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サボイ・ホテルの殺人Murder at The Savoy 1970
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーMaj Sjowall&Per Wahloo(高見浩訳・角川文庫)
スカンジナビア半島南端の町、マルメ。この町の夏はスウェーデンの他のどの都市よりも暑い。1969年7月はじめのその日もやはり暑い日だった。高級ホテル・サボイで、めかしこんだ男女が晩餐の卓を囲んでいるところへ、一人の男がつかつかと近づいてきた。男はやおら上着の内側に右手を突っ込み、客の男の頭に慎重に狙いをつけて、引き金をひいたのだ。殺人者はそのまま窓から悠然と姿をくらました。被害者がスウェーデン財界の大物であったことから警察上層部は、この事件は政治的暗殺ではないかと動揺、殺人課主任警視マルティン・ベックが急遽マルメに派遣され、捜査の指揮をとることになる。
★★★マルティン・ベックシリーズ第6作。
大胆不敵な犯人による殺人事件、殺されたのは黒い噂がつきまとう財界の大立者です。マルメ警察は初動捜査のミスでせっかくの犯人逮捕のチャンスを逸してしまいました。せっかくのパーティーの最中に警視総監じきじきの電話でマルメ行きを命じられたのはマルティン・ベック主任警視。彼は最近、妻のインガと別居したばかりです。
被害者のパルムグレンは兵器輸出で巨万の富を築いてきた男。彼の事業はスウェーデンと微妙な関係にある国々とも取引があり、過激派のブラックリストに載っているという情報もあります。国家警察局公安課も捜査に乗り出す中(じつはこれが「まず他に例を見ないほどの無能ぶりで聞こえた機関」だとか)、ベックの上司はビリビリおろおろ、とにかく解決を急いでくれ、の一点張りです。ところが、手がかりは薄く目撃者は頼りにならず、捜査は驚くほど遅々として進まないのでした。
はあ〜、面白かったです〜(*^^*)最初の4ページ目で殺人事件が起こり、真犯人の影が浮かんでくるのがラスト40ページを切ろうという頃、という構成ですからね〜、普通なら真ん中当たりでもう一人(か二人)は殺したくなるところでしょうけど。しかし、そんな派手な動きもなく、刑事たちがコツコツと聞き込み、手がかりを追跡し、目撃者を尋問し…の繰り返しなのですけど全然退屈しません。まあ、このシリーズの魅力といったらやはり「刑事」という職業についた人間たち、ですよね。マルメ警察のモーンソンは最近妻とのあいだにちょっと隙間風、前の事件でストックホルムからマルメへ異動した野心満々のスカッケ、一癖も二癖もあるラーソンには実は妹が!(しかもかなりいい家の出らしい)、コルベリは妻と娘にメロメロ、そしてベックは亡きステンストルムの婚約者だったオーケと…。それぞれドラマがあって、この人間たちに興味がつきません。そして彼らや殺人犯、被害者とその周囲の人間の背景となっている、矛盾に満ちたスウェーデン社会への作者の厳しい視線が絡まり、深い情感に満ちた作品に仕上がっています。
ま〜それはそれとして、私はもう「マルティン・ベックが好き!」なんですねっ(笑)これまでも好きだったけど、ちと優等生的かなって感じでした。でも今回はなぜかすご〜く魅力的に感じてしまったの♪はっきり言って惚れてしまったのね〜♪♪だからもう、ミステリとしての出来がどうとか、全然どうでもいい(^_^;)でも、このシリーズは読んでソンはないと思うなあ。高福祉社会スウェーデンが抱え込んでいた問題とか考えさせられるし、これってすごく今日的(かつ普遍的)な問題なんだなあ、と思いました。ラスト、サボイ・ホテルのダイニングルームで一人コーヒーをすするベックの姿は余韻を残して印象的でしたね。うっ、かっこいい……(すいません、ちょっとおかしくなってます 爆)
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爬虫類館の殺人He wouldn't kill patience 1944
カーター・ディクスンCarter Dickson(中村能三訳・創元推理文庫)
時は第二次世界大戦の真っ最中、場所はロイヤル・アルバート動物園の爬虫類館、一組の奇術師カップルの喧嘩に巻き込まれた太っちょ紳士が蛇に追いかけられた時、すでにこの事件は始まっていた。閉鎖が決まって気落ちしている動物園長の気晴らしのためのパーティーに招待された三人は、そこでなんとも不可思議な事件に遭遇する。台所では鍋がかけっぱなしで、家中に煙が立ち込め、園長の部屋はドアと窓の隙間を内側から目張りされ、中では園長がガス中毒ですでに死亡していたのだ。どう考えても自殺と思われる状況の中、園長の娘ルイズだけは殺人事件だと主張する。かわいい蛇を道連れにするはずがないというのだ。
★★★ヘンリ・メルヴェル卿登場作品。カーター・ディクスン名義のものはこの人が探偵役らしいですね。
動物園で喧嘩をしていたのはケアリとマッジという若い奇術師。いずれも有名な奇術師一族の末裔だが、曽祖父時代の諍いを引きずっていまだに犬猿の仲。喧嘩のはずみで蛇の陳列されているガラスケースを壊してしまい、そこへ運悪くピーナツを頬張りながら現れたのがH・Mことヘンリ・メルヴェル卿だ。逃げ出した蛇に追いかけられたH・Mと喧嘩カップルは、やがて園長の自殺(それとも殺人?)事件に巻き込まれ、マッジの方はなぜか犯人に狙われて蛇をけしかけられたり。一体、マッジは何を知っていると思われているのだろうか?
