Top Page  心霊現象の小部屋  No.85  No.83


No.84 130年間で1000回の霊が出現・ボーリー司祭館

ボーリー司祭館は、イギリスのサフォーク州の田園地帯にある、今では誰も住むことのない廃墟となった建物である。赤褐色のレンガで作られたこの建物は、130年間で1000回以上も幽霊が出現したといわれ、世界でも1・2を争うほど幽霊の多い建物となっている。

「司祭館」とは名前の通り、キリスト教の教会に関連する施設で、その教会の司祭(教会内で最上位の地位)が住む建物のことを言う。


この司祭館の怪現象は、建物が新築された時から始まった。

1862年、イギリス・サフォーク州の「ボーリー教会」にヘンリー・ブル司祭が赴任してきた。ブル司祭には17人もの大家族がおり、一家が住むための建物として司祭館を建てることにした。

ボーリー教会の司祭が住む建物なので「ボーリー司祭館」である。

数ヶ月後、部屋数35の大きなレンガ作りの立派な建物が完成した。完成後にブル司祭一家がこの建物に住み始めると、怪現象はすぐに始まった。

初めは教会の鐘が一斉に鳴り始めた事件だった。18個ある教会の鐘がガランガランと大音響を立てて突然鳴り始めたのだ。鐘を突いている者など誰もいないのに、狂ったように鐘が鳴り続ける。

びっくりしたブル司祭は「誰がやっているのかは分からないが、頼むから鐘を鳴らすのをやめてくれ!」

と叫んだ。すると次の瞬間、鐘は一斉にぴたっと止まり、しーんとした静寂が戻ってきた。

このボーリー司祭館が建てられた場所には元々、修道院が建っていたらしい。ずいぶん昔、この修道院にいた修道士が、尼僧と駆け落ちしようとして捕まったことがあり、2人ともその場で惨殺されたという話が残っている。

ブル司祭もその話は知ってはいたが、まさか怪現象が起こるなどということは考えてもいなかった。


鐘の一件だけではなく、ここに住み始めた家族たちも次々と建物の中で霊を目撃するようになる。
ブル司祭の娘が夜中に目を覚ました時、枕元に見知らぬ男が立っており、そのまますぐに消えてしまったり、また、尼僧が、祈るように手を合わせたポーズのまま足を動かさずに床をすべるように移動している姿も目撃された。

司祭館の中にはお客が泊まれるように客室も準備してあったが、この客室には白い服を着た、年老いた尼僧が頻繁(ひんぱん)に現れる。

この部屋に泊まった客人が夜中にふと目を覚ますと、その尼僧はベッドの横に立っており、客人の身体を手で押さえつけたり触ってきたりする。ほとんどの場合、金縛りにあって身動き出来ない。

家族やお客たちからたびたび幽霊の報告を聞いていたブル司祭は、心霊研究家に調査を依頼することにした。1870年6月20日、ブル司祭の依頼を受けて当時有名であった心霊研究家のホリングスワース博士がボーリー司祭館を訪れた。

考えられうる限りの測定機器や記録装置を持参し、博士は調査を開始した。そして博士が訪れたその日にいきなり霊は出現した。

深夜2時ごろ、庭で待機していた博士は、尼僧の幽霊が現れてこちらに向かって歩いて来るのを発見した。月の明かりに照らされて見える半透明の姿は明らかに人間ではなかった。じっと目を凝らして観察すると年齢は40歳くらいに見える。

その尼僧はいったん足を止めたが方向を変えて再び歩き出し、司祭館を囲むレンガの壁に向かって歩いていった。そしてそのままレンガの壁をスーッとすりぬけて消えてしまった。

たまたまこのレンガの壁の向こうには、博士と共に調査に訪れていたポッター氏がそこで待機していた。

今度はポッター氏の目の前の壁から、その尼僧がいきなり現れた。びっくりしているポッター氏をまるで無視し、その尼僧は空に舞い上がり、司祭館の2階の窓の中へと消えていった。


また、ボーリー司祭館の外庭の道には月夜の晩、2頭の馬に引かれた謎の4輪馬車が現れ、猛スピードで走っていっては森の中へ消えていくという光景が、色々な人に何百回となく目撃されている。

こうした霊現象と関係があるのかどうかは分からないが、ブル司祭の飼っていた猫が36匹続けて原因不明の死を遂げている。ブル司祭は猫専用の墓地を作らなければならなかったほどで、なぜか猫だけが死んでいく。今でも猫をここに連れてくると猫は異様に怯えてすぐに逃げ出してしまうという。


相変わらず怪現象は続いていたが、ブル司祭の一家は我慢してここに住み続けていた。
1892年、ヘンリー・ブル司祭が死去すると、次は息子であるハリー・ブルが跡を継いだ。

