Top Page  心霊現象の小部屋  No.102  No.100


No.101 後ろにくっついてる

会社員である村瀬さんの仕事は、外まわりの営業である。会社の車で取り引き先をまわっては、商談を行っている。

ある日、村瀬さんは、次の取り引き先へ向う途中、たまたま自宅の近くを通りかかった。車を走らせていると、すぐ前方に見えるマンションの下に、何かたくさんの人だかりが出来ている。

道路は片側一車線ずつで、それほど広い道路ではない。村瀬さんは、人に当たらないように注意してゆっくりとその横を通り抜けた。

人だかりの横を抜ける時、そこに何があるのか気になり、運転席からちらちらと見てみると、人々の足の間から、道路の上に落ちている、何か黒い、もじゃもじゃしたものが見えた。

「あれはカツラ? いや、カツラが落ちてたくらいで人だかりが出来るわけがない。もしかして人が倒れてるのか?」

よくは見えなかったが、仕事中なので車から降りて見に行ってるような時間はない。村瀬さんはそのまま次の取り引き先へと向かった。



夕方、まだ会社にいる時であったが、妻から村瀬さんの携帯に電話がかかってきた。

「あなた、今日早く帰って来れない? 今夜、お通夜に行かなくちゃならないのよ。山田さんの奥さん、亡くなられたらしいのよ。私が今晩はどうしても行かれないから、あなたが代わりに行って欲しいんだけど。」

「分かった。何とかして早めに帰って、お通夜には俺が行っておくよ。」と、村瀬さんは、お通夜に行くことを引き受けた。

山田さんとは、村瀬さんの娘の同級生の親で、父兄会で何回か顔を合わせたことのある人だ。それほど親しいというわけでもないが、この近くのマンションに住んでいるという話は聞いたことがある。

「それにしても急だな。あの奥さん、この間話したばかりなのに。それで、何で亡くなったのか聞いたのか?」

「それが自殺らしいのよ。マンションから飛び降りたんだって・・。」

マンション? そう言えば今日、営業中、自宅近くのマンションの前を通りかかった。人だかりが出来てて、髪の毛が見えて・・。まさかあれが飛び降りた山田さんの奥さんだったのか?

