Top Page  心霊現象の小部屋  No.95  No.93


No.94 出口のない部屋

兼森忠夫さんは、ある消費者金融、いわゆるサラ金の管理部に所属している。とある夏の熱い日、兼森さんは一軒の家の前に立っていた。

この家に住んでいるはずの柳 信二を訪ねてきたのだ。兼森さんの会社は柳に5万ほど貸している。しかし柳からの返済が滞(とどこお)ってすでに3ヶ月になる。

貸した金額が小額ということでしばらく電話で督促(とくそく)していたが、その電話も止められ、連絡が取れなくなったために、その処理として管理部の方に事実確認の業務がまわされ、兼森さんがここへ来ることになったのだ。

柳の家は朽ち果てた木造の古い家だった。築(ちく)40年は経っているだろう。ブロック塀(べい)のあちこちにはヒビが入り、コケが生えている。

庭は荒れ放題で雑草が生い茂り、庭とは呼べない状態となっていた。ガラス窓の割れた部分はビニールで補修されてあり、ヒビはセロテープで貼ってある。

そしてポストにはダイレクトメールや不在配達票が大量に突っ込んである。玄関には
「金返せ」
「このままですと法的措置を取ります」
「早急に連絡しろ」

などという張り紙がしてある。これらの紙を貼ったのは、兼森さんと同様、消費者金融の者であろうということは容易に想像がついた。


「さて。」
と玄関前に立った兼森さんはタバコに火をつけた。足元には銘柄の違うタバコの吸殻がたくさん落ちている。これも取り立ての連中が残していったものだろう。玄関の戸は横に開くタイプのものだった。手をかけて引いてみたが、やはりカギがかかっている。

電気とガスのメーターを見てみたが、両方とも全く動いていない。人の住んでいる気配がまるでない。

「やっぱり逃げたか。」

この業界、5万円くらいの貸し倒れは日常茶飯事で、債務者が逃げて行方不明ということも当たり前のようにある。

柳が逃げているであろうことは会社側も予想しており、今回の兼森さんの仕事は、「債務者を訪ねて行ったが、本人は夜逃げしており、住居は空家となっていた。」という報告書を作るためのようなものだった。

取り立てるよりもずっと楽に終わる一件である。一応玄関から声をかけ、その後、一通り写真を取った。もう、これで業務完了である。


「さて、帰るか。」

そう言いながら兼森さんがこの家を後にしようとした、その瞬間、家の裏側の方から「きいぃぃ」と、扉が開くような音が聞こえた。

はっとして、すぐに声をかけてみた。「誰かいるんですか!」

返事はない。だが再び「きいぃぃ」という音が聞こえた。

兼森さんはすぐに音が聞こえた方へと行ってみた。家の裏側にまわってみると、勝手口があった。さっきの音はこの勝手口を開け閉めした音だったのか?

柳はいなくなっていたと思っていたので帰ろうとしたのだが、いるのであれば話は別だ。取り立てを行う。

勝手口のノブをまわしてドアを引いてみた。ドアは開いた。

「多分、柳はいる。」そう判断した兼森さんは家の中に向かって叫んだ。
「柳さん、いるんだろ!」
返事はない。

電気もガスも水道も止められた廃屋の中で、ひっそりと長期間に渡って住み続ける債務者もいる。数日に一回、夜中にこっそりとコンビニに買い物に行き、息を殺して生活する。そうした事例を知っている兼森さんは、柳はこの中にいると感じた。

「柳さん、入るぞ!」そう叫んで兼森さんは土足のまま家の中に入った。勝手に上がることは違法行為であるが、相手も多重債務者である。訴えられることはまずない。

床の上は何年も掃除していないかのようなホコリとゴミの山で、足の踏み場もないほどだった。土足で上がることに別に罪悪感はない。

勝手口から入った部屋は台所だった。異様に暗い。台所の窓には内側から板が立てかけてあり、ガムテープで止めてある。

そういえば、さっき外から家を一通り見てみたが、窓は全て雨戸を閉めてあるか、内側から板が立てかけてあり、中が全く見えないようにされていた。

柳がまだ住んでいた頃は、徹底した居留守を使っていたのだろうから、窓の目隠しは当然といえば当然だろう。

家に上がり込んだ兼森さんは暗い中、慎重に歩を進め、台所を抜けて廊下へ出た。光は、入ってきた勝手口から差し込む光だけである。

廊下の先の方はほとんど見えない。右にフスマがあった。
「柳さん、いるんだろ!」叫びながら兼森さんは思いっきりフスマを開けてみた。

誰もいない。この部屋も真っ暗である。
中は畳の部屋になっており、ぼんやりと奥の方に仏壇が見える。

兼森さんはフスマを閉め、足元に注意しながらゆっくりと廊下を歩いて隣の部屋へと向かった。懐中電灯などは持ってきているはずもない。ポケットからオイルライターを出して、火をつけた。このかすかな灯りを頼りに歩いていくしかない。

