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No.102 心霊写真集 (2)


太平洋戦争が終結した後

太平洋戦争が終結してすぐの時期に取られた写真。撮影したのはイギリス人の写真家で、彼はこの写真を撮ってから頻繁(ひんぱん)にこの女の霊を見るようになったという。

写真家が寝ている時にこの女が枕元に現れて、話しかけてくるというのだが、話を聞けば彼女は戦争の最中、何人もの男たちに犯されたあげくに残虐な殺され方をしたらしい。

彼女は自分を殺した男たちに復讐をするためにさまよっているのだという。写真家は後に除霊をしてようやくこの女から開放されたという。

ただこの写真は、個人的な意見を言えば、心霊写真にしては鮮明に写り過ぎており、信憑性は「?」という印象を受ける。だが本物であれば相当に怖いものがある。




集中治療室にて

アメリカのコロラド州にある病院で撮影されたもので、鏡の中に男の姿が写っている。

元々の写真は、集中治療室の中の風景を撮影したもので、原本の写真は部屋がもっと広い範囲で写っている。

この画像はその中の鏡の部分だけを切り抜いたものである。部屋の明かりはつけずにフラッシュを使って撮影したとのこと。

  

エクトプラズム

エクトプラズムが撮影されたとされる写真。

エクトプラズムとは、降霊会などで、霊媒の身体から出てくる半物質のことで、これを使って霊は実体化すると言われている。

エクトプラズムが霊の正体というわけではないが、霊が人間の姿を形作る際に利用される物質のことである。

霊媒の口や鼻、耳などから流れるように出てくるこの物質は、唾液(だえき)に似た成分を持ち、重さのある物質で、霧状であったり固体状であったりと、その時によって濃度も違う。濃度が増すと白か灰色のねばねばした状態となる。

固体に近いほどはっきりとした人間の姿を形作り、物を動かしたりすることも出来るようになる。また、その実体化したエクトプラズムに触ると確かに物質の感触がするという。

エクトプラズムも霊媒も、強い光に弱いために、実験は常に薄暗い部屋で行われる。

これらの写真は霊媒たちがエクトプラズムを出現させている時の写真で、下段の左の写真は、霊媒師メアリー・マーシャルが出したエクトプラズムの中に人間の顔が現れている場面である。

この顔は作家のコナン・ドイルではないかと言われており、生前熱心な心霊研究家でもあったドイルが、死んでからもその存在を示そうと現れたものではないかと解説されている。この写真が撮られたのは、ドイルが死んでまだ間もない時期であった。

下段の一番右の写真は、霊媒師エバ・Cの出したエクトプラズムが胸のあたりで実体化し、女の顔を形成しているもの。


背後の女の子

イスラエル人の女の子を写したもので、背後に女性が写っている。

デジカメで撮ったもので、フィルム式のような二重撮影は出来ないカメラとのことである。また、このようなブレ方もあり得ない。


マニラにて

マニラで、携帯電話のカメラを使って撮った写真。

右に写っている女の子の腕を、半透明の女がつかんでいる姿が写っている。


女性の顔

会合の様子を写した写真で、画面全体に大きく、女性の顔らしきものが写っている。


手を伸ばした子供

1965年に撮られた古い写真。子供の横に極小の子供が半透明な姿で写っている。

顔の目鼻もよく分からず、のっぺらぼうのような人物である。


心霊写真家によって撮られた写真

1800年代にはイギリスやフランス、アメリカなど各国で「心霊写真家」と呼ばれる人々が人気を博した時代があった。

心霊写真家とは霊能力を持った霊媒師であり、意図的に心霊写真が撮れる人たちのことである。

彼らが依頼者を撮影すると、すでに死亡している、依頼者と縁のあった人たちが周りに写っている。例えば、自分一人を撮ってもらったのに、出来上がった写真には、すでに死亡している祖母が自分の後ろに立っている写真だった、などという感じである。

心霊写真家にはもちろん金目当ての偽者も多く存在したが、本物としか言いようのない人物たちもいた。

左の写真は、有名な心霊写真家であったアメリカのエドワード・ワイリーが撮影したもので、写っているのはシャーロット・グラント夫人であり、左下に子供の顔が写っている。

この子供は26年前に3歳で死亡したグラント夫人の子供で、グラント夫人はこの子供の写真は1枚も撮っていなかったという。



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