爬虫類館が舞台、といっても、密室殺人が起きるのは動物園内にある園長の自宅。ホントに爬虫類館で密室殺人が起きたら、不気味だろうなあ〜(^_^;)閉じ込められた部屋のなかには蛇やトカゲがう〜ようよ、とか、怖すぎ。ま、その点では、『爬虫類館の殺人』という題名で思うほどは気色わるい作品ではなかった。気色わるいというより、ロマンチックな要素のほうが強かったかも(^^)いがみ合う一族の末裔同士に芽生えるロマンス♪とかあって、読んでて楽しかったな。
奇術師、という要素を巧く使った展開でしたね〜。「ああ、それは錯覚の原理を応用したものです。実際は一つのものを見せておいて、ほかのものを見たように思わせるのです。実際には一つの音を聞かせておいて、ほかの音を聞いたと――」こういった伏線の巧さに加えて、戦時下という背景の絡ませ方や、サスペンスな部分も雰囲気ばっちりでとっても面白かった。登場人物も個性的で良かったし。アグネス・ノーブルのあの畳み掛けるようなセリフ、妙に巧い(笑)こういう女が身近にいたのかな。
密室作りには、疑問点がないわけではないけど、かなりまともなんではないかしら?けっこう納得してしまった私(^^ゞラストはちょっとスッキリ感が足りないけど、ま、H・M卿の気持ちもわからんではない。読む前にはバカミス?とか思ってたけど、実はかなりまともな作品だったのが残念というべきか、拾い物だったというべきか〜(笑)
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雲なす証言Clouds of Witness 1926
ドロシー・L・セイヤーズDorothy L .Sayers(浅羽莢子訳・創元推理文庫)
コルシカでの野趣に溢れた休暇を終え、パリにもどってきたピーター卿は、従僕バンターがまだろくろく解いてもいなかった荷物をまとめているのに驚いた。ピ「ここには二週間泊まる予定だよ?」バ「恐れ入ります、御前。しかしなが御前が直ちにリドルズデールへご出発なさるに違いないと存じましたので」バンターの予感は正しかった。なんとピーターの兄デンヴァー公爵が殺人容疑で逮捕されたというのだ。しかも被害者は妹メアリの婚約者!複雑な状況をますます混乱させるような証言は山ほどあるが、どれも信頼できないものばかりだ。
★★★ドロシー・L・セイヤーズの長編第二弾。
なんと驚くべきことに、ピーター卿の実の兄で公爵さまでもあるジェラルドが、殺人容疑で逮捕されてしまいました。ううむ、貴族といえども容赦はないのねっ!殺されたのは、妹レディ・メアリの婚約者デニス。裕福だと信じられていた彼が、戦時中のパリでは、カード賭博のいかさまで食っていたという噂を聞きつけたジェラルドが、デニスに問いただしたところが逆ギレされ、メアリとの婚約も破棄すると言い出しました。公爵家の受けた不名誉は、血によってのみそそがれるのだ〜!とばかりにジェラルドがデニスを殺したのでしょうか?その夜の不審きわまりない行動について、一切口を噤む公爵に対する疑いはつのるばかり。レディ・メアリの証言も、どちらかというとジェラルドを窮地に陥れるものでした。もちろん、兄の無実を信じるピーターは、盟友パーカー警部とともに真相解明に乗り出します。
う〜ん、おもしろかったです(*^^*)すごくサクサク読めるし、雰囲気が心地いい。ま〜、容疑者がピーター卿の実の兄、っていうことだから、まずそんな悲劇的なことにはならないでしょう、という安心感もあるし(笑)気軽な冒険を楽しみたい場合には最適・・・ということは、とりもなおさず、非常に読者を選ぶかもしれない作品ではありますね。読みようによってはめっちゃ退屈かも?レディ・メアリもジェラルドも、個人生活の中に隠さなくっちゃいけない秘密をもっているわけで、それを引き出していく過程を楽しむべきなのか、あるいはその秘密そのものが犯罪にどうかかわってくるのかを楽しむべきなのか?な〜んて考えていたら、どっちも大したことないんだな、これが(^_^;)ストーリーの核となる謎についても、ま、あまり期待すると拍子抜けすること間違いなし。だから、この作品の評価は、ミステリの部分じゃなく、もっと違う視点で楽しめるかどうか、にかかってくるような気がいたします。
