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蒸発した男The Man who went up in smoke 1966
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーMaj Sjowall and Per Wahloo(高見浩訳・角川文庫)
ようやく一ヶ月の休暇をとり、家族とのバカンスに出かけたベックのもとへ、休暇の中止を告げる電話がかかってきた。しぶしぶストックホルムに帰ってきたベックは外務省に呼び出される。アルフ・マトソンというジャーナリストが、こともあろうにハンガリーのブタペストで行方不明になったというのだ。そのニュースを早速特ダネとしてスクープしたい雑誌社をとりあえず抑えた外務省は、何とかハンガリーとの友好関係にひびがはいらないように捜索をして欲しい、という。仕方なくハンガリーに飛んだベックだが、手がかりは全くなく、途方に暮れる。
★★★え、今回は冷戦下のスパイもの?という感じの出だしですが、実はそうではなくアルフ・マトソンという男の生死をめぐるミステリです。
ゆったりと流れるドナウ川と、古都の美しさを目の当たりに、ベックもしみじみとした感慨を覚えますが、なんといってもスウェーデンからやってきたベックにはブダペストは暑すぎました。(わたしは、ハンガリーってそんなに夏の厳しい国という印象はなかったので、ちょっとびっくり)「この蟻塚の、いったいどこを探せばやつがいるのだ」―暑さと、あまりの手がかりのなさに、ベックも少々弱気です。この事件はどこか根本的なところでピントが狂っている・・・、そう思いながらも一体どこから間違ってしまったのか、見当もつかないベックですが、コルベリからのあまり期待できそうもない情報をもとにある家をたずねたことから、事態は徐々に動き始めます。
マトソンという人間は、およそ生きていても害はなしても益は無さそうな男です。コルベリは「かりにやつが消されていたところで、人類にとっての偉大な損失とは思えんな」なんて言ってますが、こんな人間でも、行方不明となれば探さなければならないし、殺されているとすれば、犯人も捕まえなくてはならないし。結局、犯人がわかって逮捕することはできるのですが、その周りにいる普通の、何も知らない人々の気持ちまで背負い込むことになる、警察官というのは辛い職業ですね。「やつがもう少しマトソンの日常に詳しく・・・」というコルベリのセリフに対してベックが「そうしたらどうだったというんだ?」と言う場面が、すごく印象的でした。行方不明者の捜査、パスポートや、トランクの中身、服装の謎から推理を展開する、という面白さももちろん大きな要因ですが、この小説の底辺に流れる、人間を見つめる目、がわたしは好きです。
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時計館の殺人 1991
綾辻行人(講談社文庫)
あの忌まわしい十角館の惨劇から三年、江南は再び中村青司の設計した館を訪れることになった。『時計館』―鎌倉にあるその屋敷は、時計メーカー社長の故古峨倫典のもので、十年前に一人娘永遠(とわ)が自殺を遂げて以来、不審な死があいついでいるという。勤め先の雑誌社の企画で、時計館に出没する亡霊についての取材をすることになった江南たちは、百八の時計コレクションに埋め尽くされた旧館に三日間の予定で閉じこもった。早速、霊能者光明寺美琴によって少女の霊が呼び出されるが、その霊は「真っ暗な穴・・・」という言葉を告げる。そしてその夜から、霊衣をまとった殺人鬼が彼らを襲う。
★★★「館」シリーズ第五弾。中心の広間のまわりに、時計の文字盤のとおりに並んだ部屋と、振子の部屋からなる旧館と、渡り廊下を隔てて、時計塔のある新館。時計塔の時計はかつて「いつ見ても好き勝手な時間を指して」いたものだが、今は金具の修理のために針はとりはずされている。そして、旧館を埋め尽くす時計、時計、時計。何かが起こりそうな雰囲気ですね。
ストーリーは一見、次々と謎が解き明かされているような感じを受けますが、これが犯人のおもうつぼ。動機、とされているある事実が、実は全く他の人物に結びついている(ただ、これほどまでの緻密で残忍な殺人を行うには、少し動機が弱いような気がしました)
しかし、すごいトリックです。犯人は勘で当てられるかもしれないけど、このトリックにはビックリ!殺されたひとの幾人かが、死の直前「驚いて」死んでいったのは、犯人の正体を見たから?う〜ん?と思っていましたら、なるほど〜でした。これは驚くわ^_^;
「時間」というものの概念・・・確かに「時間って何?」と聞かれたら時計の針の動きで測るものだ、と考えることでしょう。でも、熱中していたら早く過ぎ、退屈しているときにはゆっくり進む、それが時間、というものです。とらえどころのない「時間の流れ」を法則にあてはめて、万人が平等に管理出来るようにしたものが「時計」だからこそ、私たちは「時計」の中の時間のほうを、全面的に信頼してしまう。それがもしかしたら、作られた現実、であるかもしれないとしても、どうしてそんなことが私たちにわかるでしょう?