村瀬さんは偶然の出来事にぞっとした。会社から急いで帰ると、すぐに仕度し、車を飛ばして会場である葬儀センターへ向かった。



無事お通夜も終了し、村瀬さんが家に帰ろうと会場の出口に向かって歩いていると、

「おう、村瀬じゃないか。」と声をかけられた。

声のした方を見ると、会社の同僚である「川口」が立っていた。

「おう、川口じゃないか。お前も来たのか?」

「お前と同じだよ。山田さんは、俺の息子の同級生の親だからな。あの奥さんとも何回か話をしたことはあるし。」

この川口という男は性格はまあまあ良いのだが、本人が言うには霊感が強いらしく、よく会社でも「霊が見える」などというような話をしている。

真面目で温和な奴なのだが、霊の話が始まると、みんないつも本気で聞かずに聞き流している。ちょっと「霊の話の多過ぎる変わった奴」と、みんなから思われている奴だ。

「こいつ、こんなところで、何か不謹慎なことでも言い出さなきゃいいが・・。まさか、『奥さんの霊があそこにいる』なんて言い出したりしないだろうな・・。」

村瀬さんは内心ヒヤヒヤしながら、川口さんとさしさわりのない話をしながら、葬儀センターの駐車場へと一緒に歩いて行った。

駐車場に着くと偶然にも、村瀬さんの車のすぐ横に川口さんも車を停めていた。

「じゃ、明日の葬儀で。」

そう言いながら村瀬さんが車に乗り込もうとした時、川口さんが

「うわぁ・・。」

と小さな声を上げた。川口さんの方を見ると、何やら村瀬さんの車の中を覗き込んでいる。


「何だよ。俺の車の中に何かあるのか?」と村瀬さんが聞くと、

「いや、何でもない。」と言いながら、川口さんは自分の車に乗り込み、

「じゃ、また。」

と言って発進していった。

「何だよ、あいつ、感じの悪いことするな。はっきり言えばいいのに。」

村瀬さんも少し気になったので、一応、車の中をじっくり見てみたが、いつもと何も変わらない車内の風景だった。村瀬さんも葬儀センターを発進し、家に向かった。



20分ほど走り、自分が借りている駐車場へと帰って来た。この駐車場から家まで200mほどは歩かなければならない。

村瀬さんが家に向かって歩き始めると、突然すぐ後ろの方からコツコツ・・と、足音が聞こえてきた。まるで自分のすぐ後ろを歩いているような、そんな感じだった。

駐車場には誰もいなかった。それにまだ歩き始めてほんのわずかだ。村瀬さんもびっくりして後ろを振り向いてみた。しかし誰もいない。


「何かの聞き間違いだったかな?」

そう思いながら再び歩き出すと、また「コツコツ・・。」と足音が聞こえてくる。街灯の下まで歩いた時、もう一度振り向いてみた。

辺りは街灯に照らされた風景があるだけで、やはり誰もいない。

お通夜の帰りにこういうことがあるとさすがに気味が悪くなり、村瀬さんは足早に家に向かった。足音は相変わらずついて来ていた。

急いで玄関のドアを開け、「ただいま」と言うと妻が出迎えに来てくれた。

「おかえり。」

と返事を返した瞬間から、妻の顔がみるみる恐怖に引きつった顔に変わっていった。


「今、駐車場からここまで歩いてくる間に気味の悪いことがあってな、・・。」と村瀬さんは話し始めたが、引きつった妻の表情に気づき、

「ん・・、どうした?」と聞き返してきた。


「あなた・・。あなたの後ろにくっついてる・・・。」

「くっついてるって何がくっついてるんだ?」


妻は恐怖の表情のまま、返事をしなかった。

「山田さんの奥さんの霊か!」
ピンと来た村瀬さんは、すぐに台所に上がり、身体に清めの塩をふりかけた。

その後、すぐに服を脱いで風呂に入った。「自分についてるいるもの」を落とすためだ。

汚れを落とすことと、霊を落とすことはまるで違うものではあるが、風呂に入って身体を洗えば霊も落ちるかも知れないと考えるのは、恐怖した人間ならば、当然かも知れない。

村瀬さんが風呂に浸かって少しほっとし、何気なく半開きの窓に目をやると、そこにはあの、亡くなった山田さんの奥さんの顔が暗闇の中に浮いていた。

「うわあっ!!」村瀬さんは悲鳴を上げて風呂から飛び出した。

部屋に戻ると、奥さんも壁に背中をつけて座り込んでいた。さっきのままの恐怖の表情だった。妻の話を聞いてみると、やはり同じものを見ていた。

さっき村瀬さんが家に帰ってきた時、あの亡くなった山田さんの奥さんが、村瀬さんの後ろに立っていて、両肩に手を置いて、こっちを見ていたというのだ。

村瀬さん夫妻は、2人で寄り添い、ほとんど眠れぬ一夜を過ごした。



明日の葬儀では、きちんと拝(おが)んで、冥福を祈らなければ、と、翌日は2人とも仕事を休んで葬儀に出かけた。

翌日、多数の列席者の中、無事葬儀も終了し、2人とも少しほっとした気分になった。もう、昨日みたいなことが起こらなければよいが・・、と思いながら会場から出てくると、外では昨日出会った川口さんが待っていた。

「おう、村瀬、昨日あれから大丈夫だったか? 車の中とか家の中で、何も起こらなかったか?」

と川口さんが聞いてきた。


「起こったよ、恐ろしいことが・・。大体、お前、何でそんなこと聞くんだ? 俺が何か恐い目に遭(あ)いそうな予感でもしたのか?」

「いや、ひょっとしたらお前の周りに、あの奥さんが出たんじゃないかと思って聞いてみたんだが・・。」

「出たよ。何で分かるんだ?」

「昨日の通夜の帰り、一緒に駐車場まで歩いたじゃないか。それでお前の車の中に何か人間のようなものが見えたんで、よく見てみたら、あの亡くなった奥さんが、もうお前の車の後ろ座席に乗ってたんだよ。それでつい、うわぁって言っちまったんだが・・。」

「お前、本当に霊能力があったんだな!」

「だからよく、会社で言ってるじゃないか。誰も信じてないようだけどな。で、あの時、お前の方をちらっと見てみたが、お前には奥さんが見えてない様子だったんで、わざわざ伝えるのも、気分を害すると思って昨日は何も言わなかったんだよ。

だけど、どうにも気になってな、ちょっと今日聞いてみたのさ。」



村瀬さんは、昨日あった出来事を川口さんに詳しく話した。

昨日、村瀬さんが車から降りて家まで歩いている間に聞いた足音は、おそらく奥さんが一緒に降りて後ろを歩いていた足音だろう。

「だけど、なぜ俺にくっついてきたんだ。確かにあの奥さんとは顔見知りではあったが、それほど親しいってわけじゃなかったのに。」

「お前、奥さんが飛び降り自殺した現場をたまたま通りかかったって言ってたじゃないか。それでその日の夜のお通夜にも出席して・・。多分、奥さん嬉しくてお前について行ったんじゃないかと思う。

まあ、今日葬儀が終わったことで、大きな区切りになったから、もう出ないだろうとは思うがな。」


川口さんの言った通り、奥さんの姿はそれっきり見ることはなかった。村瀬さん夫妻は、多分奥さんがあの世へ旅立つ前に、自分にお礼を言いにきたのだろうと解釈することにした。

それから一ヶ月ほど経ったある日、あの亡くなった奥さんのご主人である山田さんが村瀬さんの家に挨拶にきた。

「あの時は通夜・葬儀に出席いただきまして、まことにありがとうございました。それからあいつ、死んでからも村瀬さんにご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありませんでした。」

と、とても意味深な言葉を残してご主人は帰って行った。

「ひょっとして、あの奥さん、ご主人の前にも現れて、『あの人たちに謝っておいて』、とでも言ったんだろうか?」

村瀬さん夫妻はとりあえずそう解釈し、これ以上思い出さないように努めることにした。お礼やお詫びといえども、死んでからの行動は勘弁して欲しいとつくづく思うのだった。