個人的には、ジェラルドやメアリの「秘密」に対する、ピーター卿のスタンスが良かったですね。なんか淡々としてて、でも突き放した感じじゃなくて。兄弟(妹)ってこのくらいの関係がちょうどいいですねえ。ところで、パーカーとメアリって今後どうにかなるのかなあ?しかし、この当時のイギリス社会における貴族の立場ってよくわかんない。あんまり尊敬されてはいなかったみたいですね(^^)
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赤毛の男の妻The wife of the red-haired man 1956
ビル・S・バリンジャーBill S. Ballinger(大久保康雄訳・創元推理文庫)
ニューヨークの実業家ターナーが射殺された。状況から見て妻のマーセデスの容疑が濃厚だった。マーセデスには若くして結婚し、その後死んだものと思われていた夫がいたのだ。赤毛の男、ローハンは、実は死んでいなかった。あるスパイ容疑で逮捕され、投獄されていたのだ。やがて脱獄した赤毛の男は、マーセデスに逢うためにやって来た。そしてターナーは殺されたのだ。アメリカ大陸を南へ逃げる二人と、彼らを追い詰めるニューヨーク警察刑事。息詰まる攻防に果てに刑事が見たものとは。
★★★『歯と爪』で有名なバリンジャー。といっても、まだ袋とじを切っていない古本に出会わないので(当然?笑)未読なんだけど。
ずっと愛しつづけてきた、でも死んだものとあきらめていた男が帰ってきた。それ以前からすでに夫との間は耐え難いものになっていた。そして、男は夫を殺した。愛し合う二人は絶望的な愛の逃避行へ。彼らを追う刑事の独白。夫の妻の身辺を洗ううちに浮かび上がってきたのは、赤毛の男。恥ずべきスパイ行為で服役中に脱獄した男。医者になりたくて、叶えられなかった男。ぎりぎりまで近づき、また離れていく追跡劇。刑事はなぜか、赤毛の男に強いシンパシーを感じ始めている自分に気がついた・・・。
な〜んて、ちょっと2時間ドラマ風なまとめ方になってしまいましたけど、シックで上品なサスペンスで大変おもしろかったです。なんつっても赤毛の男の妻(マーセデス)が良かったですね〜。かっこよくて毅然としてて、しかも純愛だし(^^)赤毛の男は彼女に比べるとぐっと落ちるんだけど、そこが恋の不思議さなんですよね〜。けっこうお似合いのカップルでしたね♪・・・とお気楽なことばかり書いていますが、内容的にはハードな逃走劇。追いつ追われつのハラハラドラマですけど、やっぱりこういうのは、ちょっと昔のこの時代が、人間味というか、味わいがあってよいですね〜。ラストも鳥肌ものの感動でした。個人的にはこういう女性には、まいっちゃいます、私(^^)
ところで、この作品にはもう一つ大きな罠(?)があるのです。作品自体が言うに言われぬ雰囲気で包まれてて、これは一体なんだろう…?と思っていたのですが、ふう〜む、納得!地味なんですけど、なんだか心に残る作品になりそうです。
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ボトムズThe Bottoms 2000
ジョー・R・ランズデールJoe R.Lansdale(大槻寿美枝訳・早川書房)
11歳の「私」ハリーは妹トム(トマシーナ)はある日森に迷い込み、何者かの気配に追いまわされる。伝説の「ゴート・マン」?!ゴート・マンなんていないってパパが言ってたけど、パパが間違ってることだってあるのでは?恐怖におののく二人は、やがてたどり着いた河辺で黒人女性の惨殺死体を発見する。その地区の治安官をつとめるパパは、さっそく捜査を開始するが、たかがニガーの女が一人死んだだけの話、誰も関心をよせない。ところが、パパがある老黒人を逮捕したことから、その老黒人はリンチにかけられて死に、パパは後悔のあまり自暴自棄になる。「私」ハリーは森に棲む怪物ゴート・マンの存在を確信し、事件と関わりを調べることにする。
★★★2001年MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞最優秀長編賞を獲得した作品。