くるった時間の中に描かれた悪夢・・・この惨劇の犯人が描き出した物語は、実はずっと昔から、もっと大いなる狂気の中に組み込まれていたのかもしれません。
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ロゼアンナRoseanna 1965
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーMaj Sjowall and Per Wahloo(高見浩訳・角川文庫)
七月のある暑い日、水路の浚渫作業船のバケットのなかで、若い女の死体が発見された。ストックホルムの警部、マルティン・ベックは捜査に協力するためにモータラへ派遣されたが、一週間以上も経とうというのに女の身元は判明していなかった。手がかりもなく捜査は膠着するが、三ヶ月後、捜査協力を要請していたアメリカから電報が届いた。名前はロゼアンナ・マグロウ。水路を真夜中に通過したことが目撃されている遊覧船の乗客だった。だが、同じ船に乗っていた客は68人、数カ国に散らばっている。ロゼアンナとは、どういう女だったのか?なぜ彼女は殺されたのだろうか?
★★★この作品は、スウェーデン社会の十年間の変遷を警察小説の形を通して描いた「マルティン・ベック・シリーズ」十部作の第一作目です。マルティン・ベックはスウェーデン国家警察、殺人課に勤務して八年目の警部、スウェーデンで最も有能な第一級捜査官とみなされています。しかし、ベックにはエリートらしい冷たさは微塵もありません。湖底から引き上げられて、今だに名前さえわからない女性の生きていたころの面影に思いをはせ、同僚のコルベリに「死体の復元図ではなく、生きた人間の復元図」を書いてくれるように頼んだりします。
ストーリーは、非常に地道な警察の捜査を追う形で進行します。女の身元は?ロゼアンナとはどういう人物だったのか?彼女は何故、殺されなければならなかったのか?彼女の生前が次第に明らかになり、やがて犯人像もおぼろげながら形が見えてきます。
遊覧船の乗客の所在は世界中に散らばり、捜査は困難をきわめますが、ある乗客が撮影していた8ミリフィルムから、ついにロゼアンナと接近していたと見られる男の存在が発見されます。ところがその男は、遊覧船の正規の乗客ではなかったことが分かり、捜査は暗礁に乗り上げたかに思われましたが・・・。
派手なシーンはさほどありませんが、心地よい緊張が持続して、捜査の状況がなかなか進まない中にあっても、少しも退屈することなく読むことが出来ました。被害者の姿を徐々に浮かび上がらせる展開の面白さが、極めて人間的な刑事たちの姿とあいまって、リアルな緊迫感を生み出しているように思います。
ところどころにベックの家庭生活が描かれているのも興味深く、今後の展開を予測させます。というのも、私はこのシリーズ、飛び飛びに四冊ほど先によんでしまっているので、ベックの家庭が第一作からすでに破局に向かい始めていたことをしって、少々重たい気分です。(重たいといえばもう一つ、四作目の『笑う警官』で射殺されるステンストルム刑事が、この作品のなかで若いはつらつとした姿に描かれているのをよんで、なんだか胸がふさがれたような気分です。あ、これはネタバレというわけではないので、ご心配なく)
このシリーズは、できれば順を追って読んだほうがいいようです。一つの社会の十年間の変遷と、その国に住む、ごく普通の人々の人生へのかかわりが、このシリーズの根本的なテーマですから。
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クロイドン発12時30分The 12:30 from Croydon 1934
