、家の横に立ち、中の様子をうかがってみた。中から夫婦らしき話し声が聞こえる。

「ちょっとちょっと、お前さん、起きてよ。」
「ん・・。何だ、まだ起きる時間じゃないだろう。」

「ごめんよ。今とっても怖い夢を見たから、怖くなっちまって、つい起こしちまったんだよ。」
「怖い夢を見た?」

「そう、私がさはや野を歩いていたら、一人の侍がいきなり刀を抜いて、私に斬りつけてきたんだよ。もう私、必死に走ってきて、やっと家までたどり着いたのさ。」


その会話を聞いて武士は驚いた。さっきの生首はこの女のものだったのか。すぐにドンドンドンと戸を叩き、夫婦を訪ねた。

「こんな朝早く、誰が・・?」といった顔をして、夫婦はそろそろと戸をあけた。お互いが顔を合わせ、お互いがびっくりする。

「さっきの生首・・!」
「キャー! さっき私を斬ろうとしたお侍さん! あんた、この人だよ、この人が私を殺そうとしたんだ!」

恐怖に引きつった顔をして、妻の方は夫の背中に隠れる。
「怖がらなくてもよい。もう斬りつけたりはせぬ。それよりも私がさっき経験したことを聞いてはもらえぬか?」

そういって武士は先ほどのことを一部始終、夫婦に話した。話を聞いて妻は驚き、嘆き悲しんだ。「きっと私は前世ですごい悪行をしたために首が飛ぶようになってしまったんだ。」
そう感じた妻はその後、夫と分かれ、京にのぼって尼になったという。