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・・・//あらすじ&感想//・・・

T(第一章〜第十六章)

エスタ・サマソンジャーンディスの後見をうけるエイダの相手役として『荒涼館』に住むことになる。そこへ向かう途中で彼女たちはクルックミス・フライトたちジャーンディス対ジャーンディス訴訟に強い関心を抱いている人々と知り合う。また、ミセス・ジェリビーの館では、「望遠鏡的博愛」のとりことなって遠いアフリカのことしか考えられない母親に省みられない子供たち(キャディピーピィ)に深く同情する。「荒涼館」にやってきたエスタはやがてジャーンディスの深い信頼を得て家政を取り仕切る。
チェスニー・ウォールドではデッドロック夫人が、弁護士のタルキングホーンから見せられたジャーンディス訴訟関連の書類のうちの一枚に珍しく関心をよせる。そのことからタルキングホーン氏はその書類を書いた代書人を訪ね、彼の死にかかわることになった。
やがてエイダとリチャードが愛し合っていることが分かり、リチャードは将来のために勉強をはじめることを決意するが、彼は密かに訴訟によって大金が手に入ることを期待している。
エスタたちは「強欲な慈善家」ミセス・パーディグルに連れて行かれた煉瓦職人の家庭や、債務者拘留所に勤めていたことで人々から嫌われていたネキットという男の孤児たちが暮らす家を訪ねたりするうちに、庶民の本当の暮らしぶりにふれる。
そんな頃、浮浪児ジョーは貴婦人の女中、と名乗る女から、ネーモーが死んだときの様子を聞かれる。

※ジャーンディス対ジャーンディス事件とは?・・・もともとは遺言書とそれにもとづく信託財産に関する訴訟だったらしいが、いまではただ訴訟費用に関する事件になってしまった。昔ジャーンディスという男がたいそうな身代をつくり、遺言書も残したが、遺産は遺言にもとづく信託財産をどう処分するかという問題で使い果たされ、あとは訴訟費用と、弁護料と膨大な関係書類に埋め尽くされているらしい。

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さすがディケンズの小説、デフォルメされた登場人物はみな一癖も二癖も(もっと?)ありそうな人ばかりです。物語の半分くらいの語りを担当するエスタが、ひょいとすくい上げる断片に、つい、うまいな〜、と感心しつつ読んでいます。人間の真実ってこんなところにあるんだわ。ストーリーはまだ始まったばかりで、一冊読み終わってようやく役者が揃いつつある感じですね。興味を惹かれているのは浮浪児のジョー。「だって、おいら、何にも知らねえもん」何を聞かれてもこう答えるこの少年が、今後どんな風にかかわってくるのでしょうか。

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U(第十七章〜第三十二章)

エスタは訪問先のボイソーン家の近くで嵐にあい、近くの番人小屋に避難した。すでにその小屋で雨宿りしていたデッドロック夫人と初めて出会うが、不思議な動揺を覚える。それは奥方のほうも同じだった。
タルキングホーンはバケット警部スナグズビーを使って浮浪児ジョーを見つけ出し、ジョーにネーモーのことを探りにきた「貴婦人の女中」と名乗る女のことを聞こうとし、その女がデッドロック夫人の侍女の服を着ていたことを突き止める。ネーモーの正体がホードン大尉であることが判明し、スモールウィールド老人の引き合わせで、大尉の元部下のジョージから大尉の書いた書類を手に入れようとするが、ジョージは断る。
リチャードは医者、法律関係と職業を試してみるがどれも気に入らず、ついに陸軍に入ることになる。しかし、ジャーンディス訴訟で大金が手に入るという楽観をジャーンディスに非難され、やや心を閉ざす。そのころキャディはプリンスと結婚することになり、エスタはその準備に大いに活躍する。
一方ガッピーは、一度訪問したチェスニー・ウォールドでデッドロック夫人の肖像画をみて以来、独自の調査を進めていた。ついに夫人に面会したガッピーは、エスタと夫人がよく似ていること、エスタの本当の苗字はサマソンではなくて、ホードンであったこと(ミセス・チャドバンドから聞き出した)、クルックの下宿で不審死を遂げたネーモーの本名がホードンであることなどを突き止めたと話す。そして、ホードンが残した一束の手紙が、翌日の晩手に入ることになっていると意味ありげなことを言って去る。
そんな頃、浮浪児ジョーが荒涼館の近くまで流れてきていた。ゆくあてもなく、病気になった彼を、エスタはとりあえず荒涼館に泊めるが、翌朝ジョーは姿を消していた。ところが、ジョーはエスタの小間使いチャーリーに天然痘をうつして去ったのだった。チャーリーの看病を引き受けたエスタは、チャーリーの回復と入れかわるように自らも病(天然痘)に倒れる。
そしてクルックの下宿では、ガッピーとウィーヴル(ジョブリング)が手紙の束(ネーモーの荷物からクルックが抜き取っておいたのだ)をみせてくれる約束の、夜の12時がくるのを待っていた。ところが時間が来て二人がクルックの部屋で発見したものは、何かが燃えた痕跡だった。クルックは「自然発火」したのだ。