F・W・クロフツFreeman Wills Crofts(大久保康雄訳・創元推理文庫)
クロイドン飛行場から飛び立った飛行機がパリに到着したとき、アンドリュウ・クラウザー老人は眠っているかのように見えた。そう、青酸カリを服用して永遠の眠りについていたのだ。当初自殺と評決されたこの事件には恐ろしい真相が隠されていた。クラウザーの甥のチャールズは財政的な破滅の危機にさらされていた。思うように援助の手を差し伸べてくれない叔父に苛立ち、ついにはその遺産を目当ての殺人を思いつく。無事に成功したと思われたが、フレンチ警部が捜査に動き出した、と聞いてチャールズは平静ではいられない。その上意外なところに潜んでいた目撃者からの脅迫を受け、ついには第二の殺人まで犯してしまう。倒叙推理小説の傑作。
★★★犯罪を犯す側の心理、というのは案外普通の推理小説では描かれてませんよね。特に本格ものだと、最後にもっとも意外な犯人!というカタルシスを用意しないといけないので、動機などはよく解明されても、その犯罪を計画しているときの心の動きとか、犯行後の恐怖、後悔あるいは楽観が入り混じる複雑な心境というのはなかなか分かりません。この小説ではそういう部分が克明に描かれています。
チャールズって、悪い人間ではないんですよね。不況で事業がうまくいかない。従業員の解雇もやむなし、というような事態になっても、それぞれの生活が見えたりすると、解雇後の彼らのことが心配になってしまう。もちろん自分だって貧乏になりたくはない。ユーナという、金持ちしか眼中にない、と明言して憚らない女性と結婚するには、貧乏になるわけにはいかないのです。あらゆる不利益と叔父の命を天秤にかけたとき・・・チャールズの心に悪魔が住み着きます。「おれは悪と善のいずれを選ぶかではなく、二つの悪のいずれを選ぶべきかに迫られているのだ」と知ったチャールズは、ついに・・・。
後半はほとんど、チャールズの裁判が描かれます。もちろんチャールズが、財政的に逼迫していたことも、叔父の死によって利益を受けることも周知の事実ですから、疑いをかけられても当然ですが、他にも同じような境遇の人もたくさんいます。なぜ、フレンチ警部は特にチャールズに着目して、裁判に持ち込めるほどの証拠を固めることが出来たのか。それが最後にフレンチ自身の口から語られます。それまでに散々チャールズの行動の表から裏まで知らされてきた読者の私からすると、少々冗長には感じましたが、それがこういう形式の推理小説の難しいところではあるのでしょうか。でも、第二の犯罪のほうの謎解きには感心しました。フレンチ警部って理論派ですね。
第一の殺人についてしか裁判は(この小説の中では)行われてないのですけど、完全に証明された、というところまでは行かなかったように思います。動機も機会も十分ですが、物的証拠はないのですから(いや、犯人はチャールズに間違いないんですけどね)。状況証拠というのは怖いな〜。モーリイのことなど簡単にかたづけていますが、一歩間違ったら彼に冤罪がかかっていたかも知れませんね。この人物が犯人である、ということを証明するというのはとても難しいことだなあ、と思いました。
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帽子収集狂事件The Mad Hatter Mystery 1933
ジョン・ディクスン・カーJohn Dikson Carr(田中西二郎訳・創元推理文庫)