「ボトムズ」とは低湿帯のことで、舞台はテキサス州東部、”ディープサウス”ルイジアナ州と隣接した、南部に近い地域です。時は1930年代、南北戦争により奴隷制度はなくなり、黒人は理不尽な束縛から開放されたはず・・・ですが、実態は強烈な黒人差別が行われていた頃のことです。物語はむっとするような、それだけにたくさんの生命が息づいていそうな夜の森の描写から始まります。伝説の「ゴート・マン」、悪魔に心を売った「トラベリング・マン」、等々何が出てきてもおかしくないような深い深い森の闇。何者かの生命の息遣いを感じさせる、恐ろしくも魅力的な世界です。しかし、そこでハリーが発見したのは、黒人女性の無残な死体でした。
公民権運動が盛んになるには、あと数十年を待たねばならない頃のことです。人間が同じ人間のことを、こんなにも当然のごとく、少しの迷いもなく、人間として扱わないでいれたことには、今更ながら戦慄を感じます。そんな中、ハリーの父ジェイコブのこんな言葉が印象に残りました。というか、すごい違和感と共感を同時に感じるという不思議な感覚だったのですけど…。「・・・自制できるときは、肌の色だけで相手を憎まない。ときどき嫌悪の情が戻ってくるが、抑える努力をしてるんだ、ハリー。俺は努力してるんだよ。」肌の色が違うからって、同じ人間同士だ、という感覚を、「努力」しなければ心の中に定着させておくことが出来ない、とはなんと不可思議なことだろう。しかし、黒人だって白人だって、気の合うやつもいれば嫌なやつもいる。黒人の嫌なヤツに出会ったとき「ちっ、黒んぼうめが」と思ってしまったに違いないジェイコブが、自分の中の差別意識に苦しんだことも確かだろう、と思うとなんだかすごく共感できるのです。
差別という人の心の中に存在する感情は、世代を経て伝播していく。白人社会で、こうした問題がどれほど克服されているのか、表面だけでなく、内面までも、と考えるとちょっと怖いです。自分の中にもその残滓があるような…ほんとに嫌なことですね。
物語は、厳しい現実と不思議な伝説とが混ざり合って展開していくのですが、11歳の少年が主人公ということで違和感なく読めてよかったです。登場人物も、典型的に見えて実はとても個性豊かだったりするんです。南部の典型的なパパ&ママに見えた両親にしても、じつは色々あったんだなあ〜、みたいな。おばあちゃんの存在感は特にすごいし♪その他の人々にしても、かなり行き届いた描き方だったと思います。しかし、ストーリーそのものはあまりにも辛い現実なので、とくにモーズのことなどは、当然の帰結とはいえ、こうなって欲しくないあ〜…と思ってドキドキしながら読みすすめたら、やっぱりこうなっちゃった(T_T)みたいな感じで、ほんとに哀しかったです。それに、モーズの小屋にちょっとした贈り物が届けられてて、それをハリーが捨てるくだりとか、ああいう小さなエピソードに妙に心を打たれてしまいました。
ミステリとして読むべきじゃないと思うんですよね。レッドとミス・マギーのこととか、ジューンおばあちゃんのこととか、たくさんの「ミスタ・ネイション」達の存在だとか、「時代」そのものの息吹き、そういうのを感じるために読んで欲しい本なんだなあ、と思いました。ただ、文章、特にセリフがいまいち硬いというか、リズムがよくない感じでちょっと読みにくかったかな。自然描写のほうは臨場感があってとっても良かったんだけど。ま、好みですけどね。
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連続殺人事件The case of The contant suicides 1941
ジョン・ディクスン・カーJohn Dickson Carr(井上一夫訳・創元推理文庫)
若き史学教授アラン・キャンベルは、見たこともなければ名前を聞いたこともない親戚アンガス・キャンベル老人の死に絡む親族会議に出席するため、スコットランドの古城へとやって来た。途中の列車で、いとこのキャスリンと出会い事情を聞くと、どうやらアンガスの死に不審な点があるという。アンガスは塔のてっぺんの寝室から墜落したのだが、直前に保険に入ったばかりで自殺するはずはない。しかし、寝室は完全な密室状態であり、他殺とも考えにくいのだ。フェル博士が乗り込んだ直後、その部屋で寝ていたアンガスの弟コーリンが同じ状況で窓から墜落するという事件がおこり、事態はますます混沌としてくる。
