殺意Malice Aforethought | 1931 |
フランシス・アイルズFrancis Iles(大久保康雄訳・創元推理文庫) | |
六月の終わりに近い、ある暑い土曜日の午後のテニス・パーティ。エドマンド・ビクリー博士が妻を殺す決心を固めたのはこの日のことだった。愛する女との結婚を決意し、妻のジュリアに離婚を申し出たところ、最初は物分りのよかった妻が、愛人マドレインと会ったとたん、離婚はしないと言い出したのだ。それでなくとも妻の尻に敷かれっぱなしの生活にうんざりしていたビクリー博士は、ついに妻を事故死に見せかけて殺すことに成功する。すべてはうまくいったはずだったのに、マドレインはほかの男と結婚すると言い出し、妻の死に関する噂は根強く残る。やがてビクリー博士の胸には新たな殺意が芽生え、それと同時に妻殺しの容疑での本格的な捜査が始まってしまう。 ★★★こわいお話です。主人公ビクリー博士が妻に抱いた殺意。この妻がとんでもなくいや〜な感じの女で、うん、殺したくもなるな、と思いつつ読み進めていましたら、ビクリー博士のほうも、これがまたいやな男なんですよ。自意識とコンプレックスのかたまりで、自分のことしか眼中になく、他人がその意向に沿わない行動をすると、激しい憎しみを抱く、という意地悪な子供のような人です。途中までビクリー博士に肩入れして読んでいた私としては、すっかり腹を立てつつ、ジュリアのほうがかわいそうに思えてきたりしました。しかし、このビクリー博士という人物は、人間の欲望とか憎しみとか、嫉妬という部分を象徴しているような存在で、いやだな〜、と思うのは自分にもそういう部分があることを分かっているからあえて目をそらしたいような気持ちになってしまうんですね。だから、ビクリー博士がうじうじ悩んだり、また自信を取り戻したり、人の言動にいちいち反応したりする描写は、とても真に迫っていて、読んでいる私も彼の殺意の泥沼にはまり込んでしまいます。 最後のどんでん返しは、途中でちょっとそういうことになりそうな予感がしていましたが、私的にはちょっと残念。しかし、これが運命の皮肉ってヤツなのね、ビクリー博士にはふさわしい結末かも。 いうまでもありませんが、フランシス・アイルズはアントニー・バークリーの別名です。 |
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不可能犯罪捜査課The Department of Queer Complaints | 1940 |
ジョン・ディクスン・カーJohn Dickson Carr(宇野利康訳・創元推理文庫) | |
D三課、そこは奇怪な事件を専門に捜査するために設置されたものだ。常識では考えられぬ異常な事件、それを解決するのはマーチ大佐にロバーツ警部。今回持ち込まれた事件は「手袋が犯人」の殺人事件。透明人間の仕業と言い立てる男は気が違っているわけではなさそうだ。―「新透明人間」ほかマーチ大佐ものが6編、ほか4編、計10編収録の短編集。 ★★★カーの短編集です。カーについてはほとんど初心者の私の入門書としてはどうなんでしょうか?どうもあの怪奇趣味が・・・というわけでほとんど読まず嫌いの作家でしたが、今回の短編集は、怪奇趣味といってもなかなかロマンを感じさせるもので、謎解きも結構論理的だな、と思いました。 「新透明人間」・・・三本足のテーブルと、部屋の三方にある「書割りなんかじゃない、本物の」ドア。最後の落ちはかなり胸がすっきりしました。 「空中の足跡」―心から憎んでいた女が殺された。雪に残された足跡はドロシーの犯罪であることを示しているのか?・・・状況はよく作ってありますね。足跡のトリックは・・・(^.^) 「ホット・マネー」―銀行から強奪された金はどこに隠されているのか?その金を確かに見た、という証言の元、徹底的に捜査された部屋からはついに金は見つからないが。・・・「ホット(熱い)・マネー」というのがヒント。 「楽屋の死」―楽屋で背中を刺されて死んだダンサー。彼女はどうやら脅迫事件に関与していたらしい。相棒の男が怪しいが、彼には鉄壁のアリバイが。・・・マーチ大佐のすばらしい観察眼が事件を解決します。 「銀色のカーテン」―カジノですってんてんになった男が持ちかけられた儲け話。そこには恐るべき罠が。・・・凝ったつくりのお話ですね。罠にかかったのは実は。・・・ちょっと殺人の方法に関してはいかがなものかと思いましたが。 「暁の出来事」―近くに誰もいない状況で、岩礁に倒れこんだ実業家。心臓発作かと思われたが、背中には傷跡が。自殺とは考えられないが、とすると誰がどんな方法で?・・・これは、めでたしめでたし、と言ってよいのではないでしょうか。 