※自然発火とは?・・・人間が強い酒を長期間多量に飲み続けていると、血液中のアルコール度が極度に高まり、遂には自然に発火することがあるという「自然発火説」が当時広く信じられていた。

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いよいよ物語がうねり始めました。エスタとデッドロック夫人、ネーモーことホードン大尉の関係もだんだん明らかに。
キャディ関係の人物は全く傑作なひとたちが揃っています。慈善事業家というものに対する皮肉った描写はなんともいえません^_^;夫となるプリンスの父親で「行儀作法の大家」ダーヴィドロップ氏にもたいへん興味を惹かれています。まったく、非難すべき余地はないようにさえ思えてきます。
しかし、やはり私が注目していたジョーにまつわる物語には哀感がただよいます。第十九章「立ちどまってはいかん」で、巡査にさっさと行け!と追い立てられるジョー。「でも、どこにいくんだい?」その問いかけに答えられる者はいません。そして第二十二章「バケット警部」で二人の女が子供のことについて言いようのない思いを話す部分がいやに心を打ちました。この二人の女がジョーとエスタを思わぬ形で結びつける役目を果たすことになろうとは。

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V(第三十三章〜第四十九章)

「自然発火」してしまったクルックの店と下宿屋は、クルックが実は女房の弟だったと主張するスモールウィールド老人一家に占拠されてしまい、ガッピーたちはもはや目的の手紙を手に入れることはできなくなる。タルキングホーンはスモールウィールド老人を使ってジョージを窮地に陥れ、ホードン大尉の筆跡を手に入れた。その後彼は、ジョーを尋問する際に協力したオルタンスというデッドロック夫人のもと侍女(首にされた)から脅迫されるが、軽くあしらう。
一方荒涼館ではエスタが死の床から徐々に快方に向かっていた。しかし、天然痘は彼女の容貌をすっかり損なってしまい、彼女は密かにはぐくんでいたウッドコートへの思いを断つことを決意する。そんな折、デッドロック夫人はエスタに母の名乗りをあげ、彼女に赦しを請う。
エスタはガッピーに以前の結婚申し込みの無効を確認するために会いに行くが、ガッピーはエスタの様子に仰天して、申し込みが断られたことを確かに確認する。リチャードはスキムポールに紹介された弁護士ヴォールズに唆され、訴訟への期待とジャーンディスへの猜疑と憎悪をつのらせる。ヴォールズに金を搾り取られるうち、とうとう陸軍も辞めるはめに陥るが、訴訟で大金を得るという妄想を捨てられない。
エスタはジャーンディスから「荒涼館の主婦になって欲しい」と求婚され、それを受け入れる決意をした。ウッドコートとの再会も果たし、平静な心を取り戻す。ウッドコートはロンドンでジョーをみつけ、彼がバケット警部に脅されていた事情をきく。ジョージに預けられたジョーは遺言を残してとうとう死んでしまう。
タルキングホーンはデッドロック夫人にそれとなく、自分が彼女の秘密を知っていることを匂わせる。夫人の態度いかんによってはその秘密を表ざたにはしないと言う。しかしやがて、あることから彼女を信用できないので今後は容赦しない、と夫人に宣言する。
ロンドンに戻ったタルキングホーンは、彼の事務所で射殺される。バケット警部はジョージを逮捕する。

※ジョーの遺言・・・「・・・おいらがどんどんいっちまって、この先なしのどんずまりまでいっちまったら、お願いだ、おじさん、どこにもねえようなでっかい字で、こう書いてくんないかい?おいらあんなことしちまってすまねえ、悪気があってやったんじゃねえ。おいらなんにもわかんねえけど、ウッドコット先生が泣いていたのは知ってるし、気の毒だと思ったんだ。どうかおいらを許して貰いてえと思ってる。こうでっかく書いて貰えば、きっと先生許してくれるな?」(第3巻・371P)