だが司祭の代は代わっても相変わらず霊は出現し続けた。建物の中に出現する尼僧、幽霊馬車などはこの新司祭もたびたび目撃している。

ある日の夜、ブル司祭の飼っていた犬が激しく吠えているので、何事かと表に出てみると、犬は庭に植えてある果物の木に向かって吠えている。

そのあたりに何かいるのかと思ってブル司祭がじっと目を凝(こ)らすと、そこには空中から出ている二本の人間の足があった。

足はヒザから下だけで、その上の胴体や頭はない。間もなく二本の足は軽快に歩き始めた。スタスタと歩いていってやがて門から出て行った。


1928年、司祭はハリー・ブルからエリック・スミスへと代わった。新しい司祭であるエリック・スミスはもちろんこの司祭館に住むのであるが、ここがどういうところであるかは事前に十分聞いていた。

スミス司祭に代わってから、どういうわけか、ポルターガイスト現象が急に激しくなってきた。

玄関のベルが鳴るので出てみると誰もいない。また奥へ引っ込むとまたベルが鳴る。出てみるとやはり誰もいない。誰もいないのに今度はベルが鳴りっぱなしになる。

台所では食器が空を飛んで壁にぶつかり粉々になる、教会のオルガンがひとりでに鳴り出す、誰もいない部屋から足音が聞こえる、壁やドアからノックする音があちこちから聞こえてくる。

それなりの覚悟を持ってこのボーリー司祭館に住み始めたスミス司祭だったが、あまりの数の多さにほとんどノイローゼのようになってしまった。

このころになると、ボーリー司祭館はイギリスでは新霊スポットとしてすっかり有名になっていた。

1937年5月、スミス司祭の依頼を受けてイギリス心霊研究所の設立者であるプライス氏が、大がかりな調査チームを組んでボーリー司祭館を訪れた。これから1年間ここに滞在して徹底した調査を行うのだ。

プライス氏が滞在した1年間で、尼僧や馬車の霊は50回以上現れ、壁に「help me」という血で書かれたような文字が浮かび出てきたり、人の顔が壁に現れたりもした。ビンが空を飛んだり、悪魔払いをしようとした修道士の頭に石が飛んで来たこともある。

何とか霊を静めようと、司祭館では大掛かりな祈祷が行われた。建物の周りに十字架の印をあちこちにつけ、修道士たちが礼拝堂で全員そろって祈りを捧げた後、かつてヘンリー・ブル司祭が息を引き取った部屋で一夜を過ごした。

この部屋で再び祈りを捧げていると、じわじわと人間の形をした黒い影が壁に現れてきた。影はしばらくすると消えていった。

この時の祈祷が効を奏したのか、ボーリー司祭館にはこの後、霊的なものは全く現れなくなった。しかしそれもわずかな間だけであり、しばらく経つとまた相変わらず怪現象が始まった。


1937年、この司祭館で霊魂を呼び出す降霊会が行われた。この時の霊媒師グランヴィルが言うには、この司祭館でたびたび目撃される尼僧の霊はマリー・レールというフランスの女性だという。

このマリー・レールは修道院を出た後結婚したのだが、1667年5月にこの司祭館のある場所で夫に虐殺され、無残な死を遂げたらしい。

1943年に前述のイギリス心霊研究所・プライス氏の調査チームがボーリー司祭館の地下室を掘り起こすと4メートルの深さから頭蓋骨と骨の破片が発見された。頭蓋骨は女性のもので、修道会のペンダントも発見された。これがマリー・レールのものだと断言は出来ないが、可能性は高い。


1938年、ボーリー司祭館は持ち主が代わり、グレッグソン大佐という人物がこの建物を買い取った。

この同じ年、プライス氏の調査チームはブランシェットという「西洋版こっくりさん」とも言える方法で、ここの霊との通信を試みた。

この時に「近いうちにボーリー司祭館は火事になるだろう。」という予言が得られたのだが、実際、その通りに、翌年の2月に司祭館は原因不明の火事に見舞われ、建物の内部が焼け落ちるという事件が起きた。

この火事の最中、燃えさかる炎の中で2階の窓に少女が立っていたのを何人もの人間が目撃している。また、建物の中から灰色の服を着た男が出てきたのも目撃されている。

しばらくしてグレッグソン大佐はこの建物を売却し、その後も持ち主は次々と変わったが、どのオーナーも長くは所有せず、次々と転売された。オーナーが変わっても中の怪現象は相変わらず続いていた。

1975年2月には、今度はクルーム博士という人物が、イギリスBBC放送の協力を得てボーリー司祭館の調査を行っている。この時には建物の内部はもちろん、庭の隅に至るまで録画装置や磁力測定機をセットして徹底した調査をおこなった。

この時にも相変わらず尼僧の幽霊は出現し、2階の窓から出て空中を漂い、庭に舞い降りた。ドアがひとりでに開閉し、レンガの壁や建物内ではノックの音や激しく叩く音などのラップ音が記録された。

また、2頭の黒い馬が引く4輪馬車の霊もスタッフの前に出現し、ものすごいスピードで外庭を通過して壁の中へ消えていった。

この馬車の出現時間は約3分間だったが、この時には録音装置が止まり、気温は10度も急降下し、赤外線カメラも画像は真っ白となり、磁力計も異常な数値を示した。馬車の出現の間に極めて高い磁力が発生していたことが認められた。

ボーリー司祭館は歴史のある建物ではあるが、これまで誰が住んでも怪現象に悩まされ、やがて誰も住むことはなくなり、ついには荒れ果てた廃墟となってしまった。