「もう一人の絞刑吏」―加害者も被害者も嫌われ者同士。そんな殺人事件で死刑の判決が出たが、肝心の死刑の執行に失敗して、しかも真犯人が自首してきた。・・・これは「殺人」なのか?近代法治国家としては「法の規定」にしたがって、すべてを判断しないといけないわけで。 「二つの死」―過労で倒れた会社社長は、静養のための旅に出る。八ヶ月もの間、全く連絡を絶つ決意で。ところが旅は出だしから奇妙な出来事の連続であった。・・・雰囲気のあるお話ですね。少々作りすぎ?というか偶然に偶然が重なったという感じはしますね。 「目に見えぬ凶器」―その館の二階にある小部屋には幽霊が・・・それは体に十三箇所もの傷を負わされて殺された男。彼を殺した犯人はもちろん、凶器さえも分からず終いだったという。・・・「だれもが見る場所に公然とおいてあって、誰もが気づかない」凶器とは?しかし、その凶器、最終的にはどう処理したんでしょうね。 「めくら頭巾」―ハンター夫妻が訪れた友人の館で、得体の知れない女から聞かされた六十年前の殺人事件。完全な密室で死んでいたのは、その館の女主人。夫の留守に男の訪問を受けていたという噂も。・・・これはお話そのものは怪談ですが、そこで語られる殺人事件は非常に論理的な解決が示されますので、すっきりした結末です。しかし、この女、そんなにかわいそうな人ではないと思うのですが。 |
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エイプリル・ロビン殺人事件The April Robin Murders | 1958 |
クレイグ・ライスCraig Rice エド・マクベインEd McBain(森郁夫訳・ハヤカワポケミス) | |
ニューヨークからやってきたしがない街頭写真屋ビンゴとハンサム。憧れのハリウッドで一旗挙げようという魂胆だ。懐には虎の子の三千ドル。そして決め所では「アメリカ国際写真映画テレビ協会」の名刺。チャンスはそこらへんに転がっている!まずはふさわしい家を手に入れなければ・・・。そう考えた二人が地元の不動産屋を名乗る男に紹介されたのは、かつて無声映画時代に一斉を風靡した「エイプリル・ロビン」の邸宅だった。大喜びで手付に二千ドルを支払ったのはいいが、そこには曰く因縁が・・・。彼らの前の持ち主は妻に殺されどこかに埋められているといううわさだし、さらにそこの女管理人が殺されるという事件まで起こる。そして彼らに家を売る手続きをした不動産屋は真っ赤な偽者だった。かれらはこの家を死守すべく奮闘するが・・・。 ★★★クレイグ・ライスの遺作をエド・マクベインが引き継ぐという形で世に出された作品です。ライスもマクベインも好きな作家なので、どんな風に仕上がっているんだろうと楽しみに読みました。ライスといえば、マローンやヘレン、ジェイク夫妻が活躍するシリーズが有名ですが、このビンゴ、ハンサムコンビものも「七面鳥殺人事件」からこの作品へとシリーズになる予定だったみたいですね。このコンビの軽妙なせりふの掛合いが楽しませてくれる佳作だと思います。エイプリル・ロビンとはいったい何者なのか。記憶に残ってはいても、誰も彼女のことを詳しく知る人はいない・・・。そこへもってきてだんだん解きほぐされる複雑な人間関係の謎。そして何より不可解なのは殺された女管理人です。彼女の正体はいったい? ところが、ですね。これはどのへんまでライスが書いていたのか知らないんですが、どうも消化不良の感があるんですよ。事件というと女管理人の殺害だけなんですが、元の所有者の失踪事件をいまだに捜査している警察の動きと、ほかの登場人物たちがあれこれ出てくるので、少々間延びはしますがあまり退屈せずに読み進めることはできました。で、最後解決が示されるのですが、どうも肝心の謎に答えが出てないような気が・・・(もしかして読み落としたのか〜(~_~;)そんなことないと思うんですけどね。)すごく簡単に済ませられてしまった。そんな馬鹿な・・・^^; 「生き馬の目を抜く」ハリウッド。この土地ならば、こんな虚々実々の駆け引きもありうるだろうな、とエイプリル・ロビンの事件と、前の所有者ラティマーの事件の関連に関する解決には納得。しかし、ビンゴとハンサム、今後どうなるのだろうか?ともはや決して分からないかれらの将来がみょうに気がかりになってしまいました。 |
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死者の靴Dead Man's Shoes | 1942 |
H.C.ベイリーH.C.Bailey(藤村裕美訳・創元推理文庫) | |