ピカデリー広場に近いスコットの店に集まったウイリアム・ビットン卿、ギデオン・フェル博士、ハドリー警部、ランポールの四人はロンドンに跳梁する「帽子収集狂(マッド・ハッター)」について話し合っていた。ウイリアム卿に至ってはこの三日間のうちに二回も被害にあっているという。その席でウイリアム卿はもう一つの問題、稿本の紛失問題をフェル博士に相談する。それはポオの旧居の工事現場から発見された未発表の真筆原稿だという。四人が話しているその時、ウイリアム卿の甥、ドリストルがロンドン塔で死体となって発見されたという知らせが入る。ドリストルは例の帽子事件を追っていた新聞記者だったが、その死体の頭には、ウイリアム卿から盗まれたシルクハットがかぶせられていた。
★★★霧がたちこめるロンドン塔、逆賊門のアーチのしたの、石畳に転げ落ちた死体。その死体はなんと大矢で射られている・・・!なんて不気味なんでしょう^_^;それにしても、ロンドン塔の構造がいまいち頭に入らなかったので、みんなの行動が把握しきれなかったが残念でした。
ストーリーは一見シンプルです。男が殺される、その男は最近話題の帽子泥棒事件に関して、かなり過激な記事を書いていた新聞記者だった。死体の頭にかぶせられた帽子は、帽子収集狂からのメッセージ?ドリストルは友人ダルライに心配事の相談をしようとしていた。それもかなり切羽詰っていたらしい。ところが相談はとうとう実現しなかった。これも何者かの妨害工作なのか〜?
シンプルなはずの話が、ドリストルのウイリアム卿の弟嫁との不倫だの、ラーキン夫人なる女探偵だのの登場して、途中かなり混乱します。そこに、ポオの稿本の謎がどう絡んでくるのか・・・
帽子収集狂の正体といい、ポオの稿本がなくなった謎の真相といい、かなり強引!です(^^ゞもうフェル博士の力技って感じでしたね。最後、いやに歯切れの悪い結末だなぁ、これってあり〜?っと思っていたら、やっぱり違いました。ここまででは、どうも真相っていってもこじつけっぽかったんですけど、本当の「真相」では、些細な疑問点も解明されてすっきりです。ただ、「物真似という隠し芸」の暗合、っていうのはちょっとやりすぎなかな〜(笑)
ドリストルの胸を貫いた大矢が研がれていた真相は、なんだか皮肉です。お調子者で空想家のドリストルにとっては過酷過ぎる運命でした。ドリストルもうかばれないな〜、これじゃあ・・・(~_~;)しかし、生きていたらどこまで暴走したことでしょうか(笑)
ところで、フェル博士って、実は人間味のある人だったんですねぇ。まあ、めでたしめでたし・・・という感じではありませんでしたけど。
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伯母殺人事件The Murder of my Aunt 1934
リチャード・ハルRichard Hull(大久保康雄訳・創元推理文庫)
エドワードの全ての苦悩の種は、伯母がルウールなどというまともに発音するのも難しい土地に住んでいることに起因している。もし伯母が死ねば、ぼくは、今よりずっと幸福になれるだろう。・・・そうしてエドワードの苦心惨憺の日々は始まった。まずは伯母の運転ぶりに目をつけた偽装自動車事故。障害物を置いてみる?いや、それはうまくない。自動車を発火させる・・・一体どうやって?ついにエドワードはハンドルとブレーキに仕掛けをしておくことを思いついた。これなら出来そうだ。しかし伯母に急ハンドルを切らせるためには、もう一つ仕掛けが要るようだ。エドワードは早速、愛犬、狆のソーソーに芸を仕込み始めるが、これまた伯母の妨害に遭い・・・
★★★倒叙推理小説三大名作の一つ、と言うことで、伯母の殺人を企む男の悪戦苦闘の物語です。男(エドワード)の覚え書と言う形で進行するストーリーは、まずイングランド・ウエールズ地方にあるルウールという田舎町がいかにすさまじいところであるか、という事から始まります。かててくわえて、伯母のそばで暮らすことがどれほどの忍耐を要するか、伯母なる人物がいかにいやらしいやつであることか。それなのに屋敷の使用人のみならず、町中の人々に影響力を持っており、いまやどこへいってもエドワードの言うことを聞いてくれる人などいないのだ。たかだか町の郵便局に届いた本を取りにいく、というようなことをめぐる、伯母とエドワードの陰謀と策略合戦には思わず笑ってしまいます。しかし、そのことはついにエドワードに伯母殺しを決心させ・・・