★★★舞台はスコットランド。「傾きかかった夕陽に点々と照らし出されるヒースの薄紅や、松や樅の濃緑のほかは、なだらかな山は黒か濃紫。木立のまわりだけが、ちょっと地色の茶で包まれている」――美しい情景ですね。輝く水面にのそばに立つシェイラ城が悲劇の舞台で、苔のはえた鼠色の石の丸い塔のてっぺんにある窓からアンガス老人は墜落したのでした。自殺か他殺か?アランやキャサリンが到着した城には、すでに弁護士と保険会社の社員がやってきて大騒動。もし他殺なら、借金で首の回らない、アンガスの弟コーリンも、一文なしの内妻エルスパットも一安心といったところなのですが。
アランとキャスリンはそうとは知らずにお互いに論争を戦わせていた学者同士だということが判明し、一触即発の雰囲気…つまりロマンスのはじまりはじまり、ということで、ちょっと「ありがち」かつ「くさい」設定なのですが(笑)例によって、古城に現れる幽霊だの、密室殺人だのと陰惨な雰囲気が漂う中に、この二人プラス新聞記者の掛け合いは、ちょっとした息抜きになってとても良かったとおもいます。導入部も楽しくて、話に入りやすかったですね。他の登場人物も分かりやすい描き方で気楽に読める作品でした。一番分かりにくい感じのしたエルスパットにしても、そうか、そういう人だったのか〜、と納得できて最後にはけっこう好きになったりしました。結末のつけ方も良かったですね〜(*^^*)フェル博士、やっぱりすきです♪しかし、題名がすごすぎる(笑)原題にしても「コンスタントな自殺事件」?!っておいおい…^^;
話そのものは派手さはすくなくて、どちらかというと淡々と進んでいく感じなのですが、第二・第三の事件もすべて密室というサービスぶりは、やはりカーですな〜といったところなのでしょうが、全体的にはあっさりの印象で、トリックやエピソードにも、よくあるムリヤリ感がないので、カー独特の重々しさやわざとらしさが苦手だわ〜、という人にもオススメです。それにしても、スコットランドというのはなんだか謎めいていて興味をそそられる土地ですね♪意味不明の駄洒落にはついていけそうもないけど(^_^;)
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九尾の猫Cat of many tails 1930
エラリー・クイーンEllery Queen(大場忠男訳・HM文庫)
”<猫>にはいくつ尻尾があるか?”ニューヨークを震撼させる連続殺人事件。被害者は絹のひもで絞殺され、そのひもは必ずうしろで結んであった。「エクストラ」紙の第一面に、絞殺魔は<猫>の漫画として紹介され、人々はひもに似たその尻尾に恐怖した。<猫>特別捜査班の責任者に任命されたクイーン警視は、容易ならぬ敵に対抗するためエラリーに助力を求める。ところが、目撃者もなく、何一つ手がかりとなる痕跡すら残さない殺人者にエラリーらはなすすべもなく、新たな被害者が続出、ニューヨークはパニックに陥る。ようやく一つの手がかりから、エラリーは意外な犯人の正体を知ることになるのだが。
★★★作者エラリー・クイーン(フレデリック・ダネイのみ)の自薦ベスト4の一つ。
九つの命を持つんだったか、9回生き返るんだったか忘れたけど、猫って可愛い反面ちょっと化け物じみたイメージも持ってたりする。そんな<猫>のあだ名をもつ殺人犯もやっぱり化け物じみている。エラリーが関わることになるまでにすでに五つの殺人を犯し、全く手がかりを残していないし、その後も四件、同じ手口で続けている。必ず絹のひも、男はブルー、女はサーモンピンク、被害者の年齢は徐々に若くなり、一人を除いて全て独身、自分の電話を持っている…さて、この中に重要な手がかりがあるのだが、皆さんは分かるかな(^_^)なんちゃって(笑)