「いつも上天気」な町、風光明媚なキャルベイで起きた、不可解な事件。それはある少年の溺死だった。少年はその死の直前、州警察警部ユーヴデイルと話しているところを目撃されていた。やがて少年の死因は鈍器による殴打であることが判明する。州警察と市警察の対立が激化する中、容疑者とされた少年の雇い主の依頼で弁護を引き受けたクランクは、鮮やかな手腕で陪審員から証拠不十分の評決を引き出した。その後もこの事件に関心を寄せるクランクは腹心の部下ポプリーをキャルベイに派遣する。キャルベイでは地元旧家の令嬢と、成り上がりの不動産業者との婚礼が話題になっていた。不動産業者の事故死、その妻の地元有力者との再婚・・・次々に起こる事件の裏にはある陰謀が・・・? ★★★H.C.ベイリーのクランク弁護士ものの長編としては7作目にあたるのが本書です。推理小説というよりは、限りなく普通小説に近い、という感じを受けました。まず、何か事件がおきて、疑わしげな容疑者がごろごろいて、名探偵が登場、最後の最後にはい!犯人はこの人です!というような展開を期待していたら、全く違います。なんだかクランク氏にあしらわれたような気分。事件に実際にあたるのはポプリーなんですが、その合間にはさまれるクランクの言葉は韜晦に満ちていて、何を考えているのかよくわかりません。登場人物の行動も謎めいている、というか、その裏にある意図は結局最後までよくわからなかったりするんですが。特にユーヴデイルの行動はかなり読者を惑乱させるのに役立っているような気がします。ポプリーの思惑や、新聞記者ランディの活躍などいろいろな要素が絡んでくるのですが、クランクの「名人芸」の前には影が薄くなってしまう・・・。クランク氏って、善悪さだかならず、というか、彼はいったいどういう人物なんでしょうか?彼がこの事件でしたこと、っていったい何だったのか?彼は思い通りの結末を「なにもしない」ことで演出したということなのでしょうか?(う〜ん、これはネタばれ寸前?しかし、いったい私に「ネタ」は分かっているのだろうか?)なんとなく戸惑いに満ちて、本を閉じることになってしまいました。 Put on the dead man's shoes.―べつの人物を後釜に据える―後釜に座ったのはいったい誰・・・? |
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服用量に注意のことDo not Exceed the Stanted Dose | 1998 |
ピーター・ラヴゼイPeter Lovesey(中村保男ほか訳・HM文庫) | |
「夫を殺してしまったの」警察に自首してきた女の話を聞いたダイヤモンド警視。昼間から飲んだくれていた夫の姿にカッとしてポットを投げつけてしまったというのだ。率直に話す女の自白には不自然な点はないように思われた。ところが死体を調べた医師は意外なことを・・・被害者は背中に二箇所の刺し傷を受けているというのだ。女が嘘をついているのか、それともほかに真犯人が?―「ウェイズグース」ほか15の短編を収録。 ★★★わたしの好きなラヴゼイの短編集。楽しいものから、ちょっとドキッとするものまでいろいろそろっています。「ウェイズグース」・・・ダイヤモンド警視の活躍が見ものです。夫を殺した、と自首してくる女のキャラクターがみごと。短編ですがいろいろな要素が詰まった中身の濃い作品です。ほかにも「イースター・ボンネット事件」「クリスマス・ツリーの殺人」がダイヤモンド警視もの。いままでダイヤモンド警視が主人公の作品は読んだことがなかったのですが、この人物、わたし好みかも・・・というわけで、今度は長編を読んでみることにします。しかし少々類型的な感じもしますが(ダルジールとか、フロストとか、モースとか)。短編だけなのでよくわかりませんけど。 「殿下と消防隊」―消防士としての才能も有すると豪語する殿下が、たまたま消防隊の隊長といっしょにいたときに火災が発生。直ちに現場に駆けつけた殿下は火災発生の原因に不審を抱く。どうやら放火か?そして最近の連続火災には意外な共通点が。・・・殿下シリーズもいままで読んだことがなかったのです。読まずぎらいってヤツですね^^;しかしこれは、なかなか味わいのある楽しい作品。殿下ってこういうキャラクターだったのか。ほかには「殿下とボートレース」 「クロンク夫人始末記」―ちょっとした詐欺。それだけのはずだったのに。・・・だまされる側と、だます側。どっちになるかは、最後までわからない。 「勇敢な狩人」―うっとりするほど簡単な計画。うまくいけば、人生の春がもう一度?・・・浅はかといえばそれまでですが、それにしても一番かわいそうなのは・・・ 「オウムは永遠に」―一族のタブー、ジョージ叔父が残してくれたオウムのロジャー。何でこれだけをぼくに残してくれたのか?もてあましつつもだんだん愛情をかんじていたロジャーがある日盗まれた。・・・ロジャーってかわいいヤツです。こんな遺産ほしいです。 「空軍仲間」―空軍時代の仲間でその後も付き合いの続いていたダニーが死んだ。その葬式はいやにケチっぽいし、未亡人になったマールの様子のちょっと変。その半年後フロリダで偶然見かけたマールは苗字が変わっている。いろいろ想像を膨らますわたしの前に現れたのは。・・・ダニーの性格から考えると当然の展開なんですが、だまされちゃいました。さらに意外な結末にびっくり。 |