エドワードの自意識過剰ぶりはいやらしさを通り越して、なんだか可愛い感じです。しかもあんまり頭がよろしくないから、足がつくようなことばっかり。しかも小心者ですから、いざ火事を起こして屋敷もろとも焼き殺そう、なんて物騒なことを考えているときも、自分の大事な衣装や本のことが気になって、車いっぱい持ち出す始末。こらこら、そんなけちなこと考えてたら、成功はおぼつかないよ〜と、茶々を入れたくなってしまいます。とにかく、バレバレなんですもの、やることが・・・(自分は自信満々なところが、いじらしくもあり)
それにしても、伯母の言い分と、エドワードの言い分と、どっちが真相に近いのでしょうか?伯母さんのほうもかなり、常軌を逸してますよ?エドワードは確かに、なんだかどうしようもない人間のようですが、そんなにも悪人ではなさそうですけどね、よくいるタイプだし。両親の死の真相も意味深だし・・・。この一族に共通するちょっと奇妙な血、みたいなのがあるのかな?
どうも、本気でめぐらす陰謀の割には、なんだかごっこ遊びしているみたいに面白く、しかし現実は厳しかったのであった(~_~;)最後には恐ろしい結末が・・・ううむ、ちょっと残念だなあ。実は、陰謀は「郵便局へ本を取りに行く」事件からすでに始まっていたのだろうか、なんて思ってしまいました。考えすぎか(笑)
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衣装戸棚の女−陽気な探偵小説The Woman in the Wardrobe 1951
ピーター・アントニイPeter Antony(永井淳訳・創元推理文庫)
小さな田舎町アムネスティの名士にして名探偵ヴェリティ氏は、ホテル「ザ・チャーター」の前で信じられない光景を見た。男が窓から出て、隣の部屋に入り込むところを目撃したのだ。支配人のミス・フレイマーにその話をしている最中、男が階段を駆け下りてきた。マクスウェルという客が殺されていると言うのだ。その男は、ヴェリティ氏が窓から出入りするところを見た人物だった。殺されたマクスウェルの部屋はドアにも、窓にも鍵がかかっており、なんと衣装戸棚にはホテルのウェイトレスが閉じ込められていた。被害者は卑劣な脅迫者だったが、ホテルには脅迫の被害にあっていた人物が複数いることがわかる。
★★★巨漢(肥満体?)の名探偵ヴェリティ氏が挑む密室ミステリ。密室といっても、犯人如何によっては密室ではないかもしれないんですけど。なんといっても、衣装戸棚に閉じ込められていたウェイトレス、アリスの話が奇想天外で、どうも嘘っぽい。二人の男が、一人は窓から入りドアから出て、もう一人はドアから入り窓から出たと言う。部屋のマスターキーは盗まれており、凶器の銃からは三人もの指紋が出る・・・と状況は混迷の一途。アリスの彼氏がマクスウェルを殴っていたという情報もあるが、その後被害者が生きていたということを証明できる証人は(これがまた奇人変人)突如行方をくらまし・・・
アリスの話がどこまで信用できるのか、というのが問題でして・・・。彼女の話を信用する、となるとどうしても密室の謎が解明できません。アリスの話は嘘だ、と言うことでほとんど説明がつきかけたんですけど(かなり無理もある)ヴェリティはどうも納得しません。そしてついに真犯人が告白・・・!ところがそれでも密室の謎は解明されない。実はそこには、驚くべき真実が・・・!
