その2

美春様ご乱心

眞子、俺、そして美春の三人は、屋上で、本来鍋が乗っているべきテーブルを囲んでいる…。
「ごめんね。こっちが誘ったのに。今、お姉ちゃんが具材を取りに戻ってるから。
戻ってくるまで、ジュースとか適当に飲んでて」
「それでは、美春はこのバナナジュースを頂きます」
また、バナナか。
「それにしても、萌先輩遅いな」
「もしかして、途中で寝てるんじゃないでしょうね」
十二分にありうる。
「眞子先輩〜、このバナナジュース、すごく美味しいですねー」
少し甘ったるい美春の声。ちらりと見ると、美春は、バナナジュースをごくごく飲んでいる。
「よかったら、他のも飲んじゃってもいいよ。まだ、あるから」
眞子はそう言って、ジュースに口をつける。
「ん? ……んん?」
途端に、眞子の渋い顔。
「どうしたんだ? 不味いのか?」
眞子は一口以上飲むのを止め、渋い顔のまま、缶をテーブルに置く。
「美春ちゃん、飲んじゃだめー!」
眞子が振り向いて、美春から缶を取り上げる。
「あぁん!?」
「あー、遅かったー!」
眞子ががっくりと膝を落とす。
「どうしたんだよ。たかがバナナジュースだろ?」
「この美春ちゃんを見ても、そんなことが言える?」
俺は、美春の方をちらりと見る。
「おぅ、どぅした朝倉。俺の顔になんかつぃてるかぃ?」
「え? あの…美春さん……ですか?」
思わず、目が点になる。普段の美春ではない。美春αと言ったところか。
眞子が俺の首根っこを捕まえ、俺に耳打ちをする。
「さっきのは、バナナジュースじゃなくて、缶チューハイ」
「チューハイ? 何でそんなものがあるんだよ?」
「知らないわよ。きっとお姉ちゃんが間違えて買ってきたんじゃない?」
「なに、グジグジ言ってんだ、そこ。そこだよ、そこのアオ頭と、ボサボサ頭」
美春αが、どっかりとテーブルに乗っかる。
しっかりと据わった目で俺達を睨んでいる。
「ア、アオ頭?」
「ボサボサ……頭?」
テーブルに座った美春αが俺達を見て、がははと笑う。
「おめぇら以外にいねぇだろ、この屋上」
美春αは、眞子からチューハイの缶を奪い返すと、
そのまま一気飲みでカラにする。
「あの……美春さん」
思わず、恐縮した喋りになる俺。
「あぁん、誰に口聞いてんだぁ? さんじゃねぇ。様だろ、サマぁ!」
「は、はい! あの……美春さま?」
「なんだぁ? 遠慮しないで、言ってみろろぃ」
美春αはテーブルの上に立て膝をして、やたらでかい態度だ。
「あの……、お酒はその辺りにした方が、よろしいのではないでしょうか?」
「あぁん!? うっせぇんだよ、タコスケが! 誰が意見していいっつったんだぁ?」
「ひっ、ひいいっ!」
美春、人が変わりすぎだよ……。
今度は、俺が眞子の首根っこを捕まえて、引き寄せる。
「おい、どうすりゃ、いいんだ? あれ、相当にヤバイぞ」
「どうするも、こうするも、まさかあんなになるなんて……」
「おぃおぃ、またコソコソ二人で相談かぁ? 仲がいいなぁ、二人とも。
もしかしてデキてんじゃねえのか?」
「なっ、なに言ってんのよぅ。美春ちゃん〜、元に戻ってよぅ〜」
「サマだっつってんだろ? おるァ!」
なんて、ガラが悪いんだろう。
とにかく暴れ始めたら、コトだ。ここは下手に出るしかない。
「あの、そんなに足を広げたら、下着が見えてしまいますよ……」
「なんだぁ、んん? 見たいのか? 見たいんなら見たいって言えっつうんだよ、
見せてやるからよぉ」
美春αが、スカートの端をつまんで持ち上げる。
俺は手のひらで、目を覆い、顔を逸らす。
「わっ、やっ、やめろって、美春!」
「バーカ、見せてやるわけねぇだろ、このダボハゼが!」
「……親の顔が見てみたい」
さすがの眞子もたじろいている。これだけ普段の面影がないんじゃ、無理もない。
「親は関係ねぇだろ、親はよぉ! あぁん? ……ひっく」
突然、美春がしゃっくりをし、今まで据わっていた目がぐるぐる回る。
「……美春、さま?」
なんだか様子がヘンだ。美春αは、ずるずると床に滑り落ち、
そのままぺたりと女の子座りになる。
「ひっく……、ひっく」
「あの……美春ちゃん、大丈夫?」
眞子がそうっと近寄ってみる。なにやら、ずずっと鼻水をすすり、瞳を潤ませている。
「う、う、うにゃぁぁぁ〜〜〜」
え? こ、今度は何? αじゃ無いみたいだけど……。
「にゃああ……、にゃああ……」
まるでねこみたいだ。さしずめ、βってところか?
「にゃああ……なんかね、大きなうたまるがね、美春をね、追っかけてくりゅの……」
うわ、幼児退行か? 今度の美春は、まるで幼児のようなしゃべり方だ。泣いてばかり。
「にゃああ……、にゃああ……、来るよぉ、来るよぉ、お兄ちゃ〜ん」
美春βは手足をジタバタとさせる。別の意味でαよりタチが悪い。
「ほら、うたまるは襲ってこないから。もう、美春ちゃんしっかりしてよぉ〜」
「にゃああ……、にゃああ……」
どうしよう……。
「とりあえず、保健室まで連れてこうよ」
「それしか、ないか」
俺と眞子は美春βを無理矢理肩に担ぎ屋上を出る。
「にゃああん、にゃああん、イヤだよぅ、イヤだよぅ、連れてかないでぇ……。
つぅか、触んなっつってんだろ? おるァ? ……ぐぅ」
と、αとβが混ざりながら、美春はそれきり、眠ってしまった。
「やれやれ、だな」
俺と眞子は、美春を保健室に寝かせて、屋上へ戻ってきた。
「眞子ちゃん、朝倉君、お帰りなさい。どこ行ってたの? あれ? 美春ちゃんは?」
「お・ね・え・ちゃ・ん……」
この後、昼休みが終わるまで萌先輩が説教を受けたことは言うまでもない…。


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