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猿来たりなばDon't Monkey with Murder | 1942 |
エリザベス・フェラーズElizabeth Ferrars(中村有希訳・創元推理文庫) | |
「わたしのアーマが、誘拐されてから、わたしは、彼女の生命を心配しています」―ヴィラグという男からの手紙を受け取ってしぶしぶイギリスの片田舎、イースト・リート村にやってきたトビーとジョージ。田舎の駅で散々待たされた挙句聞かされた話は、なんとなんとチンパンジーの誘拐事件だった。ヴィラグは動物学者で、このたびイギリスにつれてきた二匹のチンパンジーが何度も誘拐されかけたと言うのだ。チンパンジーはローザ・マイアルという富豪婦人が、ヴィラグの研究に金を出す条件として譲り受けようとしていたものだった。とりあえずローザの屋敷に案内されたトビーたちが見たものは、胸にナイフをつきたてられたチンパンジー、アーマの死体だった。 ★★★イングランド南部、ダウンズ地方にある愛らしくも取り残された村、イースト・リート。いかにも殺人事件が起こりそうな閉鎖的な感じのする村ですね。トビーはこんな田舎にやってくるのはどうも気が進まなかったのですけど、ジョージと彼らの預金通帳には対抗できなかったようです。しかし依頼の内容がわかると・・・チンパンジーの誘拐事件?!興味をひかれた彼らの前に展開されたのは予想もつかない事件、殺人事件ならぬ殺「チンパンジー」事件とはね。しかし周囲の人々の人間関係を探るうち、どうやらアーマを殺すには立派な動機があるらしいことがわかります。 トビー・ダイクという名(迷)探偵と相棒ジョージが活躍するシリーズものの一作です。トビーはなかなか行動力はあるし、話もうまいし、人を見る目はあると思うんですが、そこから導き出す推論はかなり???という感じで^^;途中とくとくと推理をジョージに語って聞かせるところもあるのですけど、かなり的外れ。そこで活躍するのが相棒ジョージなんですけど、この本だけしか読んでないのでジョージなる人物のことがよくはわかりませんでした。トビーの影のような存在、ではないですね、時にはかなり前面に出てきます。でも最後にはすっと引っ込んでしまいました。彼って本当に存在しているのかな〜。 ストーリーはやや、いわゆるパズラーとしては最後の盛り上がりが今ひとつかな?という感じもしましたが、雰囲気のいい推理小説です。全く姿を見せないローザという人物の描写がとてもしっかりしていて、ローザがすべての中心であり、原因でもあるこのチンパンジーの殺害という事件を、冗談では済まされないものにしているようですね。最後のおちがいいですよ。あっ、そうだそうだ、最初に姿を見せてたんだ〜と、ちょっとニヤリ。(ネタばれというほどではないので、お許しください) |
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ふくろうの叫びThe Cry of The Owl | 1962 |
パトリシア・ハイスミスPatricia Highsmith(宮脇裕子訳・河出文庫) | |
幸せそうに恋人と語らうジェニファーをこっそりと眺めることが、ロバートの唯一の楽しみだった。だがある日、彼女に見つかってしまったロバートは、意外にも好意的なジェニファーの反応に戸惑いを覚える。ロバートとジェニファーは次第に親しくなり、それは彼女の恋人グレッグの知るところとなった。やがてジェニファーはグレッグとの婚約も破棄すると言い出し、ロバートはそんな彼女を愛しているのかどうかわからない自分を持て余す。一方グレッグはジェニファーの心変わりの原因はロバートにあると、ロバートを執拗に狙うようになる。ある日グレッグが姿を消し、殺されたのではないかという憶測のもと、ロバートは四面楚歌の状況に追い込まれる。そしてジェニファーまでが彼に別れを告げたあと自殺してしまう。だが確かにグレッグは生きている!実はロバートの別れた妻ニッキーが力をかして彼を隠していたのだ。