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人々の誠意と欲望、無知と狡猾が錯綜し、物語はついに大きな山場を迎えました。リチャードに覆いかぶさる訴訟事件の大きな影。スキムポールやヴォールズの正体を暴いてやりたくってたまりません。その一方でデッドロック奥方の前に立ちはだかっていた不気味なタルキングホーンの陰謀は、彼の死によってどんな方向に暴走しはじめるのでしょう。それにくらべてガッピーの小物ぶりには笑えます。エスタは大きな物を失いましたが、その代わりに大きなものを得たようです。
エスタの物語は苦しいことも多く、つらい状況にありながら、いつもやわらかい日差しのなかにいるようなあたたかさを感じるのにくらべ、作者の視点で語られる物語は、濃い霧とガス灯のスモッグとぬかるみに閉じ込められているように暗く陰鬱です。エスタの物語がやや感傷に流されると、一方の語り手は厳しい現実を小気味よく表現し、イギリスの行き詰まった状況をひしひしと感じますね。

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W(第五十章〜第六十七章)

エスタは病気になってしまったキャディを見舞うためにロンドンへ行き、リチャードの相談相手になっているウッドコートとも頻繁に会う。21歳になったエイダはリチャードと密かに結婚したことをエスタに打ち明け、ロンドンでリチャードと暮らし始める。抜き差しならぬ状態に陥っていく二人の将来を思い、ジャーンディスは「荒涼館はだんだんやせ細っていくね」と嘆息する。
タルキングホーン殺害事件でジョージを逮捕したバケット警部だったが、デッドロック卿の全面依頼をうけて捜査を進めるうち、意外な犯人像に迫る。スモールウィールド老人らの証言で、タルキングホーンがデッドロック夫人の秘密を握っていたことを突き止め、その事実はデッドロック卿も知るところとなった。バケット警部はうまい罠をしかけて、真犯人を逮捕する。しかし、デッドロック夫人は全ての秘密が暴かれたことを知り、屋敷を出奔する。夫人の出奔は卿に大打撃を与え、卒中の発作をおこして寝たきりとなるが、卿の、夫人に対する思慕の念は変わらなかった。
バケット警部は卿の依頼を受け、夫人の行方を探すことになるが、その協力をエスタに求める。夫人の足取りを追いながら、二人はジョーやスキムポールがこの事件に思わぬ形でかかわっていたことを話し合う。煉瓦職人の女房と話した、という事実を最後に夫人の足取りはぷっつり途切れる。ロンドンへ取って返したバケット警部とエスタは、かつて夫人が侍女の服を着てジョーに会い、教えてもらったネーモー(ホードン大尉)の墓の入り口で、こときれている彼女を発見する。
リチャードとエイダは困窮を極め、エイダの持参金もすでに底をつきかけていた。そんな時、エスタはウッドコートから思いがけない求愛を受けるが、激しい喜びを感じつつも断る。そしてジャーンディスと一生をともにする決意を新たにする。
故クルックが溜め込んでいた紙くずの中に、ジャーンディス訴訟に新たな展開をもたらす遺言状が発見される。立派な司法制度にのっとり、この遺言状が新たに検証された結果、訴訟はふいに「けりがつく」。絶望したリチャードは、身ごもった妻エイダを残し、ジャーンディスに後を頼んで死ぬ。
ジャーンディスはウッドコートに新しい職場と家を世話したことをエスタに話し、そこへ彼女を連れて行く。荒涼館の主婦になって欲しい、という言葉通り、あらたな『荒涼館』を二人にプレゼントしたのだった。

※立派な司法制度・・・「わが社会は裕福なる社会なのですぞ、・・・わが国は立派な国、まことに立派な法治国なのですぞ、ジャーンディスさん。そしてこれは立派な司法制度なんですぞ、ジャーンディスさん。立派な法治国にくだらぬ司法制度があって欲しい、とおっしゃるんですか?まったく驚きますなあ!まったく!」(第4巻・320〜321P)

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二人の語り手が別々の視点から紡いできた物語も、ここにきて遂に融合のときを迎えました。上流社会から下層階級まで、すべての人々が霧の中に閉ざされ、ぬかるみのなかをうごめいています。立派な司法制度のもとで、ジャーンディス訴訟にある決着がもたらされたことで、フライトおばあさんのかごから放された小鳥たちは、この社会をどんな方向に導いてくれることでしょうか。
悪人だとばかり思っていたバケット警部の健闘には驚きました。社会的大物によわい小役人ともいえますが、彼なりの誠実な仕事ぶりはなかなかです。真犯人の名前は・・・推理してみてください(笑)
弱者の立場にたち、鋭く社会を批判した重厚で悲劇的内容ながら、ところどころに配置した脇役たちの造形からにじみ出る喜劇性が、メリハリのある雰囲気を作り上げているように思います。終盤のめでたしめでたしも、少々とってつけたような感じはありますが、未来への期待感に彩られ、気持ちのよい読後感です。

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