F1なみのシビアさで目に見えない音を追求する 

 

 波おだやかな瀬戸内の街・徳山市。海に面した市街地を車で数分も北へ走れば、ほどなく緑の山肌が目に飛びこんでくる。高台の閑静な住宅街。瀬戸内海と市街地が一望できる一角に、阿部康幸さんの工房はある。
 クラシックびたーの製作を始めて、すでに27年。だが、「音づくりは目に見えないので難しい」と語る阿部さんが追求しているのは、ギターが奏でる音そのものだ。木工や塗装の技能はもとより、音楽や音響の知識まで総動員した、目に見えない音づくりである。
 材料となる木材は10年以上も自然乾燥される。生木のままだと水分が多く、乾燥するに従って変形してしまうからだ。長い歳月を経て材質が安定すると、ようやく加工・組立となる。27年のノウハウが駆使されるのはここからである。
 パーツによって材料の厚さも使用する工具も異なり、100分の1ミリという精緻な厚みの調整が必要な箇所もある。塗装では、木の表面の凹凸をなくすために、セラックという特殊な塗料を塗る作業を何度も繰り返す。大手メーカーがスプレーで済ます工程を、阿部さんはあくまで手作業で丹念に行う。
 さらに、完成してもすぐには手放さない。自分で弾いてみてデータをとり、再調整を行う。これを何度も繰り返して完全に仕上がってから、やっと阿部さんのギターは世に出るのである。 その完璧なまでの調整には「F1なみのシビアさ」が要求されるという。阿部さんの手で性能が最大限発揮できるようにセッティングさせるギターは、年間12本。
 「こう見えても、結構重労働なんです」と阿部さんは笑うが、澄んだ瞳が印象的な青年のような笑顔には、ギター製作に寄せるひたむきさがにじみ出ている。


瀬戸内のおだやかな気候の中で理想のギターを目指して  
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