やがてグレッグの復讐が始まり、ロバートは追い詰められていく。 ★★★ストーカー犯罪というのが最近よくありますけど、その先駆けでしょうか。もっともロバートはジェニファーを覗いていたのは確かですが、別に彼女をどうこうしようと思っていたというわけでもないのですが。しかし、この物語の中でも覗き、という行為は大変おぞましいことであるように描かれていますね。普通、覗かれていたなんてわかったときに当事者同士が親しくなるなんて言うことは考えられないことですけど、ジェニファーの中にある何かがロバートを理解し、共感したようです。ところがロバートのほうはジェニファーの幸せそうな様子を眺めることが大切だたようで、彼女を愛していたわけではなかったのが、話を面倒にしてしまいます。 ロバートという人物は、なんだかはっきりしないような感じで、私はそんなに好きではないですね。ジェニファーも行動にもいらいらするし、グレッグは最低の人間だし、ニッキーに至っては少しおかしいんじゃないの?という感じで主要な四人の登場人物の中に好きになれる人がいない、という面白い小説でした。そしてロバートがだんだん追い詰められて行く行程で、近所の人々とか会社の人などにもどんどん誤解されて、どうにもならなくなっていくというあたり、人生の歯車が逆回転をはじめたら、もうとまらなくなってしまうんだな〜、とつくづく怖くなりました。これがハイスミスの真骨頂ということなんでしょうね。読者に受け入れられやすいキャラクターをぜんぜん作ってないのに、とうとう最後まで読ませてしまう。今は、いやぁもうたくさん!という気分ですが、時間がたつとまたこの作者、読みたくなってしまうに違いありません。 |
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歓喜の島Isle of Joy | 1997 |
ドン・ウィンズロウDon Winslow(後藤由季子訳・角川文庫) | |
1958年、冷戦真っ只中のニューヨーク。「CIA(カンパニー)への愛が薄いんじゃなくて、マンハッタンへの愛のほうが濃い」元CIA諜報部員”偉大なる北欧のポン引き”ウォルターはマンハッタンで民間調査会社の調査員に転職した。かたわらには愛するアン。ナイトクラブの歌手で、最近名前が知られつつあるアンはもちろんウォルターの過去は知らない。その年のクリスマスイブの夜、彼はある上院議員の妻の警護の仕事を依頼される。未来の大統領候補と目されるケリーニーの秘密を知ることになったこの仕事は、彼を、そしてアンをCIAとFBIと警察がからむ陰謀の渦に巻き込むこととなる。 ★★★「マンハッタンが好き/ブロンクスとスタテン島も」ジャズのメロディが全編を通じてBGMに流れている感じ。タイトル「Isle of Joy」もジャズの名曲「マンハッタン」に出てくるフレーズを由来としているそうです。 ニューヨークへ戻って、少しの悪夢に悩まされることはあるものの、まず平穏な毎日を手に入れたと思っていたウォルターですが、その考がいかに甘かったか。上院議員の秘密にかかわるような羽目に陥るとは。それも冷戦真っ只中で、東のスパイと、西のFBIにCIAの虚虚実実が入り乱れるという、なんとも恐ろしい状況です。誰が、どこに属していて、何を裏切っているのか。次々に現れる新事実に、そういう世界の裏事情を誰よりも知っているはずのウォルターでさえも、驚かされることばかりなのです。そして誰よりもこんなことにかかわりあっているとは思えないはずのアンが、重要な役回りを演じている(演じさせられている?)ことに気付いたときの衝撃。いったい自分の回りで何が起こっているのか・・・? 物語の語り口は軽妙洒脱、人物の描き方はリアル、展開はスピーディーで臨場感にあふれています。登場人物のキャラクターに、明らかに実在の人物のモデルがあることがわかり、そのことがこの物語に厚みをもたらせているようです。会話のテンポの良さといい、ジャズといい、当時のニューヨークの雰囲気が、活気がすごく伝わってきます。 そして何よりも主人公のウォルターの魅力的なこと。実は彼はウィンズロウの別のシリーズの脇役として出ているそうなのです。そちらでは結局落ちぶれたアル中となってしまうそうなんですけど・・・。 またまた、お気に入りの作家ができてしまいました。この物語のようなことが、きっと実際に起こっていたに違いない、あの時代のアメリカでなら・・・。そんな感想を持ったのはきっと私だけではないでしょう。そしてなんだか私もその時代に生きて、それを見ていたような気さえしてきます。 |
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