本当に驚くべき真実ですよ。特に、本当の「犯人」はいわゆる、「もっとも意外な人物」というやつです。解決としてはほとんど離れ業といっていいんじゃないでしょうか。ちょっとアリスの行動がバカっぽ過ぎですが、こんなんでいいんでしょうか?こんな考え無しの行動をとる人間もあんまりいないでしょう。とはいえ、全体的にユーモアあふれる楽しい作品です。ニコラス・べントリーのイラストも楽しい一冊。
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騙し絵の檻The Stalking Horse 1987
ジル・マゴーンJill McGown(中村有希訳・創元推理文庫)
十六年の獄中生活の間考えつづけたこと、それは「アリソンとあの探偵を殺した人間をつきとめる。つきとめたが最後、誰であろうとそいつを殺す」。状況証拠は全てホルトを指差していた。しかしホルトは無罪だった。仮釈放を認められたとき、自分を陥れた人間への復讐を胸にホルトは故郷を目指す。全ての容疑者がそこにいた。一人一人に丹念な聞き込みを、そして「照合し、評価し、比較する」そして・・・殺す。
★★★「おれはアリソンを殺していない」「この中のひとりがやったんだ」ついに仮釈放を勝ち取ったホルトがまずやったことは「グレイストーン」の役員会議に乗り込むこと。この人間関係の中に、かならず真犯人はいる。なぜならおれは殺していないのだから・・・!しかし、ホルトに向けられたのはあからさまな敵意、あるいは反感、そして恐怖と無関心。聞き込みを開始した彼に対しても、皆の反応は冷たい。絶対の復讐を誓うホルトだが、時折どうしようもない絶望感が彼を襲う。そんなホルトの唯一の味方、ジャン。彼女はかつて刑務所の屋根に登って無実を訴えつづけるホルトの取材記事を新聞に書いた記者だった。あなたを助けたい・・・その真摯な訴えに、拒絶していたホルトもやがて心を開き始める。徹底的に「その時」の記憶を掘り起こすべく聞き込みをした結果に、ホルトがたどり着いた驚くべき真相とは?
ホルトは、とにかく復讐だけを心に誓って16年間の獄中生活に耐えてきたのですから、相当心も捻じ曲がっています。そのせいか、私はあんまりこの主人公、好きになれなかったのですけど。それにしても、無実の罪で投獄される、と言うことは想像を絶する恐ろしさに違いありません・・・。そんなホルトの心を解きほぐすのがジャンです。ジャンと出合い、やがて彼女がかけがえのない存在へと変わるうち、ホルトの中の頑なで捨て身の復讐心が、新たな人生を歩もうとする前向きな心に変貌するところはとても感動的。しかし、ホルトにとってのジャンの存在価値、にのみ力点が置かれている感じはしますけどね(これは余談(^^ゞ・・・でも、なんでジャンはこんなにホルトにこだわるのかな?)
ホルトが聞き込む事柄から、だんだん「その時」が再現され、一部の隙もなく埋められていくスリル、そしてそこから解釈されるのは・・・誰にも出来たはずがない・・・という事実。問題は、アリソンが殺されたのは一体「何故なのか?」ということなんですね。その一点がどうしても明らかにならないので、最後にホルトが一人一人の可能性をつぶしていく段階でも、なんとなく焦点がはっきりしないようなもどかしさを感じていました。そして、真相。一つの可能性をつぶした事実が、他の可能性を生み出し、全く違った角度からの見方を可能にするとは・・・!
「おれがタクシーを呼ばなかったからだ」人の運命の皮肉さ。ホルトが幾たびとなく自らのために後悔したこの行為が生んだ被害者は、ホルトだけではなかったのです。
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