隣の部屋のフスマも開けてみた。ライターの火が照らす範囲はごくわずかなものだ。慎重にゆっくりと部屋に入り、一通りこの部屋を歩いてチェックしてみたが、ここにも誰もいない。

兼森さんはこの部屋を出て、廊下を更に奥の方へ歩いていった。突き当たりに部屋がある。この部屋が最後だろう。ここも和室らしく、入り口はフスマだ。

手をかけてフスマを開ける。だが開けたその部屋は、他の部屋とは違い、まさに真の闇だった。窓もおそらく厳重につぶしてあるのだろう。真っ暗で、壁がどこにあるのかさえ分からない。しかしここまで来た以上、この部屋も確かめなければならない。

慎重に足を踏み出し、わずかなライターの火を頼りに部屋へと入る。
「柳さん、いないのか!」

叫んでみたが返事はない。右手にはライターを持ち、左手は前に突き出して、向こうの壁の位置を探(さぐ)りながら、3歩4歩と前に進んだ。

だが、10歩15歩と歩いてみても、突き出した左手には何も当たらない。
「意外と広いのか?」

更に歩く。しかし左手には何も当たらない。

「バカな! こんなに広いはずがない!」

歩いても歩いても向こう側の壁には着かない。引き返してみたが、同じようにいくら歩いても、さっき入ってきた出入り口にはたどり着かない。ひたすら闇だけが広がっている。

「何だよ、これ! どうなってんだよ!」

恐怖が背中に走り始めた。そしてライターの火も段々と弱々しくなってきた。オイルが残り少ないようだ。

とにかく出口に戻ろうとすたすら歩く。しかし歩いても歩いてもどこにもぶつからない。何も見えない。
「こんな馬鹿なこんな馬鹿な・・。」

火はますます小さくなっていく。この状態でライターが消えたら、気が狂いそうな恐ろしい状況になってしまう。
「火を移さなければ! 何か燃えるもの・・!」

兼森さんはズボンのポケットからポケットティッシュを取り出し、それに火をつけた。

しかしティッシュは一瞬で燃え尽き、すぐに元の状態に戻ってしまった。
「他に何かないか!?」

財布があった。暗闇の中で落としてしまわないよう、慎重に札を抜き出し、今度は札に火をつけた。それが千円なのか一万円なのかはどうでもよいことだった。

この時の兼森さんは、わずかな光と引き換えに、有り金を全部燃やしても悔いはなかった。しかしそれでも、この火は1分と持たないだろう。

兼森さんは半分泣きながらパニック状態に陥(おちい)っていた。
「他に何か! 燃えるもの、燃えるもの・・!」

スーツの内ポケットに封筒を入れていたのを思い出した。すぐに封筒を取り出した。
「あ、この封筒は・・!」

封筒の中身のことが一瞬頭をよぎったが、迷っている暇はない。封筒に火をつけた。

火をつけた瞬間、封筒は、紙にしては大き過ぎるほどの炎が上がった。

炎が周辺を照らした。気がつくと、兼森さんは四畳半の部屋に立っていた。「何だったんだ、今までのは・・。」出口も分かった。どっと冷や汗が出た。引き返す前に畳の上を一通り見渡してみた。

「うわあっ!」
兼森さんは悲鳴を上げた。畳の上には腐乱した死体が2つ転がっていた。部屋を飛び出し、すぐに警察に通報した。調べによると、一体は餓死した柳の死体だった。

兼森さんは、先ほどまでの異常な出来事の謎が理解出来たような気がした。推測ではあるが、あの部屋には柳の霊がいた。もちろん、実際に見たわけではないし気配を感じたわけでもない。

柳は長い間、取り立て人に怯(おび)え、激しく憎みながら、せまい空間でじっと息を殺して生きてきた。ついには食べ物もなくなり、衰弱して動けなくなり、苦しんだあげくに死んでいった。

その柳の怨念があの部屋にはとりついていた。取り立てにきた人間の感覚を狂わせ、部屋に閉じ込めて、あの世に引きずり込む。もう一体の死体はおそらく兼森さんと同業者の、どこかのサラ金の取り立て人であろう。

あの時、最後に兼森さんが燃やした封筒には、柳に金を貸した時の契約書が入っていた。それを燃やすことにより、あの瞬間、兼森さんは取り立ての権限を失った。だから柳の怨念から開放された。

もしあの時、仕事で大事な書類だからと封筒を持ったままでいたら、確実にあの部屋でさまよい続け、次の死体になっていたことだろう。

恐怖にかられて実行したことが、結果的に命拾いをしたこととなった。

会社の者に話しても誰も信用するはずもない。「債務者は死亡しており、回収は不可能。」とだけ報告し、あの時の恐怖を思い出しながら兼森さんは胸をなでおろした。