実のところ、犯人に意外性はほとんどない。最初にピーンときた人物がやっぱりそうなのね♪ところがっ!最後にどんでん返しがっ!!でも、このどんでん返しにも意外性は全然ないのだ^^;では、この推理小説は面白くなかったのか?というと、そうでもないんだよね〜。1949年の作品だということだけど、古典本格の風格と現代的なテーマが渾然一体…って感じで非常に読み応えがあった。私が今まで読んだ作品では、今ひとつつかみづらい人物だな〜という印象だったエラリーの人間性も垣間見られて好感が持てたし(ちょっと悩み過ぎのような気もするけど)、物語の最後にセリグマン教授という人物を登場させたのは成功だったと思う。一番気になったのは、真犯人とされた人物のことだ。理論上、あるいは精神医学の観点から見ると、真犯人であることは間違いないと思うし、動機などの分析も面白く納得できるものなのだが、その人物と実際の犯罪行為(九つもの絞殺!)が一つの線で結びついてこない感じがした。
ま、そういう不満もあることはあるのだが、謎解きもあるし、サスペンスフルでドキドキできるし、盛りだくさんで楽しめる作品だ。エラリーの今後にも注目したいが、純粋に謎解きをたのしんでいた頃のエラリーにも会いたくなってきた。
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夜歩くIt walks by night 1930
ジョン・ディクスン・カーJohn Dickson Carr(井上一夫訳・創元推理文庫)
「人生最大の危険にさらされてる男がいる。別に保護してやる義理あいはないのだが、じかに頼んできたのでね」予審判事にして裁判所顧問、パリ警察を一手に握るアンリ・バンコランがその夜見守っていた新婚のサリニー公爵は、密室状態の部屋で首なし死体となって発見された。公爵の新妻ルイズの前夫にして殺人狂のローランは、妻(当時の、つまりルイズのこと)に対する殺人未遂の罪で服役していたが、十ヶ月前に脱獄、顔を変えて逃亡しているという。ローランは一体誰に化け、どうやって密室で首を切り落とすことができたのか?そして殺人狂の魔の手は新たなる犠牲者を・・・。
★★★ジョン・ディクスン・カーの処女作。
舞台はパリ、全編に廃頽的な夜の匂いが濃厚に漂う・・・。「すなはち、昼は端麗の男子あるいは笑みをたたへし美女なるためそれと見分けがたきも、夜のとばりとともに血に染みたるけづめを持つ醜怪なる野獣と化するものなり」。予審判事バンコランの鼻先で、彼に保護を求めていた公爵が殺された。しかも、首を切り落とされた無残な姿となって発見されたのだ。彼の新婚の妻ルイズは、その日の午後、前夫ローランの姿を見たのだという。やがて、サリニー公爵と友人ヴォートレル、公爵と密会の約束をしていた謎の女性シャロンらの間に複雑な関係があることが判明した頃、月光を浴びてあらわれたのはヴォートレルの首なし死体だった。
カーの処女作っていうことで、やっぱり怪奇趣味も密室も(^^)カーによくあるあんまり深い意味はないんだけど遊び心の感じられる伏線も(この作品の場合は「不思議の国のアリス」かな〜)、全て揃ってるのだ。探偵役はアンリ・バンコラン。フェル博士ファンの私としては、バンコランはちょっと味わいが足りなかったなあ〜。しかし、語り手に若いジェフ・マールなるアメリカ人を持ってきて、妖しげなラブロマンスも絡ませているあたりは、パリの夜の雰囲気がよく出ていて悪くない。シャロンなんて、こんな女のどこがいいんだと思うけど、多分パリの月の光には、誰もが心を狂わされるものなのね〜♪(よく知らないけど^^;)
推理小説としての出来はイマイチかもしれない。犯人はまあ、こいつじゃろ!と分かる…割にはやや説得力に欠けるような気もするし。密室のつくりもちょっといい加減(ばれないとは言い切れないハズ!という弱点がある)だし、全体にストレートすぎて面白みが薄いのね。でも、犯人の人物像は結構うまく造りこまれてるし、陰惨な殺人現場すらも情景描写にうまく溶け込んでるし、登場人間の間に漂う緊張感がストーリーをひっぱって、調和のとれた作品に仕上がっていると思う。
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